第8話 事情聴取
「そうですか。そんなことが……」
ニナの状況説明を聞いた少女(先程自己紹介をして名前はモニカ・クレアムと判明した)はユロンに同情の眼差しを向けるが、すぐにその眼光を鋭くした。
「しかし一つ疑問があるのですが、よろしいですか?」
「何でしょう?」
「では失礼して…あなたは家族同然の村人を皆殺しにされておきながらあまり気が沈んでいるようには見えないのですが、それはどうしてなのですか?」
モニカがした質問を聞いてニナは機嫌を悪くさせた。
「師団長殿、その質問はあまりにも不謹慎です」
「ずいぶんこの者の肩を持つんですね」
「ええ。私も体験したことなので……」
「そうでしたね。ごめんなさい。先程の質問は忘れて下さい」
モニカはユロンとニナに頭を下げた。
「構いませんよ。俺が悲しみを感じていないのは事実ですから」
「それはどういうことですか?」
モニカは再びユロンを睨み付けた。
「奴らにはまだ仲間がいますから、そいつらを殺すまで悲しんでなんていられません」
そう言うユロンの顔には、今までの好青年の爽やかな笑顔の中に静かな怒りが見えた。
「そろそろ質問を始めませんか?」
ユロンとモニカの間に漂う張り詰めた空気を何とかしようとニナが話を逸らした。
「…それもそうですね。ではニナさんお願いします」
モニカはそう言うとドアの前に立ち、ユロンを威嚇した。
「はい。じゃあいくつか質問するけど答えたくなかったら答えなくてもいいからね」
「ああ、分かった」
「じゃあ始めるわね。まずは基本的なものから、あなたの名前は?」
「ユロン・グローグ」
「出身は?」
「この街の郊外にある小さな村」
「家族は?」
「両親は既に死んでる。それからは村人全員が我が子のように育ててくれました」
「生活費は?」
「基本的には自給自足の生活を送ってるけど、余った野菜を村で売っててそれが唯一の収入源ですね」
やっとのことで始まった質問が終わったのは日付が変わった深夜だった。
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「ふう、ご苦労様。ちょっと待ってて今ユロンの部屋を用意するから」
ユロンは立ち上がろうとするニナを止めた。
「いや、そこまでしてもらうつもりはないよ。今日はもう帰るから」
「帰るってもうこんな時間よ?」
「ああ、いいんだ。フザは何処かな?」
そう言って帰りの支度を始めたユロンにモニカは怪訝な顔を浮かべた。
「随分と急いでいらっしゃるようで、何か急がないといけない都合でも?」
「はあ、さっきからあんたは何なんだ。何か俺に恨みでもあるのか?」
「恨みならあります。先程貴方は私のあられもない姿を…」
モニカの顔は真っ赤だ。
「いや、それはごめんなさい」
「コホン、そんなことより私はどうしても貴方が賊と無関係だとは思えないの」
「だったら何だって言うんですか」
ユロンは語気を強め不機嫌を露にした。
「私はこう考えています。貴方は賊の一味で私達に嘘の情報を掴ませるための囮ではないかと」
ユロンは何とか冷静さを保ちながら言葉を紡いだ。
「だったら俺と村の人たちとの関係はどう説明するんです?」
「それこそ死人に口なし。貴方があの村の住人であることですら疑わしいわ。仮にそうであったとしても貴方が本当に村人のことを家族同然と考えていたか…」
モニカが言い切る前にユロンは飛び出し、モニカの首に手刀を向けた。
対するモニカもユロンが近づく一瞬のうちに剣を抜きユロンに向けていた。
「ふっあんたマルクニス警備隊の総大将って言ったな」
「そうよ」
「もしあんたの実力がこの程度なら俺はこの街を一晩で落とせるな」
「寝言は寝て言うから許されるのよ」
ユロンは殺気をモニカに向けた。
「疑うなら調べればいい。俺の親父はウォーレン・グローグ、あんたらが言うところの英雄だ。親父が退役してからはずっと親父の故郷であるあの村に住んでた。それくらいの資料ならあるだろ」
ユロンはそう言うと部屋を後にした。
「あ、あの師団長殿」
ニナが声をかけるがモニカの耳には届かない。
「ユロン・グローグ…油断ならないわね」
モニカの手に握られている剣は真っ二つに折られていた。