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18、 さわがしい都(みやこ)



『年取ったお兄さま』の死のしらせがきっかけとなったかのように、それから町中がさわがしくなった。町のさわぎは、宮殿(きゅうでん)の中にまでひびいてきたし、そのせいで宮殿の中の大人たちも、だれもがおちつかない様子(ようす)だった。

 これまでとは、なにかがちがってきていることに、小さな子どもたちでさえ気づいていた。


「南のほうで大きな戦争(せんそう)がおこなわれているそうだよ」


「北のほうの神さまの山が火をふいたそうだよ」


 どこからか聞いてきた話を、子どもたちは得意気(とくいげ)に友だちに話した。遠い場所で起きていることだから、自分にはあまりかかわりないという気もちから、そんな話をかるがるしくできるのだろうけど、そのせいでお兄さまを()くしたぼくには、それを聞くのはとてもつらいことだった。



 ある朝、ちょうどぼくの前に朝食がはこばれてきたとき、宮殿の外のさわぎが、風にのってぼくの部屋にまで聞こえてきた。


「どうか、おめぐみを! おめぐみを!」


 その声を聞いたぼくは、食事を目の前にして、それに手をつけることができないでいた。


「ばあや。あの人たちは、なぜあんなにさわいでいるの?」


「さわがしくて気になりますか。でもあの(もの)たちが宮殿の中に入ってくることはありませんよ。ご安心なさってください」


「そうじゃないんだ。あの人たちは苦しんでいるの?」


「北の神の山のふもとから、(みやこ)に逃げてきた者たちです。神の山が火をふき、あの者たちの村をつぶしてしまったのです。けれど、ぼっちゃまのお兄さまは、村がつぶれる前に、ちゃんと都にあの者たちの住まいを用意して、あの者たちのひっこしをすませておかれたのです。だから、だれも死んだりはしなかったのですよ」


「それなのに、なんであんなにつらそうな声を出しているの?」


「おそらく、くばられる食べ物だけでは満足(まんぞく)できないのでしょう。北の村は、ゆたかな村でしたから」


 ぼくは、食事のおわんをばあやにさし出した。


「これを、あの人たちに持っていってあげてよ」


 するとばあやは、ゆっくりとしゃがみこみ、少しこわい顔を、ぼくの顔と同じ高さに合わせて、じっと見つめた。


「これを、あの者たちに持っていったら、何が起こると思いますか?」


 ぼくは首をかしげた。


「このわずかな食事を取り合って、おおぜいの者たちがあらそいをはじめるでしょう。

 ぼっちゃまのお兄さまは、十分とはいえなくても、あの者たちにひとしく食事を分けあたえるようにされているのです。とくに、小さな子どもや、病気やけがをして動けない者や、年よりには、じゅうぶんな食事が行きわたるように気をつけていらっしゃるのです。すると、あのように元気のある者たちは、まだまだ足りないと感じるのでしょう。

 本当に大切なのは、あのように声を上げることもできない者たちを、たすけることなのですよ。

 ぼっちゃまが今しなくてはいけないことは、食事をきちんと食べて、立派(りっぱ)な体を作ること。大きくなってお兄さまをおたすけすることができるように、じゅんびをすることなのです。そうでなければ、あの者たちを本当に(すく)ってやることは、できないのですよ」


 ぼくは、そう聞いても、すぐに食事をすることはできなかった。

 そんなぼくの手から、ばあやはそっとおわんを取り上げると、つくえの上にのせ、ぼくのせなかをそっとさすった。

 しかたなく、ぼくは小さなかけらをつまんで口の中に入れたけれど、心の中は、とてもかなしい気持ちでいっぱいだった。



 宮殿の中では、めし使いたちが、顔を合わせれば、今外で起きていることをうわさし合っていた。友だちの話やそんなうわさ話で、宮殿の外に出られないぼくにも、何が起こっているのかが、だいたい分かった。

 はじめはおどろいたり、ふあんに思ったりしていたものが、同じ話を何度も聞いているうちに、すっかりなれて、あまり大変なことに思えなくなってきてしまう。都のさわぎも、やがていつもと変わらないふつうのできごとと思えるようになってしまった。


 ただ、お兄さまが(おの)のけいこにやってくることはなくなったのだ。

 ばあやの話では、大きないのりをささげるために、食事をとらずに神殿(しんでん)にこもっているのだという。

 お兄さまはやがて、戦争に行ってしまうのだ。

 ぼくはこのまま、お兄さまに会えなくなることが心配だった。 

 ピウラも、お兄さまも、いつでも会えると思っていた人が、ぼくのまわりからどんどんいなくなっていくのが、とてもさびしかった。



 ある日、ぼくの耳に、気になるうわさ話がとびこんできた。宮殿の井戸(いど)のまわりにめし使いの女の人たちが集まって話をしていたのだが、それは、今まで聞きなれた話とは少しちがっていた。


「いよいよ、カパコチャのおまつりが行われるそうよ。前の皇帝(こうてい)さまのとき以来だから、十数年(じゅうすうねん)ぶりになるわね。わかい者たちは、お祭りのことすら知らないでしょうよ」


「やはり、(いくさ)災害(さいがい)がつづいたせいなのね」


「いまの皇帝さまの即位(そくい)のときに、この大事なお祭りを行わなかったから、(わざわ)いが続くのだという人もいるらしいわよ」


「それはしかたないことだわ。だっていまの皇帝さまは、あの大変(たいへん)な戦争のすぐあとに即位されたんですもの。カパコチャのお祭りを行うには何年も準備(じゅんび)がいるのよ。ようやく準備がととのったということなんでしょう?」


「人のうわさなど、かってなものよ。それならまだしも、いまの皇帝さまは、ご自身(じしん)のお兄さまをだまして、むりやり皇帝になったという者だっているそうよ。これだけゆたかな生活がおくれるようになったのは、どなたのおかげだと思っているのかしらね」


「ともかく、カパコチャが行われるとなると、今よりもさらにいそがしくなるわ。お国のためよ。がんばりましょう」


 そう言って、めし使いたちは、井戸のまわりからはなれていった。

 ぼくの心に何かがひっかかった。そしてはっと思いつき、いそいで『金の部屋』のほうへと走って行った。





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