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八月の杉  作者: 中村雨歩
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エピローグ

 妻がマスコミ責めから救い出してくれてホッとしたが、この後は、交流を兼ねた立食パーティーがある。身内と同業者の知り合いのライトなパーティーだが、完全なオフという訳ではないので、まだ、気が抜けない。

 さらに、今日は妻からサプライズがあると言われている。まだ本当に気が抜けない。何があるのだろうか?妻の人脈でいつもの個展のように偉い人やリッチなパトロンを紹介されるのだろうか?もしくは、コラボ相手の新進気鋭の若手アーティスト?妻の目は確かだし、今まで、彼女の紹介で一度たりとも不快な思いをしたこともないし、全てが成功に繋がっていると言っても過言ではない。でも、最近、ちょっと疲れを感じることがある。ここ最近、海外の滞在が続いているからかもしれない。日本に、というか、故郷に還りたいと思うことが増えている。


 一時間ほど休憩してからパーティー会場に足を運ぶと、すでに会場はいくつかのグループに分かれて談笑している。

 僕は、部屋で少しボーッとする時間が欲しかったから、僕の到着を待たずに先に始めていてくれるようにお願いしていた。

 妻がいないとオーラゼロの僕は会場に入っても誰にも気付かれなかった。立食パーティーだけど、一応、僕は主役ではあるから主要関係者席のような所がある。バンケットスタッフからワインをもらい、ガブ飲みして席に向かった。それを妻がいち早く見つけて手を振っている。いそいそと席に向かうと、妻と一緒に品の良さそうな老夫婦がニコニコしながらこちらを見ている。あの二人の紹介が今日のサプライズだろうか?


 老夫婦は長年僕の絵を買い続けてくれているお客さんだった。感謝を伝え、少し会話をしたがあまり内容が頭に入って来なかった。長年ファンでいてくれて本当に有難いことだと思う。二人は話しをして満足げに帰って行った。僕はお礼を言ってソファにもたれかかり妻に言った。


「いい人達だね。長い間作品のファンでいてもらえるのは本当に有難いことだよ。サプライズを有難う」


「サプライズ?」


「君が言ったんだよ。今日はサプライズがあるって」


「ふふふ・・・」

 不敵に笑う彼女を訝しんで凝視した。


「本日のサプライズはあちらのテーブルにご用意してございます」

 彼女が悪戯っぽく笑い。後ろのテーブルを指し示した。そのテーブルに目を向けると、四人の男女が談笑しているのが見えた。二人が背を向けているので、誰の顔も見えない。しかし、何やら盛り上がっている様子ではある。


「ほら、行くよ!貴方が今日の主役でしょ?」

 そうだ、今日は今までで一番大きく、過去の集大成のような個展だ。悪く言えば、燃え尽きたようなそんな心境だが、主人公なのは間違いない。パーティーでみんなに挨拶をして、自らの役割を全うして、部屋に帰って休もう。もう少しだ。頑張ろう。


「お待たせ! 主役の到着ですよ〜」

 彼女が例のテーブルに向かって声をかけた。クライアントやライバルとも言える同業者にかける声にしては、フレンドリー過ぎるような気もするが・・・。


 背を向けていた二人が振り返り、三人の顔が見えた。びっくりした。本当にサプライズだ。

 目を見開いたままフリーズしてしまった。


  「おお、リュウ元気してた?」

 高校の時とあまり変わらない相変わらずの不良っぽさを残しているハッシーに高校生の時と同じようにリュウと呼ばれ、フリーズは解けたが、未だに目の前の光景が信じられない。


「夢? ホテルに一人で戻ってボーっとしてたから、寝てしまって、今は夢の中ってことなのだろうか・・・?」独り言が口から漏れる。


「全部声に出てるよ・・・。八代君、これは現実だよ」

 そんな声をかけたのは、山瀬だ。今は木下の奥さんだ。二人の結婚式以来だ。


「リュウオウ殿、あまり元気そうではないでおじゃるな?」

 木下はだいぶ肥えたが、話し方はわざとそうしてくれているのか、高校生の時を思い出させてくれた。本当に夢のようで、目頭が熱くなった。


「個展の作品見たよ。迷いを感じるね。今まで通りにしないといけないと思ってる? もっと敏腕マネージャーを信じなさいよ。リュウが自由に描けるようにスギは頑張ってるんじゃないの?」ハッシーが言った。


「そうだ! そうだ! 自分の嫁を見くびるな〜」


 妻の杉子が、笑いながら拳を振り上げるマネをする。その姿とハッシーの言葉で、堤防が破られたかのように涙が溢れてしまった。涙で視界がぼやけて、その先にいるのは高校生の時の彼らが見えた。情けなくも涙と共に嗚咽が漏れた。


「うう・・・。ごめん。杉子さん、見くびっていた訳ではないんだけど、これからはもっと信じるよ」あの時にタイムスリップした気分だ。おの時に戻って、妻を杉子さんと呼んだ自分自身に驚いた。


 僕の言葉を追って、ハッシーが少し離れた所を指差した。


 声が聞こえた。


「狛犬ビーム描いてよ」


 その声の方を見ると、母と母の肩に手を乗せる父の姿が見えた。二人が死んでから、久しぶりの再会だ。二人は同時に同じ言葉を残して消えた。


「もう、安心だね」いつまでも、だいぶ過保護な親だ。  


「フフ・・アハハハ・・・」

 泣きながら笑った。みんなと会えて、僕の一番大事な時間を過ごしたみんなと会えて、嬉しくて嬉しくて、笑って、泣いた。


 高校生の時に、神社で妻に怒られたあの新月の夜の神様への願いは、「大事な友達といつまでも友達でいられますように」だった。

 神様はなかなかに意地悪だ。大事な友達と不安を覚える程に長い時間離れるし、また、会うまでの時間が長過ぎる・・・。しかし、この感動は格別だ。新月の夜の願いは叶えてもらえたのだ。父と母との再会もおまけ付きで。


 僕の物語はこれで終わり。


 新月のあの神社で声が聞こえる。


 狛犬が言った。

「神様、願いを叶えてあげるの、遅くないですか?健のお父さんの願いも」


「順番待ちもあるし、叶ったのだから、よいだろう。良い酒を醸すようには長い時間が大事なのだ。あ、ほら、また誰か来たぞ」


「お! 今度は二人の・・・」


 秋口には銀杏がパラパラと落ちる音が聞こえる神社の次のお話しが始まる。 





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