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気付いたら森の中にいた第1話

「……ん?」


 俺の鼻を突く、なんというかこう、自然の香り。


 気付けば、俺は見た事の無い森の中にいた。


 妙に薄暗い。

 巨大な木々とその枝葉が空を覆い隠しているせいだ。


「………………」


 夢にしては、ヤケに肌寒い。

 俺が身に纏っている学生服がビショ濡れなせいだ。


 そうだ、俺は冬真っしぐらなこの時期に川に落ちた。

 ひったくり犯の乗ったスクーターを避け、ちょっとした事故で川に身を投じる形になったのだ。

 結構な高さから、浅い川に。


 死を覚悟したのだが……


 まさか、ここが死後の世界とかいうオチでは無いだろうな。


「勘弁してくれよ……!」


 まだまだ続きが気になる漫画とかたくさんある。

 姉貴のお下がりPC内に蓄積した俺の秘蔵フォルダだって残ったままだ。

 初恋のあの子にだって、まだ想いを告げていない。

 山本君からずっと借りてるゲーム…は返さなくてもいいか。


 ……いや、待て、まだ望みを捨てるな。

 これは夢かも知れない。


 夢にしては肌寒いとは思ったが……気のせいだ。

 うん、寒くない。寒くなどあるものか。

 なんなら裸で小躍りしてやる。

 むしろ暑いわ。

 あーマジ亜熱帯。


 だからこれは夢だ。

 橋から落ちた所から、いや、今朝の起床シーンから丸々全部夢だ。


 そうだ、考えてもみろ、

 目の前でひったくり事件が起き、ひったくり犯がこっちに向かって来て、それを躱した際に運悪く手すりが最も脆くなっている部分にぶつかり、手すりごと川に落ちる。

 そんな不幸な出来事、そうそうありえる物か。

 起きるとしても天文学的確率だろう。


 そんな物が俺の身に降りかかる訳がない。

 自分で言うのもなんだが、俺は英語の成績が壊滅的過ぎるという点を除けば、普通の高校生なのだから。 


 もう少ししたら、きっとスマホのアラーム機能が俺を起こしに掛かるはずだ。

 そう思い、ポケットからスマホを取り出す。


「…………」


 待てども待てども、アラームは鳴らない。

 起床の時は来ない。


 アレだ、モーニングコールをお願いしよう。


 スマホを操作し、とりあえず愛しのお姉さまへ電話をかけようとするが、圏外表示に気が付く。


「…………うぅ……」


 ああ、風が冷たい。いや、寒い。


 やっぱり肌寒い。

 全然亜熱帯じゃない。全然ノー沖縄だ。

 裸で小躍りとか勘弁してください、


「俺、マジで死んだのか……?」


 受け入れ難い。

 受け入れられるはずがない。


 まだ16歳。青春の本番はこれからだったんだ。


 彼女ができた事は無いし、男的な意味での卒業式だってまだだ。

 毎週読んでる漫画は、好きなキャラがいよいよ来週新技を披露という熱い局面だった。

 好きなアーティストの新曲が出たから、今度皆とカラオケ行った時に歌おうと楽しみにしていた。

 山本君への復讐だって完遂したとは言い難い。

 さっきも言ったが初恋のあの子への告白だって、近い内に絶対するつもりだった。

 将来の理想としては、親父みたいに仕事でひぃひぃ言いながらも素敵な奥さんや可愛い子供と暮らして、歳を取って―――



 人生、これから、だったんだ。



 今はまだ思いつかない様な「やりたい事」だって、これからたくさん出てきたはずなのだ。


「……ちくしょう……」


 思わず、涙が溢れそうになる。

 膝を着き、スマホを強く握り締めたまま、俺が泣き始めようとした、その時だった。


 背後から、ズシン、と重い足音が聞こえた。


「……え?」


 振り返ると、そこには、……猫、がいた。


 俺をぺろりと一口で飲み込めそうな程に大きな口を持ち、トラ柄の毛皮が特徴的で、とっても牙が鋭……


 うん、これアレだ。猫じゃねぇ。

 ネコ科だけど猫じゃねぇ。


 虎だ。

 しかもファンタジーなレベルで巨大な虎だ。


 アレだ。

 あの爛々と光る大きな瞳は、どう考えてもアレだ。


 俺を、ロックオンしてやがる。


 狙い撃つぜ、そう叫ぶ様に一吠えし、巨大な虎が草を蹴散らし走り出す。

 どう見てもこっちに向かってきている。全力疾走である。


 学校に住み着いてる野良猫の前で菓子パンを開封した時の光景が重なる。


 ああ、あの時、俺が購入したメロンパンはこういう気持ちだったのか。


「冗談じゃねぇぇぇぇぇ!」


 何が悲しくて死んだ後にまた死ななきゃならんのだ。

 せめて綺麗な幽霊でいさせてくれ。


 俺は弾ける様に立ち上がり、走り出す。


 だが普通に考えて、ネコ科の移動速度にヒト科が対抗できるはずが無い。

 俺と大虎の距離はぐんぐんと詰まる。


「クソ、肉食系め! がっつきやがって畜生!」

「ごあぅっ!」


 腹減ってんねんマジで。

 大虎がそう言っている様に聞こえたが、はいそうですかと我が身を糧にさせる訳にはいかない。


 つぅか何なんだあの虎。

 もしかしてここは地獄か。地獄の番犬的な奴か。


 何故俺が地獄に落ちなきゃならんのだ。

 特に悪い事した記憶は無い。

 地獄に落ちるべきは山本君の様な人種だろう。


 そんな事を考えながら涙目で走っていると、


「!」


 前方から、急に光が差し始めた。

 仏様の後光、って感じだ。

 とにかく神々しい。


 何が何だかわからない。

 だが、とにかくあそこに飛び込めば助かる気がした。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」


 大虎の爪が俺の頭を捕える寸前。

 俺は、跳んだ。


 全力で、光差す方へと飛び込んだ。


「っ……!?」


 ジェットコースターが下りに入った時の様な、不思議な浮遊感が全身を包む。


 数秒の浮遊感の後、俺の足が、地に着く。

 地、と言っても、目に捉えられる地面は無い。

 傍からは光の中に浮いている様に見えるだろうが、俺の足はしっかりと何かを踏みしめていた。


「な、何だ、ここ……?」

「おめでとうございます」


 光の中、全てを包む様な、優しく、包容力のある女性の声が響く。


「よくぞ、『渇望の森(イヒヴェル・バルト)』を踏破クリアし、私の元へとたどり着きました」

「く、りあ……?」


 俺の目の前、光の中に、人影が現れる。


 とても美しい、まさに女神と言う感じの、若い女性。

 歳を経ようと枯れそうに無いその美しさは、磨き抜かれた宝石を思わせる。


「私はこの森の女神……人は私を『便利な神(ゼンノウ)』と呼びます」


 ゆっくりとした口調での自己紹介。


 不思議な声だ。

 さっきまで死の悲しみに暮れ、何故かまた死にかけ、かなり動揺していた俺の心が、半ば強制的にリラックスさせられる。

 冷静になって、いや、冷静にされていく。


「さぁ、あなたの願いを言いなさい」

「え?」


 女神を名乗るその女性は、にこやかな笑みで、俺に告げた。


「『私の元に辿り着いた者の願いを叶える』……それが、私の役目です」

「願いを……叶える?」

「はい。1人につき、1度だけ、ですが」


 何やらよくわからない光に包まれた空間。


 俺とこの超絶美人の女神様、ゼンノウという名前らしい彼女しか、この空間にはいない。

 どうやらあの大虎はここまでは入ってこれないらしい。


「えーと……クリア、クリアって、あれだよな……」

「どうかしたんですか?」

「いや、あの……」


 さっき、ゼンノウは言っていた。

 この森を踏破クリアし、自分の元に辿り着いた者の願いを叶える、的な事を。


 つまり、推測するにこの森はゲームでいうダンジョンの様な物で、この光の空間はその最深部。あの大虎はボスモンスター。

 そしてゼンノウが願いを叶えてくれる、というのがクリアボーナス……という事か?


 ゼンノウの声で落ち着きを取り戻した俺は、冷静に状況を整理する。

 むしろ普段より頭の回転が早い。これもゼンノウの声の恩恵だろうか。


 ってな感じで、ゲーム脳を総動員して考えた結果、多分そういう事だという結論に達した。


 何故死後の世界にそんなRPGみたいなシステムがあるのかわからないが、そういう事なら、願いは1つだ。


「あ、あの……俺を生き返らせる、ってのはできますか!?」

「生き返らせる?」


 少し首を傾げ、ゼンノウははっきりと言った。


「無理ですね」

「うそん!?」


 女神様ならそれくらいできても良さそうなもんだが。

 っていうか雰囲気的に絶対できると思う。

 この人、何か超神々しいし。


「あ、諦めないでどうにか……」

「諦める云々の話では無く、生きてる人間を生き返らせるなんて無理に決まってるでしょう」

「そこをなん……へ?」


 今、ゼンノウは何と言った?


「……俺、生きてんの?」

「……少なくとも私にはそう見えますが」


 ゼンノウは「何言ってんだこの人。アレかな、アホなのかな」という目で俺を見ている。


 俺は、生きている。

 歓喜の声をあげようとしたが、冷静な疑問がそれを制する。


 だとしたら、この状況は何だ?

 この森は、この光の空間は一体なんだ?


「……ここ、どこ?」

「さっき説明したでしょう。というか、わかってて来たのでは無いのですか?」

「いや、あの、俺気付いたらここにいたというか……」

「気付いたら……?」


 あ、もしかして……とゼンノウは俺の額に手をかざし……


「……やっぱり、異世界から来ちゃった系の方ですか」

「来ちゃった系って……」


 そんな軽い表現でいいのか。


 っていうかさり気なく発覚したが、ここ異世界なのか。

 まぁ死後の世界じゃないならその線しか無いか。


「いやぁー、たまにいるんですよね。そういう人。どういう訳かは私にもわかんないんですけどね」

「あ、そこはわかんないんだ……」

「はい。まぁゼンノウなんて言われちゃいますが、そこまで全知全能では無いので。誇大広告ってやつです。ぶっちゃけ、女神っていうか『ちょっとすごい精霊』なんで」


 良い笑顔で中々すごい事を言う女神様だ。


「まぁでも、あなたが『元の世界に戻りたい』と願えば、それを叶える事はできますよ」

「マジで!?」

「マジですよ。全知ではありませんが、そこそこ全能ではあるので」


 理屈は知らんができる事はできる、という事か。


 ライターが火を起こす原理を知らなくても、ライターの使い方さえわかれば火は起こせる。

 それと同じなのだろう。


「じゃあ是非お願いします!」

「了承しました」


 そう言ってゼンノウが取り出したのは、?マークが描かれた大きな箱。

 箱の天辺には丁度腕1本突っ込めるくらいの穴が空いている。

 くじ引きの箱、まさにそんな感じ。


「……?」

「では」


 何がでるかな♪、と小声で歌いながら、ゼンノウは箱から小さく畳まれた1枚の紙を取り出した。

 その紙をワクワク感溢れる表情で広げていく。


「はい、『試練』決定です!」

「し、試練?」

「はい。……あ、そういえば異世界の方ですから、私の事知らないんですよね」

「は、はぁ……」

「私は、ここに辿り着いた人の願いを叶えます。ただし、『それに見合った試練』をクリアしていただきます」


 世の中そんなに甘くないですよ、とゼンノウは笑う。


「……試練、って言われてもなぁ……」


 俺は早食いくらいしか特技の無い平和的な高校生だ。

 しかもここは異世界。知人のツテは無い。山本君を何らかの犠牲にする事もできない。


 現状、試練どころかこの世界でまともにやっていく事すら厳しい。


「大丈夫です。この森はA級ダンジョンに指定されてるので、『A級冒険者手形』が発行されます」

「冒険者手形?」

「はい。異世界人だろうと、この手形さえ持っていれば街で色々融通してもらえますよ」


 はい、と手渡されたのは、やたらパスポートチックな赤い冊子。

 その表紙には『A』と大きく刻印されている。


「この世界では『冒険者』という職業がとても優遇されています。私にはよくわかりませんが、冒険者の出す『伝記』や『写真集』が人気らしいです」

「へぇ……」


 まぁ、ファンタジー世界の冒険譚(実話)ともなると、大層読み応えがあるだろう。

 写真集ってのも、人気が出るのはわかる気がする。


 冒険した先で見聞きした物、感じた物、得た物。それらを様々な媒体で発信する。

 それがこの世界でいう冒険者という職業の役割。


 人々にワクワクを提供する代わりに優遇される。

 プロスポーツ選手みたいなモンか。


「てな訳で偽物冒険者が現れない様、ダンジョンの管理者側でこういう手形を発行してくれと、人間の行政の方から依頼されてまして」

「生々しいな……」


 ファンタジーな世界とはいえ、何もかもフワッとしている訳では無い様だ。


「A級手形を持っていれば、下宿やホームスティ先には困りませんし、一見の店でもツケが効きます。武器や防具も破格で提供してもらえますよ。魔導学校や武術教習所で特待制度を利用できますし、申請すれば国から援助金も……」

「本当に手厚いなおい……」


 何か、ほとんど冒険してないのにそんな厚遇を受けてもいい物か、ちょっと不安になる。


「あ、お名前教えてください。手形に記載するので」

「……浪男ロマン

「はい、ロマンさんですね。登録完了です」


 流石は異世界。俺のキラキラネームに一切動じない。


「……で、その試練ってのは?」


 手形をポケットにしまい込みながら、ゼンノウに問う。

 元の世界に帰るため、一体俺は何をすればいいのか。


「はい、では、発表しちゃいます」


 ゼンノウは自分の口で「どぅるるるるるるる」とドラムロール。


 演出してくれる心遣いには感謝しよう。

 でもそういうのいらない。早くしてくれないか。



 おい、いつまで続ける気だ。

 長い、長いぞ。

 まだか。

 あ、止まった。やっと…………息継ぎしてやがる。


 という感じでゼンノウの自前ドラムロールを聴き続ける事1分。

 ついにゼンノウの口から待望の「じゃん!」が発せられた。


「『あなた自身の手で、魔王を倒す事』!」



 ……魔王?



「あ、ご安心を。私だってちゃんとある程度のサービスはしますよ。世の中には時に甘さも必要です」

「ちょ、待って、魔王って……何?」

「魔人の王様です」

「ま、魔人……?」

「尻尾と角が生えてて、基本的に褐色系の肌をしています。あと天性的に人間の比にならない魔力量と魔法の適正を持っています」


 流石は異世界……色んな人種がいる様だ。


「ちなみに魔王は、山を崩し海を割り天を堕とす程の大魔法を気軽に連打してくるアホです。ここ最近はぎっくり腰のために派手な事は控えている様ですが」

「…………それを、俺が倒すの?」

「はい。大変でしょうが頑張ってください」


 大変というか、世間はそれを無理難題と言うのではないだろうか。


「ぎっくり腰の期間中が狙い目です。あのアホ、割と歳食ってるので長引くでしょう。あと2・3週間は修行しても問題ないと思います」

「2・3週間で山やら海をどうこうできる奴に勝てる様になれと……?」

「大変ですね」

「笑い事じゃないよね!? 試練変更とかできないの!?」

「すみません。そこは譲れません。例えこの身を八つに裂かれようとも」


 妙な所で頑固だ。


「それに、試練はあくまで『倒す』とあります。『殺す』でも『斃す』でも無く、『倒す』。つまり息の根を止めるまでは無理でも、負かすだけでいいんです」

「それでもキツイだろ……」

「まぁそうですね。流石にキツイと思うので、さっきも言った通りちょっぴりサービスしますよ」

「サービス?」

「転送先で最初に会うであろう人物に、これを渡してください。紹介状です」

「紹介? っていうか転送ってな…うぉおう!?」


 俺の足元に、光の渦が出現する。


「ちょ、待って! 俺マジで魔王を倒さなきゃいけないの!?」

「頑張ってくださいね」


 優しい笑顔、突き放す様な言葉。

 俺の視界が、やかましい程に神々しい光で満たされる。




 こうして、俺の異世界奮闘記が始まってしまった。




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