境界線に立つ者 ―リナと学園と視線の先で―
朝。
目覚ましは鳴っていないのに、自然と目が覚めた。
胸の奥――魔石は静かだ。
三日前まで“工場と家だけの生活”だった自分が、今はダンジョン帰りの体を伸ばしている。
(……慣れてねぇな、こういう朝)
隣のベッドを見るが、リナはいない。
リビングに行くと、テーブルにメモが一枚。
『朝イチで学校。
8時から用事。
朝食は冷蔵庫にあるから。
P.S. クロは寝かせておいて。』
冷蔵庫には豪華なサンドイッチ。
味は最高なのに、胃がまだ戦闘を覚えてるみたいで重い。
テーブル下に紙袋。
「対外会議資料/クレストホールディングス(学園用)」
(これ忘れていったのか?……届けるか。ヒモ生活三日目だしな)
クロの部屋前。
――中から「ぐおおお……Zzz……」と地獄のようないびき。
(寝かせておくか…薬品の匂いするし、昨日色々やってたし)
俺は紙袋を持ってタクシーに乗る。
三日前は通勤路を歩きながら、
「残業しろ」って言われた嫌な記憶しかないのに。
今は……制服の学生が可愛く見える。自由って眩しい。
*********
門をくぐると、すぐに視線を感じた。
「クレストのロゴ…」「来客?」「秘書さん…?」
制服の生徒達がひそひそと見てくる。
(俺、ただの元社畜なんだけどな)
廊下の向こうから歓声。
「リナ様ー!」「今日も綺麗!」「写真お願い!」
生徒の群れが割れ、光の中みたいに彼女が歩いてくる。
制服姿でも完璧。
ツンとした目元なのに……気づくと柔らかくなる。
「アヤト?なんで……」
紙袋を掲げる。
「忘れ物女王さまへ、献上品」
「誰が女王よ……ありがと」
受け取ったリナの耳が赤い。
次の瞬間、廊下が爆発した。
「彼氏!?」「誰!?」「死ぬ無理尊い」
(いや待て落ち着け俺はただの配達係だ)
すると、一つの近づく靴音が聞こえてくる。。
生徒たちが自然と道を空ける。
生徒会長らしき男。灰色の瞳、上品、笑っていない笑顔。
「おはようリナ。資料、感謝する。……彼は?」
会長の目が俺を刺す。
人を“分類する側の目”をしてた。
「忘れ物届け係です」
丁寧に下がる。経験上、偉い人と喧嘩すると死ぬ。
リナがほんの少しだけ、俺の袖をつまんだ。
「私の……大事な人」
廊下、再爆発。男子が膝から崩れ、女子が合掌してる。
(言うなぁぁぁぁぁ)
会長は笑う――でも瞳は氷。
「……立入制限がある。保護者ラウンジへ」
退け、の丁寧版。
リナが“お願い”という目。
俺はうなずく。
***********
静かなラウンジと、静かじゃない気持ち
ソファ。無音。おじさんが新聞広げてる。
…俺、ここにいていいのか?
三日前まで、汗と油の工場で怒鳴られてた男が。
今は紅茶なんて飲んでる。
(……場違いってこういうことか)
スマホが震えた。
クロからの電話だ。
無言で出ると、いきなり明るい声。
「よぉ新婚。学校は?青春してっか?」
「寝てろよ……てか新婚じゃねぇ」
「お前、三日前まで残業奴隷だぞ?
今は女社長の忘れ物届けて、ロビーで紅茶。成り上がりすぎだろ」
「やめろ現実味なくなる」
「でも悪くねぇだろ。
表の世界ってのは、こういうとこだ」
少し、真剣な声。
「いいかアヤト。
お前は“裏”にも“表”にもまだ属してねぇ。
だからこそ――橋になれる。迷うなよ」
「……例え話多いな医者」
「医者は人生観が重いんだよ。じゃ、お前倒れんな」
一方的に切れた。
(……あの人、かっこいい時ほんとズルい)
**********
校内を歩くと、また視線。
階段を降りれば、魔法の実技中。火花が舞う。
(普通にかっけぇなこれ……)
そこへ、先ほどの男が横に立った。
綺麗な顔。口元が笑ってるのに、目が笑ってない。
「来客だよね。君、魔力の匂いがしないのに……変だ」
一歩近い。刺すような観察。
(魔力感知タイプか)
「ただの一般人です」
「でも目が違う。“死線の目”だ。……興味あるな」
そこで男は名を言った。
「俺の名は銀条 タケル…覚えておきたまえ」
胸の魔石が少し熱い。
(この学校、猛獣多すぎるだろ)
そして、男は去っていった。
**********
「お待たせ!」
会議帰りのリナ。
制服なのに“社長の顔”してる。
「ありがとう。届けてくれて、助かった」
紙袋。
中身は可愛い紅茶とパン。
「……女子高生味してる」
「なによその感想」
少し笑う。
そこへ、会長再登場。
眼差しは氷のまま。
「彼は、ただの配達員」
リナが淡々と言う。
でも小さく、はっきり付け足す。
「でも……大事な人」
会長の瞳がほんの一瞬だけ濁った。
(こわ…権力者の嫉妬ってやつか?)
「また会うよ、君とは」
圧を残して去る。
帰り道
校門を出る。
風が冷たくて心地よい。
「……ごめん。いきなり巻き込んで」
「楽しかったよ。三日前には見れなかった世界だ」
「三日前?」
「ああ。俺、三日前まで社畜だった。
機械油の匂い嗅ぎながら、怒鳴られてた」
リナは小さく目を丸くする。
「……だからなのね」
「何が?」
「強いのに、無理して普通でいようとするとこ」
(……やめろ刺さる)
校舎の窓。
一瞬、光が反射した。双眼鏡の光か。いや、魔眼か?
リナは袖をそっとつまむ。
「帰ろ」
「おう。鍋だな」
「ウサギ。スライムは――」
「分かってる。禁止だ」
タクシーに乗ってリナと分かれた。
走り出した瞬間、またスマホが震える。
すると、クロから電話がきた。
「どうだった元社畜王子。何人生の分岐踏んだ?」
「敵増えた。たぶん上級魔力持ちのやつ」
「はっ、そりゃそうだ。
人気者の隣に立つってのは、そういうことだ」
静かな声で続ける。
「アヤト、もうすぐ分かるぜ。お前の“化け方”」
「どんなだよ」
「最強の“ただの人間”だ」
電話が切れる。
俺達は、境界線の上を歩いている。
まだ曖昧な立場のまま、でも同じ方向を見て。
ゆっくりと。
確かに、前へ。
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次回は11/11の7:30に投稿します。




