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姉の言い分は正しいが

のんびり更新ですが、よろしくお願いします。


 サラサラとガラスペンが紙面を滑る音がする。


『月明かりはのクリスティーヌの銀の髪を照らしていた。彼女は恥ずかしくて顔を上げることが出来ない。

 目の前には憧れの人がいて、そこに居るのはふたりだけ。一体どんな顔をすれば良いというのだろう。


 アルベルドはクリスティーヌの銀糸のような髪を一筋指に絡めて、そっと唇を寄せた。


「美しい髪だ」

「薄くてつまらない色をしていて、わたくしは嫌いなの。この銀髪も水溜りのような瞳も」

「どうして?どちらもこんなに綺麗なのに。私は君の髪も瞳も好きだ、いや君の全てを好ましく思っている」

「嘘よ。貴方は他の方を思っているって聞いたわ。溺愛していらしゃると。そしてその方は見事な黄金色の髪をしていて……」


 体を小さく震わせて涙を堪えている子鹿のような娘の姿に愛しさが込み上げてくる。

 アルベルドは、一体どこからそんな噂が、と呟いた。


「私が好きな女性はただひとり、貴女だけだよ、クリスティーヌ。どうか貴女に愛を語る資格を与えてはくれまいか。そしてその返事が諾であるなら、貴女を抱きしめても良いだろうか?」


 クリスティーヌは涙で滲む瞳でアルベルドを真っ直ぐに見つめた。

「わたくしもアルベルド様をお慕いしています」


 アルベルドは愛しい女性をそっと抱き寄せ、その額に唇を寄せた。』


 ふっと息を吐いてクリスティンはペンを持つ手を止めた。先ほどから取り掛かっている創作小説がいよいよ佳境なのである。

 主人公とその想い人はいわゆる両片思いで、すれ違いの末ようやく心を通わせるという素敵なシーンなのだが、なんだかしっくりこない。恋焦がれていた相手と心が通いあったというのに、ヒロインの心の奥底には彼の噂、つまり溺愛している婚約者がいるという噂への恐れが潜んでいて、素直になれないそんなシーンなのだ。

 ただお互いへの愛を確認したふたりに言葉など必要なくて、見つめ合うだけで切なくて愛しいものなのではないだろうか。

 

「額に口付けもなんだか幼く感じられるわ。だって アルベルド様はそれはもう凛々しくてらっしゃるから、ぎゅっと抱きしめると彼女の唇を荒々しく吸う、ってやっぱりそれは駄目!アルベルド様は紳士だからそんな事はしないわ。そうっと壊れ物を扱うかのように優しく抱くのだわ。激情と言うより、静かに燃え上がる暖炉の炎のような愛なのよ」


 クリスティンは気合いを入れてペンを持ち直した。


『アルベルドは愛しいクリスティーヌをまるで壊れ物に触れるかのようにそっと抱き寄せた。そしておずおずとその額に唇を寄せた』


 先ほどの箇所に棒線を入れて書き直す。うん、まあこんなものかしら、アルベルド様は紳士だもの、と納得していたらメイドが呼びにやって来た。夕食の時間である。

 クリスティンは書きかけの原稿を鍵付きの引き出しに丁寧に仕舞ってから食堂へと向かった。姉のメリッサがお産のため里帰りしてきているのだ、待たせるわけにはいかない。

 お姉様、相変わらずなのかしらと、クリスティンは賑やかな食卓を想像して顔が綻んだ。

 


 クリスティンはエマーソン伯爵家の次女である。

姉のメリッサは侯爵家へ嫁ぎ、出産を控えて現在里帰り中、兄ロイドは父と同じく王城で文官の道を歩んでいる。久しぶりに姉を迎えてエマーソン伯爵家のダイニングルームは賑やかで温かい空気に包まれていた。

 美形揃いのエマーソン家の中でも一番の美貌の持ち主が長女のメリッサで、明るく社交的な彼女がいるだけで華やぐ。


「ねぇ、クリスには良い話はないの?貴女ももう17でしょう?」

「お姉様、残念ながら良い話は何もないの。婚約の申し込みすら無いのよ」

「貴女、好きな殿方はいないの?もし居るならお父様に相談なさいな。宰相補佐官の伝手でもってなんとかしてくださるわよ」

「好きな人なんて…いないわ。兎に角わたしの事はお姉様に心配していただくには及ばないわ。お姉様はお腹のお子が無事産まれることだけを心配しいていたらいいの」


 今宵の揶揄いの標的は自分なのだと悟ったクリスティンは姉の猛攻から逃げるべく話を逸らしたのだが。


「ロイは良かったわね。あの尻軽と上手く離れられた上に慰謝料も貰ったしね。それに貴方には釣り書きがたんまり届いていると聞いたわよ。

 だけどクリスは危機感が足りていないわ!婚約者もいない、好きな殿方もいないなんて信じられない。わたくしの妹なのに一体どういう事なのかしら?

 まさかお父様が婚約の申し込みを握りつぶしている、なんて事はないでしょうね」


 メリッサは父親をじっと見つめた。


 お姉様、なんて事を言い出すのよと、クリスティンは気が気ではない。姉の体調を考えると興奮させたり、激昂させるのは良くは無い筈だ。ふと兄を見ると、兄もまた苦笑いをしている。

 兄は貴族学院在学中に婚約を破棄している。解消ではなく破棄、しかも相手の有責で。ロイド兄様は、婚約は懲り懲りだと思ってるのかもしれないと思う。


「お姉様、わたくしの事はいいのよ。そんなに興奮するとお腹に差し障るから、落ち着いて」

「そうだよ、姉上。僕達はちゃんと考えているから」


 メリッサは形の良い眉を顰めて

「あら、姉が弟と妹の将来を心配するのは当たり前の事よ。あなた達がしっかりしてくれないと、我が侯爵家の評判に関わってくるのよ。

 夫もクリスの事を気にかけているのよ、この意味がおわかりかしら、お父様?」


 

お読みいただきありがとうございます。

本日はもう一本投稿いたします。


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