癒えた傷と警告の視線
朝。
目覚ましは鳴ってないのに、目が覚めた。時計は5時半――普段なら絶対無理な時間だ。
なのに、体が軽い。頭も冴えてて、気味が悪いぐらいだ。
「……マジで寝てたのか、俺」
昨日のことを思い返す――胸に突き刺さるような光。時が止まった瞬間。全身を引き裂くような痛み。
全部、夢だと信じたかった。でも、胸の奥で小さく脈打つ熱が、現実を告げていた。
鏡の前に立つ。肌が妙に綺麗だ。
健康的っていうより、作られたみたいに。目の下のクマも消えて、瞳が少し澄んでた。
「……なんだよこれ。美容男子かよ」
笑えなかった。
無味のパンを流し込んで、家を出る。
外の空気が、いつもより冷たくて――その冷気すら心地よかった。世界の“空気の粒”が見えそうなほど研ぎ澄まされてる。
通勤途中、小さな公園の前を通る。普段なら意識もしない場所だ。
――けど、今日は違った。何かに導かれるように、公園の方へ足が向いた。
視界の端で、小さな影が動いた。
うずくまってる子ども。遊具の陰。
「…俺もガキの頃、よく泣いてたな」
そう呟き、近づいた。幼稚園くらいの男の子が、膝を抱えて座っていた。ズボンが破れ、膝から血が滲んでる。
「おい、大丈夫か?」
「……いたい……ママ、いない……」
声が震えていた。子どもって、こんなにすぐ泣くのか。
「転んだのか?」
「……うん」
「ちょっと待て。応急処置してやる」
俺はしゃがんでハンカチを取り、血を拭う。
その瞬間、胸の奥に熱が走り、体中が痛みに支配された。
「グォッ! 胸が!」
思わず胸を抑える。淡いピンク色の光が、子どもの膝に滲んでいた。
「……っ!」
光は柔らかく、温かく。
そして――血が引き、破れた皮膚が滑らかに閉じていった。まるで、時間が戻ったみたいに。痕跡も残らず。
「……痛くない?」
子どもが目を見開き、自分の足を触った。
「え……うん、痛くない」
「そ、それは……あの、運が良かったんだよ」
何を言ってるんだ、俺。自分でもわけがわからなかった。説明なんて出来ない。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
子どもが笑った瞬間――影が覆いかぶさる。
「〇〇!?」
声に振り返ると、若い母親が駆け寄ってきた。息を切らし、子どもを抱きしめていた。
「よかった……探したのよ!」
「ママ、このお兄ちゃんがね、治してくれたの!」
母親が動きを止め、ゆっくり俺を見る。
その瞳に、驚きと――恐怖が宿っていた。
「……治したって?」
「あ、いえ。僕は……その、たまたま」
言葉が詰まる。男が治す?そんなことあり得ない世界だ。
「あなた……今のは回復魔法?」
完全に見破られていた。
空気が急に重くなる。朝の静けさが、緊張に変わった。
「と、とにかくありがとうございます。でも……」
母親は一歩、子どもを背後に下げる。その動きで分かった。
――“異常な存在”として、警戒されてる。
俺が何をしたか、どう見られてるか。理解してないけど、本能で察した。
この世界では、“分からない力”が、恐怖になる。
「…いえいえ、実は僕、回復ポーションを専門に作ってて、子ども用に光ポーションを……あの、では、通勤しますので!」
意味のわからない嘘を吐き、立ち上がり、公園を離れた。
背中に刺さる視線が、痛かった。
歩きながら胸に手を当てる。
さっきの光が、まだ微かに脈打ってる。
「助けた……んだよな、俺」
それだけは確かだ。誰かが救われた。それだけは事実。
なのに、心が重かった。
喉が苦しくて、呼吸が浅くなった。
「……なんでこんな気分なんだよ。初めて人を助けたのに」
世界は静かだ。鳥の声、風の音、遠くのエンジン音。全部鮮明なのに――胸の奥だけが濁ってる。
「俺……なんなんだよ」
ほんの数日前まで、ただの底辺労働者だった。何も持たず、何もできず、ただ生きていた。
それが今は――
『触れただけで命を癒す“何か”』になってしまった。
それが、救いか、呪いか。
まだ、分からない。
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