17、 かなしいしらせ
それからひと月たっても、ピウラはやってこなかった。
『金の部屋』を見たとき、少し元気を取りもどしたのに、しばらくすると、また不安になってきた。やはりピウラは、もうぼくに会ってはくれないのだろうか。
部屋の中にこもることはなく、いつもどおりに友だちと遊ぶようにしていたけれど、ピウラのことを思い出すとつらくなって、ぼくは、そのたびに『金の部屋』に行った。
たまに、大人たちがその部屋の前に集まっているときがあったが、たいていそのあたりに人のすがたはない。
だれもいないのをたしかめて部屋に入り、その奥にかざられてある戦士と花の絵を見つめるのだ。
絵を見つめながら、ぼくは自分がおさなくてわがままだったことを反省した。わがままをとおして、だれかをきずつけてしまうことのないように、これからは気をつけようとちかった。
だから一度だけでも、ピウラにあやまる時間をくださいと、おねがいした。
そうしているうちに、いつの間にか、本当のお母さまに会いたいとか、育ててくれたお父さまとお母さまに会いたいと思う気持ちは、なくなっていた。
それよりも、ぼくが宮殿でくらさなければいけないのはなぜなのかを、考えるようになった。
そんな気持ちに変わっていったころ、ぼくはおどろくようなしらせを聞かされることになる。
その日、いつもの時間にお兄さまがやってきた。
ぼくは、前よりもずっと斧のけいこにしんけんにとり組むようになっていたから、お兄さまがやってくるのも楽しみに待つようになっていた。
斧を持って、すっかり準備をととのえていたのに、お兄さまは言った。
「今日のけいこはお休みだ。それよりもおまえに大切な話がある。しっかりと聞きなさい」
そう言って、お兄さまはぼくの部屋に入ってきて、寝台にすわった。
なぜか、ばあやが目をうるませて口をおさえ、お兄さまに軽く頭を下げると、さっと部屋の外へと出て行ってしまった。
ふたりきりになると、お兄さまは自分の横を手ではたいて、きびしい顔で「ここにすわりなさい」と言った。
こんなことははじめてで、ぼくは体がふるえた。お兄さまの話がよくないことだということが、何となく分かった。
言われたように、ぼくはそろそろと、お兄さまのとなりにすわった。
「ユタ、お父さまに会わせてやることができなくなった」
ぼくはもう、そんなやくそくをすっかりわすれていたから、お兄さまがまだ覚えてくれていたことのほうがおどろきだった。
しかし、お兄さまの話は、そんなことをあやまるためのものではないことは分かっている。
その先のことばをお兄さまの口から聞くのがこわくなって、ぼくの方から先に聞いた。
「……もしかして、お父さまは、死んでしまったの?」
ぼくの声がふるえていることに気づいて、お兄さまはやさしくほほえみ、首をふった。
「だいじょうぶ。死んではいないよ。ただ、ひどいけがをして、戦地にいるのだ。けががなおるまで、都へもどることはできない」
おとうさまが無事だと知って、ぼくは体の力がぬけていくのを感じた。
「それなら、ぼくは会えなくてもいいです。お父さまが生きているなら、それだけでいいです」
「……しかし、お前に将軍を会わせてやろうとやくそくした『お兄さま』が亡くなったのだ」
お父さまが無事だと知って安心したぼくの体が、またこわばった。
お父さまに会えないことではなくて、ぼくのことを心配してくれたあのやさしい『お兄さま』が死んでしまったことが、大きなかなしみになっておそってきた。
ぼくはわっと声を上げて泣いた。
「すまないが、分かってくれないか。ユタ。
兄上の気持ちを思えば、私が将軍のけががなおるのを待って会わせてやれればいいのだが、おそらく将軍のけががなおる前に、今度は、私が戦地へ行かなくてはならなくなるだろう。
だから会わせてやることができないのだ」
「ちがいます。ぼくがかなしいのは、お父さまとお母さまに会えないことじゃないんです。
ぼくは、死んでしまったお兄さまに会えたことを、なんでもっと喜ばなかったんだろう。お兄さまや、ばあやや、友だちや、宮殿に来て、たくさんの人に出会ったのに、なんでそれを幸せだって思わなかったんだろう。そう考えたら、とてもくやしくなったんです。
お父さまとお母さまは、ぼくのことを考えてわかれたのに。お母さまだって、きっとかなしかったのに。その気持ちも考えないで、会いたいなんて、わがままを言って……。
ぼくはもう、お父さまとお母さまに会いたいとは、思いません。お兄さまや、ばあやや、宮殿にいる友だちや、ここでたくさんの人たちに会えたことが、幸せだって気づいたから。
だから、お兄さまも、ぜったいに死なないでください。大切なお兄さまが、ひとりいなくなってしまった。もう、こんなにかなしいことは、たくさんです」
そこまで言うと、ぼくは顔を手でおおって、しゃくりあげた。
せなかに、ふわっとあたたかい物がかぶさってきた。おにいさまが、ぼくをそっとだきかかえていた。 頭の後ろから、おにいさまの低い声がひびいてきた。
「いつのまにか、いろいろなことを学んだのだな、ユタ。
おまえは、ひとりぼっちではない。それよりも、たくさんの人が、おまえのことを思っているんだよ。
宮殿にくらす者は、やがて、自分を思ってくれた人の数よりも、ずっとたくさんの人々のことを思い、そして救っていかなくてはならないのだ。だから、今、自分が大切にされていることを、しっかりと心にきざんでおくのだよ」
顔をそっと上げると、お兄さまが笑顔でぼくを見つめて、大きくうなずいた。
「だいじょうぶだ。わたしは死んだりはしないからな」
ぼくもお兄さまに、大きくうなずき返した。




