1、 ちいさな皇子(おうじ)
ぼくは、広い広いおやしきのすみの、小さな部屋にすんでいる。
ぼくの部屋にはほかにだれもすんでいないが、近くのお部屋にすんでいるばあやがいつものぞきにきては、
「ぼっちゃま、何かご用は?」
と、しつこいくらいに聞くので、ひとりでくらしている気はしない。
夜もばあやは、ぼくがぐっすりねむるまで、そばでいろんな話をしてくれるし、目ざめると、ばあやだけでなく、おせわをする女の人たちがすでに部屋にいて、「今日は何色の服にしましょうか?」とか、「朝食をお持ちしていいですか?」などと、いろんなことを聞いてくるので、まい朝、本当ににぎやかだ。だからさびしいと思ったことなどない。
朝食を終えると『お兄さま』がやってくる。ぼくはその時間が少しいやだった。だってお兄さまは、ぼくにおもたい石の斧を持たせて、それを何度もふらせるから。ぼくがおもたくてもうできないというと、お兄さまはだまったままうしろに回り、だきかかえるようにしてぼくの腕をにぎると、またむりやり大きくふらせようとするのだ。腕がいたくてなみだが出てきても、お兄さまは止めさせてくれない。もうこれいじょう、腕が動かないと思ったとき、ようやくお兄さまは手を止める。ぼくが腕をかかえて、なみだをためていると、お兄さまはぼくの腕をそっとさすってから、
「よくがんばったな」
と言って、やさしく頭をなでてくれる。
お兄さまのことはきらいじゃない。でも、斧の練習はつらい。いつのまにか、ぼくはお兄さまのすがたを見るだけでついびくびくとして、物かげにかくれるようになった。
「ずいぶんと、きらわれたものだな」
お兄さまは、さびしそうにわらった。
そうじゃない。お兄さまのことはきらいじゃないんだけれど……。そう言いたいけれど、ぼくにはうまくつたえる方法がわからなかった。
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「ねえ、ばあや。ぼくのお兄さまは、どうして大人なの?」
ある日、ぼくは横でつくろい物をしているばあやに聞いてみた。
「この前、オマが言っていた。兄さまというのは同じ子どもで、いっしょに遊んだり、けんかしたりできるあいてなんだって。オマは兄さまといつもけんかしているけれど、いつもいっしょで楽しそうだ。
ぼくのお兄さまは大人だからけんかすることはないけれど、いっしょに遊ぶこともできない。お兄さまは斧の練習をするときだけしか会うことはできない。ぼくはいつもいっしょにいられるお兄さまがよかった」
ばあやは手を止めて、「まあ、まあ」と、こまったようにわらった。
「いっしょに遊ぶおあいてなら、たくさんいらっしゃるでしょう。それはお兄さまでなくてもよろしいのですよ。オマの兄弟は、たまたま年が近いだけなのです。年のはなれた兄弟なんて、たくさんいるのですから。
いっしょに遊ぶことができなくても、ぼっちゃまのお兄さまはこの国でいちばんえらい方なのですよ。ほかの子がかわってほしいといっても、けっしてかわることができないのです。
お兄さまがおいそがしいなかでも、必ずぼっちゃまの斧の練習に来てくださるのは、ぼっちゃまが大きくなって、お兄さまのお相手ができるほどに上手になってほしいからなのです。
しょうらい、ぼっちゃまがお兄さまのそばではたらくようになったら、いつもごいっしょでいられるからなんですよ」
ばあやの言うことは、分かったようでよく分からないことも多かった。ぼくがまだふまんそうな顔をしていると、ばあやは言った。
「そうですね。一度お兄さまがおしごとをされているおすがたを、ごらんになるといいかもしれません。ぼっちゃまのお兄さまが、だれよりもすばらしいことがお分かりになるでしょう」
「いいの?」
「もうすぐ六つになられるんですもの。そろそろ宮殿のことをおぼえていかれてもいいと思います。お兄さまに聞いてみましょうね」
今までの気持ちはふきとんで、ぼくはわくわくしてきた。




