表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/61

剣を買う第9話

 常識を捨て、本能に身を任せる。


 そのコツを掴んだ俺の成長は、我ながら目を見張る物があった。


「これが、魔法……」


 俺の掌で躍る小さな炎。

 炎というのもおこがましい小さな灯火だが、火である事には違いあるまい。


 不思議な感覚だ。


 擦りまくった下敷きを頭にかざし、静電気で髪の毛を逆立てるアレ。

 アレの際に頭皮に感じる違和感が、掌にある。


 若干の熱も感じるのだが、熱くは無い。

 ……まぁ、自分が出した火で火傷なんてしたら、無様にも程がある。


「……やっと……魔力の具現化……属性付加の基礎……出来たね……」

「ああ……本当に長かった……」

「あだい」

「その程度で何を泣く程感動しているのだ」

「シング……お前にはわかんねぇよ」


 シルビアさんに魔法を習い始め苦節約1ヶ月、俺はようやく魔法を使えたのだ。


 この小さな灯火をひり出すまでに俺の意識が何回飛んだ事か。

 まぁ、修行と関係無い要因で気絶した事も多かった気がするが、記憶に残ってないから無かった事にしておこう。


 無理に思い出す事はないさ、と俺の記憶を管理する脳内の俺が言っているし。


「……何事も……基本は、気合……」

「そうみたいだな」

「まぁ何にせよ、サーガ様のお世話役が魔法の1つも使えないんじゃ話にならんからな。精進しろよ」

「だう!」

「…………」


 相変わらず、この魔人共の中で俺は世話役というポジションらしい。

 一応サーガの世話は慣れてきたし、たまに癒される事もあるのできちんとやってはいるが、世話役になったとは絶対に認めんぞ俺は。


「よし、何はともあれ魔法の方も一歩前し…」


 喜びかけた時、俺の意識は一瞬だけ、灯火から離れた。


「どわっ!?」


 途端に掌の灯火は制御が乱れ、一瞬アホみたいな豪炎と化し、虚空へ霧散した。


 俺の魔力が、炎へと流れ込み過ぎたせいだ。

 風船に空気を入れ過ぎると内側から弾けるのと一緒だ。


「…………」

「やっぱり……魔力が多いと……維持するのに、集中力必要……みたい」

「今のは軽かったからいいが、下手に暴発すると危ないでは無いか」

「あだい」

「……気をつけます」


 ……半歩前進、という事にしておこう。


「……そうだ……ロマン……ちょっとお使い……頼んでいい……?」

「ん? ああ」


 シルビアさんの個人的なお使いを引き受けるのは初めてでは無い。

 ……まぁ世間一般でいうお使いよりも、いわゆるパシリに近い物だが。


 シルビアさんはチラシを取り出すと、


「……この……マンドレイク粉薬を……」

「また怪しげな物を……」


 渡された黒地のチラシには、人型の大根みたいな植物が描かれている。

 その傍に並ぶ煽り文は「新製法により、従来の5倍の催淫効果が!?」とか書かれている。


 ……何に使う気だ。


 まぁいい、人の趣味趣向に口は出すまい。


「あう」

「あぁ?」


 何か、サーガが「出かけるなら連れてけ」的な事を言っている気がする。

 まぁ行きたいというのなら、連れってってやりたいのは山々、なのだが……


「なっ、サーガ様、町は危険ですよ」


 そう、シングの言う通り。こいつは一応魔王の息子。

 生命を狙われる理由はごまんと在るのだ。


「あいあ」

「……そうですか、ならば、当然アタシも付いていきます」

「説得諦めんの早ぇよ」


 もうちょい頑張れよお世話役。


「サーガ様は貴様とお出かけする事を切望している……危機が迫れば、アタシが生きた盾となれば良いのだろう」

「その決死の覚悟を説得に活かす気はないのか……」

「……まぁ、……大丈夫、じゃない……サーガちゃんの事、…公にはなってない……みたいだし……」


 確かに、不思議な事にサーガの存在は未だ世間には知られていない。


 でも、だからと言ってそんな気軽に連れて歩いていいものか……?


「あぶぅ」

「連れてかないと、久々に夜泣きしちゃうぞ。今夜は寝かさないぜ☆、と仰られているぞ」

「この野郎……」


 本当、困った奴だ。




「準備オッケーだな」

「あぶぉ!」

「完璧だ! どんと来い!」


 外出用に帽子で角を隠し、尻尾も服の内に収めたシングとサーガ。


 町には普通に魔人もいるそうなので、尻尾や角を気にする必要は無い、とシルビアさんは言っていた。

 が、どうしても念には念を入れておきたい、そうだ。


 まぁ本人が望むなら好きにさせよう。

 サーガを抱き、買い物袋をシングに預け、俺は家の戸を開けた。


「ん?」


 牧場には、大量の羊達に散歩をさせているゴウトさんとセレナがいた。

 セレナは羊を椅子にして読書しているだけ、にも見えるが。


「お前ら出かけるのか?」

「ああ、ちょっとシルビアさんのお使いに」

「……あ、そうだ、丁度良い。ロマン、ちょっとUターンして、俺の財布から金取ってけ」

「……? 何かお使いか?」

「お前も、そろそろモノホンの剣…欲しくないか?」

「え…いいのか!?」


 真剣が与えられるのは、もうちょい実力が付いてから、とばかり思っていた。


「木刀と真剣は勝手が違う。早い内に買っといて、振り慣れとくのも良いだろう?」

「お、おう、ありがとう! で、いくら持ってけば良いんだ?」

「お前のA級冒険者手形の割引があれば、1000コルトで充分良いのが買えるはずだ」

「安っ!?」


 Cというのはこの世界の通貨だ。


 日本円に例えるのは難しいが、市場でのりんご1個の相場は大体100C前後だった。

 つまり、A級冒険者はりんご10個分のお値段で剣1本買えるという事だ。


 おそるべし、冒険者への優遇措置……





 小さく、古臭い。そんな一軒の武器屋。

 店の名は『アメイジング・ミーツ』。


 シルビアさんのお使いで向かった薬局の店員にオススメの武器屋を聞いた所、ここを紹介された。


「なんつぅか……レトロだな……」


 まぁ俺のいた世界に比べると、どの建物も大分レトロな感じだが。レンガ造りが主で、次いで木製が多い。建築技術はやや進歩が遅れている様だ。テレビとかはある癖に……


「掘り出し物というのは大抵こういう所にあるものだぞ」

「だう」


 いや、別に逸品を掘り出しに来たワケじゃないんだが。

 それなりに良い剣であればそれで良い。


 俺は職業:戦士だの剣士だのになるつもりは毛頭無い。

 だって危険では無いか。


 剣術は万が一の護身用。

 俺は主に魔法を使ってそこそこ安全に立ち回るスタイルで行きたいのだ。


 ……今の所、カナヅチが水泳選手になりたいと言っている様な状態だが。


 とにかく、そういう訳なので、「100人斬っても大丈夫」とかいうイナバチックな凄まじい良品は要らない。

 こう「それなりに手入れしていれば、無茶しない限り何年も使い古せます」とか、そういう控えめな売りの奴で良いのだ。


「さてと…お邪魔しまーす……」


 片手抱きでサーガを抱えながら、俺は店のドアを開け…


「ふざけないでよ!」


 何だ、俺達は入店しただけだぞ……と思ったが、どうやら俺達に向けられた言葉では無い様だ。


 店内は、外観を裏切らない古臭さ。

 20畳分も無いかな、くらいの空間。

 その壁にはまばらに斧や剣の類が飾られているが……


「おお、懐かしいな! 魔王城の近くでも売られていたぞ」

「だぶ」

「魔王城とかうっかり口にしてんじゃねぇよ……」

「はうあっ」


 シングが手に取っていたのは、簡素な包装のキャンディ。

 何か明らかに「ポイズンですよ」と主張するドクロマークがプリントされているのは気のせいか。


 そう、この店、壁にかけられた武器よりも、棚に並ぶ駄菓子類の方がラインナップが充実しているのだ。


 で、さっきの物騒な大声の原因は何だろうか。


 声のした方向は、レジカウンター。

 そこにはやたら露出の多い服……というか、胸と腰から太腿にかけてしか隠せていないナイスな女性。


 その女性とカウンターを挟んで向かい合うのは、この店の店主らしい魔人の男。

 白髪と白い髭から見て絶対に若くは無い。角も片方折れてしまっている。


「なんじゃい。大声出さんでも聞こえるぞい、痴女のねーちゃん」

「私は痴女じゃない! この格好は、露出してると野郎どもの視線が集まるから、それが楽しいだけよ!」


 痴女じゃねぇか。

 なんだあの心躍る素敵なお姉さんは。


「って、話はそこじゃないのよ! なんなのよこの剣! こんな気味悪いの、いらないわ! 返品よ返品!」

「ねーちゃんよ、これ昨日買ってったばかりじゃないか。即日破局ってのは、いくら武器相手とは言え可哀想じゃあないかい?」

「冗談じゃない!」

「仕方無いのう」


 店主は「やれやれ」と言った感じでレジから金を取り出し、女性の方へ。


「もうこんな店、二度と来ないから!」


 女性はプンスカ怒りながら金を受け取ると、俺達の横をさっさとすり抜け出て行ってしまった。


「何なんだ、今のは」

「俺に聞かれてもな……」

「お、珍しいのう、1日に2組も客が来るなんて」


 店主らしい老魔人が俺達に気付き、店の不況っぷりが伺える発言をする。


 ……薬局の店員さん、何でこんな店を勧めて来たんだ……


「ところでお客さん、武器をお探しなら、この剣とかどうじゃ」

「……今のやり取り見てて、買う訳ねぇだろ」


 老魔人が手に取ったのは、先程の痴女さんが返品してったらしい、カウンターに置かれていた剣だ。

 漆黒の柄と鞘を包む様に、植物の蔓をイメージした様な金色の装飾が走っている。


「カッコイイぞ、これは」


 店主は見せつける様にその刀身を抜く。

 すると、中二病を刺激する漆黒の刀身の両刃の剣が現れた。


 なんつぅか、暗黒騎士とか、魔王とかが好んで使いそうな印象だ。


 その印象は間違いでは無かったらしく、「あぶっし!」とサーガのテンションが爆上がりである。

 ……いや、でもあれ問題あるっぽいぞ。

 だってさっきの痴女、相当頭にキテたっぽいし。


「サーガ様がお気に召したぞ! あれで決まりだな!」

「ふざけんな」

「なぜだ?」

「そうじゃぞ。今なら10万Cの所を5Cで売ってやるわい」

「おい凄まじい値下げだぞ! 買うしか無いんじゃないか!?」

「だう!」

「その値下げ幅がものすごく不安を駆り立てるんだよ……」


 一気に値段が2万分の1になるとか、曰くつきどころか確実に何人か死んだレベルの呪いかかってるだろう。


「絶対にあれだけは買わん」

「でう! あやう!」

「お前があれで颯爽と闘う姿が見たい、と言っておられるぞ」

「って言われてもな……」


 確かにデザインはカッコイイっちゃカッコイイのだが……


「じゃあもういい。タダでやるからもってけ」

「本当かご主人!」

「いやいやいや! 今ので確信した! それ持ってるだけで危ない系の代物だ!」


 じゃなきゃ武器商人がタダで人に剣をやるなんてあり得るか。


「大丈夫じゃて。たまにちょっと奇声を発するくらいで、害は無いぞ」

「奇声を発する時点で害の匂いがプンプンするんですが!?」


 とか何とか言ってたら、件の黒い剣から「クキキキキキ……」という不快な笑い声が……


「夜は寝室に持ち込まない様にな、寝首を……いや何でも無い。ほれ」

「いらねぇぇぇぇぇ!」

「なぜだ、タダでくれるというのだから、もらっておいて損は無いだろう」

「いや、絶対そいつ災厄とか運んでくる系だって! っていうかサラッと言いかけてたが持ち主の寝首をかく可能性あるっぽいぞ!?」

「いいからいいから」


 剣を鞘に収め、店主はなんと、それをポイッと放った。


「なっ!?」


 手元に飛んできたそれを、俺は思わず空いている片手でキャッチしてしまう。


 次の瞬間。


「……ん?」


 何か今、一瞬、違和感があった。

 こう、この剣の接触部分から、何かを吸い上げられた様な……


「……ほう、俺っち全開の魔力ドレインを受けても、平然としてるたぁ大したタマだ」

「……!?」


 どこからか聞こえた、不思議な声。


 ……気のせいだろうか、今、俺の手に握られている剣が、喋った様な……


「気に入ったぜ。俺っちを持っていけ、クソガキ」


 気のせいじゃ、無いっぽい。


「おお、喋る剣か。魔剣の類だな。珍しい」

「あう」

「なっ! おいチビっ子! 俺っちに気安く触んな! おいクソガキ! こいつどうにかしろ!」

「……いや、待て、色々理解が追いつかない」


 魔剣……魔剣って、あれか?

 妖刀、的な……


「おお、『コクトウ』がそれだけ元気になるとは……お前さん、相当の魔力を持ってる様じゃの」

「お、おい…これ、一体なんなんだよ……?」

「『これ』たぁ何だクソガキ! 俺っちは泣く子もショック死する天下の魔剣『コクトウ』さ…やめろってばチビっ子! あ、そこ触っちゃや…あっ――」

「あいー、あう!」


 右手には魔王の息子、左手には喋る魔剣。

 ……何だろう、俺は今、一体どういう状況に置かれているんだろう。


 冷静に考えてみても、よくわからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ