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八月の杉  作者: 中村雨歩
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木下は孤独

「ただいま・・・」


 馬鹿高い天井とだだっ広い部屋から返事は無い。ある訳が無い。常駐のお手伝いさんもいなくなり、「おかえり」の返事が無くなってから、二年は経つだろう。いつものようにリビングにあるお菓子と飲み物を持って部屋に向かった。いつもと同じように自分の部屋でゲームをやるためだ。


 しかし、今日は不思議とコントローラーに手が伸びない。ゲームチェアに座り天井を見つめていると、昼間のことが思い出された。

「じょ、女子と話した・・・。いや、話してはいないか・・・でも、女子と縁が出来た・・・」


「うにゃあ〜」


 独り言を呟いていると猫の玉吉がいつの間にか部屋に入って来た。すり寄って来る玉吉を抱き上げ、今日の報告と心境を吐露した。


「今日さ、クラスの女子と話しはしてないんだけど、今度会ったら話しができるくらいの距離感を掴めたような気がするんだよ。」


 薄暗い部屋の中で、玉吉は瞳孔が開いた暗い瞳で驚いたような表情で話しを聞いている。


「玉吉も驚いただろう?俺も驚いたよ。中学校の頃にクラスの女子から引いた目で見られた目が怖くて、学校に行きづらくなってしまったからね。もう、女子とは縁が無い人生なのかと思ってたよ。でも、女子を嫌いにもなれない・・・二次元の女子に走ろうと思ったこともあるけど、無理だった・・・」


 今、思い出してもバカな事をしたと思う。中学二年の始まりの頃、いじめに遭いそうなった。ウチは両親が割と世間で知られている会社の経営者で、いわゆる金持ちだった。両親は忙しくてあまり家にいなかったけど、お手伝いさんが何人もいて、友達が遊びに来れば豪華なオヤツが出て、誕生日会などは豪勢にやっていた。友達がたくさんいてチヤホヤされている状態だったと言ってもいいかもしれない。いや、友達だと思っていた人たちがたくさんいただけで、思い違いだった。


 そして、自分にとっての大事件「女子に引かれる事件」が起きる数ヶ月前、両親の会社が過剰労働問題で世間を騒がす事になり、グループ会社の売却等、経営状況が悪化した際に、自分の周りには人がいなくなった。おそらく、両親はもっと周りから人がいなくなったのだろうが・・・。


 事件当日、昼食の休み時間に教室でいきなりボールをぶつけられた。最初、ただの間違いかと思ったが、振り返ると、それが悪意のあるものだと即座に分かった。話したことも無い不良っぽい奴と誕生日会にも来ていた奴ら数人がニヤニヤしながらこちらを見ていた。そして、二発目のボールを投げ付けて来た。ゴムボールだが結構な至近距離から顔面に当たり、結構痛かった覚えがある。その後、「金持ちぶって調子乗ってんじゃねーよ」とか、「世間に迷惑かけてんじゃねーよ」とか、「お前も自殺しろ」とか、親の会社のことで罵声を浴びせられた。当然、腹が立ち掴み掛かったが、3人に囲まれ蹴られて殴られて・・・それで終わればよかったのだが、自分はその時には180センチ近くあり、勝手に文武両道を胸に、自宅にジムを作ってもらい、格闘技のプライベートレッスンを受けていた。学校では、バレー部所属のただ背の高い奴だと思われていただろうが、実は、自覚も無かったが喧嘩をやらせたら強かったのだ。


 しかし、喧嘩の経験はなく、この時が初めてだった・・・。だから、漫画や映画で見るような派手な殺陣を演じてしまい、絡んで来た三人は血だらけになっていた。喧嘩をしたことが無かったから、終わり方も分からず、映画のように、相手が気絶して動かなくなるまでやるものだと思っていた。髪を掴んで何度も掃除ロッカーに机に頭を叩き付けたりしていた。窓ガラスに投げ込まなかったのは不幸中の幸いだった。


 そこにやっと、先生数人が怒鳴り込んで来て、喧嘩を止めてくれた。僕は、職員室に連れて行かれ、怒られ、家の人を呼ばれたが、親が迎えに来ることはなく、お手伝さんの山下さんが迎えに来てくれて、その日は帰った。山下さんは僕を咎めるような事を一言も言わなかった。でも、悲しそうな顔をしていたように思う。怪我をさせた相手には特に謝罪をした覚えは無い。大人同士で話しが収まったのだろう。


 次の日、学校に行くと、喧嘩をした三人が大袈裟な包帯姿で登校していた。腕なんて攻撃していないのに、腕を吊っていたりコントのような大怪我だ。しかし、その効果もあってか、クラスメートの引いた目線を感じた。お昼までの休み時間に誰も話しかけて来なかった。辛かった。教室を出た。親の会社の問題がニュースで取り上げられるようになってから、学校に行くのが少し辛かった。決心が付いた。その日から学校に行くのをやめた。


 高校からはキャラを変えて、というか、元々、好きだった漫画とかアニメとかゲームとかが好きな陰キャを全力で貫く高校生活もいいかなと思って、一念発起して高校生活を始めた。自分は両親を凌ぐ経営者になろうと勉強も運動も頑張っていたつもりだった。親もそれを喜ぶと思っていた。でも、誰も俺を見ていなかった。だから、もう全力で暗くてジメジメして女子に嫌われて、誰も話しかけたくない惨めなヤツになってやるんだ!って決めていた。しかし、ダメだった。唯一、学校で話しをする八代建を見ていて気が付いてしまった。


「俺・・・三次元の女子が好きです・・・」

 もう自分を偽れない。女子と話しがしたい。そして、この封印していた気持ちを解き放った八代・・・生意気な・・。


「八代・・お前が望む通り、一緒に絵を描いてやろうじゃないか!但し、お前とじゃない!女子と共に!」

 玉吉を抱き上げ、高々と掲げ叫んだ。明日から学校に行くのが楽しみだ・・・。



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