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慣れてきた第24話

 私は、自分が不幸だと思った事が、何度かある。


 でも、嘆いていたって何も始まらない。

 いつだって、不幸だと思える事があったら、それを解決するために、全力を尽くしてきた。


 今回だって、そうすればいい。

 それだけの話なんだ。


 だから、私はこのダンジョンを、攻略してみせる。

 必ず、A級冒険者手形を手に入れて、そして―――


「っ!?」


 その時だった。


 この黒葉の森の『魔獣』が、私に牙を剥いたのは。






「マコト、あいつの調子は?」


 キリカの執務室。

 少女漫画雑誌のページをめくりながら、キリカが執事長に問いを投げかける。


「ロマンですか」


 オレンジジュースをなみなみと注いだグラスをキリカに差し出しつつ、執事長は少し考える。


「執事としては、まぁ、ギリギリ及第点でしょう」

「ほう」

「この1週間の仕事ぶりは、『それなり』です。屋敷中のモップかけを1人でも2時間以内にきちんとこなす様にはなりましたし、キッチン作業も最初はど素人でしたが、今では軽い賄い飯程度なら安心して任せられます。他の作業も軒並み、1度教えさえすれば『それなり』にこなしてきますね」

「覚えは良いと……まぁ、馬鹿正直な雰囲気はあったからな」


 ここに来る前に世話になっていたと言う牧場で、「とにかく実践してみる」事の大切さは学んでいるのだろう。

 難しいだの無理だのと考えず、ただひたむきに学ぼうとする者の吸収力は高い。


「それと、ヘルにも気に入られた様ですね。ランドーから話を聞いても、悪い印象は無い様です。マリとはヘルを巡ってひと悶着ありましたが、ロマンの人間性が問題視されるトラブルではありません」

「素直で、タフで、人柄も悪くない……」


 オレンジジュースにガムシロップを溶かしながら、キリカは満足気にうなづいた。


「……ひとまずは合格か」


 この馬鹿広い屋敷の清掃の大部分を押し付けられ、更に他の作業まで割り振られても、それなりのクオリティでクリアする。

 素直さとスタミナは充分及第点。

 人間性も今の所ケチを付ける所は無い。


「修行、付けてやるとするか」


 キリカがロマンから計りたかったモノ。

 それはただ単純に、『良い奴』かどうかだけ。

 それを計るには、自分の下で働かせるのが一番早い。


 どれだけ魔剣を使いこなせようと、その使い手がクズでは、魔剣奥義は絶対に習得できない。

 魔剣奥義を習得するために最も重要なのは、その人間の『人格』。


「……さて、あいつは魔剣に『誓わせる』事ができるかな……?」





「しゃあっ! 庭掃除終わりぃっ!」

「ういぃっ!」


 端が霞んで見える程に広い庭、その全域を見回り、落ち葉やらを回収したり、不揃いな芝生を整える。

 そんな気の遠くなる作業を完遂し、俺は竹箒を掲げて雄叫びを上げた。


「おいクソガキ。いつまでこんな事してんだ」


 コクトウの呆れた様な声。

 まぁ、そら呆れもするだろう。

 この1週間、俺は全身全霊を賭して掃除やら何やら、とにかく家事全般をこなし続けているだけ。


「ったく……」

「何だよ、ちゃんと厨房で肉とか斬らせてやってんだろ」


 本当は包丁の方がやり易いのだが、例によって他の刃物使うと拗ねるので、仕方無くコクトウを使っている。


「さっさと修行ってのをやって欲しいモンだぜ」

「楽しみなのか?」

「その先がな」


 その先、か……


「魔剣奥義とやらを習得すれば、テメェはあのゲオルってのと闘うんだろ? 楽しみに決まってる」

「まぁ、そうなるけど……」


 そうするしか無いとはわかっているが、正直、気は進まない。

 あんな化物と闘うなんて、本来なら絶対に避けて通るべき道だもの。


「やぁ、ロマン」

「お」


 不意にかけられた声。

 物静かなトーンの、青年の物だ。


 声の主は、ランドー。

 明るい茶色の頭髪をした、中肉中背の執事だ。

 声の印象からわかる通り、何と言うか血圧低い系。


「あれ、もしかして、もう終わった?」


 ランドーの手には竹箒。

 どうやら、俺を手伝いに来てくれたらしい。


「おう、ついさっきな」

「うぶい!」

「ふぅん、一足遅かったね」


 ランドーは少しつまらなそうにつぶやくと、竹箒をくるりと回し、肩に担ぐ。


「そうだ、さっきシングちゃん……」

「シングが何かしたのか?」

「ううん、そうじゃない。相変わらず、エロかったよって話」

「ああ、そう……」


 すごく良い笑顔で、ランドーは静かに語る。

 ……実はこのランドー、大人しそうな好青年という感じではあるが、エロ大好物の下ネタ愛好家だったりする。


「褐色の谷間……朝から滾るね」

「そら良かったな」


 元いた世界のクラスメイトにも、ランドーみたいなナチュラルにエロ大好きな奴はいた。

 ってか男子の大半がそうだった。

 何が言いたいかと言うとだ。

 こいつとはこれからも仲良くできそうと言う話だ。


「うい?」

「ああ、大丈夫だサーガ。お前もあと15年くらいしたらわかるから」


 男に生まれたのなら、絶対にわかる日が来る。

 その時は、共に語り合おう。


「それにしてもロマン、最近仕事が早いよね」

「まぁ、慣れてきたしな」


 ゴウトの元で体力はアホほど身につけて来たんだ。

 やり方を覚え、慣れさえすれば、肉体労働はそれなりに早く終わらせられる。

 何事もまず体力と根性。

 ゴウト一家の言っていた通りだ。


 大分余裕も出てきたので、先日ゴウト達に近況報告的な手紙も送った。


「真面目だよね、ロマンって」

「そうか?」


 俺はそんな真面目って柄では無いはずだが。

 勉強とか面倒な事は、基本嫌いだし。

 執事業務だって、何度も「仕方無い」「やるしかない」と自分に言い聞かせ続けているのが現状だ。

 真面目とは言い難い気がするのだが……


「自分が今すべき事をちゃんと理解して、何だかんだそれに全力で取り組む。真面目だよ」


 ただ単に、目の前の事を全力で消化する以外、する事が無いだけなのだが……

 まぁいいや、ちょっと勘違い気味でも、他人から良い評価を受けるのは悪い事では無い。


「ん? 何だ?」


 不意に、何か遠くから激しい破壊音が聞こえた。

 こう、木々を吹き飛ばす様な……


 音の方を見ると……


「何だありゃ……!?」

「だうー!」


 少し離れた所。

 巨大な鋼の塊が、黒い木々を薙ぎ飛ばす様が見えた。


 あれは……鋼の手甲か?

 あ、縮んでいく。

 どうやら、巨大化魔法とかそんな感じの魔法だったらしい。


「ああ、多分誰かがダンジョンに挑戦してるんだね」

「そういやここ、A級ダンジョンの中だっけ……」


 ここ最近、執事業務ばかりに気を取られていてすっかり忘れていた。


「お茶の準備でもして来ようか」

「お茶?」

「この辺に差し掛かった冒険者は、必ずと言っていい程この屋敷に逃げ込んで来るから」


 それもそうか。

 ここは砂漠のオアシスみたいな物。超危険地帯の最中に現れる唯一の安全地帯。

 俺が冒険者側だったら、絶対に駆け込む。





「で、来ないな」

「うい」

「だね」


 茶の入った湯呑を持って、俺とサーガとランドーは門の外、黒い草原で待っていた。

 しかし、誰も来る気配は無い。


「あのまま進んじまったのか?」


 まぁこの屋敷に気付かないで進んでしまった可能性はあるだろう。


「でも、あれから破壊音が全く聞こえないよ」

「!」


 言われてみれば、確かに。


「まさか……」


 最悪の事態、なんて事に……


「ロマン、ランドー、何してるの?」

「お、ユウカ」

「あい」

「お嬢様」


 門を開け、ユウカがこちら側へ。


「冒険者が近くにいた様なので、出迎えようとしていたのですが……」

「あー、そのパターン」

「で、お前は?」

「日向ぼっこ」


 ああ、日課の。


「あ」


 ふと、ランドーが何かに気付いた。


「誰か来た」

「え?」


 と言うランドーの視線の先には……


「誰もいないじゃん」

「いや、いるよ、ホラ、森の方。重歩兵が」

「重歩兵ぃ?」


 ってか森の方って……ここから数百メートルは離れてる上に、黒葉のせいで陽光も遮られているぞ。

 森の中なんて遠いわ暗いわで何も見えない。


「ランドーは、目に望遠機能付いているんじゃないかと思えるくらい、視力が高いから」

「目が良いと、下着のラインとかブラ透けもよく見えるし、覗きにも便利だよ」

「エロ脳の賜物!?」


 エロが肉体を進化させるとは……

 いや、まぁ性欲が肉体を突き動かしてるって事だから、生物学的には珍しい事では無いのか……?


「って、あ、倒れた」

「マジで!?」


 エロの奇跡に感心してる場合じゃねぇ。





「……で、その冒険者がこの巨人重歩兵か」


 現在地は屋敷のリビングホール。


 胸元のかっ開いたメイド服を、何の抵抗も無く着こなすシング。


 そんなシングの目の前の大きなソファーには、全長2メートル50センチはあるだろう巨体が転がっている。

 重厚な鋼の甲冑で全身を覆い隠したその姿は、まさに重歩兵と表現するに相応しい。

 しかしまぁ、鎧は傷だらけ。相当手酷くやられたらしい。


「生きてはいるし、血の匂いもしないね。巨大モンスターにでもブン殴られて、脳震盪でも起こしてるのかな」

「とにかく、鎧を剥ぎ取らねぇとな」


 鎧を脱がさない事には、手当どころかどこをどう怪我しているのかもわからない。

 俺はランドーとシングと手分けして、この長身重歩兵から鎧を剥ぎ取る作業にかかる。

 まずは兜を……


「んん?」


 兜を取ると、はらりと白銀の長髪がはだけ落ちた。

 その色合いは美しい雪を彷彿とさせる。


「うぶい!」


 すげぇ綺麗! とサーガが声を上げる程、見事な銀髪だ。

 見ただけでシルクの様な触り心地であろう事が想像できる。


 その肌は、褐色。こめかみには、角。


「魔人……それも……」


 俺の目がおかしくないなら……


「女だな」

「うい」


 シングとサーガにもそう見えるらしい。やはりその様だ。

 うん、女だ。それも、結構な美人。


「長身褐色美女……」


 ランドーはぼそりとつぶやくと、人間とは思えない速度で胸部の鎧を取り払った。

 現れたのは、黒いアンダーシャツに包まれた2つの宝物。かなりの逸品である。


「ロマン、長身巨乳褐色美女だ! 長身巨乳褐色美女がここにいる! エロスが! エロスが止まらないよ! 柄にも無く僕のテンションが爆上がりだ!」

「とりあえず落ち着け」


 女とわかった途端に胸部装甲を取り外しにかかるとは、大人しい顔して本当にエロ一直線だなこいつ。

 まぁ気持ちわかるけど。


「持ち物が無いな。丸腰でダンジョンに挑んだとは考えにくい。戦闘中に紛失したか……」

「とりあえず鎧は全部外して、手当して寝かしといてやろう」

「そうだね! 脱がそう! 早く脱がそう!」

「お前は少しあっち行ってろ」

「ひどいやロマン!」


 ひどいのはお前の煩悩だ。

 まぁ気持ちわかるけど。

 でも流石にな、傷病人に邪な気持ちで接するのはアウトだと思うんだ。




 つぅ訳で、俺はシングと2人で重歩兵さん(仮名)から鎧を剥ぎ取り終えた。

 アンダーシャツは着ている物の、下はショーツだけだし、中々もう青少年には辛い。

 シングやサーガの手前、目の保養にじっくり観察したいと言う欲望と激戦を繰り広げねばならない。

 俺もランドーと一緒にどっか行っときゃ良かった。


 重歩兵さんに特に外傷は無い。

 鎧がその役目をきちんと全うしてくれたのだろう。


「しっかし、デカいな……」


 いや、胸とか尻じゃなくて、身長の話だよ?

 セクハラじゃないからね。


「確かに、これはすごいな」


 だからシングさん、胸の話じゃないんだってば。

 っていうか女性同士だからってそんな気軽に揉みしだいちゃってもう羨ましい。


「魔王軍随一のナイスバディと謳われたエクセリアと良い勝負だ」


 そのエクセリアさんとやらにはいつか是非お会いしたいなぁ、と言う話は置いといて…


「んじゃ、キリカに報告に行くか」

「うい」

「その必要は無い」


 幼いくせに偉そうな声。

 いつの間にやら、キリカはリビングホール内にいた。

 その隣には、


「キリカ…と、あーと……」

「ベニムだ。よろしく」


 この1週間、執事長とランドー、そして唯一のメイドさんとは面識を持ったが、残る最後の執事にはまだ会っていなかった。

 それが、今キリカの隣にいるモヒカンヘアのサングラス男。年齢的には俺より少し上くらいだろうか。


 執事長の話だと、休暇で屋敷を空けているという話だった。

 どうやら、丁度今帰ってきたらしい。


「そっちの話は聞いてるぜ、ロマン」


 スッと右手を差し出し、握手を求めてくるモヒカン執事。


「ど、どうも……」


 どうしよう、リアルにモヒカンヘアを見たのは初めてで、どうしても目が行ってしまう。


「妙な髪型だな、ベニムとやら」


 キリカの時と言い、本当にお前はストレートだよなシング……


「だう、うっぷし」


 こら、鶏みたいとか言わないの。


「妙、か……」


 ああ、どうしよう、ベニムさんちょっと凹んでるよ。

 サングラスのせいで表情読み辛いけど、雰囲気でわかるくらい凹んでるって。

 コレ絶対かっこいいと思ってたパターンだよモヒカンヘア。


「あ、ところでキリカ、どうしてここに……」

「私が私の屋敷のどこにいようと、私の勝手だ」


 それはそうだ。


「まぁ用件は一応あるがな」

「俺に?」

「ああ、そろそろ修行を付けてやろうか、と」

「おお!」


 どうやら、この1週間の働きで、修行を付けるに値すると判断してもらえた様だ。


 俺が歓喜する中、


「う、うぅん……?」


 女性の呻き声。

 重歩兵さんが目を覚ました様だ。


「客人が目を覚ました様だな」

「こ、ここは……」

「ここは私の屋敷だ。この辺の者なら、デヴォラの屋敷と言えば通じるか?」

「ここが……」


 キリカの倍以上ある巨体を起こし、重歩兵さんが周囲を見渡す。

 自分の鎧が転がっているのを見つけ、自身がほぼ下着のみの状態である事に気付いた様だ。

 顔を真っ赤にしてその体を隠そうとするが、その爆発ボディは全く隠せてない。


 重歩兵さんが動くたびに大きく揺れる2つの巨塊。

 それを見て、キリカの表情が少し険しくなったのは、気のせいだろうか。


「あ、あの……助けてもらったみたいで…有難うございます……」


 いそいそと、重歩兵さんはソファーの陰へ隠れてしまった。

 どうやら俺とベニム、つまり男性陣からの視線を気にしている様である。


「お前を拾ったのはこの執事だ。礼はこいつに言え」


 一応ランドーも一緒だったのだが、あいつは本当にどっか行ってしまったらしい。


「ご親切にどうも……」

「ああ、いや……どうも」

「お、お世話になっといて悪いんですが、私はちょっと先を急ぐので……」


 と言いつつ、重歩兵さんは頑張って鎧に手を伸ばすが、届かない。

 いくらその長い腕でも、ソファーの陰に全身を隠したままでは射程が短い。

 しかしどう足掻いてでもソファーの陰から出るのは嫌らしく、ものすごくプルプルするくらい必死に手を伸ばしている。


 そんなに半裸状態を見られるのが嫌なのか。

 デカい図体している割に、繊細な乙女の様だ。


「……すみません、同じ魔人のよしみで、鎧を取っていただけないでしょうか……」

「いいぞ」


 シングにお願いし、鎧を取ってもらう重歩兵さん。


「ところで客人。見た所、余り戦闘に慣れが無い様だが、よくここまで進めた物だな」

「は、はぁ……」

「そんなん、見てわかるのか」

「筋肉の付き方で、戦闘慣れしているかくらいわかる」


 流石は魔剣豪。

 某所で「魔剣豪たん」と小馬鹿にされる外見だが、中身はベテランの戦士と言う事か。


「お前がどうしても先に進むと言うならば無理には止めないが……おそらく、死ぬぞ」

「……それでも、行かなきゃならないんです」


 鎧を装着し、重歩兵さんが立ち上がる。

 しかし、留め具の一部がしっかり留まっていなかったらしい。ガッターン! とスカート状の腰鎧が落ち、慌ててしゃがみ込む。

 ……重歩兵さん、少しドジっ子気質がある様だ。


「何か事情が?」

「あ、……はい。弟のためにも、私は退けないんです」


 弟のため……か。


 どうやら、結構重い事情がありそうだな、この重歩兵さん。


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