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プロローグ・流れ星

 夜空を見上げるのは、嫌いではなかった。


 特に、冬の空は悪くない。断崖に囲まれたその砦からでも、そそり立った崖を見上げたその先に、まばゆいばかりの満天の星々がよく観察できたものだった。

 歩哨の当番に油断やよそ見は禁物ではあったけど、四六時中気を張り詰めていたところで魔物の襲来など滅多にあるものでもない。特に、かがり火を大きく焚いたこの上り側の正門を魔物が襲った事例は滅多になく、今まで誰かが犠牲になったという話も聞かない。

 仮に現れたとしても、魔物どもは後背の崖をどうにかして下ってこようとするか、下り側の裏門の方から駆け上がってくるかのどちらかだった。そもそもがルカのような年若い人員を夜間の歩哨に当てるのも、こちら側にさほど危険が無いとこれまでの経験上分かっているからだった。


 この正門を出て断崖沿いの道を上へ上へと昇っていけば、やがてはこの〈裂け目〉と呼ばれる大断崖を抜ける事が出来た。その山裾の本当の淵のところまでであれば、ルカも一度ならず大人たちに伴われて行ったことはあったし、逆にその斜面の道をこちらへと延々と下ってこの砦まで、毎年のように商人たちも訪れてきてはいるのだ。

 けれど、この深く険しい断崖を本当の意味で抜けたその〈向こう側〉に何があるのかを、ルカは生まれてからこちら、何も知らなかった。


 大渓谷を下っていく断崖の途中に、その砦は築かれていた。

 砦の責任者はマイエル大尉だが、彼の階級では新たに騎士を任命する権限はないから、砦を守護する騎士団に欠員が出ても補充することは出来ない。代わりに、砦を時折襲ってくる魔物どもに対して警戒に当たるために、騎士団とは別に砦には自警団があった。

 ルカがそこに志願したとき、まだ年若いこともあったためか誰もいい顔をしなかった。砦で生まれた同年代の子供たちの中でもひときわやせっぽちのルカにそのような役目が務まるものかどうか、大人たちは誰しもが懐疑的だった。それでもやめろと強く言えなかったのは、ルカの父親もまた砦で命を落とした勇敢な騎士であったことを皆が知っていたからだった。母親も早くに病で亡くし他に身よりのいないルカが、騎士になりたい、なれないのならせめて自警団に入りたい、というのを誰が咎め立て出来たものか。


 断崖の岩肌を、冷ややかな風がゆっくりと通り過ぎていく。その冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、ルカは暗がりに目を凝らす。とても静かな夜だった。

 そして夜空を見上げる。断崖に囲まれて、空の広がりは視界いっぱいとまではいかなかったが、それでも天頂に垣間見える星空は、その日もとてもきれいに見えた。


「あ……」


 ふと、ルカが小さく声を上げる。流れ星がついとひとつ空を横切っていく。

 いや、それは流れ星ではなかった。その光跡は徐々に速度を落としていったかと思うと……明らかに、こちらに向けて高度を落とそうとしていたのだった。

 落ちてくる? いいや、そんな星のようなものがまさにこの裂け目を狙いすましたように落下してくるなどという事があるだろうか。だが現にその光るものはルカがいるこの裂け目をまっすぐに目指しているようにしか見えなかった。

 見張り役として、皆に警告を出すべきだろうか。


 そのように迷っていられる時間はどれほども無かった。やがて頭上から降りてきたその輝きは、ほどなくしてルカの視界いっぱいを真っ白に埋め尽くしたかと思うと――その晩のルカの記憶は、そこですっぽりと途絶えてしまったのだった。

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