第三十八物語 「couple fan~繋ぐモノ~」
いつも本気を出すのが遅い少年の話
「さて……と」
今、自分はどうするんべきか……。
ユウトはそんなことを考えていた。
特に宿屋の子をどうするべきかが一番の問題点ではある。
宿屋の子をマリナは必ず救うとユウトは信じている。
だが、そのあと、どうすれば良いか、どう転ぶかは分からない。
宿屋の人をこのまま連れ去るのが、最適か……、村に残しておくのが、最適かって話だ。
人生は時の運で同じ選択をしても、流れによって、最善は変わる。
まぁ、どちらを選ぶにしろ……。
「ヒマリちゃんは治さないといけないよな……」
と、ユウトが歩みを進めるのを止めないでいると……。
後ろで何かが動くのを感じた。
他でも無い、ヒマリだ。
「あ、ヒマリちゃん、おきっ……!?」
背後に動きがあり、何気無く、言葉をかけただけのユウトだったが、表情を一瞬驚愕に染め、叱るべき対処をとる。
「………………」
慌てて、ヒマリちゃんを背中から剥がしたのだ。
ユウトとしては、そんな不本意なことしたく無いのが本音だが、仕方がないと割りきる。
そうしなければ、殺られていたから。
ヒマリを見据え、何が起きても対処出来るような心構えをするユウト。
対する、ヒマリは、虚ろな目をしていて、肌の色が白く、薄い。
そして、極めつけは歯に牙が生えていることだろうか。
獲物を刈るための、人から血を奪う為の牙が……。
獣魂 を使うときにも牙は生えるが、目からハイライトが消え、ニタリと冷たい笑みを浮かべるヒマリは、明らかにいつもと異なる。
まるで死人と言う言葉の意味をユウトに正しく植え付けているかのようだ。
「くっ!ヒマリちゃん!」
優斗の呼び声にヒマリは反応すら見せない。
ただ獲物を見付けた様に、ニタリと笑うのだ。
そこに優しかったヒマリちゃんの面影は無い。
「ヒマリちゃ……、まっ!!」
ヒマリはいつもとは比べ物にならないような速度で、ユウトに近付き、その台詞を遮る。
慌てて、バックステップを取り回避をするが、間に合わない。
ヒマリの抉るような右手が腹部にダメージを与える。
「がっ……」
痛みを堪えながらも、もう一歩下がるユウト。
ヒマリの足がユウトが元居た場所をすり抜ける。
「(何だよ。能力使わないで、こんなに戦闘力が上がるとか)」
ヒマリは獣のように、腕を振るい、ユウトの急所を狙う。
首筋を掠める左手。
「(しかも、躊躇がねぇ……)」
正直なんとかなると、楽観的に考えていた。
今までだって、何とかなっていた、と。
だけど、現実は厳しく険しい。
ユウトは思い出してしまう。
吸血鬼に本気で挑んで勝てなかったことを……。
そんな風なユウトの雑念が隙を生む。
ギシッ!
「くっ!」
先程の戦闘のダメージも残っていて、ユウトの動きを完全に鈍らせる。
ヒマリはユウトの懐に入り込み、
「しまっ」
獣の様な拳を捩じ込んだのだった。
「ごっ……」
声に痛みを逃がすことすら出来ない強烈な一撃。
肺から空気が抜け、全身を操作できなくなることで、隙だらけのがら空きの懐が出来上がる。
ヒマリはその虚ろな目で、ユウトを見据え、もう一撃。
その体に容赦の無い蹴りをお見舞いしたのだった。
吹き飛ばされ、ゴロゴロと情けなく地面を転がるユウト。
体に痛みがはしり、立つこともままならない状態。
「(ああ、駄目だ……。まだ、前のダメージが残ってる)」
ユウトには連戦連敗の影響が大きく反映しているのだ。
ヒマリがゆっくりと歩みを進めてくる。
その表情は、大人しくなった獲物に狙いを定めるようで……。
「(もう、良いかな……)」
なんて、柄にも無くユウトは思ってしまう。
あんな風に大口を叩いたがユウトは、もう折れかけているのだ。
それは、手出しが出来ない女の子、それも、親しかったヒマリに襲われている現実。
そして、そのヒマリの目がユウトを苛むのだ。
ヒマリの目にはユウトは獲物としか、写っておらず、丸で見下しているかのようだ。
一見すると些細な問題の様に見えてしまうが違う。
昨日まで親しかった知人が、ある時、突然、態度を変え、一人の人間とすら扱われず、本気で害を為そうとしてくる。
その事実は、拒否したとしても、深く心を痛める。
更にユウトは治癒すると分かっていても、吸血鬼の女の子を傷付けた。
それら、ユウトを極端に臆病にさせる原因であり、合わせて、ユウトの心を折る要因となっている。
ユウトは立ち上がれない。
そして、ユウトが失敗しても最強のマリナがいる。
諦めるには十分と言えるだろう。
「(あれ?なんかおかしくねぇ?)」
いや、ここで諦めないのが本来のユウトではあるのとも言えるかもしれないのだが……。
普段のユウトとは、大きくかけ離れたコンディションと言うのはあるのかも知れない。
ユウトの脳裏に一瞬、不命の影が写った様な気がするが、
「(気のせいか……)」
気のせいとユウトは片付ける。
そんな思考の間にもヒマリは着実に歩みを近付ける。
そして、動かないユウトの前にしゃがみ込み。
自身の鎌を振り下ろす。
それを直接見るのは、ユウトだけ。
『ユウちゃん!起きなさい!!』
だが、ユウトには間接的に声が聞こえる。
ユウトの五感共有から。
マリナの声が。
「(あれ……?おかしくねぇか?)」
そして、マリナの声が聞こえたユウトの頭は回り始める。
五感共有。
人間の五感を誰かと共有する能力。
五感とは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、最後に触覚をさす。
「(有り得ねぇだろ……)」
つまり、ユウトはマリナと触覚を共有していて、
当然、ヒマリから殴られた時の痛みも共有しているのだ。
「(女の子を……)」
今までは、五感共有は受信を多用していて気付けなかった。
それどころか、ユウトが一度もそのことに気付けなかったのは、
ユウトの本能が相手にダメージを与えたとき、オートで一時共有を遮断していたからで、そのことにユウトは、今気付いた。
気付こうとしなかったのだユウトは。
「(マリ姉を……)」
だが、マリナと共有している今、ユウトはダメージの瞬間、一度でもこの能力を解除しただろうか?
答えはノー。
「(意識すらせず……)」
ヒマリからの攻撃はかなりダメージを持っていた。
だが、マリナは一度もそのことを訴えてなんかいない。
「(傷付けていた)」
気付いた、瞬間と、同時だった。
五感共有解除。
更にユウトは、ヒマリが触れる前に体をバネの様に起き上がらせる。
無茶な機動による不可と体に残るダメージが悲鳴をあげる。
だが、ユウトは気にせず、急な行動にヒマリはよろめくヒマリの体を、トンと軽くではあるが押す。
ダメージは無いが、偶然にも体の芯を押されてヒマリは尻餅をつく。
更に触った瞬間、能力を発動させたのだ。
「五感共有……派閥系、視界共有」
そして、ユウトは何歩か後ろに下がりながら。
二つの武器を呼び出す。
今まで、呼び出したことの無い小さめの扇子を左右の手に。
そのまま、体の右側を後ろにして、左側を前に、左腕を上から下に振り下ろす。
「我慢してくれよ?ヒマリちゃん?」
バッ、左側の扇子が開きユウトの右手が見えづらい、今までとは違う構えをとる。
良くみると、二つの扇子はヌンチャクの様に端と端が鉄の糸で繋がっていおり、その糸には揺れる鈴が繋がっていて、
「ちょっと、お痛しちゃうけど、直ぐに戻してやるから」
リン、と開戦の合図をならした。
獣の様に走って迫るヒマリ。
それに対して、ユウトがしたことは、待つだった。
ヒマリの攻撃を。
徹底的な受けの構えをするユウトは、視線が肩に集まるのを感じ、扇子を閉じる。
ヒマリは右腕を唸らせ、ユウトの右肩を狙い、
一歩横に動き、その手首を扇子で受け流した。
「………………!」
だが、ユウトは格闘術を習った訳では無い。
動きをずらされただけのヒマリはまだ動ける。
ヒマリは左手を地面につき、後ろ足で蹴りを放ち。
「女の子がはしたないよ?」
右手の扇子を開いたユウトにより、また扇子で受け流される。
そのまま、何歩か下がり、扇子を閉じる。
リンと鈴がなり、ユウトに注目が集まった様な気がした。
ユウトが持っている扇子は鉄扇といい、昔、日本で使われていた鉄の武器だ。
ただし、武器と言っても戦うことより、防御を重視した物であり、ユウトの様に二つの扇子を繋げて使うわけでもない。
刃物で襲い掛かる敵の攻撃を受けることにその用途は置かれていた。
普通の扇子とは違い、鉄で出来た鉄扇は刃物でも切り裂くことは難しい。
つまり、防御することを重点とした武器。
ユウトにはヒマリを傷付ける意思はないのだ。
そして、ユウトの視界共有。
これは、五感共有で繋がる五感を視界だけに限定した能力。
ヒマリと視界を共有しているのだ。
これで、起き上がったヒマリの視界が、ユウトの何処を注目しているのかが分かる。
今、意識がユウトのお腹に向けられている。
ユウトはお腹にくる攻撃に対処する準備をし、ヒマリは予想道理にお腹に攻撃を向けた。
右手による、打撃。
だが、その小さな拳は閉じた扇子に叩かれ、軌道がずれる。
後はユウトが体をずらすだけで、攻撃は当たらない。
五感を視界だけに限定したことにより、ユウトの対処力、反応力は格段に上がっていた。
今までは、情報が多すぎたのだ。
それを差し引いても、ユウトは今日一番のポテンシャルを誇っている。
ユウトの中で何かが変わったと言われれば、意識が変わったと言わざる終えないだろう。
ユウトはヒマリを相手に力の半分も出せていなかった。
本人は全く無意識にだったが、ヒマリを傷付けたく無かったのだ。
しかし、それはエゴに過ぎず、それによって、マリナは傷ついてしまった。
女の子を傷付けまいとした行動が女の子を傷付けた。
それが、ユウトの心のトリガーの引き金。
もし、それでも、両方を傷付けたくないと望むなら、五感共有を切れば良いだけの話。
では、五感共有を切ったらヒマリの行方を誰が知ることになるのか?
答えは分からない。
マリナに期待しようとしていたユウトは、自身のエゴ(女の子傷付けない)を押し通しつつ、ヒマリを確実に救う方法を失いかけたのだ。
ならば、ユウトがここでヒマリを止めるしか無い。
それ以外の回答が無い。
ユウトはそんな普通の回答を出すことにすら、時間がかかってしまう。
だが、それでも、ようやく、ユウトが最高の気持ちで戦う覚悟が出来たのだ。
それならば、ユウトに望みはある。
確かにヒマリの力は通常状態より跳ね上がり、ユウトを上回る。
だが、ユウトの方が身長が高く体重は重く、なによりヒマリちゃんが無くしている考える力を持っている。
相対して考えれば能力を使用された時の方が強い。
今のヒマリならば、ユウトは倒せるかも知れない。
先程まで足りなかったのは気持ちだったのだ。
そんな簡単なことにも気付けないとユウトは自嘲する。
「(やっぱり、ヒーローなんかにはなれっこないな……)」
ユウトは主人公でも何でもない、弱い人間だ。
でも、だからこそ、
「(はぁ、女の子を傷付けるとか……、マジ死にたい……)」
誰かを助けるために
いつもの様に、弱い自分を、ネガティブを
「さてさて、可愛い顔が台無しだよ?大人しくお休みしとこうぜ?」
強く、ポジティブに見せかける程度の悪足掻きをし、奇策を仕掛け不条理な世界を騙しにかかる。