巨大なスライムvsアヤト
ツノウサギの死骸を拾い上げ、息を整える。
鉄の棒はまだ温かい。
俺の腕は震え続けていた。
そのときだった。
――ずる、ずるるる……
奥の闇が、蠢いた。
「……なんだ、今の音」
鼻を刺す酸の匂い。
湿った、ぬるりとした足音。
リナがピタリと足を止めた。
手が剣の柄へと自然に伸びている。
「……来るわよ」
空気が震えた。
闇が溶け、床の光を飲み込む。
グルルルルル……
青黒い液体の塊が、壁から剥がれ落ちるように現れた。
重力を無視したように盛り上がり、形を成していく。
「……スライム、かよ」
軽自動車ほどの巨大サイズ。
粘液の中に、白く不気味な光――核が見える。
「デカ……!初心者ダンジョンって話は……?」
リナは青ざめるどころか、むしろ微かに笑った。
戦いを歓迎するかのような鋭い眼光。
クロは口笛を鳴らす。
「初心者狩りじゃなくて、初心者殺しの間違いだな」
スライムが膨れ上がる。
ビュシュッ!!!
弾丸のような酸が空気を切り裂いた。
だが――
「落ち着きなさい」
リナが指を振ると、酸は空間の裂け目に吸い込まれた。
「空間魔法……やっぱ反則だろ」
「消費重いのよ。ほめて」
「はいはい、すごいすごい。天才お嬢様」
軽口を交わす間にも、スライムはずるりと前進する。
リナが言う。
「アヤト。これ、打撃は――」
「いや、殴る」
俺は一歩前に出た。
「待っ――」
リナの声を遮り、鉄の棒を振り下ろす。
手応えは……ない。
ただ水を叩いたような、虚しい音が響く。
「無理って言ったでしょ!」
リナが叫ぶのと同時に――
ドバァァッ!!!
スライムが爆ぜ、酸の津波が襲う。
熱い。
いや、そんな言葉じゃ足りない。
皮膚が焼け、肉が溶け、骨が露出する。
視界が白く染まるほどの激痛。
「がッ……ああああああああ!!」
リナが駆け出そうとする。
だが、クロが右腕で止めた。
「行くな。あれは――“選んだ”顔だ」
「選んだって、死ぬわよ!」
「いいや。あいつ、わかってる。核を殴れば壊れるってな」
スライムが粘液を振り上げ、追撃の酸が降る。
俺の肉は泡立ち、溶けながら垂れ落ちた。
でも――
ズルズル、ブワァァ……
再生。
肉が盛り、皮膚が張り、筋が繋がる。
魔石が胸の奥で脈打ち、命を削る音が聞こえるようだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ……まだ……まだいける」
(ここで逃げたら、こいつらと肩並べて歩けねぇ)
再び踏み込む。
靴底が溶け、血と酸が混じる匂いが立ち込める。
ドガッ!
バシャッ!
殴る。溶ける。治る。
殴る。溶ける。治る。
終わりのない拷問。
「やめて!そんなの戦いじゃ――!」
「戦いだろ」
俺は叫んだ。
痛みと震えで声が掠れる。
「この先、こんな敵はいくらでもいる。こんなの1人で倒さないとお前の隣にはいれねぇよ。守りてぇなら……死に物狂いで前に出るしかない!!」
スライムの体内が怒りに震え、酸が飛沫のように散る。
指が溶け落ち、骨が露出する。
だが俺は、生まれ変わるように再生し続ける。
クロが呟く。
「……人間は痛みで限界を知る。
けど限界が戻る奴は……当然、限界を超える」
リナが唇を噛む。
「そんなの……そんなの、無茶じゃなくて、狂気よ……!」
「狂気上等……ッ!」
一撃入れるたび、視界が揺れる。
呼吸が焼ける。
骨の軋みが耳の内側で響く。
やがて――
ドゴォォッ!!
スライムの中から、核が露出した。
「見つけた……!」
スライムが膨張する。
最後の抵抗。
全身から酸の嵐。
皮膚がはじけ、肉が泡になり、骨が剥き出しに――
それでも笑う。
「いただきます……って感じかな!」
渾身の振り下ろし。
ガギィィィン!!!!
核が砕け、スライムは痙攣し、崩れ落ちた。
静寂。
水音。
酸の蒸気。
俺は膝をつき、地面に倒れるように手をつく。
「……勝った……はは……」
リナが走ってくる。
その目は涙で滲み、怒りと安堵がぐちゃぐちゃに混じっている。
「バカ……本当にバカ……死ぬ気!?何考えてんのよ!!」
俺は微笑むしかなかった。
「無茶苦茶より……負ける方が嫌なんだよ」
クロが笑わずに言った。
「……英雄ってのは、頭が一番壊れるんだな」
リナの手が俺の顔を包む。
震えている。
熱い。
優しい。
(ああ……守りたいって、こういう事か)
俺は立ち上がろうとした。
足が震え、視界が揺れ――それでも立った。いくら回復が早くても魔石によって体力は削られる。
「大丈夫。死ぬつもりなんてない」
俺は真面目な顔で言う。
「ウサギ鍋と……スライムステーキ」
「食べる気なの!?」
「どんな味か気になるだろ」
「狂気が移ってきた気がする……!」
クロは大爆笑した。
「ハッハッ!いいぞガキ!お前みたいな奴、大好きだ!」
こうして――俺たちは、さらに奥へ進んだ。
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次回は20:30に投稿予定です。




