6、 花の中の少女
ある日、ぼくは宮殿の中で、オマやほかの友だちとかくれんぼをしていた。
いつもぼくのかくれる場所はオマにはすっかりお見とおしで、さいごまでかくれとおせたことがない。
今日こそは、さいごまで見つからないように、とっておきの場所を見つけてやろう。そう思って宮殿の中をさがして回った。
ぼくたちがいつも遊ぶ中にわやわたりろう下ではどこにかくれてもかんたんに分かってしまうだろう。ぼくは宮殿の奥へ、奥へとすすんでいった。
いつのまにか見なれない場所に来ていた。
入ってはいけない場所の入り口にはかならず番兵が立っているから、そんな場所にまちがって入りこんではいないだろう。番兵に止められたら引きかえせばいいのだと、そのままずんずんと奥へすすんでいった。
とつぜん、ひらけた場所に出た。
ぼくの部屋の近くにある中庭よりも少しせまい庭があった。
いつも見なれた草地の中庭とはちがう、石だたみがきれいにしきつめられた庭のまん中に四角い石の桶がおかれている。その中にはたっぷりと水がはっていて、あふれ出した水が桶のまわりに、膜をはるように流れ落ちている。水桶のまん中からコポコポとかろやかな音を立てながら、後から後から水がわいていた。
水桶をかこむようにせの低い木が数本うえられていて、その木のえだには細長い花がいくつもつり下がっていた。
桶の右がわの木には白い花、左がわの木には赤い花、その二本の木から落ちた花は桶の水面にうかんで紅白の模様を作っている。流れ落ちる水といっしょにこぼれ落ちた花が、桶のまわりをうめていた。
木もれ日が水面に落ちてきらきらと小さくかがいている。ぼくはうっとりとして、その水桶に近づいていった。
思わず桶の水面に手を入れて、すんだ水のつめたさをたしかめようとしたとき、とつぜん上から声がふってきた。
「ちょっと、あんた! ここで何やってんの?」
びっくりして上を向くと、さっきは見えなかったのだが、赤い花をさげている木のえだの中に、女の子がすわっていた。白っぽい地に小さな赤い模様が点々とえがかれた服を着ているので、遠目に見たときには木と花にまぎれて気づかなかったのだ。
ぼくはあまりにもおどろいてしまって、しばらく口がきけなかった。すると女の子はふきげんそうな顔でひらりと木からとびおり、ぼくの目の前に立った。
「ここで何やってんのかってきいているのよ!」
女の子はかた手をこしに当て、かた手のひとさしゆびをぼくの首につきつけるようにしてつめよってきた。
「友だちに見つからないように、かくれる場所をさがしてたんだ……」
「いじめられてるの?」
女の子は楽しそうにまゆと口のはしをつり上げる。ひどくいじわるな顔だった。
「そういうわけじゃない! 遊んでいただけだ!」
くやしくなって、ぼくは大声で言った。
「何、ムキになってんの? ばっかみたい!」
今度は両うでを組んで横を向き、ニヤニヤした顔だけをこちらに向けてそう言った。
同じくらいか、ぼくよりも少し年上に見える。
宮殿の中では女の子とこんな風に話すことはなかったから、ぼくはそれだけでもとまどっていたのに、女の子のたいどはすっかりぼくをばかにして、そのはんのうをたのしんでいる。はじめて会ったのに、こんなひどいことをする人をほかに知らなかった。
「そんな理由なんてどうだっていいのよ。ここはね、よそ者が入って来られる場所じゃないの! 見つかったらコレよ!」
女の子は右手を水平にして首に当てて見せた。首を切るまねだ。
しかし同じ宮殿の中だ。入ってはいけない場所には番兵がいて教えてくれるはずだ。ここまで来られたのだから、ぼくはあやしい侵入者ではない。
「ぼくは宮殿に住んでいるんだ。よそ者じゃない!」
「はあ? 宮殿の人間だからって、男は入っちゃいけないのよ! ここはアクヤリャのやかただから!」
女の子のことばにあおざめた。
『アクリャ』とは太陽の巫女たち。神殿につかえる少女たちのことだ。
その少女たちのすむやかたには、けっして男性が入ってはいけないというきまりがある。
しかし、アクリャのやかたは宮殿とははなれた場所にあって、入り口は番兵に守られているはずだ。こんなかんたんに入って来られるはずはなかった。
「ぼくは宮殿でかくれんぼをしていたんだ。アクリャワシに来られるわけがないじゃないか。ここは宮殿の中だ」
すると女の子が大声でわらい出した。
「宮殿のうらから、いつのまにか外に出て、このやかたのうらに入りこんだんでしょうよ! 自分でどこにいるのか分からないなんて、まぬけねぇ!」
ぼくはその言葉で、顔からすうっと血の気がひいていくのが分かった。
アクリャワシにしのびこんだり、アクリャに近づいたりした人の、よにもおそろしいバツのことは、こわいものずきの子どもたちの間でひそかにうわさになっていたからだ。急にだまって、きょうふに顔をひきつらせているぼくのようすに、女の子はさっきまでのかち気なたいどを少しやわらげた。
「……いやだ。本当に知らずに入りこんじゃったの?」
それでも顔のはしが楽しげにひくひくとゆれている。
「だいじょうぶよぉ。今はおつとめの時間だから、みんな神殿に行っているわ。ここにいるのはあたしひとり。あたしの言うとおりにすればだまっててあげるから!」
女の子を見つめると、ひっしにわらいをこらえているのがわかった。ぼくはよけいにせなかにさむ気を感じた。
「ねぇ。あんたが入ってきたうら道をあたしに教えてちょうだい……」