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⑥神の血を引く女王ニオベの息子たちは、アルテミスとアポロン姉弟に対して死を恐れず戦いを挑み、アルテミスの腹部に深々と剣を突き立てた

アポロンは、天界で随一の弓の名手である。

その矢は、雷光のように疾く、的を逃さぬ正確さを誇った。

どれほど素早く動く標的であろうと、その射抜く力と精度には狂いがない。

彼が矢を放った瞬間、それはすでに命中しているといっても過言ではなかった。


しかし、それほどのアポロンをもってしても、相手が神であるとなれば話は別だ。

神々の身体能力は、常軌を逸している。

反射速度、体の強度、空間認識能力、すべてが人智を超えた領域にあり、

いかなる名弓も、その矢の半数は避けられてしまうのが常だった。


だがそれは、アポロンの腕が劣るという話ではない。

むしろ逆だ。

その半分しか当たらないという事実こそが、神という存在の超越性を雄弁に物語っていた。

それをアルテミスはよく理解していた。

彼女は今、目の前に立ちふさがる七人の兄弟を見据えながら、冷徹に演算していた。


彼らの父は、アンピオン。

だがそのさらに上には、ゼウスがいる。

7人の兄弟は、神々の王ゼウスの血を4分の1だけ引いた、神と人とのクォーターである。

つまり純粋な神よりも、彼らの身体能力は大きく劣る。


アポロンの矢を回避できる確率を、神が2分の1と仮定する。

神の能力を4分の1しか持たぬ彼らが、神と同じように矢を避けられるはずがない。

計算上、矢を避けられる可能性は8分の1しかない。

つまり、7人のうち生き残れるのはせいぜい1人である。


その演算結果は、アルテミスに大きな余裕を生んだ。

もはや慌てる必要などなかった。

敵は神の血を少しだけ分け与えられた、ただの人間に過ぎない。

その血に神の力が流れていようと、彼らの命運は最初から尽きていた。


だからアルテミスは、矢を番えるでもなく、無造作に前進する。

その表情には、感情の一片も浮かんでいなかった。

計算通りに進む戦いには、もはや興味も覚えぬといわんばかりに。


しかし、7人の兄弟に近づいてみて、アルテミスは違和感を覚えた。

彼らの顔立ちは一様に整っており、彫刻のような美しさを備えている。

だが、その美しさがかえって不気味だった。

黒目がちで感情の色が乏しく、怒りや恐れといった感情の揺らぎがほとんど見られない。

まるで、生きた人間というよりも、神が細工した人形のようだった。


アルテミスは眉をひそめた。

彼女の直感が警鐘を鳴らしていた。

何かがおかしい。


「……こいつら、神の血を処理しきれていないのか?」


思わず、独りごちる。

神の血は、強大な力と同時に、しばしば不安定さや異形をももたらす。

神と人との混血は稀であり、成功例も少ない。

血の配合がわずかに偏れば、力が暴走するか、器が壊れることすらある。


だが、アルテミスもアポロンも気づいていなかった。

彼らが見誤っていたのは、神の血の深さだった。


王女ニオベの父は、実は全能神ゼウスの息子、

すなわち彼女自身もゼウスの孫であり、神の血を4分の1受け継ぐ存在だった。

つまり、彼女の息子たちは父アンピオン側の血と合わせて、神の血を8分の3宿しており、

アルテミスが最初に導きだした回避率8分の1は誤りで、生存可能数が3倍に跳ね上がる。


だが、その事実を神々は知らない。

アポロンは、いつも通りの無感情なまま、矢を番え、次々に射放った。

放たれた矢は、正確無比な軌道で迫りくる七人へと吸い込まれていく。

しかし次の瞬間。


「カンッ!」


乾いた金属音が広間に響き渡った。

アポロンの瞳が驚きに見開かれる。

信じがたい光景が、目の前に広がっていた。

7人の兄弟うち、2人が矢を、剣で切り落としたのだ。


さらに矢を避けきれなかった一人の兄弟は、

利き腕とは反対側の肩にアポロンの矢を受けて致命傷を回避した。

そして、彼は止まらなかった。

いや、止まるどころか、その痛みを燃料に変えるかのように、突如として勢いを増した。


倒れた兄弟の体を迷いなく踏みつけ、血と土にまみれた床を蹴って跳躍する。

その姿は、もはや兵士ではない。

理性を削ぎ落とし、本能だけで獲物を喰らおうとする獣のようだった。


「ごおおおっ!」


咆哮とともに、半神たちは風を切って突進する。

アポロンの猛攻をくぐり抜けた3人の兄弟が、寸分の狂いもない動きで可憐な女神に迫る。

まるで一つの生き物のように連携し、3方向から刃を一点に集約させる。


突き出された一本の白刃が、奇跡のように整った女神の顔面を正面から襲う。

瞬間、アルテミスの身体がしなやかにのけぞった。

ギリギリの回避。

肌に刃は触れていない。

だが、空気を切る鋭さが彼女の髪を裂いた。


宙に舞う銀の糸。

切断された髪の先端が、光を反射してきらめきながら空中に散る。

まるで、月光の欠片が砕けて飛び散ったかのような美しさだった。

そしてその一瞬、戦場にいたすべての者が、神も人も息を呑んだ。


残りの2本の剣が、交差する軌道でアルテミスの心臓を狙って突き出された。

その動きはよく訓練されていて、わずかな狂いもなく、躊躇もない。

女神は身を捻って、かろうじて1本目をかわす。

白い衣が風をはらみ、銀の髪が弧を描く。


だが、もう1本は避けきれなかった。

鋼の刃が、容赦なく彼女の左脇腹に深々と突き刺さる。

研ぎ澄まされた剣が神の皮膚を裂き、その奥の筋肉を断ち、腹腔へと滑り込む感触。

瞬間、時間が止まったかのようだった。


アルテミスの身体がわずかに震え、彼女の目が痛みで見開かれる。

人間が感じるような生や死を突きつける、鋭く生々しい痛み。

その衝撃が、彼女の端正な顔を歪めた。

神の威厳と冷徹な美しさを湛えていたその表情が、ひどく脆く、ひどく人間的に崩れた。


金色の血が、彼女の傷口から噴き出した。

まばゆい光を帯びたその液体は、

地面に落ちることすら拒むかのように、宙に細かな粒となって舞い、世界を照らす。


「……ッあ……ああああぁぁぁぁっ!」


アルテミスの喉から、ひび割れたような悲鳴が迸る。

それは神々にあるまじき、絶叫だった。

脳髄を直接揺さぶるような常軌を逸した悲鳴が、世界を震わせた。

痛みや絶望、恐怖といった負の感情が凝縮された、まさに魂の叫びだった。


背後では、彼女に攻撃を加えた半神たちが、耳を押さえて悶えていた。

悲鳴の余波で、鼓膜は破れ、平衡感覚が失わる。

耳を押さえる彼らの手の隙間からは、血が滴っていた。


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