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幼女を助ける第13話

 冒険、って言うと、何だか心が踊る。


 険しい事を冒す、って結構アレな字面なはずなのに、ワクワクする。

 小学生の頃なんて、冒険物語の主人公になりたくてしょうがない時期があった。


 少年漫画の様な荒々しい冒険も良いし、桃太郎やピーターパンと言った童話の様な、ふんわりした冒険譚にも憧れた。


 次々に襲い来る猛獣や危険を、剣と魔法と知恵で退けて、栄光のゴールを目指す。

 冒険って言うと、そんなイメージだった。


「いや、まぁ危険が降りかかって欲しいって訳じゃないけどね」

「何だいきなり」


 シングの問いに、俺は「別に……」と溜息混じりに返す。


 現在、太陽が真上をちょっとだけ通り過ぎた頃。

 俺達は、『サンシエルバ』という緑溢れる緩やかな山を登っている。

 山道は中々整備されており、サーガを乗せたベビーカーは余り揺れない。

 舗装されているという訳でも無いのに、小石1つ落ちてない。

 誰が整備してんのか知らんが、ご苦労様です。


「…………はぁ……」


『魔剣豪デヴォラ』。

 なんともボスキャラ感の漂うお名前のお方だ。

 そんなお方に会うために、俺・サーガ・シング・コクトウは冒険に出た訳だ。


 そして、その冒険も今日で3日目。

 もう中間地点。


 しかし、ここまで冒険らしい冒険はしていない。

 猛獣も危険も何も無い。

 冒険に出てから、野ウサギを捌くかリンゴを切り分けるくらいの用途でしかコクトウを抜刀していない。


 そらそうだ。

 何の変哲も無い森、街、草原、また街、と来てこの山だ。

 イベントなんぞ起きようものか。


 もうアレだ。ただの旅行だ。

 最早旅行ってか日跨ぎ散歩の域かも知れない。


 だって腰のコクトウを除けば、「エナメルバッグを肩から下げてベビーカー押してる男子高校生」ってのが俺の現状だ。

 俺が知ってる冒険譚の装いには程遠い。


 確かに、確かにだよ? 危険が無いってのは良い事だ。

 でもさ、散々冒険冒険言っといて、ただただ3日間も平和な行進を続けてるだけってさ……


「だぶい」


 何か暇、とサーガが訴えて来た。

 俺もだよ。


「ほーれウイリー」

「うぃー!」


 何となくベビーカーの前輪を浮かせてやると、その不思議な感覚にサーガが喜びの声を上げる。


「おいロマン、サーガ様を楽しませるのは結構だが、危険が伴う行為は感心しないぞ」

「あ、おう。すまん」


 シングが苦言を呈するのも当然か。

 いくら整備の行き届いた山道と言えど、野外でベビーカーをウイリーさせるってのは軽率過ぎた。

 少し反省する。


「おいおい、しっかし暇だなクソガキおいコラ。ここまでウサギの肉か果肉しか斬った記憶が無ぇぞ。魔剣の持ち腐れにも程があんぞ」

「……まぁ、人やら化物やらの肉を斬りたいとは思わんけどな」


 危険は嫌だけど、平穏無事ってのも味気ない。

 まぁ、何だ。俺だって複雑なお年頃なんだ。

 こう、危機感を覚え無い程度のファンタジーが欲しい。


「つぅかよ、魔剣を料理に使うってどうよ? なぁクソガキ」


 よく言う。

 ナイフで作業しようとしたら「暇だなぁおい。本当もう暇過ぎて錆び付きそうだわー。何でも良いから切らせてくれないと何するかわかんないわー」とか言い出すのお前だろう。

 典型的な「かまってちゃん」かと。子供なら可愛気もあるが、剣がやっても不気味だっつぅの。


 ……まぁ寝首をかかれてもアレなので、「へいへい」と適当に返しておく。


 そんな時、だった。


「むい?」


 不意に、サーガが頓狂な声を上げた。


「どうした?」

「あい、うー」

「泣き声、ですか?」


 サーガの言う通りだった。

 耳をすますと、木々のザワめきや小鳥の声と混ざり、どこからか幼い泣き声が聞こえる。


「子供が泣いてんのか……?」


 それも結構遠く、大泣きって感じだ。





「ぶりゃうわうああぁぁうぁああああああぁぁぁぁ……あぁんまりだぁよぉぉぉぉぉ……」

「…………」


 山道から少し外れた獣道。俺達が発見したのは、何かすごい勢いで泣きじゃくる10歳くらいの赤毛の少女だった。

 そらもうえらい勢いで泣いてる。顎先で鼻水と涙と唾液がミックスするくらい泣いてる。

 この世の終わりでも来たのかと思える様な泣きっぷりだ。


「ぶふぅ…きっと、このまんま一生お家に帰れないんだべやぁぁぁぁ……」


 お家、か。

 どうやら、迷子らしい。


「おい、大丈夫か?」

「ぶえ?」


 俺が声をかけると、ぐっちゃぐちゃな表情で、少女はこちらを見た。

 まぁ子供に取っちゃ迷子になるってのは死活問題だし、不安な事だろう。そらアホみたいに泣き叫ぶのも無理は無い。


「ぅぅ…あんたらぁ、誰だぁ……?」


 えぐ、うぐふぅ……と嗚咽しながら、少女が俺達に問いかける。

 少女の口調からは、ちょっと田舎訛りっぽいのを感じる。


「なんつぅか……旅の者だけど……」

「あい」

「まぁ、そうとしか言えんな」

「旅……もすかして、冒険者さんなんか?」

「おう、一応」


 名乗る事に少し後ろめたさを感じる物ではあるが、一応俺はA級冒険者なるモノに認定されている。


「……あたすに何か用け?」

「いや、まぁ、困ってんなら、手でも貸そうかと……」

「あ、あんたら、あたすを助けてくれんのけ!?」

「ああ、まぁそのつもりだけど……」


 やや先を急ぐ旅ではあるものの、目の前で泣いてる子供を放置して行く事はできない。

 それに、この辺で迷子という事は、山に入る前に通った街か、向こうの村に住む者なのだろう。

 ここはまだそう進んだ所でも無いから、引き返してもそんなに時間は食わないし、山の向こうなら一緒に行けば良い。


「やったよ母様かかさま! あたす、まだ神さんに見放されてなかったよう!」


 未だに目からボロボロ涙を流す少女だが、今流れているのはどうやら嬉し涙の様だ。

 基本的に涙腺が緩い子なのかも知れない。


「で、貴様の家とやらはどっちなんだ?」


 シングが問いたかったのは、山の入口の街か、それとも向こう側か、という事だろう。

 しかし、


「あっちだ。付いてきてくんろ」


 少女が指差したのは、そのどちらでもない。

 山道から更に逸れた、木々の向こうだった。





 結論から言うと、少女は迷子では無かった。

 むしろ、彼女は自分の『家』まで俺達を案内してくれた。


「あたすの家、ここなんだけど」

「はぁ……?」


 木々が捌けた場所。

 小高い丘を見上げるその場所には、洞窟がある……らしい。

 何故、「らしい」かと言うと……


 その洞窟の入口を塞ぐ様に、何か巨大な生物が寝そべっているのだ。

 黄色と茶色の中間色の毛皮で……なんというか、こう、ぶっちゃけライオンだ。

 尻尾が3本な点と、やたらデカい事を除けば、俺の世界にいたライオンのオス個体と大差無い。


 要するに、ゾウの倍くらいの体躯のライオンが、洞窟の入口を塞ぐ形でぐっすり眠っている。


「だう!」


 大きい! とサーガのテンションもやや上がりである。


「ご覧のありさまなんだぁ」

「……ちょっと待て。ここが、家?」

「ああ、名乗んの忘れてた。あたすはイコナ。このE級ダンジョン『魔石の揺り篭ダークネスコールマイン』の管理者だぁ」

「E級と言う割に中々大層な名前だな」

「ってかダンジョン管理者って事は……お前、精霊なのか?」

「んだ」


 何だろう、ゼンノウみたいな不思議オーラが全く無いから気付かなかった。

 だって精霊だと認識してから眺めても、このイコナという少女は、やっぱただの少女にしか見えない。


「なんだ? あたすに何かついてんのけ?」

「いや……同じダンジョン管理者でも、ゼンノウとはえらい違いだなと……」

「ぜ、ゼンノウ様と一緒にされても困るだ! あん方は上位精霊だもんの! あたすみたいな無位精霊とは比べモンになんねぇっぺよ!」

「そんなにすごいのか、あの人」

「そんらもう! あん方をピッチピチのバニーガールだとすたら、あたすなんてウサギのコロコロうんちん中の微生物のうんちみたいなモンだっぺ!」


 何故バニーガールを例えに持ち出したのかはわからんが、とりあえずゼンノウとイコナの間には途方も無い差がある事だけはわかった。

 まぁゼンノウって結構な美女だったし、バニースーツも余裕で着こなしてしまうだろう。

 ちょっと想像してみる。……うん、たまらん。ってそんな事考えてる場合じゃないか。


「っていうか……あの、ごめん。色々事情を説明してくれねぇか」


 てっきり迷子だとばかり思っていたが、大分事実は異なる様だ。


「今日は良い天気だから、あたす散歩に出たんだ」


 話に寄ると、その散歩から帰ってきたらこうなっていたそうだ。

 つまり、ちょっと外出している間に、家の玄関を塞ぐ形で大型モンスターが眠っていた、という事。


 ……うん、泣くわなそりゃ。


「しかし、『ラスティアルレオール』か……少々厄介だな」

「知ってんのか?」


 シングが深刻そうな顔で「うむ」とうなづく。


「基本的に人畜無害、果実や川魚を好んで食すモンスターだ。魔王城周辺の森にもいた」


 人畜無害……ってモンスターは見かけに寄らないな……

 ゼンノウの森で見た巨大虎並に威圧感あるんだが、このライオン。


 まぁ人畜無害でも無きゃ、こんなんが普通に彷徨いてる山が危険地域ダンジョン指定もされてない訳が無いか。


「ん? ってか何でその内容でそんな深刻そうなの?」


 人畜無害だと言うなら、これってそう深刻な問題では無いだろう。

 軽くゆすって起こして、どいてもらえば終わりでは無いか。


「ラスティアルレオールは、基本的に発情期以外は眠っているんだ」

「んだ。まぁたまに気まぐれに起きて動く事もあるんだけど、そんなん、ほとんどお目にかかれねぇんだ」

「発情期外でラスティアルレオールが活動しているのを見れたのなら、この先の人生が幸せで溢れる…とさえ言われる程だ」

「……相当運が悪かったんだな、お前……」

「……んだ」


 そんな希にしか動かない奴が、家の前まで来て眠ってしまうとか、相当な不幸だろう。


「発情期中に食い溜めもするからな。食事のために起きるという事も無い」


 発情期以外はほぼ冬眠状態って事か。

 食欲を完封するとは、中々の睡眠欲である。

 つぅか何その生態、自堕落過ぎるだろ。うらやましい。


「厄介なのはここからだ。ラスティアルレオールは、無理に起こすとブチ切れる」

「え」

「ちなみに、ラスティアルレオールは普段は大人しいけんど、怒って暴れだすと、A級ダンジョンのモンスターにも劣らねぇ凶暴さなんだぁ」


 成程、だから『基本的に』人畜無害、なのか。

 しっかし、そうすると本当に厄介……っていうか、どうしようもなくね?


「何だ、要するに叩き起こしてブッた斬りゃ良いんだろ? ようやくだな」

「ようやくじゃねぇよアホ」


 この魔剣ならそう言うと思った。

 こんな馬鹿デカいライオンと戦ってられるかっつぅの。


「なぁイコナ、ここ以外に入口とか無いのか?」

「無いんだ。入口増やすと、管理が大変だし……」


 すごくしょんぼりするイコナ。

 入口を増やしておかなかった事を後悔しているらしい。

 いや、でも話聞く限り、この事態を想定するのは難しいだろう。


「あんの……どうにかなりそうけ?」


 不安げなイコナの問い。

 俺のリアクションを見て、少し雲行きの怪しさを感じたのだろう。


「……うーん……」


 正直、無理だと思う。

 だが、助けると言った手前、そう簡単に諦めるのも気が退ける。


「もうるしか無ぇだろ。ほれ、早く抜け、ほれ」


 黙れ魔剣。


「しかし、コクトウの言う通りかも知れんぞ。発情期はまだまだ先だ。実力行使以外、早期解決策は無い」

「…………うー……」


 ヤだなぁ、いや、本当に。

 せめてそんなに強くないモンスターとかだったら良かったのだが……


 いや、でも俺1人で闘う訳じゃないのか。

 シングだって、手を貸してくれるだろう。

 それなら、どうにか勝てるんじゃないだろうか。

 このライオンには少々申し訳無い気もするが……


 何かこう、某有名ゲームみたいに『笛吹いたら起きてくれる』みたいなシステム無いのかな……

 いや、でもあのシステムだと結局戦闘になるのか。


「あ、そうだ」

「あい?」

「どうした? ロマン」

「早く抜けクソガキこら」

「発情期なら、特に害も無く活動してくれるんだよな?」

「んだ。こいつら、発情期は異性の事しか考えねぇんよ」

「だが発情期はまだまだ先だと……」

「いや、もしかしたら……」

「?」


 モンスターに効くかは未知数だが、俺達はとあるアイテムを持っている。

 ポケ○ンの笛、なんて物では無いが、現状を打破し得る代物だ。


「ほれ、旅に出る時、シルビアさんからもらったお香」

「ん? ああ、ここにあるが」


 シングがポケットから取り出したのは、小さな巾着袋。

 それは、この緩い冒険に出る際に、シルビアお姉様から餞別としていただいた物。

 曰く、「嗅いでると興ふ……癒されるお香」だそうだ。

 正直、シルビアさんの人となりを知る俺には、それが何なのか大体予想は付いている。


 ……まさか、こんな所で役に立つとはな……


「ちょっと借りるぞ」


 シングからお香を受け取り、俺はベビーカーを押しながらライオンの顔の方へ。


「やう!」


 ライオンの寝顔を間近で見て、「かっこいい!」とサーガが喜んでいる。

 ……俺はひたすら恐いんだが。

 人畜無害って言われても、見た目は完全に肉食獣だ。

 その緩んだ口元から覗く牙は恐怖の対象でしか無い。

 何で魚と果肉ばっか食ってる奴がそんな牙持ってんだよ……


 まぁ、とにかく手早く済ませよう。


 巾着袋を開ける。

 お香は、キャンドルタイプだった。

 とりあえずライオンの鼻先にキャンドルをセットし、俺は自らの指先に『炎の魔法』を顕現させる。

 

 見ろ、以前は本当に情けない灯火だったが、今ではちょっと強気な感じの灯火だ。市販の100円ライターにも負けずとも劣らずって感じだ。

 この3日間、魔法の練習をサボっていた訳では無いからな。


 ……やめよう。何かこの程度で「俺だって成長してるんだ」感出しても、逆に虚しい。


 とりあえず、灯火をキャンドルの綿糸に近付け、着火。

 さて、香に当てられない様に離れるとしよう。


「さて、どうなっかな……」


 俺の目論見は、成功した。

 1分もしない内に、ライオンの大きな目が開眼。

 のっそりと重そうな挙動で、その巨体を起こした。


「ごぉああああああ……」


 ライオンは軽く喉の調子を確かめる様に鳴くと、何か前足を使って鬣を整え始めた。

 ……何だろう、合コン前に髪型を直してるチャラ男的なのに見えるのは、先入観のせいだろうか。


 ライオンはひとしきり鬣を整えると、俺達を一瞥すらせずのそのそと去って行った。

 本当、メス以外眼中に無いって感じだな……


「うーいー!」


 サーガが「背中に乗せろー!」と騒いでいる。

 やめとけって。大人しく見送ってあげようぜ。多分起きてるメスはいないだろうが。


「チッ」


 何かコクトウの舌打ちが聞こえたが、とにかく一件落着だ。


「うおおおおお……あんたらぁ、本当にありがとうよぉ」

「だぶし」

「ああ、どういたしまして」

「シルビア殿に感謝だな」


 餞別として渡された時は、何に使えってんだと全力で思った物だが。

 世の中、何がどこでどう役立つか、わからない物だ。

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