初めてのダンジョン
タクシーでダンジョンの入口へ向かう。
リナの高層マンションから一時間。ビル群を抜け、郊外の森にぽつんと現れた金属フレームのゲート。
まるで都市の裏側に隠された“異世界のドア”だ。
警備員らしき男が2人、無表情で座っている。
「冒険者のリナ様、クロ様。そしてサポーターのアヤト様。三名で登録確認しました。……なお、ダンジョン内での命の保障はできません。自己責任でお願いします」
「なるほど、なるほど。ん???」
俺のツッコミより前に、驚きが漏れた。
「え……おっさん!冒険者だったのかよ!?」
クロが眉間に皺寄せる。
「“おっさん”って言うな。俺はリナの師匠だ」
「マジかよ……」
すっかり騙された。
闇医者って聞いてたからてっきり裏路地の病院にいそうな男かと。
リナが俺の腕を軽く叩く。
「クロさんは昔、冒険者ランキングに名前載ってた人よ。“狂気の蘇生屋”って渾名が――」
「言うなぁぁぁッ!」
クロが叫ぶ。
……その名前、二度と忘れられないんだが。
「まあ、理由は入れば分かるよ」とリナが小声で笑った。
◆
ポータルをくぐると、空気が変わった。
ひやりとした湿気。
地中に閉じ込められた鉄の匂い。
息をすると、肺の奥に土の粉が触れる――そんな濃さ。
「……これが、ダンジョン」
胸の奥が高鳴る。
怖さより、期待が勝つなんて……俺、大丈夫か。
「はしゃがないでね? ここは初心者用で……それでも“命”は落ちる」
リナの声は真剣だった。
その横でクロはボソッと言う。
「俺、昔ここで死体運び出すバイトしたぞ。マジで地獄だった」
「急にリアル!!夢壊さないで!!」
ただ、わかる。
ここは“娯楽施設”なんかじゃない。
世界に空いた、獣の喉奥だ。
奥へと伸びる石の通路。
天井から滴る水音が、やけに騒がしく耳に刺さる。
その時、茂みが揺れた。
「アヤト――構えて!」
白い影が飛び出した。
純白の毛並み。赤い瞳。
額には黒い角――
ツノウサギ
小さい。でも、殺意は本物だ。
「うおッ!」
鉄の棒を構えた瞬間、ウサギが弾丸のように跳ぶ。
反射だけで体が動いた。
――ドンッ!!
振り抜いた鉄棒が、柔らかい何かを潰す音。
ウサギの頭は消えていた。
静寂。
「……あ……」
リナの顔が引きつる。
「え、えげつないわね……初めての魔物で、それ……?」
「勢いスゴかったから……反射で」
「素材……全部吹き飛んでるじゃない!」
クロは腹抱えて笑う。
「初狩りで即“脳天粉砕”は草!記念に写真撮りてぇ!」
なんだこの世界観。
しかし俺は、しゃがんでウサギの体を持ち上げた。
「……夕飯にはなるけどな」
「食べるの!?やっぱり野生児じゃない!!」
「いや普通に食べ物だろ」
言ってると、茂みが再び揺れた。
――ドドドドドッ!!!
一匹じゃない。
十……いや、もっといる。
全てツノウサギ。
赤い目が、一斉にこちらを射抜く。
リナが魔力を構えた。
「来るわ!私が――」
「いや、俺がやる」
「は?」
俺は鉄棒を握りなおす。
「さっきのやつ……苦しまなかった。なら、俺が責任持つ」
魔物でも――
生命なら、苦しませたくない。
クロが俺を横目で見、鼻で笑った。
「優しいやつほど、死ぬ時は静かに死ぬんだ」
その言葉。
怖い。でも――止まらない。
「……大丈夫。俺は死なねぇ」
「言い切るやつが一番危ないのよね……」
ウサギたちが一斉に跳んだ。
◆ツノウサギ戦
一匹目――角を避けて、首根っこを掴む。
地面へ叩きつけ、頸骨を折る。
二匹目――喉を鉄棒で押さえ、呼吸を奪う。
三、四匹目――角を折り、踏みつけて一撃。
五匹目――跳躍を利用し、逆手突きで脳幹へ。
……音もなく、命だけが消えていく。
「はぁっ……はっ……!」
魔石が俺を治しながら、体力が削られていく。
傷が痛まない分、疲労は純粋に、濃く、深く積もる。
六匹目の角が胸元を掠める。服が裂け、血が滲む。
熱が走り――傷が塞がる。
「……クソ……便利な身体ほど代償がでけぇのかよ……!」
七、八、九匹目……
崩れ、折れ、沈む小さな躯。
その全てに、苦しみはなかった。
最後の一匹――
抱きしめるように受け止め、首をひねる。
コキリ。
静寂が戻る。
俺は膝をつき、荒い息を吐いた。
「……全部、一瞬で終わらせた。ちゃんと……終わらせた」
返り血で濡れた手。
けれど、掴んだ命は全て“静か”だった。
クロがぽんと俺の肩を叩く。
「……戦闘センスはまだひよっこだ。だがな」
その目は、いつもの軽口と違った。
「殺しの“理念”は一流だ」
リナがそっと隣に立つ。
「優しいのか……怖いのか……でも」
照れたように、でも誇るように言う。
「かっこよかった」
魔石が、胸の中で静かに脈を刻む。
「……んじゃ、ウサギ鍋だな」
「まだ言うの!?」
「食べなきゃもったいないだろ?」
「もう……あなた、普通じゃない」
俺は苦笑しながらウサギを回収する。
「漫画の主人公さ……“倒す意味”があるから戦ってたんだよな。
俺も……その意味、見つけられそうだ」
リナの瞳が、ふっと揺れた。
「その旅、私も隣で見る。迷わないように」
奥から唸り声。
クロがニヤリと笑う。
「次は“肉じゃねぇ”やつだ。覚悟しとけ。ここからがダンジョンだ」
俺は鉄棒を持ち上げる。
「……上等」
闇の奥へ――三人で、踏み込んだ。
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また、次回は19:30に投稿予定です。よろしくお願い致します。




