第五十五物語「」
「あーー!!」
回想シーンなんて入るんじゃなかった。
あの後の事を思い出すからだ。
全く、恥ずかしくて死んじゃうじゃないか。
「もう、お嫁にいけな……うぉっ!危な!」
ナイアちゃんの命すら刈り取る鋭い一撃が俺を襲う。
タイミング悪!
まぁ、考え事してた俺が悪いんだけどね?
ボケて死んだとか洒落にならない。
「考え事とは余裕だな!」
はいはい!余裕ですよっ!っと。
思考を共有することによって、飛んでくることが分かる右腕。
つか、格闘戦で共有してもだいたい腕か足だから面白くない。
「っとぅわっ!」
だけど、その拳が常人の速度を遥かに超えていることがいただけないのだけど。
危うく首と胴体がお別れするところだった。
そして、避けることの出来ない二撃目が来ると、バチバチと電撃を放つ。
未だ色をよく持たない、その雷にナイアちゃんは拒否感を全開に距離を離す。
離す距離も一瞬で、そこまで引き離すかというほど距離を離されるので、俺の追撃を防いでる。
さっきからこれの繰り返しだ。
不毛すぎる。
そして、このままだと俺がバテる。
「なら!」
この連鎖を止めるため、雷をさらに伸ばす。
欲しいのは新しい流れ。
雷はナイアちゃんを追うように伸びていくき、その距離を縮める。
「くっ!」
伸びる距離も早さも今まで一。
回避しようと複雑な動きで後ろに下がるナイアちゃんを追い詰めて行く。
「もう少し!」
右にかわすナイアちゃんに斜めに追いすがる雷。
複雑な制御のためか、雷の光は分裂し、色が変色している。
だが、早い!
これで、届く!
「曲がれ!」
最後に意表をつくように複雑なカーブを描くと、ナイアちゃんへと雷はヒットした。
「ぐっ!」
バチバチと青い光を散らし、その雷はナイアちゃんを行動不能へと、
「へっ?」
「こんなもの!」
追い込めなかった。
光は数瞬の間、ナイアちゃんの全身を蝕むようにスパークしたが、それだけ。
雷を浴びた筈のナイアちゃんは、感電するでも、麻痺するでもなく、雷が消えるやいなや、俺へと突っ込んでくる。
くっ、威力が足りない。
慣れない雷の扱いが上手くいってないのか?
もう一撃!
「弾けろ!」
青のスパークを起こす雷は広範囲に押し返す様にナイアちゃんに襲いかかる。
「滑稽だな!」
だが、雷など気にしないというように肌を焼きながらこちらに突っ込んでくる。
「くっ!?がっ!?」
ああ、またかよ、こんにちは肺の中にある空気。
これで、空を舞うのは何度目だろう。
だが、今回はいつもと違う。
俺には雷がある。
地面に雷を突き立てるように放ち、減速。
受け身を取る。
地表に手を滑りながら、体を止めた。
「おー、なんか出来たぁっとぉ!たんま!?」
油断する暇なんて、無かった。
既に目の前に居たナイアちゃんにビビりながら、そこにある拳をかわす。
いや、軽く言ってるけど、たまたまだかんね?
反射神経恐るべし。
って!?思考が読めてない!?
集中しないと。
雷を盾の様に張りながら、相手の思考を、
ズキンっ!
「ぐっ……」
読め無い。
頭痛。
諦めて、白く光る雷を大きく弾けさせる。
だが、その前にできた隙を見逃してくれる道理はなく、いつの間にか肩に擦り傷のような跡がつけられている。
また、大きく距離が離され、仕切り直し。
何度も見た光景で、このままじゃジリ貧。
それに、傷が出来たことより、傷付けられたことを気付けなかっ方が問題だ。
なんだよこれ、デメリット持ちかよ。
「消えろ!」
その強力な一撃を防ぐため雷を使って相殺しようとすると、思考の回転が速くなる。
言い方を変えよう、自分の分の思考しか処理しなくて良くなる。
その陰に隠れていたフェイントには気付けない。
石を蹴り上げられたと気付いた時には、体制を崩しかけている。
頭を潰すとナイアちゃんが、思っていることを理解して、防御しようと電撃を貼ると上手くいかない。
くる場所が分かっているから、ずらすことは出来たが、擦り傷と呼ぶには深い切り傷ができる。
要は、同時に使用することが出来ないのだ。
雷と共有は。
「へっ?」
気付いた時にはもう遅い。
視界がぶれたと思った瞬間、空中を吹き飛ぶ。
今までの大一番。
最大渾身の一撃を貰ったのだとすら、今の俺の体は気付けていない。
チェックメイトだ。
痛みが頭を支配する。
なんてことはない、ナイアちゃんに対応することすら出来ないくらいに疲弊しきってるのだ、俺は。
地面を転がる感覚がいっそ、心地よい。
土がもう、倒れてしまえと俺に囁いているようだ。
加えて、そんな同時に使うことが出来ない能力を交互に使ったことの報い。
ナイアちゃんの思考が上手く読み取れない。
これでは、俺にとどめを刺そうとしてるのかすら、分からない。
あぁ、絶望的じゃないか。
「棍棒、……呼び出し(コール)」
軋む体に鞭を打ち、棍棒を支えによろよろと立ち上がる。
ボヤリト見える範囲でナイアちゃんはそこに止まっていた。
どんな表情を彼女は浮かべているのだろうか。
それすら、見ることは出来ないけれど。
構える。
上手く使えない共有は捨てる。
そもそも、あれは勝つためではなく、負けない為の能力だ。
雷を弱々しく使い、油断させたところで、火力を上げ仕留める。
今の俺に出来ることはそれだけだ。
だから、それに全てを、
「諦めろ……。お前の思考はバレバレだ」
果たして俺は動揺を隠せただろうか。
最早、なす術は消えたと告げられたのだ。
「滑稽だな。お前自身が自身の能力を把握していないなんて」
共有のことを言われたのだと、最初は思った。
だけど、違った。
どれだけ馬鹿なのだろう俺は。
「お前のが顔を隠しても雷の方は正直だ」
まさか、雷の色によって雷の特性が違っていたなんて……。
そんな簡単な事にも気付けなかった。
いや、気にすることすらしなかった。
慢心し奢った。
高ぶり強くなったと勘違いした。
何でもできると本気で信じてさえいた。
能力が使えなかった今だから分かる。
能力を同時に使うことで思考力がまともに機能していなかった。
足掻き、工夫を凝らし、策を練る。
今まで出来ていた当たり前のことが出来なくなっていた。
届かないわけだ。
自身の無能さを笑いたくなる。
「終わりだ。人間」
その言の葉は呪いのように俺の全ては反転させられた。
終わった。
終わった。
終わったのだ。
今思えば実に忌々しい男だった。
こいつのせいで私の全ては捻じ曲げ垂れた。
全てを捻じ曲げて、あまつさえ、最後の決意さえ踏みにじり、得られた結果がこれだ。
いっそ、笑いさえ浮かんでくる。
もう、あそこに戻ることもできないし、ウルティに会うことも出来ない。
ただの一人の人間にここまでされたのだ。
そして、ここまでした上で、私の期待した結果には程遠い、不完全燃焼な結末。
こいつは何がしたかったのだ。
最初にあった筈の怒りはもう霧散した。
絶対に殺すと決めていた理由さえ分からない。
もう、どうでもいい。
私をこんな気持ちにさせたのはある意味評価に値するだろう。
…………。
………………。
……………………。
ここを去ろう。
居場所も無いし、目的も達成できない。
ここに居る意味はなくなった。
そして、私の願いを……、
「…………かせ……ねぇ」
「なっ!?」
いきなり、足元を掴まれる感覚に体がこわばる。
いや、感覚だけではなく実際に神経が麻痺している。
これは、電気。
こんなこと出来るのはただ一人。
バチバチと音を立て体を電流が巡る。
「あがっ!?」
今までで最高出力の電圧に対応が遅れる。
全身が硬直したような感覚と共に体は停止する。
体の自由が利かない。
指一本、動かせない状況では、奥の手を出すことも出来ない。
振り返ることは出来ないが、すべて悟った。
私の後ろにはあいつが立っている。
ありとあらゆる覚悟を決め、次の一撃に全力で対処する様に心が染まる。
初めて後ろを取られ、追い詰められたことに驚愕と歓喜さえ浮かんでくる。
だが、こいつはいつまでたっても私に手を出そうとはしなかった。
折角のチャンスを不意にするとは、微塵も思わなかったから驚きを通り越し呆気に取られる。
硬直が溶け、後ろを振り向くまで2秒もなかったが、数万秒にも感じたその時間。
その先にあったのは、またも、驚き。
奴は、立っていた。
気絶したまま。
体のいたるところから放電し、他を寄せ付けず。
立ち上がり、その体は諦めることを知らず。
その上で奴は、倒れていた。
一言で言えば修羅。
ありえないのだ、こんなこと。
思わず、一歩下がる。
何が奴をここまで動かすのだ。
恐怖すら感じるその光景に答えるものは居無い。
こいつの意識はここには無いからだ。
「馬鹿馬鹿しい」
だが、それら全て錯覚。
奴は動くことも私に害を発することも出来無い。
再びここを立ち去ろうと振り返る。
また、足を掴まれるのでは無いかと、知らず恐怖を覚えながら。
「あら、殺さないの?意外と優しいわね」
だが、それすら許さ無いというのだ。
全く、この一味は鬱陶しい。
こいつも、あいつも。
「ユウちゃんはね。自分が負けることは認めても、それが原因で女の子を救えないことは認める気が無いのよ」
そして、こいつが私にもっとも届きうる存在。
「いつから見ていた」
「さぁ、いつからかしら?」
不敵に微笑むその姿は全く食え無い。
私に存在を気付かせない、その実力はそこを見え無い。
「全く本気を出さ無いと貴女に言われたくは無いわね。全力は仕方ないにしても、何度かやろうとしたことを実行に移さないのは感心し無いわよ?」
そして、全てを見透かした様に話すその態度。
本当に食え無い。
「戦う気はないのだろ?何をしに来た?」
見ていれば分かる。
こいつも人の思いなど平気で無視できると。
「保護者面かしらね?万が一もあるし。まぁ、ユウちゃんにはまだ早かったわね」
「ふん、こいつが何か出来るとでも?」
「出来るわよ?だって期待したでしょ?貴女も」
期待?馬鹿馬鹿しい。
あいつに何ができるというのだ。
「そう思うなら、お前が戦えば良いだろう?」
まだこいつの方が、可能性はある。
可能性があるというだけだが。
「あら、私が期待したって言うのはそっちの方じゃないのだけれど?自殺志願者さん?」
「黙れ……」
私の奥の手を使って攻撃するも、ミラーでそれを返す様に鞭を振るわれる。
本当に舐めている。
「全力出せる準備をすることをお勧めするわよ?」
全てを分かった上のことだ。
本当に腹がたつ。
「次だ……、その時までに終わらせてやるがな」
「次……、その時があってもユウちゃんが終わらせてくれるわよ」
あくまでも自分は関与する気はないと主張するこいつ。
こいつの目的はきっと私とは相容れ無い。
ここに居ても無駄だ。
足に力を入れるだけで、場面が転換する様に風景が変わる。
ここにもう用はない。
「ふざけないで!助けるって言ったじゃない!嘘つき!嘘つきぃ!!」
「止めなさい、ウルティーユ」
「貴方を信じたのに!信じろって言ったのに!どうしてよぉ!」
鬼気迫る表情で僕に襲いかかろうとする一人の少女がいる。
多数の大人に抑えられてもその姿から危険さは消え無い。
「ユウトさん……」
ヒマリちゃんは心配そうな表情で俺を見上げている。
大丈夫。大丈夫だ。
「すいませんでした、色々とご迷惑をお掛けして。出来れば、早急に立ち去っていただけると。本当に申し訳ない」
頭を下げるのは村長だったか、誰だったか。
逃げて行くようであまり好きじゃないけれど、鎌で斬り殺されるのはごめんだ。
今の僕に、それを避ける余裕はない。
「ふざけないで!!私の信頼を!あの子の思いを!返しなさい!!」
そして、今の僕に彼女の言葉をまともに受け取る余裕もない。
「行くわよ?ユウちゃん……」
コクリ、と頭を下げるのが精一杯だ。
そして、これが現実なのだ。
今の、僕に重たくのしかかる現実。
「もぉ〜、ユウトは可愛いなぁ」
「最初っからあんな構ってちゃん救えないんだから、救わなくても関係ないのに」
「失敗しちゃって、ドジっ子だなぁ〜可愛い」
「落ち込んだユウトを私が慰めてあげよう〜」
「そのまま、何も出来なくていいんだよ、ユウトは」
「私が全てやってあげるから」
「ほんと、楽しいなぁ、誰かの不幸は」
「でも、ちょっと残念だよね」
「ヒマリちゃんって子も消えれば良かったのに、あのまま」
「むぅ〜」
「マリナさんも生意気ぃ!」
「ユウトを自分でコントロールしようとするなんて!」
「ほんと、意地汚い」
「ユウトは私一色に染めるの!」
「だから、ほんと消えてよ」
「どうせもうすぐ死ぬんでしょ」
「そしたら、ユウトは独りになるのに」
「私だけのものになるのに」
「そもそもユウトは私だけのものだし、今のこの現状がおかしいのよね」
「どうしよっかなぁ?」
「一気に周り全員……しちゃおうかな?」
「そしたら、目障りな虫は消えるよね」
三章終了です。
完全不完全燃焼な三章でした。
次章ではついにあのキャラとの邂逅です。
そして、閑話は特別編でお送りいたします。