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旅人(その2)

 そんなはずないでしょう、と声高に抗議の声を上げたところで、実際に他に誰も目撃者はいないのだから仕方がない。懸命の抗議はさておき、あらかた一人で居眠りでもして夢でもみていたのだろう、と古参の誰かしらかが苦々しげに吐き捨てるように言うと、それが事の真相であろうというところで大人たちは納得した。


 ちなみにその場にいなかったもう一人、ドミニクの行方もすぐに分かった。当番の時間に寝床から出てくることが出来ずに、自分の家でぐっすりと眠っていたのを朝になって叩き起こされたのだった。

 どうして相方を起こしに行かなかったのだ、と理不尽な説教を受けて、ルカはふくれっ面になった。……本来交代要員がきちんと揃っているのを確かめるのは先任者の責任であって、ルカ一人にその場を任せて去っていった者たちの怠慢ではあったのだが、ルカもドミニクも自警団では一番の若手なのだから先輩方に向かって苦言の声も上げづらい。だから、それを理由に叱られてもルカにしてみれば面白いはずもなかった。そもそもドミニクを起こしに行く間に持ち場を離れて、そこを突いて魔物の襲撃などあれば、小言などで済むはずもなかったのだから。


 ともあれ、この晩の顛末についてはルカとドミニクの若手二人が、若造どもはやっぱり頼りにならないな、という風に評判を落としてそれで終わりだった。笑い話で片付けられてしまって、ルカとしては実に不本意な結果と言えた。

 ルカが自警団に入るのを反対した大人たちにしてみれば、それみたことか、と得意満面になっただろう。だが騎士団にしろ自警団にしろ人員に限りがあるのは事実で、今更それを理由にやめさせるとまでは至らなかった。

 当面、寝過ごしたドミニクはこってりと説教を食らったのちに年配の先輩と組まされて引き続き夜番にあたり、ルカはと言えば昼番に配置換えとなって、いずれにせよ引き続き歩哨の任に当たっていたのだった。


 昼番で新しくルカと組むことになったのはアランだ。ドミニクとルカよりも二つ年上の少年で、家も近いのでルカとは幼いころからの顔なじみである。まるで常にぴったりと閉じているかのように細い目つきが特徴的で、居眠りでもしているのか、といつも誰かに揶揄されていた。そんな彼が同じく居眠りの嫌疑をかけられたルカと組まされるというのも、まあ皮肉な話ではある。

 その体躯もまた糸杉のようにひょろりとしていたが、小柄なルカと比べて身長が頭一つ半ほども高く、騎士団の熟達の騎士たちと比べても背丈だけなら遜色がない。キースたち年長の若者に誘われて砦の外へと魔物狩りに出向いたことも何度かあり、ドミニクなんかよりもよっぽど頼りになる先輩だが、当のアランにしてみれば今更昼番でルカ坊のお守りはいかにも退屈で面白味が無かっただろう。


 事実、魔物どもが人間の砦を脅かすのはやはり活発な夜のうちが多かったし、冬が明けようとしている今の時期、ハルムダールの大平原はこれから夏の始まりにかけて季節風による嵐の時期を迎えつつあったから、外からわざわざ〈裂け目〉にやってくる旅人も極めて少ない。商人はもとより、魔物狩りで名を上げようとやってくる酔狂な武芸者なども昨今めっきり少なくなってしまったところに、わざわざこんな時期に来訪する者など誰もいないのだった。

 つまり、アランもルカも極めて暇を持て余していたのだった。


 アランも寡黙というわけではないが、退屈に飽かして余計なおしゃべりをするたちでもない。ルカにしても昼番に配置換えになったいきさつを思えば、彼と何を話せばよいか分からない。気詰まりなまま番杖を手に、二人ただ押し黙って門の前に立ち尽くすのだった。

 結局今日のところも、歩哨の当番の間に何か魔物の襲来なり異変なりが起きることは無かった。午後からの次の交代の自警団員は四十過ぎの年かさの男たちで、ルカを見るなり、今日はちゃんと起きていたか、とげらげら笑いながらからかいの言葉を投げかけてくるのだった。

 唇を噛んだままうつむいたルカに、気にすんなよ、とアランが声をかける。その一言が耳に入ったのか入らなかったのか、唐突にルカは一人正門から離れ、真ん前の緩やかな上り坂をずかずかと大股に登り始めたのだった。


「あっ、おい! どこへいくんだ!」


 アランが慌てて制止するが、その声も耳になど入らないという様子でルカは闇雲に突き進んでいく。


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