第十九物語 「だから僕は君に手を伸ばす…」
『誰だ、お前は!』
シャーガがそう叫ぶのが聞こえて、ユウトは我にかえる…。
「(のまれていた…?こいつの出す雰囲気に……?)」
黒マントの男からは禍々しいと表現しても違和感がない雰囲気を纏っている…。
だが、それとは別に、ユウトは自分が奇妙な感覚に捕らわれているのに気付く…。
「(こいつの存在を感じない…?)」
そう、そこには確かに黒いマントに包まれた男はいる…。
だが、そこからは生物元来の生気が一切感じられないのだ…。
まるで生き物ではなく…、只、そこに存在する事象の様な…、そんな雰囲気の持ち主だった…。
もしかしたら、人ですら無いかも知れないが…。
『私は不命と言います~。今日はお金儲けの話を持ってきました~』
口調とは裏腹に言葉には生気が宿っておらず、黒いフードに顔を覆われ、その顔は半分以上見えない…。
『金儲けだと…?ふざけてるのか?』
『いいえ~。ふざけている訳ではありませんよ~?』
『じゃあ、どういうことなんだい?』
アルマは、馬鹿にされているように感じて憤慨するシャーガの前に立ち、右手でせいする。
『そうだ。悔しいけど生かさず殺さずの今の状況にお金のでる幕なんかないと、思うんだけれど?』
アリバックも警戒を露にしながら、その横に並び立つ。
『今ではありません~。これからです~』
警戒心を剥き出しな三人にも不命が態度を崩すことはない。
そんな不命を薄目で睨みながら、アルマは聞き返した…。
『それは、これからお金が必要になる何かが起こるって君が考えているってことで良いのかい?』
『はい~。状況には、常に変化が付きものです~。ですが、今はお分かりいただけないと思うので~、本日はこの辺りで下がらせて貰います~。では~』
そう言った不命の周りに黒いカラスが集まり、次の瞬間には不命は消えていた…。
『いったい、なんだったんだ?』
そんな中、アリバックの呟きだけが、嫌に耳に残った…。
場面は切り替わる…。
嫌な方向に。
「あいつの言う通りになった訳か…」
ユウトが呟く…。
その声は誰にも届かないが、真実味だけは確かだった。
ちなみに今のユウトはきれている…。
『くっ、こんなことって…』
不命が去った後、一ヶ月間程は普通(と言って良いかは微妙だが…)な日々が続いた…。
三人は仕事に取り組み、変わってしまった国の様子を完全に理解してしまった…。
だが、それと一緒に姫である少女を信じている、その心は変わらない国民達の様子を見て、同じ様にこの国の強さも理解している…。
だから、今の問題はそこではない…。
その問題は極めて深刻だった…。
問題は…、
『うっ…………、……ん…』
『…、く、苦しい…よ………』
『………っあ……………』
目の前でベッドの上で苦しむ子供を達がいることだった…。
『おい、大丈夫なのか!?』
『帝国の奴等はまだなのか!?』
『誰か、水を!』
周りにいる大人達も慌てている…。
三人組はその様子を遠くから見ていた…。
『どうするの?』
その声はアルマから、発せられた…。
その声は落ち着いているように感じるが、付き合いが長い二人は、アルマが実は焦って要ることに気が付いている…。
しかし、二人も焦っているので何も出来ることはない。
帝国の制度の唯一の落とし穴。
それは、子供達に対する対応だった…。
大人達と同じ内容では無理があり、逆に甘やかすと将来的に反逆を許してしまうかもしれない、未来の不確定要素。
その対応を模索するために帝国は試行錯誤していた…。
だが、まだまだ未熟で発展途上な子供達は、個体差が大きく、次第にその内容に過労で倒れ出す子供達が出てきたのだ…。
帝国は慌てて倒れた子供達に休息を取らせて、この問題は解決に向かうかと思われた…。
しかし、運命は時に残酷で、タイミングが悪く、国で伝染病が流行り出してしまったのだ…。
子供達の間に…。
幸い、全員が倒れる様なことは無かったが、過労で倒れた子供達はその伝染病にかかってしまった…。
その伝染病は原因不明で、特に環境が悪い訳でもないこの国では珍しいものではあった…。
病気にかかった子供達は熱にうなされ、意識が戻らない。
死人は出ていないのが幸いだったが、病気が治る者もいなかった…。
帝国に派遣された医療部隊(医療系の能力者集団)達でも治せない…、この新たな伝染病に国民は苦しまされている。
そんな状況でも帝国は働かせることを止めさせず、国民の不満は高まっていく…。
このままだと、また戦争が起こるかもしれない…。
三人組はそれを何とかしたかった…。
三人組はそのままその場から立ち去っていく…。
だが、ユウトはそこから動こうとはしなかった…。
徐に倒れている子供達に近付くと、一人の女の子の手をとる。
正確には向こうからは触れられていると言う感触は無いが、今は関係ない…。
手をとって分かる…。
今、この子達には、睡眠の時等に生じる、人間の防衛本能すら感じられない…。
つまり、無意識化の抵抗すら無いのだ…。
「(意識がない今の状況なら、出来るかもしれない…)」
それは、対象の意識的抵抗が全くない時にしか出来ない業…。
「完全同調」
誰にも届かない声を発するユウト。
誰かに思いを届けるために…。
「ここは…?」
ユウト意識は完全に女の子の精神世界だった…。
「(一番、分かりやすく言って、夢かな…?)」
だが、そこには何もない…。
色や色彩もなく…、黒と呼ぶより、闇と表現した方が正しいだろう…。
「こんな所にいたら…」
その続きは発さなかった…。
目の前の闇に人を見付けたからだ…。
ユウトはそこに近付いて行く…。
段々と背格好が見えてきて、女の子が体操座りをしているんだと分かった…。
ようやく、触れられる距離に来たことでその子の様子が可笑しいことに気が付いた…。
膝の上に頭を乗せて髪の毛で顔が隠れている…。
そして、周りから負のオーラとも言えるオーラを放っていた…。
思わず立ち止まってしまうユウト…。
そんな中、女の子の声が聞こえた…。
『…誰か……、た……け…』
『…か…えり……い………よ……』
『………さ…み……し………い……よ…』
うわ言の様に色んなことを呟く女の子…。
声に生気がない…。
「おい!大丈夫かい?」
我に変えったユウトは、しゃがんで女の子の両肩に手を置く。
女の子はゆっくりと顔を上げる…。
『……だ…れ………』
「!?」
ほとんど、条件反射の様に吐き出された言葉には意味が伴っていない…。
涙で赤くなっていた形跡がある顔から、水滴は渇ききっていた…。
目は死んだ魚の様に濁っていて、ハイライトが完全に消えている…。
暫の硬直の後、ユウトは笑顔で絞り出すように声を発した…。
「ユウトだよ…。君に会いに来たんだ。初めまして…」
『え……?』
何故か、ユウトの声が初めて夢に届いた瞬間だった…。
『…あ……あ………あ…………』
一瞬、何が起きたのか分からない様子を見せる女の子。
忘れていた言葉を絞りだそうとするような「あ」の声をユウトは笑顔で受け止める…。
『………あぁ…………あぃ…い……え…………』
徐々に目に光が宿っていき、声に生気が宿る。
「君の名前は何かな?」
最後の問い掛けがトリガーとなった…。
『……あ、…あ、あ、…うっ!……うわぁん!」
突然泣き出す女の子…。
それに対して、ユウトは手を広げる。
そのユウトの胸に女の子は無条件に飛び付き、更に泣きじゃくる…。
「うぁああん!うぁぁあああ!うぁぁぁああああん!」
「よしよし…」
女の子を優しく包み込み頭を撫でるユウト…。
この女の子は暗闇の中にいた…。
人間は暗闇の中にいると、時間の感覚が麻痺して体感時間を長く感じさせる。
更に暗闇は人を不安にさせたり、孤独感を強める効果を持つ。
人間は本能的に人の温もりや繋がりを求める生き物だ…。
それに堪えきれる筈が無いのだ…。
やがて人は心を閉ざす…。
何も感じないように、何も思わないように…。
だが、それは、着実に精神を蝕み、0にする行為だ…。
そんな中、人は誰かに会うと、必然的に求めてしまうのだ…。
それが、女の子にとってのユウトだったのだ…。
そのことを理解しているユウトは女の子を満足させることだけ考えていた…。
「大丈夫かい?」
「うん……」
「君の名前は?」
「…アリサ……」
「そう。アリサちゃんか…、良い名前だね」
あれから何十分と時が経った今…。
ユウトは女の子と話をしていた…。
好きなものや、自分の周りのこと、普段の日常、などの他愛ないお喋りの押収を繰り返し、一つの話題を切り出す。
「実は…、アリサちゃんにお願いがあるんだけど…。良いかな?」
こくっ、と頷くアリサにユウトは一先ず息を付く…。
アリサはまだ、精神が不安定な状態だ…。
今、余り刺激するわけにはいかない…。
だが、ユウトのお願いは酷なものだ…。
「良いかい?…僕はここから出ていかなければいけないんだ…」
「嫌!嫌!嫌!私、何でもする!だから、だから、側にいて!」
アリサは何度も首を振り、ユウトを離すまいと思いっきりしがみつく…。
「(弱ったな…)」
ユウトは別にアリサを苛めたい訳では無い…。
そこには、ちゃんとした理由がある…。
ユウトには時間がないのだ…。
「(無理矢理、ここに来たからな…。いつ追い出されるか、分かんないんだよな…)」
そう、ここは夢の世界…。
ユウトの意思に反して物語は紡がれる…。
いつ三人組の所に呼ばれるか分からないユウトとしては、急いでしなければならないことがあるのだ…。
「ねぇ、アリサちゃん…?」
「何…?」
アリサの頭を撫でながら、ユウトは語りかける…。
「アリサちゃんに頼みたいことって言うのはね…。人助けなんだ…」
「人助け…?」
「そう、人助け…。実は今、アリサちゃんみたいに困っている子が沢山いるんだ…」
「…………」
アリサはその言葉に悲しそうな表情を見せる…。
「それをアリサちゃんに救って欲しいんだよ…」
「……どうすれば良いの?」
やっぱり、優しい子だな…、とか、ユウトは思う。
「簡単だよ?僕がアリサちゃんにしたことをそのまま、してあげれば良いんだ…」
こくっ、と頷くアリサ。
「僕はその子達を呼びにいかなきゃならない…。だから、出ていかなきゃならないんだ…」
「……嫌だよ…一人は…」
泣きそうな顔を見せるアリサ…。
そんなアリサにユウトは…。
「大丈夫。君は一人じゃないよ…。今から皆を呼んでくるから一人じゃない…。皆と一緒だ…」
何時もの様に笑顔を見せる…。
「ほんと……?」
「ああ、ほんとだ…」
頷くユウト。
「ほんとにほんと……?」
「ああ、ほんとにほんとだ」
「ほんとにほんとにほんと…!」
「ほんとにほんとにほんとだよ!」
アリサの何度も聞き返す子供らしさに思わず苦笑するユウト…。
「じゃあ、信じる!」
最後の返事は一際大きな返事だった…。
「うん。じゃあ、アリサちゃん…行くね?」
「うん!またね!」
恐らく、二度と会えないであろうと言う気持ちを隠しながら、「またね」と返すユウト…。
そんな罪悪感に苛まれながら、能力を切る…。
「(完全同調解除)」
すると体が光に包まれ、闇からさっきの場所に戻されようとしているのが分かった…。
そんな時だ…。
光に包まれていたユウトを見詰めていたアリサが思い出した様な顔をする。
「おにいちゃん!」
それは、自分のことを指すのだと気付く前にその言葉は続けられた…。
「ありがとう!」
その言葉にユウトは思わず笑顔になった…。
光が完全にユウトを包み込む。
その最後。
「どういたしまして!」
ユウトは言葉を返す。
その言葉は聞こえたかは分からないが、確実に伝わっただろう…。
~ ユウト side half ~
夢(の夢)でアリサちゃんと分かれ、ベッドの前に戻った…。
「(ありがとうか…)」
心に染みるその言葉に勇気を貰った…。
その思いを胸にアリサちゃんの手を右手で持ち、左手で隣にいた苦しそうな顔のをしている子の手をとる…。
「(多分、皆同じ夢を見ている…。でも…)」
目の前のアリサちゃんは意識を戻さないが、それでも、笑顔だった…。
「夢の橋渡し」
人の夢と夢とを繋げる能力。
夢の橋渡し。
「あとは、アリサちゃん次第だな…」
役目を任せたからには、アリサちゃんはやってくれると思う。
【ユウトは他の子の夢も次々と繋げていく…】
【しばらくして、苦しそうな顔をしていた隣の子の表情が、ユウトの見ていない所で、穏やかになったのは言うまでもない…】
すいません。
あえて、今回は省略します。
解説は次週に