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八月の杉  作者: 中村雨歩
9/23

会えぬ時間

「リュウオウくん、はい、プリント」


「あ、ごめん、はい」


 前の席の山瀬から名前を呼ばれて我に返って、プリントを受け取った。ダンスコースの川村さんと美術室で会ってから僕は調子がおかしい。ダンスコースとの顔合わせの時に、彼女のことは可愛いとは思った。だけど、それだけだ。美術室で書いた絵だって、よく分からないけど、その時に描きたいと思ったから描いただけだ。


「りゅうおう殿?」

 後ろの木下から、突っつかれて、再び浮遊していた意識を戻された。


「あ、ごめん」


 あの美術室の日から、同じ時間に美術室で絵を描いていても川村さんに会うことはなかった。完成を目指していなかった絵が完成に近づいているのに・・・。あの絵が完成したら、どうしたらよいだろうか?絵の子を紹介してと言っていたから、この絵は貴方ですとか言えば良いのだろうか?答えも出ないし、そもそも悩む必要すらない悩みに思考を巡らせなながらプリントに目を落とした。


「進路について・・・」

 何も考えていない。というか、進路は三年生になってから考えるものかと思っていた。後ろの席の木下を向き思っていたことを言ってみた。


「進路なんて、考えてないよね〜?」


「自分は、大学受験でござるかな。」


「そうなの?そうだよね・・・」

 ちゃんと考えているんだな・・・と驚いていると、担任の先生から進路の希望を書いて来週頭に提出するように言われてホームルームは終わった。


 今日も特に急いで家に帰る用事も無いし美術室に行くことにした。今日も誰もいない、いつもの美術室だ。進路のことも考え始めないといけない時期なのだろうけど、今は、絵を描きたい。神社のイベントの絵のことも考えたい。イベントを進めれば・・・。川村杉子さんと会いたい・・・。


 ガラガラガラ。


 美術室の後ろのドアが引かれる音がした。


 川村さん?僕は後ろのドアを振り返った。入って来たのは、川村さんではなく、月代だった。分厚いメガネをずり上げなら近づいて来た。

「なに描いてるの?」


「あ、ダンスコースとのコラボの絵を」


「ウソ!まだ、何を描くか決まってないじゃん!」


「キャンパスに向かいながら、構想を考えてるんだよ」


「へ〜、美術コースはリュウと木下くんと山瀬さんだけじゃないからね。みんなの意見も聞かないといけないよね」


「そうだね・・」

 狛犬ビームとか火を吐くとか言っていた月代が冷静なことを言っているのにちょっと驚いた。あと、いつの間にか、竜王からリュウになっていた」


「今回のコラボに参加する美術コースの生徒って二十人くらいでしょ」


「クラスが二十人くらいだからね。何かあった?」


「ううん。何も無いよ」


「そう。僕に何か用だった?」

 月代の、歯切れの悪いもの言いにイラついて、つい、冷たい言い方をしてしまった。


「あ、ごめん。リュウオウ殿は、元は八大龍王だからね。あくまで王だからさ、リーダーなんだって言いたくてさ。ごめんごめん。じゃ、またね」


 月代は不自然な程「ごめん」を繰り返して美術室を出て行った。


「なんだったんだろう?しかし、川村さんは来ないのかな・・・。来てもまともに話せないかもしれないけど・・・顔、見たいな・・・」


 先程まで赤かった夕陽が紫色に変わり、大地と空の境界線が青紫のグラデーションに彩られていた。


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