04 デート
ピンポーン……玄関のチャイムが鳴った。同時に、パタパタと玄関に向かう足音が聞こえてきた。
俺はベッドの上のバッグを手にすると、急いで部屋を出た。
「圭太、泰雅くんが来たわよー!」
「今行くー!」
玄関から母さんの呼ぶ声がした。
階段を転がり落ちるように降りていくと、玄関には泰雅が「……危ないぞ」と呆れたように、けれど緩んだ口元を隠しもしないで立っていた。
「泰雅、おはよう!」
「おはよう」
「母さん、行ってきます!」
「はいはい、気をつけてね。……泰雅くん、圭太をよろしくね」
「任せてください」
「子どもじゃないんだから大丈夫だよー! じゃあ行こうぜ!」
玄関で慌ただしく会話を交わしたあと、俺たちは家を出た。
今日は、俺たちが両思いだと分かってから、初めて一緒に出かける。……つまり、デートだ!
俺は昨日からわくわくが止まらなくて、無意識にそわそわしていたんだと思う。家族に『あんた落ち着きなさいよ』って、何度も言われてしまった。いいじゃないか、楽しみなんだから!
でもふと思った。
俺はデートだと思っていたけど、本当にこれはデートなのか? あれ? 俺たち、付き合うって話したっけ?
俺は急に心配になって、泰雅をチラリと見た。
確かに、ずっとそばにいると言ってくれた。でもそれが、付き合うこととは限らない。ただ単に、俺の体調を心配してそばにいるって言ってくれただけかもしれない。
「なぁ、泰雅」
「ん?」
「俺たちって……付き合ってるのか?」
「は? 何言ってんだ。当たり前だろ」
「じゃあ、恋人同士ってことで、いいのか?」
また、何をいまさらって顔をされたけど、しょうがないじゃないか。恋愛なんて無縁の生活をしてきたんだから。
でも俺が、ちょっと不安げに上目遣いで見つめたら、珍しく泰雅が嬉しそうに顔を崩して笑った。
「もちろん、俺たちは恋人同士だ」
泰雅はそう言って、俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
◇
「泰雅、たぬきがいる! うわー、めっちゃ可愛いじゃん! 俺、本物のたぬき見るの初めてだ!」
俺はたぬきの檻の前で、テンション高く「早く来いよー」と、泰雅に大きく手を振った。
動物園に来たのは、おそらく小学校の遠足以来だ。記憶も曖昧だから、初めて来た気分で楽しんでいる。
ううん、違うな。久しぶりに来たから楽しいんじゃなくて、泰雅と来てるから楽しいんだ。
ベータだからと諦めていたのに『恋人』として、二人きりで『デート』をしている。浮かれるなという方が無理だ。
「キリンでかいなぁ!」
もう少しゆっくり見てまわればいいのに、俺はどんどん先へと進んでいった。
泰雅は、俺の少し後ろからついてきてくれているようだ。それだけで、なんかすごい安心感があるのはなんでだろう。
俺が自由気ままに先へ進んでも、きっと泰雅は見失わずにいてくれる気がする。
俺は、立ち止まってくるりと向きを変えた。
「俺、お腹すいた。なんか食べようぜ!」
動物展示エリアを過ぎて、エントランス近くに軽食を売っているお店と、外で食べられるエリアがあった。
美味しそうな匂いに誘われ、メニューの前に立つと、迷いもせずにオムライスに決めた。俺と泰雅の好物なんだ。
「なんだよ、じーっと見て。冷めちゃうぞ?」
泰雅は、運ばれてきたオムライスを食べ始める様子もなく、無言で見つめていた。「食べないのか?」って声をかけようとしたら、思い立ったように顔を上げ、俺の顔をじーっと見た。
「今日は、デートだよな?」
「も、もちろんだ!」
泰雅からの突然の言葉に、俺はなぜか動揺して言葉をどもらせてしまった。
さっきから散々俺は、心の中でデートだとはしゃいでいる。でも泰雅は元々口数少ないし、そんな泰雅の口から突然デートって単語が出てきたんだ。慌ててしまうじゃないか。
「じゃあ、一つ俺から頼み事をしてもいいか?」
「……頼み事?」
「ああ。……漫画とかでよく見る、『あーん』ってやってほしいんだ」
「ぶっ」
飲もうとしていた水の入ったコップを、慌ててテーブルに置いた。泰雅が急に変なことを言うから、危うく噴き出すところだった。
あーんってなんだ。え? あれか? 口にあーんって運んで食べさせるあれか?
「嫌か?」
「や、いや、そんなことないけど……。急にどうしたのかと思ってさ……」
「なんか、恋人らしいことないかなって考えたら……」
「そっか、そういうことか! あはは! やろうやろう。めちゃくちゃ恋人らしいじゃん!」
急な提案にびっくりしたけど、泰雅は泰雅なりに、俺と本当の恋人になろうとしてくれてるんだと思う。
きっと、ずっとベータだと思って生きてきた俺が、突然オメガになってしまったから、寄り添おうとしてくれてるんだ。
俺は、不器用な泰雅の愛を感じながら、オムライスをスプーンですくった。
「泰雅、あーん」
「あーん」
「うまいか?」
「ああ、うまい。自分で食べるよりうまいもんなんだな」
「じゃあ俺も!」
「圭太、あーん」
「あーん」
「どうだ? うまいだろう?」
「本当だ、めっちゃうまい!」
俺たちは、初々しい付き合いたてのカップルだ。きっとまわりからも、幸せそうに見えるだろう。
普段なら照れてしまうようなことも、デートという特別な空間だからこそ、できるのかもしれない。
何回か食べさせ合いをして、オムライスを食べ終えた。食後は、俺はいちごソフト、泰雅はバニラを食べた。
「たまにはこういうのもいいなー」
「圭太、口のところについてる」
泰雅は、俺の口元にティッシュを当てて拭き取ってくれた。本当によく気がつくんだ。
今思えば、俺が泰雅のことを世話焼きオカンだと思っていたのは、俺への恋愛感情があるからだったのかもしれない。
それに、泰雅が俺以外のやつとつるんでいるのを見たことがないような気がする……。
泰雅の想いが全部俺に向いていたのかと思ったら、嬉しくてニヤニヤと顔が緩むのを抑えきれなかった。




