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せめて物語の中では

本日2本目です。

 メリッサは宝石のごとく美しい瞳で父を凝視した。


「お父様がクリスの縁談を握りつぶしたの?」


「姉上が変な事を言うものだから、父上が困ってらっしゃる」

 ロイドがさりげなく助け舟を出しだ。ロイドは昨年貴族学院を卒業したが、在学中に当時の婚約者の不貞がわかって婚約を解消していた。ロイドは父親の上司である宰相の姪と婚約していたのだが、相手はたかが伯爵家の嫡男にすぎないロイドがお気に召さなかったようだ。

 しかしロイドの婚約解消は多くの貴族令嬢に歓迎されたので、今は新たな婚約者選びに慎重になっている。


「お父様はロイの時も人選に失敗していらっしゃるから心配だわ」


姉のメリッサははっきり物を言う性格で、その美貌も相まって学生時代は女王様と密かに渾名を付けられていた。その女王様に問い詰められた父親は口に含んでいたワインでむせ返りそうになった。


「メリッサ、言って良い事と悪い事があるぞ。私はロイドにもクリスティンにもとびきりの良縁を見つけたいだけだ」

「という事はあるにはあるのね?良かったわね、クリス!そりゃ貴女ってわたくしやロイと比べると見劣りするけれど、決して素材は悪くないのだから、お父様が見立てたとしても、変な男で妥協してはいけないわよ」


 クリスティンは苦笑いをするしかない。メリッサに悪気は一切なく、本気で自分を心配してくれているのはわかるのだが、言葉は選んで欲しいと思う。

 確かに上の2人は母に似た美貌の持ち主だ。金髪に緑の憂いを秘めた瞳、濡れたような唇、形の良い耳や顎、それだけで人生勝ち組と言えるだろう。しかし、子どもの頃から美しいと褒められて育ってきた姉と兄にはわかるまい。下のお嬢さんはお父様に似てらっしゃるのねと、何かを言い淀むような残念がるような、そんな言葉を言われ続けた末っ子の気持ちは、決してわかるまい。


 クリスティンや父親が決して不細工というわけではないが、父親と同じ銀髪に淡い水色の瞳をしており、なんとなく全体的に色味が薄いせいなのか、どうしても冷たい印象を持たれてしまうのだ。

 父親は王城で宰相補佐官として務める遣り手であるので、冷たい印象を与えるその風貌はむしろ信頼と安心感をもって受け入れられているが、それが娘となると話は違ってくる。

 外見も中身も父親に良く似て勤勉で真面目なクリスティンは、同年代の男性の目にはつまらなくて魅力に乏しい女性に映るようで、未だかって異性と親しく会話をしたことすらなかった。

 父親似の容姿と真面目な性格が敬遠されているのだろうとクリスティンは自己分析していた。


(つまり地味ってこと。お姉様達が美しいから余計にそう思われるのよね)


 姉に容姿を弄られるのは愛情の裏返しだとわかっているし、なんだかんだ言ってもそんな姉が大好きなので笑って聞き流しているのだが、婚約話を父が握り潰しているというのは意外だった。


「お父様、それ、本当なの?わたしにも婚約の申し込みがあったって」

「あ、ああ、まあ。しかし釣り合わない相手であったため断った、というか保留中で」

「「保留中?」」

 思いがけずメリッサと声が被ってしまった。


「お姉様がわたしの歳には、お義兄様と婚約中だったわ。

 わたしは、お姉様のように美しくないし、3番目の子どもで政略結婚の旨みもないから、婚約の申し込みすら無いのだとわかっていたけれど、奇特な方がいらしたものね。そんなお話があった事だけでも嬉しいわ。

 お相手は……ううん、聞かないわ。聞いても無駄。どのみち婚約は成立しないし、わたしはこのまま結婚せずに一生過ごす覚悟は出来ているわ」


 クリスティンの言葉に家族の表情が固まった。


「だめよ、クリスティン。お父様は貴女の幸せを願って、貴女が気後れしたり苦労をしないで済むお相手を吟味しているのよ」


 母が安心させるようにそう言うが、それならばせめて婚約の打診があった事くらいは教えて欲しいものだ。全く何も無いのとあったが断ったのでは話が違ってくるのだ。


 クリスティンは思うところがあり結婚への憧れは薄い。その原因は姉にあるのだが、メリッサはまさか自分の行動がクリスティンの未来を変えたとは想像もしていないだろう。

 そして独身でいるのなら、職業婦人、具体的には物書きとして生きていけないかとクリスティンは密かに考えていたりする。

 家族の誰にも秘密だが、趣味で書いている創作小説が学院の貴族令嬢達に好評なのである。丁寧に綴ったお手製の本が少女達によって回し読みされているのだ。しかも本にしないかという誘いもあったりして。


「婚約者もいないし、結婚しないで一生独身でもいいかしら、なんて思う事があるわ」


 済ました顔で告げれば、青い顔をした父が口を開いた。

「駄目だ。クリスティンは未だ17なのだぞ?何故諦めるのだ」


 クリスティンの代わりにメリッサが冷たい声で言った。

「お父様が婚約の打診を握り潰したりするからではないかしら」


 父親は憮然とした顔で、あれは駄目だ、お前に苦労はさせたくないのだと小声でこぼしたが、クリスティンの耳には届かなかったようだ。


「まあまあ、おやめなさい。クリスはずっとこの家にいていいのよ。お父様がロイドに爵位を譲ったら三人で領地で暮らせば良いわ、ね、旦那様?」


 メリッサの一言で始まった混乱は母の鶴の一声でとりあえず収まったが、クリスティンは考えている。

 貴族の娘として生まれたならば、家の利益に繋がる然るべき相手と婚姻して、実家と婚家の橋渡しとなり、旦那様に仕えて後継者を産む事が理想なのかもしれないけれど、クリスティンには想像できなかった。夢を見ているように妄想の小説を書いていても、自分の未来が政略結婚になるという妄想は出来なかったのだ。


 それにさっきは好きな人はいないと答えたけれど、厳密に言うと好きな人はいるけれどその人には婚約者がいて、つまりクリスティンの片思いだから家族には伝える必要はないという事だ。

 叶わぬ恋を家族に慰められるなんて、想像しただけで背中がぞわぞわするし、何より姉の反応が怖い。あの姉なら、奪い取っちゃえばいいのよと言い出しそうだから。


 その後はメリッサのお腹の中の子どもをどれだけ楽しみにしているかと、そんなほのぼのした話になって夕食を終えたクリスティンは、自室に戻ってノートを取り出した。

 

(お父様が婚約者を決めたならば、わたしはそれを受け入れないといけないのよね)


 現実はままならないことが多い。貴族として生まれたからには政略結婚は諦めているけれど、せめて夢見るくらいは構わないと思う。物語の中では、わたしだって主人公(ヒロイン)だもの。


 だから紛い物の世界、物語の中では、片思いの相手が振り向いて実は両思いだったなんていう奇跡があっても良いではないかと思うのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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