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ダンジョンに挑む第25話

 父譲りの巨体を誇る魔人少女。

 身長は2メートル61センチもあるが、年齢的にはれっきとした少女。

 某魔剣豪たんとは完全なる逆パターン。

 そんな少女の名は、シェリリア。親しい者は、彼女をシェリーと呼ぶ。


 シェリーは、デヴォラの屋敷のあるダンジョンの間近の街、マカジで生活していた。

 いわゆる出稼ぎ労働者であり、今は亡き父に代わり、故郷の田舎で暮らす母と弟のため、日夜懸命に働き続けていた。


 父を失い、貧しさに喘ぎ、青春を労働に捧げている現状は、確かに辛いと思う事は多い。

 でも、そればかりでは無い。


 バイト先であるパン屋のおじいさんは、まるで孫の様に可愛がってくれる。常連さんとの会話も楽しい。

 アパートのお隣さんは凄い魔法使いで、ちょっとしたきっかけから親しくなり、暮らしに役立つ魔法や身を守るための魔法を教えてくれる仲になった。

 独り暮らしは確かに寂しいけれど、毎日寝る前に家族と通信魔法でお話もできる。

 近所の子供達とも仲良くなった。

 とある雑貨店のお姉さんは、目の保養がどうとかよくわからない事を言って頻繁に飴玉をくれる。


 不幸な事も多かったかも知れない。

 でも、彼女はその不幸に屈する事は無く、嘆こうともしなかった。

 嘆く暇を使って、懸命に幸せを掴もうと足掻いてきた。

 そうしている内に、小さな幸せが溢れる生活を手に入れつつあったのだ。


 しかし、世界は彼女に追い討ちをかける。


 彼女の弟が、病に倒れた。

 手術をすれば治る病気ではあるものの、放っておけばまず生命は無いと言う。

 ギリギリの賃金で生活していたシェリー達に、莫大な手術費や入院費など、捻出できるはずも無い。


 だからシェリーは、決意した。

 A級冒険者になるんだ、と。


 A級冒険者手形さえあれば、その厚遇処置で医療費はかなり安くなる。ローン支払にだってしてもらえる。


 しかし、冒険経験なんて無いシェリーがA級ダンジョンに挑むなど、自殺行為でしかない。

 でも、行くしかない。


 父の鎧に身を包み、隣人から教わった魔法だけを頼りに、彼女は生命賭けのダンジョン攻略へと乗り出す事になる。

 例え無謀だとしても、生命を賭けるだけの理由が、彼女にはあるから。





「うぶふぅ……な、何よ……別にぃ……泣いてないし……」

「お嬢様よ、ティッシュはあるから、俺のタキシードに鼻水付けんのはやめてくれや」


 ベニムは溜息混じりにキリカにポケットティッシュを差し出す。

 キリカはそれを受け取ると、勢い良く鼻をかむ。

 この光景だけ見ると、本当にただの小学生である。


「若いのに苦労してきたんだんだな……本当、本当に、頑張ってる……お前は頑張っている!」

「ど、どうも……」


 どうやら、重歩兵さんことシェリーの恵体への僻みは、同情の涙で綺麗さっぱり流された様だ。

 シェリーはシェリーで「何で私、こんな子供に『若いのに』とか言われてるんだろう」と引っかかりを覚えている感じだが、空気を読んでいるのか、口にはしない。


「だから、私は何としてもこのダンジョンを……」

「まぁ、それは無理だ」


 未だに涙ボロッボロなキリカだが、冷静な分析で彼女の言葉を遮った。


「お前の実力では、ここから先へ進むのはほぼ不可能だ」

「…………わかってます……でも……」

「生命を賭ければどうにかなると思ってるなら、大間違いだ」

「……っ……」

「何故、目の前のモノにすがろうとしない?」

「え……?」


 キリカはその小さな胸に自身の手を当てると、


「お前が望むのなら、私達が助力しよう、と言っている」

「でも……」

「生命を賭ける覚悟があるんだ。くだらないプライドや抵抗観念なんぞに縛られる事は無いだろう」

「この子の弟の医療費を負担する、という事でよろしいですかい?」


 この屋敷の会計管理でもしているのだろうか、やれやれと言った感じでベニムがキリカに確認を取る。

 まぁ呆れている感じではあるが、肯定的な雰囲気だ。ベニムとしても、異論は無いのだろう。


「それでは根本的解決にならない」

「根本的?」

「私に考えがある」


 そう言うと、キリカは傍観者と化していた俺に視線を向けた。


「ロマン、修行を始める前に、もう1仕事してもらうぞ」







「で、何でロマンとシングちゃんとベニムさんの3人組で、『朝を嫌う密林ディープナイト』を攻略するって話になった訳?」


 フロントホールで出発の準備を終えた俺・シング・ベニム、そしてシェリーに、ランドーがそんな質問をぶつけてきた。

 ランドーの質問ももっともである。


「根本的な問題を解決するためだとさ」

「根本的?」

「お嬢様は、この巨人っ子の生活苦そのものを解決してやりたいんだそうだ」


 手っ取り早い話、A級冒険者になっちまえば生活苦なんてまずありえない。

 その気になれば国からの援助金だって利用できる、それがA級冒険者だ。

 A級冒険者手形を持っていれば、国に安定の生活を保証されると言っても過言では無い。


「だから、俺とロマン達が先行してめぼしいモンスターを叩き潰す。そうすりゃ、この巨人っ子は難なくダンジョンをクリアできるって寸法よ」


 ベニムの説明を聞き、「ああ、そゆ事」とランドーは納得。

 俺らと一緒にシェリーも行ければ一番イイのだが、チーム攻略だと手形が発行されないので全く意味が無い。

 だから俺らが先行して、というちょっと面倒な感じの計画となっている。


「あの、本当に、ありがとうございます! ここまで助力いただけるなんて……」

「ま、気にすんなって」


 俺もベニムもシングも、シェリーの境遇に何も感じなかった訳では無い。

 手助けができるのなら、助けてやりたい。

 そして助けられるんだ。なら助けるだろう。

 むしろ見捨てたら後味が悪い。

 余計な後悔は背負い込みたく無い。


「だっぷい!」


 さぁ行くぜ! とサーガが勢いよく叫ぶ。


「あ、お前はユウカに預かってもらうから」

「ぷぁいっ!?」


 え、マジで!? って、そらそうだろ。

 これから俺達が向かうのは、A級ダンジョンの奥地だ。


 ベニムがいるし大丈夫だとキリカは言っていたが、万が一という事もある。

 サーガを連れて行く訳にはいかない。


「うー……」

「そう唸るなよ……」


 俺から離れたく無いってのもあるだろうが、冒険にも興味があるんだろう。

 子供特有の恐れ知らずの好奇心って奴か。


 でも、俺はこいつを連れて行く訳にはいかない。

 連れて行けるなら連れて行きたいが、いざという時、こいつを必ず守れると保証できる程、俺には実力が無い。

 ゲオルくらい強くなれば、赤ん坊連れでもA級ダンジョンを無事攻略とかできるんだろうが……


「サーガ、頼む。俺がいつか、お前を連れてても安心してダンジョンに入れるくらい強くなるまで、辛抱してくれ」

「…………ぶ」


 絶対だぞ、か。


「ああ、約束だ」


 まぁ、今後どんだけ強くなろうとダンジョンに挑む気なんぞ無いがな。


「……うい」


 わかったよ、と納得してくれた。

 うんうん、本当、大切なとこでは聞き分けが良い。

 良い子だ、本当に良い子だ。





 黒葉の森。

 またこの森に入る事になるとはな。


 気は進まないが、ベニムは相当強いらしいし、シングも今日の体調は万全。

 それに、俺だって一応、A級冒険者であるヒエンと戦って引き分けに持ち込めるくらいの実力はあるんだ。

 このメンバーなら、きっと大丈夫なはずだ。

 まぁ一応神様に祈っておくがな。


「そろそろモンスター避けの効果領域を抜けるぜ」


 気を引き締めろ、とベニムが俺とシングに注意を促してきた。

 言われんでも気なんぞ抜かねぇ。


「クキキキ……久々に戦闘の予感だぜ……!」

「活き活きしやがってこの野郎……」


 まぁ今朝「闘いてー」と愚痴ってたばかりだからな。

 コクトウに取っちゃ、シェリーの存在は渡りに船だったわけだ。


「ところでベニム、お前は丸腰の様だが、大丈夫なのか?」

「メイドちゃんだって丸腰じゃん」

「シングだ。アタシは魔法戦闘がメインだからな。だがお前は魔力が多い訳でも無い、魔法戦闘特化という訳でも無いだろう」

「魔力が…って、わかんのかい?」

「アタシの目は特別だ。魔力を視覚で認識できる」


 ああ、そういやそんな事を随分前に言ってたな。

 すっかり忘れていた。


「まぁ、別に隠す事でも無いから良いけど」


 ベニムがポケットから取り出したのは、小さなストラップ。

 銀色の大剣を模したストラップだ。


「いわゆる魔法道具って奴だよ、俺の武器はな」


 ああ、俺達がゴウトから借りたエナメルバッグと同じ、超常便利アイテム。


「こいつは『蛇腹の剣』。俺が贔屓にしてるモンだ。魔剣の贋作レプリカだな」

「レプリカ?」

「『元』が全く違う。こいつは単なる剣に『魔導機構マジックチューナー』を組み込んで、小型化&能力付加を施しただけのモンだが、魔剣は…」


 その言葉を遮る様に、少し離れた場所から大きな獣の鳴き声が上がった。


「!」


 まるで狼の遠吠えだ。


「グレムキャットだな」

「グレムキャット?」

「この森の至る所にいやがる猫助だ。黒くて3つ目でムキムキ。猫だが可愛げは無ぇな」

「ああ、あの山猫……」

「ロマンは知っているのか?」

「おう、思い出したくは無いけど」

「?」


 あの山猫は、「裸で森を駆けずり回った」という忌まわしい思い出とセットで記憶されている。


「今の遠吠えは、グレムキャットの警戒音って奴だ。近くの仲間に、逃げろっつってんのさ」

「それって……」

「ああ、どうやら、向こうに大物がいそうだな」


 と言って、ベニムが先頭を切り、遠吠えの方へ。

 うん、俺らの目的は、ゴールまでの進路に現れる強いモンスターを片っ端から戦闘不能にする事だもんね。

 そりゃ向かうよね。





「ヒィウィゴゥッ! 蛇腹の剣!」


 白銀の刃が、闇を切り裂き、蛇行する。


 伸縮自在、かつ蛇の様に滑らかに虚空を這い回る魔法の刃。

 それが、ベニムの贔屓にしている魔法道具、『蛇腹の剣』。


 その刃が狙うのは、全長3メートル近くある巨大な牛型モンスター。

 頭部は確かに牛そのものだが、肉体の形態は人間のそれに近い。

 ミノタウロスを想像してもらえるとわかりやすいかも知れない。

 全身に赤みの混ざった黒い毛皮を纏っている。


 蛇腹の剣はそのミノタウロスの全身を斬りつけながら巻き付き、最後に喉笛を抉り貫く……かと思いきや、その頭を思いっきり剣の腹でぶっ叩いた。

 脳震盪を起こし、ミノタウロスは泡を吹きながらブッ倒れる。


「『ブルケイオス』、ま、この森じゃ強い方のモンスターだな」


 蛇腹の剣を元のストラップサイズに戻し、軽くベニムが言う。

 余裕綽々、格ゲーならパーフェクトゲームって奴だ。


 ……これ、俺とシングの出番無くね。


「さて……」


 ベニムが取り出したのは、5本の紐の端を束ね合わせた物。

 紐で作ったヒトデって感じだ。中央にはスイッチの様な小さい出っ張りもある。


 ベニムはそれを卒倒しているミノタウロスことブルケイオスへの胸に押し当て、スイッチの様な物を押した。。

 ヒトデ型の紐は、瞬時に伸び、ブルケイオスの巨体を縛り上げる。

 しかも亀甲縛りだ。中々マニアックである。


「『スタフィッシャバインダー』。5時間後には魔力電池が切れて、自動で解ける」


 成程、こいつで拘束して、しばらく動けなくなっていてもらうって訳か。


「魔力を注がれると簡単に解けちまう仕様だから人間とかには使えねぇが、モンスター相手なら問題無く仕事してくれる。さ、次行くぞ」

「お、おう」

「ちょっと待て、何か来…」


 シングが言い終わる前に、異変は起きた。

 何が起こったかはわからない。でも、異変が起こった事だけは明らかだった。


 だって、ベニムが何の前触れも無く、吹っ飛んだのだから。


「が、ぁっ!?」

「ベニ…」


 ベニムの名を、呼んでいる場合では無かった。


 俺の体にも、衝撃が襲いかかる。


「っ、はぁ……!?」


 重い。まるで、巨大な鉄球と正面衝突した様な衝撃。

 全身、特に腹の中身が軋む。


 余りにも突然過ぎる衝撃に、俺は抗う事もできずに吹っ飛ばされ、木に背中をぶつけて止まる。


「ご、ぁ……っ……な、にが……!?」


 腹の中もだが、背中も無茶苦茶痛い。

 骨とか折れてないかこれ、と心配しちゃうくらいには痛い。

 マジで何だこれ。


 あ、でも何かこんな感じの経験前にもあった気がする。

 そうそう、サーガと初めて会った日、サーガの抱っこ要求を拒否った時だ。

 あの時、サーガに衝撃魔法をぶつけられたあの感じとデジャ…


「ロマン! 何をボーッとしているんだお前は!? 動け! そいつは追撃する気だ!」


 シングの叫ぶ声。

 それと同時に、シングの手が光り、青白い光の弾丸が射出される。


 しかし、その弾丸は何も無いはずの虚空で、かき消された。


「っ!?」


 何だ、今の現象は。


 そこに、何かいるのか。

 訳がわからない、が、混乱している場合では無い。


 シングの言っていた通りなら、追撃が来る。


 痛む体を無理矢理に動かし、俺は転がる様にその場を離れた。

 紙一重のタイミングで、俺がもたれ掛かっていた木が、粉砕される。


「っ……」


 まるで、トラクターに追突されたかの様な、豪快なへし折れ方だ。

 相当な一撃を与えなければ、あんな折れ方はしないだろう。


 何が起きている? 混乱する俺の目の前で、それは唐突に姿を見せた。


「え……」


 まるで塗装が剥げ落ちるかの様に、少しずつ、その赤黒い巨体がその場に現れる。


「……なっ……」

「ご、ふぉ、もぉぉぉぉぉぉおぉぉおおぉぉおおおおお……」


 地鳴りの様な低いうなり声。

 その主は、赤黒い毛皮を纏った、ミノタウロスの様な巨大モンスター。

 かなり猫背だが、直立させれば全長5メートルにはなりそうだ。

 筋肉の塊の様なたくましい肉体。雄々しい剛角。


 ブルケイオス……にしては、さっきの奴よりも大分強そうなんですが。

 個体差、と言えるレベルの差では無いぞ。何か背中に用途不明のトゲトゲとかも生えちゃってるし。

 だが、別種と言うには類似点が多過ぎる。


 いや、そんな事よりもだ。

 こいつは今、どこから現れた?


「もぉああぁあぁぁぁ……」


 鈍い声を上げ、そのブルケイオスは全身を震わせ始めた。

 すると、信じられない現象が起きた。


 ブルケイオスの体が、透けていく。

 3秒も経つと、その巨体は完全に見えなくなってしまった。


「……おいおい……!?」


 透明化できる巨大モンスター?


 久々の戦闘で、これはちょっとハード過ぎやしないか?






 デヴォラの屋敷、正門前の黒草原。

 鎧を全身に纏い、シェリーは出発の時を待っていた。

 その隣にはユウカと魔パンダのヘルもいる。


 ロマン達先行部隊が出て1時間が過ぎたら出発する様に言われている。


「皆さんに迷惑かけてしまって、申し訳無いです」

「大丈夫、多分、皆ノリ気だから」


 まぁ気にしないで、とユウカはシェリーの腰を軽く叩く。

 気分的には肩を叩きたかったが、届かない物は仕方無い。


「しっかし、俺よりデカい人間なんて初めて見たぜ」

「私も、喋るパンダさんは初めて見ました……撫でてもイイですか?」

「顎の下を優しく頼むぜ……ほふぅ、こいつぁロマンに負けず劣らずの技巧派ぁぁぁん……」

「それにしても、こんなダンジョン内で暮らしてるなんて、すごいですね。あんなモンスターまでいるのに……」

「まぁ、キリカちゃんとかマコトが頑張ってるから」

「おふふ、おふぅ……あ、ところでシェリーさんとやらよぉ……お前さんは、一体どんなモンスターにやられちまったんだ? あふぅん」

「私は……『魔法を使うブルケイオス』に、成す術なく……」

「魔法を使うブルケイオス?」


 ユウカが眉をひそめる。

 そんなブルケイオスがいるなんて、聞いた事が無い。


「もしかして……魔獣種……?」


 だとしたら、とんでもないイレギュラーだ。

 突然変異体である魔獣種のポテンシャルは、未知数。


「……大丈夫かな、ロマン達」


 まぁ、案外どうにかなるかな、とユウカは結論を出した。




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