5、 夢(ゆめ)の中のやさしい声
あるときぼくは、お部屋をたずねてきたお兄さまにおねがいをした。
「お兄さま、お兄さまはこまっている人のねがいを何でもかなえてあげることができるのでしょう? ぼくもおねがいがあるのです。ぼくはほかの子のように、お母さまやお父さまがほしいのです。いっしょにくらす家族がほしいのです。
お兄さま、どうかぼくのねがいをかなえてください」
ぼくの話にしずかに耳をかたむけていたお兄さまは、話が終わるとそっと目を閉じてうすく長くため息をついた。お兄さまの閉じた目が、小さくふるえているのがわかった。
ぼくはお兄さまに叱られるのかもしれないと思って、びくっとかたをすぼめて少しあとずさりした。
「ユタ……」
小さな声でぼくの名前をよぶと、お兄さまは目を開けた。そのときのお兄さまの目がうっすらとぬれて、閉じる前よりもやさしい……やさしいというよりはかなしい目になっていたのがわすれられない。
「……はい」
ぼくの言葉でよわよわしい表情になってしまったお兄さまにショックをおぼえて、ぼくは少しうつむいて上目づかいにお兄さまを見ながら小さく返事をした。
お兄さまはそんなぼくのほうに手をのばすと、両手でぼくのほほをつつんで、しんけんな顔でぼくの目を見つめた。
「ユタ、おまえの母親は大地の女神であり、父は太陽の神なのだ。おまえは神からつかわされた子なのだよ。
たしかに、ともに生活し、ふれ合うことができる親がいないのはさびしいだろう。しかしおまえは両親のぬくもりを感じることができるはずだ。おまえの父は、つねにおまえにあたたかな日ざしをそそぎ、おまえの母は、今このしゅんかんも、そのうでにおまえをだいているのだ。それでもぬくもりがほしいなら、私が母のかわりにこうやっておまえをつつんでやろう。
だからそのようなことは言うのではない。おまえをだいている大地の母がなげくぞ」
お兄さまは、ほほをつつんでいた手をぼくのせなかに回して、力強くだきしめた。
お父さまとお母さまが神さまだなんて話は、いくらなんでもしんじることはできない。お兄さまはぼくが小さいからそう言えばごまかせると思ったのだろうか。
でも、どんなにたのんでもお兄さまは、ぼくのお父さまとお母さまのことを話してはくれないのだろうということはわかった。そしてそれがぼくのためを思って言っていることなのだということも、お兄さまの顔を見ればわかる。
それに、お兄さまのうでの中はとてもあたたかくて、ぼくにはお兄さまがいればお母さまはいらない気がした。
その日から、夜ねる前には、あたたかい大きな手のお母さまがぼくをつつんでいるすがたを思いえがくようになった。
神さまにえらばれた子どもというのはうそでも、大地の女神さまがぼくをだきかかえていることは本当だ。そう思って目をとじると、ばあやが歌う子もりうたにまじって、どこからかやさしい声がぼくをよんでいるような気がした。
いずみからながれ出る水の音のような声だった。
『ユタ……ユタ……おやすみ、ユタ』
きっと会うことのできないお母さまがどこかでぼくを呼んでいるのだと思った。
たしかにだれかがぼくをだきしめているようなかんじをおぼえて、ぼくは安心していつの間にかぐっすりとねむっていた。