9、 うれしい約束(やくそく)
「……して、兄上。南の戦況は如何か」
小さくなっているぼくの頭の上を、大人たちの会話がとびかった。
よびつけられて急に無視されたぼくは、ひどくいやなきもちになってゆかをみつめた。心の中ではすっかりふてくされていた。
『年取ったお兄さま』は、そんなぼくの頭をあいかわらずくしゃくしゃとなでながら、『斧を教えてくれるお兄さま』の問いかけに答えている。
「だいぶ厳しい状況ですな。とつぜんキリスカチェにせめ入ったフリカ族の後ろにはコヤという大国が付いている。コヤ族が相手となると、われわれも全軍総出の覚悟で臨まねばなりませんからな」
「おそらくこのままでは済まない。どの部隊も、いつでも出陣できるよう準備を整えておくこととしよう」
『斧のお兄さま』がふだん知るやさしい声とはうってかわって、低くきびしい声でつぶやき、だれかをよびよせて早口で何かをつたえている声が聞こえてきた。
どうせぼくには分からないだろうと、ぼくの目の前でへいきで何か大事な話し合いがおこなわれているのが、ぼくには不愉快だった。
『年取ったお兄さま』の手は、あいかわらずぼくの頭をなでつづけている。子犬のように何も知らないふりをしてうつむいているのが、ここでのぼくの役目なのだろう。でも六才のぼくにも、そこにいる大人たちが、みな大きな不安をかんじているのだということはわかった。
「ビカラキオ将軍がつねにコヤの監視を続けています。逆に向こうもそれを承知でこちらの出方を窺っているのです」
ぼくはさっと顔を上げ、『年取ったお兄さま』を見上げた。ぼくのようすに気づいて、お兄さまはぼくの方を見下ろした。
「ああ、ユタも『お父さま』のことが気にかかるのだな」
「兄上、よけいなことを言わないでいただきたい。ユタはすでに皇族の一員、将軍の夫婦とはもう会うことはないのです」
「それはかわいそうだ。物ごころつく前からいっしょにくらしてきた両親に、あるときからぴったり会えなくなってしまうとは! ユタ、この戦が終わって将軍が帰ってきたら「おとうさま」と「おかあさま」に会わせてやろう」
『年取ったお兄さま』の言葉には、この国でいちばんえらいはずの『斧のお兄さま』も何も言えないようだった。「ユタもはなれがたくなるので、一度だけです」と言って、それ以上反対しなかった。
『年取ったお兄さま』は、ぼくの気持ちを分かってくれる神様みたいな人だ。ぼくがうれしそうにお兄さまを見ると、「何と正直な子よ!」と言ってまた頭をくしゃくしゃとなでた。
「ユタのためにもこの戦を早く終わりにしなければならないな。待っていろ、私がかならず将軍をぶじに帰してやるからな」
きっとこのお兄さまなら、ぼくのねがいをかなえてくれる。ぼくはお兄さまが、戦が終わらせて『お父さま』をぶじに都に帰してくれるだろうとしんじた。
 




