24、 カパコチャのおまつり (その1)
ぼくがどうすることもできないでいるうちに、カパコチャのおまつりの日はやってきた。
ぼくはその日が来るまで、カントゥータの花を部屋にかざって、ピウラをすくってもらえるようにねがいつづけていた。
カントゥータの花はそのうち、かれて小さくなったり、ぽろんとゆかにおちたりしてしまったけれど、とうとう何もかわらなかった。
その日はよくはれて、たくさんの人がまちに集まってきていて、朝早くからまちの中がとてもにぎやかだった。
その何日か前に、ばあやから、だいじなおまつりなので、ぼくも宮殿の人たちとならんでおまつりのようすを見ていなくてはいけないといわれていた。
宮殿の人たちはみな、おまつりのために新しい服を用意したらしい。
その朝ぼくも、新しいみどり色の服を着せてもらった。かみにはきれいなくみひもをまいて、ぴんとのびた七色の鳥のはねをさしてもらった。
おめかしをしてもらっても、ちっともうれしくはない。それよりも、りっぱな服に着がえさせてもらったとたん、ぼくのきもちはよけいにしずんでしまった。
そしてその朝、ひとつだけのこっていたカントゥータの花が、ぽろんとゆかにおちた。
着がえが終わると、ばあやに手を引かれてまちへと出かけた。その日のまちは、とにかく人がいっぱいで、前のようにひとりでは、とてもまよわずに歩くことなどできそうになかったからだ。
宮殿の前の広場には、前にはなかった大きな舞台が作られていた。大人の背たけほどの高さのその舞台から、下へおりるはしごがのびていて、はしごをおりた場所には三台の輿がおかれていた。
どの輿にもたくさんの花がかざり付けられていて、いろとりどりのリボンでむすばれている。でもいちばん目立つのは、輿の四すみに立てられた柱にむすびつけられているまっ赤なカントゥータの花えだのたばだった。
よく見れば、まちのあちこちにカントゥータの花がかざられていて、人びともみんな、それぞれカントゥータのえだを手にしていた。
「ぼっちゃま、ここでおまちください」
とつぜんばあやが、ぼくをおいてどこかへ行ってしまった。しかし、すぐに帰ってきたばあやの手には、カントゥータの花えだが二本にぎられていた。
そのうちの一本をぼくに手わたして、ばあやは言った。
「おまつりが終えるまで、この花をだいじに持っているのですよ。これには、カパコチャさまたちが、神さまのもとでしあわせにくらせるようにと、ねがう意味がこめられているのですから」
すでに、花売りのおばあさんから、カパコチャのことは聞かされていたので、ぼくはただ、ばあやにうなずくだけでよかった。
宮殿の人たちといっしょにならんで、舞台の横で待っていると、やがてまちの中が、今までよりもずっとさわがしくなった。
にぎやかなたいこの音やふえの音が聞こえてきた。人々はなにやら大声でさけび出した。
そして舞台の上に、何人もの人が上がっていった。みんな、あざやかな色の服とマントを着て、りっぱな頭かざりをつけていた。
そしてさいごに舞台に上がったのは、今までのだれよりもきれいな服やマントを着て、まぶしい金のかんむりをかぶったお兄さまだった。
お兄さまのすがたが見えると、たくさんの人がいっせいにさけんだ。その声はまち中がふるえるくらいに大きかった。
しばらく人々のさけぶ声がひびいていた。
それがだんだんとおさまってきたとき、またにぎやかな音楽がながれはじめた。それに合わせてまた、おおぜいの人が舞台に上がっていった。
その大人たちのあいだに、子どものすがたがあることに、ぼくは気づいた。けれど、それが、ピウラたちだということに気づくのは、おそかった。
大人たちに手をひかれて、オマの兄さん、ピウラ、クワンチャイが舞台の上に上がっていった。
さいしょのうち、それがだれだかわからなかったのは、三人とも、きれいな大きいマントをはおって、たくさんのかざりを身につけていたからだ。とくにクワンチャイは、大きな大きなはねかんむりをかぶっていた。
三人とも、ぼくが知っているすがたとは、ぜんぜんちがっていた。まるでちいさな女神さまと神さまがそこにいるみたいだった。
舞台の上にならんだ三人に、大神官らしい人が、なにかおそなえものを手にして、じゅんばんにひとりひとりの前に立ち、長いおいのりをとなえていった。
それがおわると、こんどはお兄さまが立ち上がった。お兄さまはピウラたちの前にやってくると、ひざまずいて、ふかくふかくおじぎをしたのだ。
この国でいちばんえらいはずのお兄さまが、そんなふうに頭を下げるなんて、ピウラたちはほんとうに神さまになってしまったのかもしれない。
ぼくは、きゅうにさみしくなった。さみしくなって、ピウラをすくいたいなんて思っている自分がはずかしくなった。
たくさんの人がまた、さけび声を上げた。その中には、なきごえのようなものも聞こえてきた。苦しんでいる人たちが、ひっしにピウラたちにたすけてもらいたいとねがっているのだろう。
ひざまずいていたお兄さまは、立ち上がってピウラたちに近づいていった。
まず、オマのお兄さんをだきしめ、それからピウラをだきしめ、さいごにクワンチャイをだきしめた。
お兄さまからのあいさつが終わると、三人は、おおぜいの大人たちにつきそわれながら、はしごを下りていった。そしてあの、花でいっぱいの輿にそれぞれのりこんだ。
三台の輿は大きな男の人たちにかつがれて、まちの中をすすんでいった。
オマのお兄さんをのせた輿が通りすぎるとき、その道の向こうに、オマのすがたが見えた。オマは目をまっかにして、輿が通りすぎていくのをじっと見ていた。
つぎにクワンチャイの輿がちかづいてきた。花でかざられた輿のなかにすわっているクワンチャイは、本物の女神さまのようだ。
ちょうどぼくの横に来たときに、クワンチャイがぼくのすがたに気づいた。ぼくに、にっこりとわらいかけると、クワンチャイのくちびるが、何かを言った。
「ずっ・と、わ・す・れ・な・い・で・ね」
ぼくは何度もうなずいて、大きく手をふった。クワンチャイはぼくにうなずきかえして、マントのかげから出した手を小さくふった。そのすがたはあっというまに通りすぎていってしまった。
最後にピウラの輿がやってきた。
クワンチャイのように、ピウラもぼくに気づいてくれると思っていたのに、ピウラはまったくこっちを向かなかった。ただじっと前を見ていた。
それでもぼくは、ピウラに向かって大きく手をふった。
でもけっきょく、ピウラは一度もぼくの方を見ないまま、輿は通りすぎていってしまったのだ。
 




