第8話 【イルテンののどかな一日】
大通りに並び立つ料理の並んだ露店を、エルはふらふらと目移りしながら吟味している。
真兎とアイルはエルの後をついて歩きながら、露店に並べられた料理に目を輝かせていた。
「すっごい美味しそうだな.........」
「店主、この料理を三つ包んでくれよ」
「あいよ」
アイルは財布を取りだし、料理三つ分の銅貨を差し出した。
「待ってくれアイル、俺も出すよ」
「いや、キミは今手持ちが少ないだろう? 後で返してくれればいいよ」
アイルはウインクしながら、木の皿に盛られた肉と野菜を炒めた料理を差し出した。
真兎は内心申し訳なく思いながらその料理を口に運ぶ。その瞬間、心の中の罪悪感など一瞬で吹き飛んでしまった。
「なっ! 美味い.........!」
「うん、辛い味付けに甘みのある羊のチーズがよく合っている! 後でイブにも買っていってやろうか」
「エルもたべる!」
エルはアイルがスプーンで掬い上げた料理を一口で食べ、頬を両手で包んでその場で跳ねた。
「からい!!!」
「あぁ。辛さをチーズの食感でカバーしているから、味だけを食べるエルちゃんには辛いのか」
アイルはエルに水を差し出しながら、味のなくなった料理を食べる。
三人はあっという間に料理を完食し、皿を返してもう一度大通りを歩き始めた。
「あれたべたい!」
「またか? .........あれは!」
「知っているのか、アイル?」
エルが指さした少し大きな露店を見ると、アイルは目を輝かせて財布を取りだした。
「あれはイルテン焼き、この街イルテンの名物さ!」
「通りで行列が出来ている訳だ」
「おいしいの?」
「イルテンの名産物を豪勢に使ったあの料理は、いわばこの国を表現する料理。世界でも有名な絶品料理だよ」
真兎達は列に並び、アイルはウキウキとしながら列が進むのをじっと待つ。
「おい、そこの二人組」
突然声を掛けられ、真兎は周囲を見渡す。
アイルは槍を持った二人組の衛兵の方を向き、首を傾げた。
「どうしました、衛兵さん?」
「お前達、見慣れない顔だな。何を目的でこの街に来た」
「観光ですよ。街の入口で身分証も見せましたから、不法侵入ではありませんよ」
「.........ふん。信用ならんな、連行させてもらうぞ」
片方の衛兵が舌打ちをしてアイルを睨みつけるが、もう片方の衛兵がその肩を叩いた。
「自分が城門でチェックしました。問題はありません」
「チッ.........それならそうと先に言え!」
乱暴な衛兵は無口な衛兵を殴り付け、舌打ちをしながら離れていった。
無口な衛兵はズレた兜を被り直し、真兎とアイルに向かって頭を下げた。
「すまない。今この街はピリピリしているんだ、許してくれ」
「え、はい.........」
無口な衛兵はもう一度頭を下げ、乱暴な衛兵を追いかけて人混みの中に消えていった。
アイルは腕を下げ、剣を直ぐに抜ける位置から手を遠ざけた。
「どうやら治安はあまり良くないみたいだね」
「.........あの無口な衛兵、街の入口で俺達をチェックしてた人だよな」
「そう言えばそうだね。衛兵は兜を被ってるからあんまり見分けがつかないや」
「マト! アイル! じゅんばんきたよ!」
エルがワタワタと手を動かし、前方を指さす。
いつの間にか空いた列を進み、露店で商品を注文する。
その露店では串に刺さった独特なフォルムの料理が飾られており、肉や野菜のいい匂いが露店の奥から漂ってくる。
肉と野菜を纏めて料理し、最後にチーズを巻いて焼き固めた串料理が三本用意される。
アイルが代金を手渡すと、その串料理は持ちやすい様に紙に巻かれて差し出された。
「ありがとう。.........ん?」
アイルは受け取ったイルテン焼きの紙を剥ぎ取って、真兎の前に広げて見せる。
真兎は三本のイルテン焼きを受け取りながら、その紙を眺める。
「.........行方不明者?」
「捜索願いっぽいね。どうやらこの街がピリピリしている理由がわかって来たよ」
アイルは自分のイルテン焼きを齧りながら、真兎とエルの分のイルテン焼きを包んでいる紙を剥がして広げる。
そこにはそれぞれ違う人物の捜索願いが書かれていた。
「【ミッシャー・シゲル】、【ロジャー・スゥ】、【マッケンセル】。男性二人と女性一人、歳もバラバラっぽいね」
「ふぅむ.........」
アイルはイルテン焼きを齧りながら、自分達の足元を見る。そこには今まで気付かなかったが、おびただしい数の捜索願いが捨てられていた。
まるでカーペットや地面の模様の様になった捜索願いには、何十人何百人もの似顔絵が三人を見つめていた。
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「みつけた!」
「.........あ?」
イブはやかましいエルの声で目を覚ますが、部屋の中にエルの姿は無かった。
寝ぼけて聞き間違えたのかともう一度あくびをして、イブはベッドの上で目を瞑る。
「.........ん?」
「やぁやぁ! 部屋を取ってくれてありがとう!」
「へぇ、結構狭いんだな」
「エルすごいでしょー!」
「.........クソが」
部屋の扉が急に開け放たれ、アイルと真兎とエルが入ってくる。イブは舌打ちをしながらベッドの上に座り込み、杖を向けてぺちぺちとベッドの縁を叩いた。
「テメェらこっから入ってくるなよ。これは僕のベッドだ」
「構わないさ、人数分あれば.........三人分しかないな?」
「幽霊にベッドは要らないだろ、いるのは墓だけだ」
「なら私は外で泊まってこようかな。イブの為に買ってきたお土産と一緒に〜」
アイルは手に持ったお土産をわざとらしくイブに見せつけながら、大袈裟な動きで部屋の外に出ようとする。
「おい、待てよ。何買ってきたんだ?」
「いいんだいいんだ、気にしないでくれよ。この絶品料理は私が野宿中に食べるからさぁ」
「おい待て、分かった。ベッドは話し合って決めていい、だからそれを早く僕に渡すんだ」
いつの間にか部屋中に蔓延していた、お土産のいい匂いにイブは敗北した。
ベッドから降りてアイルに詰め寄り、勝ち誇った顔のアイルから料理を奪い取る。
「うぉ.........これは.........っ!」
「ふふふ、噂に名高いイルテンの名物料理達だ。楽しんでくれよ」
イブはアイルから受け取った料理を、目を輝かせながら食べ始める。エルはベッドにダイブして、そのまま通り抜けて床に沈んでいく。
「それで誰がベッドを使うんだ?」
「私以外の三人で使うといい、少し調べたい事があるからね」
「アイル、昼間の捜索願いか?」
「捜索願ぃ?」
イブは口いっぱいに料理を詰め込みながら、すっとんきょうな声を上げた。
真兎がイブの持っている紙を指さし、イブは自分が持っていた包装紙が捜索願いだった事に気が付く。
「誰だこいつ」
「その人だけじゃない、この街では何人も行方不明者が出ているらしい」
「ほ〜ん.........どうでもいいや」
イブは心底興味なさげにそう言うと、くしゃくしゃと丸めて部屋の隅に投げ捨てた。
アイルはその様子を見ると肩を竦め、必要最低限の荷物を持って部屋を出て行こうとした。
「アイル、俺も連れて行ってくれよ。誰かが困ってるなら俺も力になりたいんだ」
真兎が自分の少ない荷物を持って立ち上がる。
アイルはくすくすと笑いながら、真兎の肩を軽く叩いた。
「夜の街は危険が付き物さ、私一人の方がやりやすい」
「でも.........」
「大丈夫だ、明日の朝また会おう」
アイルはそう言い残し、真兎を置いて外に出て行ってしまった。
真兎は取り残され、ベットに腰掛け肩を落とした。
「おいマト、アイルのカバンから油を取ってくれ。僕がテトロで持たせたやつだ」
「あ、あぁ.........」
真兎はアイルのカバンから油を取り、イブに渡す
イブは部屋を照らすランタンに油を注ぎ、自分の荷物の中から本を取りだした。
「火は勝手に消すなよ、寝るならこのまま寝ろ」
「何を読んでるんだ?」
「魔術書だよ、魔術に関しての理論や応用方法が書かれているやつだ。天才の僕には何の価値もないゴミだがな」
アイルはつまらなそうにページを捲りながら、ベッドに寝転がる。
エルは暇そうに自分のベッドの周囲を飛びまわり、つまらなそうにあくびをする。
「な、なぁ」
「ダメだ」
真兎が口を開くが、一瞥すらくれずにイブは否定する。
「どうせ『俺も外に行きたい』だろ、馬鹿が」
「そうだよ.........! 俺は困ってる人がいるなら助けになりたい、俺も力になりたいんだ!」
「それは力のある奴が言えるセリフだ。お前の今の状況は言わば捕虜、ある程度の自由をくれてやってるだけ感謝しろ」
「.........」
「アイルほど僕は優しくない。僕が監視している間は絶対に外に出さないからな」
真兎は自分のベッドに寝転がり、布団を頭まで被って目を瞑る。久しぶりのちゃんとした寝床と旅の疲労が重なり、真兎は一瞬で眠りに落ちてしまった。
次に真兎が目を覚ましたのは、日が昇ると同時だった。
この世界に来てからの習慣がすっかり見に染み付いてしまい、早朝に自然と目が覚めてしまった。
「すぅ.........」
イブはベッド上で膝を抱え、丸まるように眠っている。エルはベッドに右半身を沈ませながら、ふよふよとホバリングしていた。
真兎は二人を起こさない様に荷物を持ち、イブからもらったナイフを持って部屋を出た。
「俺だって誰かを助けたいんだ.........」
噛み締めるように真兎は呟き、まだ誰もいない街に駆け出した。
その瞬間、路地から出てきたカップルにぶつかりそうになる。
「おっと」
「わぁ! ごめんなさい!」
「大丈夫かい? .........って、マト?」
真兎が顔を上げると、気まずそうな顔のアイルが綺麗な女性と一緒に立っていた。
「アイル? その人は.........?」
「あぁ、昨日の夜知り合った人だよ」
「.........お前、だから一人で行きたがったのか?」
「まぁ、それもあるね」
アイルは悪びれもせずにそう言い放ち、真兎はその場に膝を着く。
自分の勝手な想像と現実が違った事に大して失望し、勝手に失望した自分自身にガッカリしていた。
だがアイルはそんな心中には全く気付かず、真兎の肩を心配そうに揺らしていた。
「なにやってんだ、あいつら.........」
そしてそんな二人の背中を、部屋を飛び出したエルを追いかけて飛び出したイブが眺めていた。
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