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家族愛の果てに……な行間

 語弊があるかも知れない。


 でも、私は弟が大好きだ。

 もちろん、家族として。


 だって、生まれた時からあの子は私の天使だった。

 ずっと可愛かった。


 赤ん坊の頃からもう一挙手一投足が可愛かった。ふてぶてしくて、むにむにしてて。もうマジマイスイートエンジェルボーイ。

 幼稚園生の時、夜中に「お姉ちゃん、おしっこ……」とか言って、ぎゅむっと抱きついて来た時は、「もうこの子の尿なら飲んでも良い」とさえ思えた。

 小学生の時、「大きくなったらお姉ちゃんと結婚するー」とか言い出した時にはもう鼻血が止まらなかった。

 中学生になって、ちょっと思春期こじらせっちゃったのかな、弟は私から少し距離を置く様になった。



 死のうかと思った。



 そして高校生になって、弟は一皮向けたのか、また自然に私と接する様になった。


 私の過保護っぷりに時折「ウザい」と辟易する素振りを見せてはいたが、明確な拒絶はされなかった。

 もうそれだけで私は嬉しい。弟が私を避けてた時期、弟成分が足りなすぎてもう毎日が地獄だったから。

 それに比べるとね。


 でも、そんな幸せは長くは続かなかった。


 弟が、失踪した。


 ある日突然の事だった。

 何の前触れも、無かった。


 忽然と、消えてしまった。


 私は、必死に弟を探した。

 どれだけ探しても、見つからなかった。

 仕事も何もかもほっぽり出して、街中を駆けずり回った。

 でも、見つからない。彼の痕跡すら。


 神隠し。

 そう、表現すべき状態だった。


 そして、弟が失踪してから1ヶ月が過ぎた。


 土砂降りの雨が降り注ぐ深夜、私が『最後に』足を運んだのは、あの日、弟が最後に目撃されたボロ橋。

 とても老朽化が進んでいて、手すりの一部が砕け落ちていた。


 そこから、余りにも多すぎる雨量の余り濁流と化した川を見下ろす。


「……私には……もう……」


 絶望しか、無かった。

 何も、見えなかった。聞こえなかった。感じなかった。


 傘を捨てる。

 全身が一瞬にしてびしょ濡れになる。

 気にしない。

 どうせ、これから水の中に飛び込むのだから。


 水量が増えているとは言え、この川は元々かなり浅い。

 この高さ、頭から落ちれば、まず無事では済まない。

 例え落下後に生き残っても、濁流がトドメを刺してくれる。


 逝こう。弟に会えないこんな世界に、もう用は無い。


 弟が先に死んでいるのなら、あの世で会える。

 この世界のどこかにいるのなら、幽霊になってどこまでだって追いかける。


 どちらにせよ、現状、もう私が生きている必要性を感じ無い。


 だから、橋から飛び立つ私の足は、震えてはいなかった。

 走馬灯も、見なかった。助かろうなんて、一片も考えなかった。





 私は、生きていた。


 全身ビショ濡れで、地平線の果てまで続く荒野に寝転がっていた。


「……え……?」


 枯れ果てた草木以外は、岩くらいしか見当たらない。 

 空は鉛色で覆われており、辺りは暗い。


 まるで、この世の終わりの様な光景だった。


「あら、こんな所に人がいるなんて、珍しい」


 女性の声だった。


「ここ……どこ……?」


 私の問いに、「何故そんな質問を?」と首を傾げつつ、彼女は答えてくれた。


「ここはイノセスティリアの南端、『ヘカトゥスの草原』。ま、草原ってのは元の話だけどね」


 遠くまで見渡す彼女の目は、どこか悲し気だった。


「昔、魔王軍とイノセスティリア聖十字軍の衝突で、死の大地と化した。……『不幸』な場所」


 彼女の言っている事の8割が、私には理解できなかった。


「私に取っては、思い出の場所でもある。だから、たまにはこうして、意味も無く足を運ぶの」

「…………」

「ところで、あなた。良い目をしてるのね」

「良い、目……?」

「『不幸』を知ってる目。絶望に浸かった事のある瞳。それも、その不幸は現在進行形」


 私の不幸。

 それは当然、弟の失踪の事を指すのだろう。


「私には、あなたを救う事はできない」


 心底残念そうに、彼女は言い放った。

 しかし、その言葉は続く。


「でも、ちょっとした気分転換ならさせてあげられる」

「……気分……転換……?」

「ええ、私『達』と、共に歩むのなら」


 あなたには資格があるわ、とつぶやき、彼女は私に手を差し伸べた。


「私達は『悲愴に沈む軍勢グリーヴィマジョリティ』。ちょっと、この世界を滅茶苦茶にしようかな、とか思ってるの」



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