短編物語 「とある入学式の後輩ちゃん」
ユウトがまだ主人公とあって間もないころのお話。
あの始業式から少し経ったある日…。
新一年生の入学式がある為に、今日は休日だ…。
生徒会とかなら違うのだろうが、生憎、俺は何の役所にも付いた覚えは無いのだよ…。
ああ、暇だにゃ~。
いや、嘘だ…。
嘘石さんだ…。
ちゃんと今日は予定が決まっている…。
と言うか、詰まってしまっている…。
珍しく、起こされることも無しに黒石さんは起きて、身支度を整えるのだった…。
「ああ、ふぇんとくせぇ(面倒くせぇ)…」
内心嬉しいくせに、そんなことを言っちゃう俺は、ツンデレさんなのかな~?嫌だな~?
なんて、考えながら、朝ダッシュ。
「はっはふ(全く)…ひこふ(遅刻)…ひこふ(遅刻)はせ(だぜ)…」
口には大量のポッキーが突っ込んである。
朝飯だよ…?
最早、俺レベルになると、朝から糖分を必要とするんだ…。
デザートのチュッパチャップスも用意している。
ちなみに黒石さんは、割と低血圧…。
朝は頭が働かない…。
低いしさんなのだ…。
今日の黒石さんは、用事の為にパーカーにジーパンと言うアラ○ギ君スタイル。
まぁ、パーカーは残念ながら、ファスナー式の開くタイプなのだけれど…。
さて、早くバス亭に向かわなければ、待ち合わせの約束に間に合わない。
ちょっぴり、足の早さを上げる。
それにしても、新入生か…。
まぁ、どうせ…、問題児ボッチの俺には関係無いのだ…。
そう、別に今まで道理に静かに普通に過ごすだけ…。
しかし、言葉は時に言ったことと反対の事象を引き付ける。
俺が色々なことを、考えていたのがいけなかったのか…。
いつもなら、なんてことの無い、曲がり角を曲がった時に…。
「ふぁっ!?」
「ふぇ…!?」
制服を着た女の子がいた…。
思考がスローになり、理解する。
ああ、かわせない…、ぶつかる…。
向こうも走ってきていたみたいで、俺と同じ様な表情をしている…、あ、可愛い…。
いや、今はそこじゃねぇよ…と、自分に自分で突っ込む。
なんと、その可愛いらしい女の子は、口にイチゴのジャムとマーガリンのついたパンをくわえていた…。
成る程…、ここは曲がり角…。
朝食(俺はパンではなくポッキーだけれど)を加えて、遅刻遅刻と呟いていたら(俺は男だけど)、女の子とぶつかるのは当z…「キャッ!」「クッ!」
無駄にフル回転に加速した、長ったらしい思考の途中に俺はブレーキをかけれず、女の子と慣性の法則に従い、ぶつかってしまったのだった…。
そして、そのまま反対方向に倒れ込む。
問題はここから。
俺は兎も角、女の子が受け身をとれるかどうか?なのだが…、どうやら、女の子的には無理そうだった。
こけるだけでも、最悪の場合、頭を打って死に至る。
だから、俺はその女の子の体の手を掴み、こちらに引き寄せた…。
引くと同時に起き上がろうとする体。
これで、どちらの力も相殺に近付く。
そのまま、何とか俺は女の子が痩けないように支えながらも、俺は体制を建て直した。
女の子をもう少しで抱き締めてしまう…なんとも曖昧な立ち方で転けずにすんだのだった。
相手も倒れないようにちゃんと支えてはいるものの…。
「ふぇっ!?」
突然の事態に目を丸くして驚く女の子。
さして、抵抗する素振りが無いから、多分、思考が停止してるんだろうな…。
とか、思いながら、俺も停止中…。
いや?良くあるじゃん?自分で自分の行動の意味が分からなくなることって…?
ぜっさん、その不思議タイムにいるのさ!ユウトさんは!
暫くの沈黙の後、先に動き出したのは、女の子だった…。
「あ…あのっ!あり…『べちゃっ…』…へっ…?」
多分、いや、確実にお礼の言葉を言おうとした所…、変な音が辺りに響いた…。
再び訪れた…沈黙…。
ゆっくりと、音のした方、上へと目線を移す。
見ると発生源は女の子の頭の上で…、綺麗な食べかけのパンが乗っていた…。
おぉぅ…。流石の黒石さんも理解が追い付かないんだけど…?
俺が悪いのか?なぁ?教えてくれよ…。
いや、良く見たら、女の子の可愛らしい口元から、パンが消え失せている…。
成る程、ぶつかった衝撃で…上に飛ばしてしまったのか…。
やっと、納得だぜ…。
女の子には、悪いことをしたな…、きっと、頭の上でパンくずが……。
ん…?
待てよ…?
何かおかしくないか…?
何で、パンが落ちただけなのに…効果音が…『べちゃっ…』なんだ…?
いやいや、そもそも…、パンの上に几帳面に塗りたくられていた…マーガリンとイチゴジャムは…どこにいった…?
何で、パンには何も塗られてないんだ…?
いや、答えは簡単だ…。
表に無いなら…。
「っ!?」
しかし、俺が心の解答を照らし合わせるより早く、女の子の前髪から…、妙にドロッとした白く濁った液体が滴り落ちて、女の子の制服に一つ、シミを作った…。
その白い筋を辿ると、丁度、頭の天辺のパンの裏側に行き着いた…。
おいおい…マジかよ…?
マーガリンだと…?
そう、女の子の頭の上には、パンのジャムとマーガリンを塗った方の面がべっとりとくっついていたのだった…。
あ、女の子完全にフリーズしてるわ…。
現実逃避なのか、現状把握出来ていないのか…、純粋に動かない…。
そして、俺も動けない…。
だって、有り得ないって…、こんな奇跡みたいな状況は…。
一瞬、女の子と目が会う。
瞳は琥珀色を宿していて、その中に幼さが残っている印象が強い。
そんな止まっていた時間が動き出したのは、前髪をゆっくりと流れるマーガリンが…、
ポタリと先端から、滑り落ち、二雫目の染みを制服に描いた時だった…。
「きゃあああ!!!!」
状況を完璧に理解した女の子が暴れだす…。
「ちょっ!まっ!」
暴れだすと言っても、混乱しているだけで、子供が駄々をこねるくらいの可愛らしいものだ…。
まぁ、いきなり目の前で暴れられた俺はたまった物じゃ無かったが…。
うん…、普通に押されて、後ろに転けたよ?
女の子の腕を掴んだままだったけれども…。
この時、いつもみたいに直ぐに話せれば良かったのだったのだが…。
女の子を巻き込んでしまいながら、倒れる俺…。
そのまま、ドーンと派手な音を立てて、俺は地面に寝そべり、倒れてきた女の子のクッションとなった…。
「うぐっ…」
「きゃっ…」
すると、どうでしょう~?
何と何と、制服の女の子にマウントポジションを取られた俺の風景が完成です!
うん!誰かに見られたら確実に社会的な死を迎える…。
「あわわわわっ!!」
更に混乱を増して、何をしていいのか、分からなくなっている様子の女の子。
目がクルクルと回っている。
なんか、もう…カオス!!
嫌だよ!まだ死にたくは無いよ…!
社会的にも(物理的にも)…マリ姉的にも!!
いや!一旦落ち着け!!
そう!頭をクールに!ザッツCOOL!オーケ?
まずは、状況確認!
辺りには誰も居ない!セーフ!
混乱しまくってる女の子と、その下敷きになる俺!アウト!
やっぱり、辺りには誰も居ないも、別の意味でアウト!
用事には?遅刻!アウト!スリーアウトチェンジだ!
いや、だからといって特に何かある訳じゃないけどね!
どうでもいいけれど、哀れにも食パンは地面に転がっていた。
マーガリンは、もう落ちてこない筈。
女の子が暴れたせいで、辺りや俺に飛び散った。
そういや、イチゴジャムなんで、垂れないんだ?
あ、ベッタリくっついてんのか…。
の、ノーコメントで…。
とりあえず、落ち着け俺…。
深呼吸をするんだ。
せ~の、ヒッヒッフゥ~。
うん。色々と突っ込みたくなるだろうけれど、とりあえず落ち着いた。
落ち着いて分かったことだけれども…、この子はうちの学校の制服を着ている。
いや、そもそもここら辺には学校なんてほとんど無いのだから、うちの学校以外の可能性は零に等しい…。
そして、二、三年生は休みとなる入学式の今日に制服を着ていることから、恐らく新入生、俺の後輩にあたる一年生と言うことになる。
そんな後輩ちゃんの印象は可愛らしいだった…。
黄色い、柔らかな髪を、肩まで伸ばしたロングヘアーに、綺麗な琥珀色の瞳。
何処と無く、思わず守って上げたくなる年下タイプの儚さを持っていてる。
儚いと言うのは、弱々しい様な儚さでは無く、思わず守って上げたくなると言うのが、ポイントだ…。
「でさぁ~……………」
「!?」
やばっ!人が来た…っ!
まだ、遠いのだろうが、人の声がした…、確実に…。
見られたら、確実にヤバい…。
「っっ!?」
女の子も突然聞こえた声にビクリと体を震わせた…。
そして、混乱がようやく解けたのか、俺の上から体をどかしたのだが、退いたそばから、足をその場につけて力無く、座り込んでしまった…。
混乱は解けても頭は働いてくれないのか、ボーっ、としたままだ…。
そして…。
「すいません……でした…」
そう謝ったのだ。
「いや!こっちこそ!…っ…」
思わず、何かを言いそうになって気付いた…、女の子が目に涙を浮かべていることに…。
それを見て慌てはじめる俺。
「だ、大丈夫?」
いつもの調子が出ずに、そんな簡単な言葉しか出なかった…。
女の子は、それが自分に向けられていると気付き、俺の目線が目を見ていると分かると、慌てて涙をぬぐった…。
そして、一生懸命笑顔を作り「ち、違うんですよ~!!」と、笑顔の振りをして言った…。
「私、ドジだから~、こんなこと良くあって~」
そのまま笑顔を見せてくれる女の子。
「め、迷惑かけて、ごめんなさいです~」
だけれども、目元からは今にも涙が溢れそうなのに…。
「私は、全然気にしてませんので~」
そんな、優しい嘘をついた…。
ハハッ…。こう言う時は俺はどんな顔すれば良いんだっけ?
嘘に騙されれば良いのか?違う…。
親身になれば良いのか?無理だ…。
俺は多分、この子の気持ちが分からない…。
ならば…、分からないなら、聞くだけだ…。
「立てる?」
俺は女の子に手を伸ばして、そう聞いた。
「は…はい…」
その手を見て、迷ったものの手をとってくれる女の子。
俺達の中では、どちらが悪いかの話はタブーになりつつあるが、それは駄目だ…。
女の子の手を掴み、ゆっくりと立ち上がらせる。
ふらふらとしているものの、さっきよりは大分ましだ。
そして、聞いた…。
「君は、これからどうしたい…?」
おおよそ、この場にそぐわないであろう…問い掛けを…。
「へっ…?」
案の定、疑問を浮かべる女の子。
だけど、俺は強引に押しきる…。
「君は今、何がしたい?」
先程の誰かの話し声が近付いてきて、こちらに近付いて来るのが、分かった。
だが、そんな物は意識の外…。
「こんなことになってしまった俺をぶん殴りたいのか?家に帰って今日を仕切り直したいのか?それとも、何か他にしたいことがあるのか!」
「……………」
無反応な女の子。
別に呆れている訳じゃない。
単純に俺に呑まれているだけだ…。
だけど、それはいい傾向だ。
呑まれいると言うことは、本音を隠す確率が低くなっているってことだ…。
だから、勢いに任せて押しきれ!
「私は……」
「君は…?君の涙の訳は…?」
俺は本気で語りかける。
本気には本気で答えてくれると信じて…。
「私は…入学式に……」
「君は?入学式に?」
あと、少し…。
「私は…普通に…入学式に…出たかったんです…。…………っ!?」
そして、その願いを聞いた。
「ち、違います!な、何でも無いんです…!!…今のは!な、何かの間違えと言いますか!!」
女の子は慌てて手を振り、自分の発言を否定しようとする。
だけれど、もう遅い…。
聞いたのは俺だ…。
取り消しなどさせない…。
「だから、あの!その!ええっと…、ほら!私は見ての通りドジで!」
女の子は慌てながら、何かを誤魔化そうとする。
誤魔化そうとして失敗してる。
忘れようとしていた涙と共に…。
「い、今まで、普通の行事とかでも、何かやらかしてしまったりして…」
俺に無理矢理本音を聞き出されたせいで、精神も安定していない。
慌てているせいで、自ら自爆しにいってる…。
だけど、それでいい…。
「だ、だから…、一生に一度の……入学式くらい………」
俺は主人公じゃない…。
たとえ、こんな方法だとしても…
「一度くらい普通に……」
君の本音が聞きたい…。
「普通の入学式をしたかったです……」
止まっていた涙は少しずつ溢れ…、やがて、大粒の涙を流した。
それが、彼女の願い。
ああ…、当たり前か…。
気付くのが、遅すぎるぜ?黒石ユウト。
女の子が言った話は、本当の意味では俺には理解できない。
女の子には、女の子なりの苦労だったり、過去だったりが有るのだろうけれど、生憎、俺はそれらを何も知らないのだ…。
だけど、人生に一度の中学校の入学式にちゃんと出たいって言う、その願いは分かった。
だったら、それで十分だ…。
そして、聞いたからには彼女に答えなければ、ならない。
「それが、君の答えだね…」
女の子は、今、泣いている…。
後悔やら、不安やら、罪悪感やら、負の感情が溢れだしそうになる。
だけれど、女の子の願いを聞いたからには動かないといけない…。絶対に…。
俺は涙を流す女の子の右手を取り、不思議そうな顔をする女の子に言う…。
「だったら、僕が全部叶えるよ…。君の願いを…」
「えっ……?」
俺はパーカーのファスナーを開け、バッと、音をたてながらパーカーを脱ぐと、その脱いだパーカーを女の子の頭に被せる。
「タオルが手元に無いから、これで、我慢してくれないかな…?」
これで、まぁ、ジャム類がが垂れることは無いだろうし、女の子が、その気になれば、ある程度頭を拭けるだろう…。
まぁ、もう一つ狙いはあるけれども…。
そして、俺はあることを結構する。
「そんな…悪いで「ごめんね!」…キャッ…!…えっ?えっ?おひめっ…」
お姫様だっこを…。
俺は、何かを言おうとした女の子を、有無を言わせずにお姫様だっこしたのだった…。
まぁ、セクハラギリギリだな…。うん。後で訴えられないよね?
「ごめん…。今だけ、掴まっててよ。お姫様…」
そのまま、学校に向かい走り出す、俺。
「あわわわわ!!」
普通は女の子の家に一度帰るべきなのだろうけれど、それじゃあ、間に合わない…。
だったら、無理矢理でも間に合わせて見せる…。
道を進んでいると、さっきの話し声の主達とすれ違うが、スルー!
チラリと見ると、いきなりの状況に唖然としているのが分かった。
ああ、これで、俺はまた有名になってしまう…。
まぁ、それは仕方無いかな?
だけど、女の子の顔は絶対に見られて無いだろう…。
脱いだパーカーの役目は、顔を隠す意味合いもあるからだ…。
さて、何時も道理…。
ユウトさんは今日もフル回転だ…。
このころのユウトと今のユウトの大きな違い。
それは、女の子を泣かせてでもハッピーendを目指すのか、
泣かせることすら無くハッピーエンドを目指すのか