2、 石の広間
それから何日かして、ぼくはばあやに手を引かれて、今まで入ったことのない宮殿のりっぱな部屋につれて行かれた。大きな部屋の四角い入り口の前で、ばあやは少しこわい顔でぼくを見つめて言った。
「いいですか。ここから先に入ったら、けっしてお話をしてはなりませんよ。音を立ててもなりません。お部屋の正面にはお兄さまがすわっていらっしゃいますが、お兄さまに話しかけることも、お顔を見ることもなりません。おやくそくできますか?」
いつもおだやかな笑顔のばあやが、けわしい顔で言うのを聞いて、ぼくはしんけんな顔になって、首をたてにふった。そのひっしなようすを見て、ばあやはきゅうに笑顔にもどって、ぼくのせなかにやさしく手をそえた。
「よい子ですね。さあ、まいりましょう」
ばあやにかかえられるようにして入ったその部屋はうすぐらく、外の明かりからきゅうにくらがりに入ったためにいっしゅん何も見えなくなった。
目がなれてきて、ようやくじんわりとあたりが見えるようになって、ぼくは思わず声を上げそうになった。ばあやとのやくそくを思い出して、とっさに手を口に当てて、たえた。
ぼくの部屋がいくつも入ってしまいそうに広く、天井は空までつづいているのではないかと思うほど高い。屋根のある広場みたいだ。そしてその大きな広場をかこう高い高い石かべには、ぐるりと金のおびがはられていて、はるか上の方に小さなまどがいくつも開いていた。
入ったしゅん間はなんてくらいところだろうと思ったけど、目がなれてくると、高いところにあるまどからさしこんでくる、いくすじもの光が、みがかれた石かべや金のもようにはね返り、部屋中がやわらかい光につつまれていた。
目の前をさえぎっている光のすじの向こうがわ、入り口から部屋の一番おくになるその場所に、りっぱな石のいすがあって、そこにとてもきれいな衣しょうを着た人がゆったりとすわっている。そしてその人の両わきをまもるように、やはり美しい衣しょうを身に着けた何人もの大人が立っていた。
『お部屋の正面に……』
ばあやの言葉を思い出して、ぼくはおどろいた。それなら、あのいすにすわっているりっぱな人はお兄さまなのだろうか。顔を見てはいけないと言われたが、そのおくにすわる人まではかなりきょりがあって、しかも部屋にまっているほこりをてらしている白い光のおびがじゃまをして、それがだれかなどまったく分からなかった。
その人物がよく見えない位置にいることで、ぼくはほっとしていた。
おくにならんだりっぱな人たちから、かなりはなれた位置に、今度はぎゃくに、あわれな身なりをした人が何人もひざまずいていた。その人たちのせなかにはみな、なぜかおもたそうな石がおかれていて、それにおしつぶされるようにうつぶしている。
そのすがたを見て、心がずきんといたみ、せすじがさむくなった。
石をせおった人たちのひとりが、なきそうな声で話し出した。
「どうか、われわれの村にお慈悲を。灰は天までとどきそうにふりつもり、作物はかれ、家畜はほとんど死にたえました。どうか、どうか……」
石のおもみで声がかすれて、さいごのほうはそれでも力をふりしぼって悲鳴を上げているようだった。ぼくはその光景がおそろしくて泣きそうになった。それをこらえるために、ばあやの腕を力いっぱいつかんでいた。