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旅人(その4)

 アランがその狼を親しげに名前で呼んだのには理由がある。額の目立つ位置に大きな切り傷の跡があって、他の狼と容易に区別がついたのだ。

 そしてチェスターは二人に向かって小走りに駆け寄ってきたかと思うと、崖の淵に立つルカの足に顔を摺り寄せるのだった。


 その昔、砦から魔物狩りに出たルカの父親が、何の気まぐれか群れが魔物に襲われてただ一匹生き残った仔犬のような子供の狼を砦に持ち帰ってきたのがきっかけで、主にルカやアランのような砦の子供たちが世話をして育てたのがこのチェスターだった。サバクオオカミが人に慣れるというのもあまり聞かれる話ではなかったが、ことによく世話をしたルカに、チェスターはよくなついていた。

 さすがに大きく育ち過ぎたところで、砦の責任者であるマイエル大尉が、人に噛みつくような事があったらどうする、と苦言を呈したこともあってチェスターは砦の外に放される事となったのだが、今でも砦の付近をただ一匹でうろうろしては、自分で穴ネズミを狩ったり、砦の門番のだれかに餌をねだったりして気ままに過ごしている。砦に連れ帰られたときからついていた額の傷で他の狼との区別も簡単についたので、歩哨に立つ砦の者たちなどもことにチェスターについては特別何も気に留めてはいなかったし、当の狼自身も番犬の役目を立派に務めているつもりなのかも知れなかった。狼としてはかなりの老齢ではあろうが、岩場を駆けるその足取りは確かだった。


「ごめんねチェスター。食べ物がない」


 そういってルカはアランをちらりと見る。アランはと言えばしぶしぶと言った様子で、懐から小さな干し肉のかけらを取り出して地面に投げる。チェスターはそれを見るや、喜んで飛びつくのだった。


「おれの昼飯だったんだけどな……」


 硬い肉に懸命に噛みつく狼をしげしげと眺めていた二人だったが、そのチェスターが不意に首を起こして警戒を見せた。

 つられてアラン達も、狼が見上げる斜面の先を見やった。


「あんたらは……」


 そこに、旅装束の二人連れが立っていた。


 それはついさっきまで、反対側の崖の辺りを進んでいたはずの旅の者たちだった。

 一人は髪の真っ白な、老いた武人であった。ぼさぼさの頭髪に伸ばし放題のあごひげのいずれもが真っ白で、年季を刻んだしわだらけの顔を見れば相応の年齢であることが窺い知れる。その体躯はと言えば、いざ正面から相対してみればひょろりと長身のアランをも悠々と見下ろさんばかりで、単に上背だけではなく肩幅もがっしりとしていて、さながら籠っていた山から人里に降りてきた巨大な熊か何かのようであった。そのような獣などではない証拠に、その腰に大きな剣を下げ、革製の胸当てや手甲などで身を覆っている。見たところ足腰もしっかりしていて、立ち振る舞いにおぼつかぬところは何もなかった。帯剣したままこちらに向かってくる足取りや、立ち止まって仁王立ちになるさまに、年齢による衰えを感じるところは何も見受けられなかった。

 にこやかに笑みを浮かべているとはいえ、そんな大男に見下ろされて、ルカはもちろんのことアランも気圧されて言葉が出なかった。


 そして、そんな老騎士の隣……騎士に付き従うというよりは、その老騎士がまるで用心棒のように付き従っているのは、一人の若い女性だった。砂塵よけの外套にすっぽりと身を包んでいる彼女もまた、腰に細身の剣を下げていた。だが騎士や武人に見えるかというとそうでもない。年若くはあったが、落ち着き払ったその物腰はアランやルカから見れば充分に大人の女性に見えた。

 何より二人とも大荷物を背負っているわけでもなく、荷物を積んだ馬なりラクなりを連れているわけでもない。いずれも旅慣れた風ではあったが、その身軽ないでたちをみれば旅まわりの商い人などにはちょっと見えなかった。

 どんな魔物が出るか知れたものではない裂け目に降りてくるには、とにかく軽装と言えた。


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