第五十二物語 「word color~あの子のために~」
今回ちょっと長めです。
世界の崩壊は加速する。
驚き、固まったヒマリちゃん達に向かって、立ち上がって歩み寄っていく。
痛みは感じると同時に気にも止めない。
ただ、ただ、己の為に歩き始める。
吸血鬼ちゃんがようやく動きだし、俺を止めるため、ヒマリちゃんから離れる。
ヒマリちゃんは、さっきまで、手を動かすことすら、危うかった俺を見て驚いて固まっている。
吸血鬼ちゃんもこちらを迎撃するためにヒマリちゃんとの距離をおく。
俺は歩くだけで、その距離がお互いの間合いに入った瞬間。
吸血鬼ちゃんの本気の拳が俺の鳩尾に向かってくる。
だが、俺はそれをちゃんと理解し、目で追い、ギリギリで左に反らす。
「!?」
吸血鬼ちゃんは驚きを隠せない。
それも、そうだろう今まで下だと思っていた相手が紙一重で自分の攻撃を防いだように見えたのだから。
いや、ほんとは本当にギリギリだったんだけどね?
まぁ、余計なことはおいといて。
そのまま、そらした手を引き、鳩尾目掛けて、手の平を勢いよく押し付ける。
掌呈。
ダメージより、気管を封じに行く、その一撃は、今まで俺が出したことの無いような速度で吸い込まれていく。
吸血鬼ちゃんは、相変わらず、強く、硬い。
だが、その堅ささえも、今の俺なら、
「ふっ!」
「がはっ!?」
越えていくことが出来る。
そのまま、勢いで飛ばされる吸血鬼ちゃん。
あ、やばい。
「ヒマリちゃん、目を瞑ってくれないかな?」
「え?」
「早く!!」
「は、はい!」
ヒマリちゃんが戸惑っているのを無理矢理、行動させる。
こんな風な命令口調を使うことは、そうそうない。
まぁ、非常事態だから許してほしいんだけど。
直後、俺の右腕が木細工のようにパラパラと崩れ落ちた。
「なん!?」
「だらっしゃあい!」
その光景に驚いた吸血鬼ちゃんに左の手の甲をねじ込む。
そりゃあショッキング過ぎて、隙も出来るよね。
ヒマリちゃんなら、卒倒してたと思う。
「出来れば、ヒマリちゃん。そのまま、目をつぶっててね?」
左手も崩れてきたが問題ない、崩れかけた腕をそのまま叩き込む。
スピードも威力もさっきまでとは段違い。
おまけに。
「吸血鬼ちゃん?これ、なんだか分かる?」
「再生か……」
腕が治癒されていく。
少しずつ生えるようにもとの姿を取り戻していく。
自分の手だけど、グロいな、これ。
「貴様、受け入れたな……吸血鬼の血を?」
「え?」
「うん、正解!」
ヒマリちゃんが驚いてるけれども、生憎、反応する余裕はない。
実際の所、かなりギリギリだ。
そして、ギリギリになるほど俺は落ち着ける。
状態共有の派閥系能力。
現実世界で死人化しそうになった今だからこそ出来る技。
『状態共有・血鬼』
正直、名前なんてつけても二度と使わない気もするけど、そこはノリの産物。
この能力は吸血鬼と人間という二つの種族を共有する技。
二つを混ぜたハーフと言うわけではなく、両立した二つの特性をもっている。
吸血鬼の回復力、身体能力。
人間の判断力、平常力。
だからこそ、リスクが少なく、大きなリターンが得られる。
ヒマリちゃんが吸血鬼になるくらいなら、こちらの方がよっぽどいい。
「その方が、都合よかったからね。それに……」
ガラガラと音をたて世界の破壊は進む。
「この世界と俺は一心同体だから、俺が傷つくほど、崩壊していくよ?」
そして、もう一つ。
状態共有ver.壊れ行く世界『状態共有・崩壊』。
この夢の世界と俺の崩壊を共有した。
「この世界と俺は今、表裏一体。」
俺がダメージを受ける度に世界は壊れ、世界が壊れる度にダメージを俺は受ける。
吸血鬼の力を借り、ダメージを回復しようとも世界は復活しない。
崩壊だけを共有しているからだ。
まぁ、下手したら俺が崩壊するんだけど。
「ははは、ぶっとんでいるな!お前!」
まぁ、仕方ないだろ?
世界の崩壊速度が遅くなっていたから。
異物を排除しようと勤しんでいた世界が本来の世界を取り戻そうとする動きがだ。
多分、ヒマリちゃんの心が吸血鬼を一度受け入れたことで、世界を修復する意義を失いかけていたんだと思う。
だから、無理矢理動かした。
正直、大分ヤバイと思う。
お陰でテンションがさっきから、右肩上がりだ。
「よく、正気を保っている。だが、そんな不安定なもの、いつまでもつかな?」
「飛行機ってしってるか?吸血鬼ちゃん?まぁ、知らないと思うけどさ」
飛行機なんて大きな物体は本来、空なんか飛べない。
じゃあ、どうやって飛んでるか?
答えは単純。
かなりのスピードを出して、補っている。
「不安定な物体もフルスロットルなら安定するんだぜ?」
脳内麻薬ぽいものをがんがん撒き散らしながら、完全に治った腕で攻撃をしかける。
足腰に踏ん張りをかけて、右手からインパクト。
「ちっ!」
バックステップをうまく使われ、かわされた。
吸血鬼ちゃんの反撃が、心臓を狙うが、左手を盾にして、威力を相殺しにかかった
パン、と軽やかなおととともに左腕は破裂するが、威力は軽減されて、同時。
左手が失われた分、アンバランスで威力の落ちる右手を、カウンターの要領で、吸血鬼ちゃんのスピードを利用し腹に向かって掌を打ち込む。
お互いの一撃の威力で二人の距離が開いた。
俺は右手を地に置き、吸血鬼ちゃんは足で踏ん張り、互いにブレーキをかけて、停止する。
既に両方の怪我は治りかけていた。
完全に人間離れしていが、気にしない。
もう一度、突進して距離を詰め、得意の蹴りを同じ技で返す、吸血鬼ちゃんと打ち合う。
反動で、また、距離が開き、骨が砕ける音がしたが、俺は気にせず、力に身を任せ、足に負担を掛けながら、止まった。
「ふははっ!」
「あはは!」
たぎる。沸る。滾っる。
血が滾ってしょうがない。
もっとだ、もっと。
「あの……、ゆ、ユウトさん……」
「ヒマリちゃん!目を開けるな!」
「は、はい!」
目を開けようとしたヒマリちゃんに命令する。
こんな、ショッキングな映像を見せる訳にはいかないのだ。
「口調が乱暴になってきているぞ?吸血鬼になるのも時間の問題か?」
「黙れ!」
血が更に熱くたぎる。
思考が調節出来てない。
だが、関係ない。
「まだ、全然余裕だぜ。直ぐに倒してやんよ」
「ほざけ!」
逆再生するように回復していく。
だが、その数秒すら、おしい。
そのまま、前進し、吸血鬼ちゃんを倒すために右手を打ち込もうと腕を引く。
吸血鬼ちゃんも、同じように近付いてきて、獰猛な笑みで、自らの腕を引き絞る。
治癒が完了したその瞬間が合図。
互いに確認しなくても、相手の治療速度でタイミングが分かる。
そんな数秒すら惜しく、再生完了と同時に放つ右手と右手が交差する。
骨の折れる音が最早心地いい。
「にゃははっ!!」
骨折程度なら一秒もかからないことを知っている俺は、そのまま、右手を引きながら、左手を鳩尾に放つ。
「ガハッ、」
対した予備動作も込めていないのにこの威力。
ふらつく吸血鬼ちゃん。
次で完全に仕留める。
その思考にになんらかを感じることさえも忘れ、強く強く踏み込む。
引き絞った右手で止めを差そうと、己の全力を込め、
「ふっ」
「ふはっ!」
気付いた。
吸血鬼ちゃんが笑っていることに。
スカッ。
始めは何が起きたのか分からなかった。
ちょうどそんな音が聞こえたような気がしたのだ。
当たるはずの止めの一撃は、見事に空を切っていた。
そのことを認識することに、数秒。
吸血鬼ちゃんのカウンターが眼下に迫ったときようやく気付いたのだ。
俺の右手が無くなっていることに。
後は流れに身を任せるしかない。
吸血鬼ちゃんのその右腕はあばらを砕き、威力を幾分も逃すことなく、衝撃は俺の体を突き抜けたのだった。
息ができないという例えなど、生温い。
前進から空気が抜けるようとするような激痛とともに、俺は吹き飛んだ。
「ガッっ!?」
受け身など取れない。
地面を無様に転がり、減速する。
やっと、止まったと思ったら、それはヒマリちゃんの足元の前だった。
「ははっ……」
笑え無いぜ。
「ユウトさん……」
心配そうに声をかけてくるヒマリちゃん。
「ほんと、笑え無い」
すぐそばにいるヒマリちゃん。
この子は律儀に目を瞑っていたのだった。
「ユウトさん…………」
心配そうな声を出し、それでも目を開け無いヒマリちゃん。
そのことに、自分が驕り高ぶっていたことをもう反省させられる。
冷水を背中にかけられたような気分だぜ、あっひゃっひゃ。
っと、ようやく、手が治ったため、立ち上がることができる。
「大丈夫だよ。ヒマリちゃん。よっと!」
片手の力だけで起き上がるのはちょっと楽しい。
「大丈夫〜、大丈夫」
ヒマリちゃんの手は震えていた。
理由は簡単、馬鹿を信じているからだ。
「ちょっと待っててね?」
ならば、男の子は立ち上がろう。
さぁ、行こうか、格好付けに!
「共有!血鬼、二百パー……!っ!」
「ダメです。ユウトさん……!」
とか、思ってたら、抱きつかれた。
後ろからヒマリちゃんに抱きつかれた。
止められた、その行動を。
「ヒマリちゃ……」
「ダメです!それ以上は……!」
俺の言葉を、無茶を止められた。
後ろを見るとヒマリちゃんは目を開けていた。
それは、これ以上は駄目だという明確な意思で、
「駄目なんです!絶対に……」
その腕には思いが込められていた。
やっべぇ、
「恥かしい……」
なんで、俺はあんなにもやられたことに対して、格好付けようとしていたんだろうか。
別に格好悪くても良いじゃないか、いつものことだし。
あー、やべぇ、恥ずい、埋まりたい。
「ヒマリちゃん……」
「はい……」
「了解」
ヒマリちゃんは、これ以上吸血鬼と共有して欲しく無いみたいだ。
俺が俺じゃなくなるみたいだから。
ならば、要望に答えよう。
別に格好つけたり、強くならなくても良いのだ。
勝つことが目的でもなんでも無いのだから。
「共有、解除」
ヒマリちゃんに心配を掛けずに、
「もう一度、目を瞑っててくれない?」
「はい!」
成し遂げよう。
「待たせ」
「邪魔だ!」
その右ストレートは見えない。捉えられない。
何故なら、俺はもう共有を解除しているから。
でも、
「よっと」
かわすことなら出来た。
ギリギリで、弾丸を避けるようなそんな不安感と緊張感。
そして、僅かな高揚感。
そのまま、脚を使い反撃、という、フェイントを入れる。
吸血鬼ちゃんは避けようともしないんだけどね。
ダメージでかくても回復すれば良いって思われてるのがてのが辛い。
それならそれで、別に良い。
そのまま吸血鬼ちゃんに蹴りをいれる。
痛覚共有。
「つぅ!」
思いっきり放った蹴りは、鋼鉄を蹴るよな重さとともに足に激痛をくれる。
だが、それは向こうにも痛みを与える。
「くっ!」
吸血鬼ちゃんが蹴られた場所にダメージを感じている。
ように錯角している。
実際、俺は吸血鬼ちゃんにダメージなんて与えて無いからだ。
俺が蹴った時に感じた痛みを共有させて、あたかもダメージがあるように感じている。
体が根本的に違う吸血鬼と人間では痛みの質が違う。
普段、生物としての格が上で痛みをあまり感じ無いであろう、吸血鬼ちゃんにとって、人間の受ける痛みは新鮮だろうと思っての行動。
どうやら、上手くいったようで微妙に困惑している。
吸血鬼と共有している時に気付いたのだ、痛みに鈍いその特性を。
この作戦は有効なようだ。
ならば、もう一度、足を打ち合わせ、と考えたところで。
「遅い!」
「くっ!」
吸血鬼ちゃんが迫っていた。
やばい、忘れていた。スピードの差を。
カウンター気味に拳を合わせるのが精一杯。
俺の方に当たったその右ストレートの痛みを吸血鬼ちゃんの腹になんとか当て、痛みを共有。
それが、理想だったのだけど、痛みを共有する前に俺の体は浮遊していた。
下がることは許され無い。槍を呼び出し、地面に突き刺して、減速を図るが、間に合わ無い。
俺の体は壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
口から血が出る体験は何度目だろうとか、余計なことを考える。
「……」
吸血鬼ちゃんの様子を見る限り、俺の吸血鬼モード解除はばれたかもしれない。
ここで、倒れることは許され無い。
壁に手をつき、なんとか、起き上がる。
あれ?そう言えば。
なんで、壁がこんなに近いんだ?
その疑問の回答を俺は知っている。
ならば、あと少し、ほんの数秒だけでいい。
立ち上がった足を吸血鬼ちゃんへと向け、駆け出す。
最後くらいは得意の蹴りをくらわせるために。
助走をつけて、今の俺が出せる全力の蹴り。
見え見えのその攻撃は吸血鬼ちゃんの手で完全に止められた。
左手を構えるのが見えた。
腰を落とすのが分かった。
風をきる音が聞こえた。
逃げ場のない空中で最大の一撃が飛んでくる。
ダメージ共有でどうにかなることを期待するが、無駄だろう。
あばらあたりの骨が粉々になるという、人生で二度も経験したくないその出来事が印象的だった。
「がばっ!?」
衝撃は逃げ無いように足を掴まれている。
どうしようもない。
ノックダウンだ。
吸血鬼ちゃんはおれの敗北を見届けるとそのまま、手を離し、ヒマリちゃんを見据える。
ようやく、本来の目的を達成できるとでも、思っているのだろうか?
残念ながら時間切れだ。
何故なら、後5秒で世界は再構築されるからだ。
崩壊共有である程度、世界の構造を把握した俺は、壁の距離がかなり狭まっていることから計算できた。
だから、時間稼ぎで十分。
勝負に負け、試合に勝つという方法でようやくもぎ取った勝利。
だが、俺はそれを誇ることは出来なさそうだ。
はぁ、強いな吸血鬼ちゃん。
全然歯が立た無い。
いやぁ、まぁ、知ってた。
吸血鬼の力を使わずに勝てるような相手じゃ無いということも。
だが、それでも、やっぱり、意地くらい通したいと思うのは俺が男だからだろうか。
例え、勝利だと言えることでも、目標と言えることでも、試合に勝ったとしても、ヒマリちゃんを守れとしても!
やられっぱなしは、ムカつく!!
「いかせ……ねぇ……」
バチッ!!
「ちっ、まぁ、意識が……」
何の音だか分からなかった。
ただ、俺は吸血鬼ちゃんの足を掴もうとしただけ。
だが、慌てて俺とヒマリちゃんから距離を取る吸血鬼ちゃん。
今のは……?
雷?
これが、俺のもう一つの……。
駄目だ、意識が持た無い。
ガラガラと音を立てて塗り勝てられる世界。
五秒が過ぎたのだと、気付くためには、あまりにも俺の意識が薄かった。
「ちっ、これまでか」
「これ以上は好きにさせません出て行って下さい!」
ヒマリちゃんへと、所有権が戻ったヒマリちゃんの世界。
時間の流れもあやふやなまま、そのことだけを理解する。
何故なら、俺は誰かに支えられていたから。
「「ありがとうございます。ユウトさん!」」
その柔らかな声を聞くと、とても安心出来る。
その暖かさに身を任せると、意識は沈み、世界はその色を変えた。
切るところがなかったので、次回短めです。