対峙する第34話
グリーヴィマジョリティ襲撃の翌朝。
「……おそらくは、精神干渉魔法による強制虚脱状態だ」
それが、執事長の分析。
俺の姉貴を…いや、俺達が捕縛したグリーヴィマジョリティのメンバー全員を襲った『異常』。
姉貴を含むメンバーは全員、北側にある大型医務室のベッドに寝かされている。
全員、息をしている。意識はある。瞼も開いている。瞬きもする。しかし、何も言わない。指先1つ、動かしはしない。
俺がどれだけ言葉を投げかけたって、姉貴はピクリとも反応しない。
ずっと、虚ろな瞳に天井を映している。
「いや、ここまでのレベルとなると……『干渉』と言うよりも、『操作』か」
「精神操作だと……禁断魔法じゃないか!」
俺と共に話を聞いていたシングが顔色を変える。
禁断魔法……それを極めると、『魔女』と言う化物になるってコクトウが言ってたアレか。
魔法には詳しくない俺だが、「禁断」を冠するその名前とシングのリアクションからして、ろくでも無いモンだってのはわかった。
「……この屋敷を襲撃する様な連中だ。禁断魔法くらい擁していても、おかしくはない」
「あのじいさんも相当だったねー」
メンバー達とは反対側のベッドで療養中のラフィリア。
かなりの重傷らしいが、上辺ではいつも通りのふざけた調子を装っている。
ただ、素人目にもわかるくらい血色が悪い。
「グリーヴィマジョリティ……厄介な連中の様だ」
執事長がそう評価するのも当然だろう。
ラフィリアを実質負かす程の魔剣使いに、禁断魔法使い。
そして更に、連中にはこの屋敷まで到達する実力と、屋敷のセキュリティを突破する方法がある。
昨晩の襲撃時、この屋敷の周りに張られているセンサー結界には、一切反応が無かったそうだ。
つまり、またいつ襲撃してくるかわからない。
今回はどうにか退けたが、次もそう行くとも限らない。
「ところでロマン……お前の姉は、確かに『伝説の魔剣』…そして、『魔法を完成させる』と言ったんだな?」
「あ、ああ……」
確かに、そう言っていた。
「それは、おそらく『シラヌイ』の事だ」
「しらぬい…?」
「……魔剣『シラヌイ』。あらゆる魔法に存在する『原則』…言い換えれば、制約の様な物を、全て無視、解除できると言う代物だ」
「それって……」
魔法の原則、随分前にシルビアから聞いた話だ。
魔法にだって法則はあり、絶対に曲げられない原則があると。その原則を曲げようとすれば、魔法は形態を保てず、崩壊する。魔法が成立しない。
「酸素を消費して炎が燃える」と言う大原則を無視して、無酸素空間でライターの火は付けれない。それと同じだ。
魔法を形と成す前に、通過しなければならないフィルタ。それが原則。
ゼンノウの「願いを叶える魔法」で言えば、「『試練をクリアする事』と『1度発行した試練は変更できない』と言う仕様が設定される」と言う原則がある訳だ。
この原則を無視して、魔法を発動する事はできない。
魔法には、制約が存在する。
伝説の魔剣とやらは、それを超越する。そう言っている。
魔法に疎い俺でも、それがどれほどの事か、想像はできた。
「だが、シラヌイは……」
「シラヌイは…何だよ?」
何だ、何故そこで黙り込む?
一体何があると言うんだ?
「……しないんだ」
「?」
「シラヌイなんて魔剣、存在しないんだ」
……………………。
…………はぁ?
「……待てよ、だって、姉貴達はそれを狙って……」
「……シラヌイ伝説は、初代魔剣豪のあまりの無双ぶりに対して生まれた、いわゆる都市伝説だ。実際には、それに類似する物すら存在しない」
初代魔剣豪…魔剣豪と言う事は、当然あのキリカの持っていた魔剣、カムイとやらを使っていたのだろう。
傍から見れば、何も無いはずなのに、異様なプレッシャーを感じる。そして対象間距離を無視して透明な斬撃を放つ、あの魔剣だ。
その得体の知れない魔剣への畏怖から、そんな都市伝説が生まれてしまった、と言う事か。
「んじゃ、グリーヴィマジョリティは……」
「……とんでもない間抜け集団、だな。だが、力を持った間抜け程、厄介な物は無い」
禁断魔法まで用意して、シラヌイを狙ったと言う事は、シラヌイ伝説を信じきっていると言う事。
「存在しない」と言う事実を告げても、向こうは「隠してやがる」としか思わないはずだ。
叩き潰す以外、止めるのが難しい、と言う事だ。
「…………」
「とにかく、私は動ける様になったら、キリカ嬢ちゃんあたりを呼び戻しに行くよ。緊急事態だしね」
「ラフィリアさん、お願いします……さて、俺達は、グリーヴィマジョリティへの対策を練りつつ、屋敷内の修繕だ」
執事長は何故か、それをシングにだけ向けて伝える。
「……お前は、今日は休め」
「執事長……」
「そうだな、その方が良い」
「シングまで……」
執事長やシングなりに、俺に気を使ってくれているのだろう。
姉が、こんな状態になってしまっているのだから。
……でも、
「……大丈夫。俺も、行く」
「無理をしている様にしか見えんが?」
「体、動かしたい気分なんで」
「……そうか。なら、行くぞ」
ここにいても、何も解決しない。
俺には、姉貴にかけられた魔法を解く術は、無いのだから。
ただここで時間の経過を待つだけより、動いていたい。
気分を紛らわせたいだけかも知れない。
「…………」
「……だぼん……」
「……クソガキ……」
「……くれぐれも、無理だけはするなよ」
「ありがとよ、シング」
拳を、固く握る。
グリーヴィマジョリティ……絶対に見つけ出してみせる。
そして、その精神操作魔法の使い手を、捕まえる。
そうすれば、姉貴を元に戻せるはずだ。
今は、グリーヴィマジョリティについて調べる必要がある。
何の情報も無いから。それは、執事長が手を打ってくれるだろう。
デヴォラのツテと言う物は、どうやら国家権力にも及んでいる様だし。そこは、頼らせてもらおう。
「…………」
すぐにでも、精神操作魔法の使い手を捕まえに行きたい気持ちはある。でも、その意思だけではどうしようも無い。
……今は、堪えるんだ。今は。
「……姉貴、待っててくれ」
返事は無い。それでも、俺は誓う。
こんな姉貴でも、ちゃんと笑って、生きていて欲しいから。
屋敷の修繕作業。
まぁ、修繕つっても俺に大工スキルは無いので、瓦礫のお片づけをメインにやっている訳だが。
瓦礫を拾っては、魔法道具の四次元式ゴミ箱に投げ入れるだけの簡単なお仕事だ。
「あー……」
「う?」
「いや、大丈夫だって」
大穴の空いた壁から、晴天の空を見上げる。
どうしてだろう、こんな快晴なのに、溜息しか出てこない。
そんな時だった。
「ん? ユウカ?」
「やっほー」
「うい」
「お前、昨日の今日だってのに、1人でうろつくなよ……」
グリーヴィマジョリティは、お前の誘拐が目的なんだぞ。
「大丈夫、ちゃんとマコトが手を打ってある」
そう言って、ユウカは自身の右手人指し指にはめた指輪を見せてきた。
「『アブソリュウズボウル』って言う結界魔法を起動できる様に設定してあるって」
「な、何かすごそうな名前の結界だな……」
「そう、ロマン、飴玉あるよ」
「あ、ああ。ありがとう……」
……どいつもこいつも……と正直呆れてしまう。
皆、優しさは伝わる、ただ不器用過ぎるのか、気遣われてるのもひしひしと伝わってくる。
ベニムからの差し入れもそうだし、ランドーからのエロ本提供もそうだし、シェリーも自分が働いてるパン屋のイチオシとか持ってきやがった。あの俺を敵対視しているマリですら、肉球を模した癒しグッズを持ってきてくれた程だ。
「……俺はそんなに酷い面してんのか……」
「えーと……うん、まぁ、かつてないくらいには深刻そう。元の世界に帰る方法が無いわーな話してくれた時より深刻そう」
「うい……」
飴玉を包む袋の銀色部分に、自分の顔を映してみる。
あー……確かにこりゃ酷いわ。この世の終わりみたいな顔してら。
執事長やシングが休めと言う訳だ。
……自分では気付けない物だな、自分の表情って。
昨夜は全く寝れなかったから、少し隈ができてるくらいだろうと思っていた。
「……やっぱ、キツいな。大切な人に何かあるって」
今まで、こんな近い身内に大した不幸は無かった。
だから、知らなかった。家族が倒れるってのが、こんなにも精神的に来るモンだとは。
人間って生き物は本能的に、大切な人が傷つくとこうなる事を知っているのかも知れない。
だからきっと、大切な人を守るために必死になる感情構造をしているのだろう。
……このまんまじゃ、ダメだな。
ちょっと無理をしてでも、笑顔を作っていこう。
心配されるのは嬉しい面もあるのだが、決して良い気分じゃない。
「良い顔してるわね、君」
不意に響いた、優しい声。
分類的には、ゼンノウのあの強制リラックス効果を持つ声に近い。
まるで、泣き喚く子供を諭す母の様な、母性に満ちた声。
でも、聞いた事の無い声。
振り返ると、そこには落ち着いた雰囲気の、髪の長い女性が1人。
20代後半、いや、中盤くらいか。
服装は少し変わっている。何か、上着が異常に長い。足首に届きそうだ。
だが、ワンピースタイプと言う訳では無く、きちんとその上着の下にロングスカートを履いている。
スリットの入り方から、チャイナドレスに近い印象だが……下にも何かしら履いてるって事は、どっちかと言えばベトナム系の民族衣装に近いか。アオザイって奴だ。
元の世界にいた頃、「彼女に着せたい最強に可愛い民族衣装ベスト5」みたいな雑誌企画で見た。着てた人が超絶美人だったので、しっかり記憶に残っている。
「不幸そうな顔」
「……あんた、誰…っ」
いや、このタイミングでこのパターン、聞くまでも無いだろう。
「グリーヴィマジョリティ……!」
「ご名答」
女性は優しく笑うと、その手を振るった。
一瞬にして、俺達を取り囲む様に透明なボックスが出現する。
「しまっ……」
何らかの魔法攻撃か……!?
しかし、俺の肉体にダメージが襲いかかる事は無かった。
次の瞬間、周囲が突然暗くなる。
「なっ……」
「いぶ!?」
「ここって……『朝を嫌う密林』の中……!?」
ユウカの言う通りだ。この黒葉の天井、黒草の絨毯、間違いない。
ここはどう考えても朝を嫌う密林内部。
いつの間にか、透明なボックスは消えていた。
「テレポート魔法……!?」
「まぁ、飛べる距離も、一緒に飛べる質量もかなり限定的、だけどね」
女性は、優しい笑みを崩さない。
それが、逆に不気味だ。
「っ……」
成程な……執事長達から、俺とサーガとユウカだけを隔離した訳か。
「おいクソガキ」
「わかってる」
女性と睨み合いながら、俺はコクトウを抜刀する。
「サーガちゃん、こっち」
「いう」
ユウカもこれから起こる事を察し、俺のベビーショルダーからサーガを抜き取ってくれた。
有難い。気兼ねなく戦える。
「抵抗はしないで欲しいわね」
そう言って、女性はまた手を振るった。
何かが来る、どんな攻撃にも反応できる様に、イビルブーストの出力を一気に上げる。
しかし、女性が狙った、俺では無かった。
「きゃあ!?」
「うぶい!?」
「っ、ユウカ! サーガ!」
異変は、ユウカの足元。
そこから吹き出したのは、重厚な輝きを放つ鉛色の格子。
ユウカとサーガを取り囲む様に、その格子は巨大な鳥籠を形成する。
「剣を捨てなさい、少年。その鳥籠は、私の指ひと振りで爆発させられる」
「なっ……」
「……抵抗さえしなければ、私だって『最低限』で済ませてあげるつもりよ」
しかし、女性の思惑は失敗に終わる。
ユウカが、起動したのだ。
執事長が用意してくれた、結界魔法を。
ユウカの指輪から吹き出した透明の膜。それはユウカとサーガを包む形で球形となる。
「アブソリュウズボウル……外部からの魔法攻撃、物理衝撃を無効化する結界」
「!」
「と言う訳でロマン、気兼ねなく」
「……おう!」
「……極力、穏便に事を運びたかったのに……」
残念そうにつぶやき、女性はその手を構える。
「……おい、あんたに1つ聞きたい事がある」
「何? 目的?」
「それは知ってる……あんたは、その組織にいる事に抵抗は無いのか?」
グリーヴィマジョリティは、捕獲された仲間を、機密保持のために植物状態にする様な組織だ。
きっとこの女性も、俺に負けたら植物状態にされてしまうのだろう。
そんな組織のために闘うなんて、俺は考えられない。
「もし、何か事情があってこんな事してんなら……」
なら、話して欲しい。そう言おうと思った。
グリーヴィマジョリティは、憎い。でも、また姉貴みたいな状態の奴を増やすのは、嫌だ。
もし説得して、こちらに付いてくれるならば、スパイとして協力してもらいたい。
あんたに事情があるのなら、それを解決するために俺も協力する、そう提案するつもりだった。
「……頓狂な質問ね」
「頓狂って……」
そんなおかしな質問じゃないはずだが……
「私はアリアト。アリアト・ビルクダンテ。そもそも、グリーヴィマジョリティを立ち上げたのは、私よ」
「アリアト……!?」
アリアト。
その名前は、確か……姉貴が言っていた、グリーヴィマジョリティの中心、つまり、ボスの名前では無いか。
「……そうか……」
「?」
俺は、コクトウの柄を強く握りなおす。
ボス、と言う事は、こいつにまで口封じが施されている可能性は低い。
そして、こいつは確実に知っているはずだ。
精神操作魔法の使い手の、居所を。
「一応聞いとく。大人しく捕まってくれる気は、無ぇか?」
「ある訳ないでしょう」
そうか、そうだよな。
なら、決定だ。
「とっととブッ倒して、色々聞かせてもらう……!」
「……一応、言っても無駄かも知れねぇが、おいクソガキ、あの女、強いぞ」
ああ、言っても無駄、か。コクトウの判断は正しい。
どんだけ強いっつっても、ゲオルクラスって事は無いだろう。
イビルブースト全開で突っ込んで、一撃で決めてみせる。
「……良い目の色ね。怒りや憎しみに我を見失いかけ、そんな目。なのに、歓喜も混在している」
そりゃあ、キレるだろうよ。
テメェが諸悪の根源だ。
そりゃあ、喜びもするだろうさ。
しばらくは手の付けようが無いと思っていた重要案件を、解決できる。
そんなチャンスが、早々に訪れたのだから。
今まで、俺は自分の意思で精力的に戦闘に挑んだ事は無い。
どの闘いも、避けようが無い物だった。俺は基本平和主義だし。
でも、今回は違う。
相手が誰だろうが、関係無い。
絶対にこの女をブッ倒す。そして、姉貴を救ってみせる。
「抵抗すると、加減が効かないかも知れないわ。いいの?」
「やれるモンならやってみろよ……!」
悪いが、負ける気がしないし、負ける気も無い。
例え、致命傷を与える事になってでも、この女を打ち負かして、情報を吐かせてやる。
……初めてだな。人の生命をないがしろにしてまでも、何かをしたいと思ったのは。
さっきも言ったが、俺は基本的に平和主義者のつもりだったのだが。
俺らしくない。
普段の俺だったら、どうにかして増援が来るまでしのごうという発想をするはずだ。
でも、今はこいつをブチのめしたくて仕方無い。
性別とか関係無い、あの綺麗な顔面が変形するくらい、全力の拳を食らわせてやりたい。
これが、怒りに身を任せてるって事なのかも知れない。
ハラワタが煮えくり返る、ってこんな感覚なのか。
今の俺は、確実に冷静さが欠けている。
それを理解しながら、「構うものか」と思ってしまう。
「目的のために手段を選ばない、戦士の目。手を抜くのは、無礼に当たるわね。……じゃあ、やりましょう」
不本意、そんな感じの溜息を1つ吐き捨てて、アリアトの目にも戦意が宿る。
「身の程という物を教えてあげるわ、少年。私の『リベリオン』で」
とある街の路地裏。
じめじめとした空気に満ちたその先に、一軒のバーだったラーメン屋…だった焼き鳥屋がある。
「……急に呼び出すとは、何かあったのか? ……と言うか、今度は焼き鳥か」
全力の呆れ顔でカウンター席に座る中年。
世界最強なんて称される冒険者、ゲオル・J・ギウスだ。
「うん、ちょっとヤバい予知が見えてさ。ちなみにご注文は?」
ゲオルの目の前にはこの店の店主を務める女。
「ヤバい予知……? 注文は後だ、まずはその予知について話せ」
「魔王の息子さん関係」
「!」
この店主は、裏の世界じゃかなり高名な魔導占星術師だ。
ゲオルはこの店主に、1日1回、魔王の息子に起こり得る「最悪の事態」を予見する様に依頼している。
今までは特に何も無かった様だが……
「……何が見えた?」
「……ぼんやりとしたイメージなんだけど……」
イメージ、と言う事は、「確定した未来」では無い、と言う事だ。
もし確定した未来が予知できたなら、はっきりとしたヴィジョンを伴うと聞いている。
「……雨、なのかな。『滲んだ世界』……その中に『倒れてる男』が見えた」
「滲んだ世界……?」
「わからない、わからないけど、何か、すごく悲しそうな雰囲気が漂ってた」
「……お前の私見を聞かせてくれ」
「……多分、あの『倒れてる男』は、魔王の息子の大切な人」
「!」
「……もし、このまま『最悪の運命』を辿るとしたら……」
非常に言い辛そうに、店主は言った。
「……魔王の息子に取って、『1番大切な人物』が……生命を落とすかも知れない」




