第5話【帰還】
早朝、太陽が登ると同時にパーティーは地下室を抜け出した。
エルは常に真兎の背後に隠れ、周囲を警戒しながらゆっくりと地上に出る。
ぎゅっと瞑った目を恐る恐る開くと、エルは外の景色にはしゃぎ周囲を飛び回った。
「とりあえず依頼の品のキノコを採取して帰ろう」
「あぁ、それならお前を追いかけている時に見つけて確保済みだ」
「.........ちゃっかりしているな」
イブは小さな袋の口を開き、その袋の半分程に詰められたキノコを見せてくる。
依頼の品と同じ、これを持って帰れば依頼達成だ。
三人は太陽の位置を頼りに方角を定め、街への帰路を定めた。
「なぁマト、お前の重力魔術はどんな事が出来るんだ?」
「え? 急だな」
森の中を歩いている最中、イブが藪から棒にそう尋ねる。
「指先から重力の弾を打ち出して、当たった対象の重力の向きを変えるって魔術だよ」
「ふ〜ん.........その使い方は誰から教わったんだ?」
「誰からってわけじゃないけど、力をもらった時に頭の中に浮かんだんだ」
「へぇ」
イブは自分から質問しておきながら興味の薄れた様な返答を一つし、そのまま杖をついて森の中を進む。
真兎はなんだか納得がいかず、イブの肩を後ろから掴んだ。
「なんだよ、何かあるなら言えよ」
「.........魔術は学問だ。今はそれだけ教えてやるよ」
「今はってなんだよ.........」
「二人とも、そろそろ街が見えてくるぞ」
アイルが手を打ち鳴らし、二人の会話を切る。
他言無用、漏らせば全員縛り首。その言葉を頭の中で反芻しながら、真兎は大きく深呼吸した。
そんな三人の周りをふよふよと漂うエルを見て、イブが静かに口を開いた。
「そういえばエルの事はどう説明するんだ」
「あぁ、そういえばそうだね」
「宙に浮く魔術とかないの?」
「あるにはあるが街の中は基本制限空域だ」
「エルちゃん、地上を私達みたいに歩けるかい?」
「う〜.........」
エルは嫌な顔をして、アイルのマントに引っ付きながら地面に足を付けて歩き出す。正確には地面を歩いている様に見えるだけで、時々足が地面を貫通したり浮いたりしている。
「バレない事を祈ろう」
三人は顔を見合せ、街に入る。
周囲の人々の様子を気付かれないように窺いながら、三人は冒険者ギルドへの道を行く。
その時だった。
「あ! おいしそう〜!」
エルがマントを離し、屋台で売られている肉の刺さった串焼きに飛び付く。
エルは目を輝かせ、ずらりと並ぶ肉串を眺める。
そして、そんなエルを屋台のおじさんがじっと見つめる。
「おい兄ちゃん達、そんなにジロジロ見るなら一本買って行きな!」
「え.........」
屋台のおじさんはエルを目の前にしながら、真兎達に向かって手招きをする。
アイルがすぐに屋台に向かって走り、肉串を四本買い付ける。そしてわざとエルの目の前の肉串を取り、エルを連れて二人の元に戻ってくる。
「キミ達の分だ」
「お、おう.........」
「ありがとう」
「そしてこれはエルちゃんに」
「ありがとうアイル!」
三人は肉串に向かって手を伸ばすエルの動向に釘付けになる。エルは満面の笑みで串を掴むと、アイルの手から引き抜こうとした。
しかしエルの手は串をすり抜け、エルはショックを受けた様な顔をした。
「そんな.........」
「なるほど。物理的干渉、他者からの認知が出来ない様だね」
「好都合だ。それならいくらでも誤魔化しようはある」
「エルもたべたかった.........」
「持っててあげるから食べてみてよ」
真兎は自分の分の肉串を少し高く持ち上げ、エルの前に差し出す。
エルは恐る恐る顔を近づけ、一口に肉串を頬張った。しかし顔を離せば肉串はそのままで、エルは口を閉ざした。
「ダメか.........」
そう言いながら真兎は自分の持っていた肉串を口に入れる。
次の瞬間、口内にパサパサで冷たい鶏肉の味が広がった。
そして対照的にエルは涙を流しながら、両頬を抑えて幸せそうな声を上げた。
「なんだこの.........!?」
「おいしい.........!」
「おいおいどっちが馬鹿舌だ?」
イブはそう悪態をつきながら自分の肉串を齧る。そして眉をひそめて、信じられない物を見る目で真兎を見た。
「ほんとだって!」
「貸せよ.........うん、不味いわ」
イブは半ば強引に奪い取った真兎の肉串を一口齧ると、すぐに地面に吐き捨てた。
アイルは自分の肉串を食べながら、そのやり取りを眺めていた。
「エルちゃんが食べちゃったんじゃないか?」
「なるほど、お供え物みたいな話だね」
「幽霊が物を食べられるのかは別として、エルちゃんは食感や味を食べた。そういう解釈が正しいかもね」
エルは幸せそうな顔をしながら、イブの肉串をこっそりと食べる。
そして幸せそうな顔をしてふよふよと離れ、イブはそれに気付かず肉串を口に運んだ。
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冒険者ギルドの中に入る。
昨日初めて見た景色のはずなのに、なぜだか妙に懐かしく感じる。
「おい突っ立ってんな。納品窓口に行くぞ」
イブがキノコの入った袋を持って、ギルドの端にある窓口に歩いていく。
依頼書含めてキノコの入った袋を提出し、代わりに木の札を貰って帰ってくる。
「さぁて、何飲むよ」
「何も呑まないよ。それよりも次の目的地を決めよう」
「目的地って言っても、何か手がかりはあるの?」
三人はエルに視線が集まる。
テーブルの上を円を描くように揺蕩うエルは、自分に注目が集まっている事実に気付き真兎の膝の上に座った。
「てがかり?」
「俺達はエルの体を探す事にしたんだ、何か手掛かりとかはないかな?」
「う〜ん、なにもおもいだせない.........でも」
エルはゆっくりと、アイルとイブの間を指差した。
「あっち、あっちにかんじる」
「感じる? .........何が?」
「わかんない.........あっち.........」
エルは指を差したまま、壁をじっと見つめる。
イブは何かを思い出したかのように小さく折り畳まれた地図を取り出し、テーブルの上に広げた。
そして角度を調整して、エルの指さす先を地図上でなぞった。
「.........道中には森ばっかりで何も無いが、しばらく進むと」
イブが指を進め、地図上に記された都市を指さした。
「「イルテン」」
「「......... イルテン?」」
アイルとイブは同時に顔を上げるが、真兎とエルは同時に首を傾げた。
イブは地図を丸めながら、ウエイトレスを呼び止めて酒を注文した。
「いいか、イルテンはこの先にある首都と国の名前だ。小さいながら穏やかな気候で、畜産農業が盛んな国だ」
「ちなみに今いるテトロの街もイルテンの領地内だ。【旅立つ者はイルテンから】って言うことわざもあるくらい、色んな国へのルートが確保されているんだ」
「じゃあ次の目的地はイルテンだな。何か用意した方がいいものはあるか?」
真兎が尋ねた瞬間、テーブルに受付にいた受付嬢がやってきた。
その手にはチャリチャリと音のする、皮の袋が握られていた。
「こちら今回の依頼の報酬金です、お確かめ下さい」
イブは皮袋を受け取り、中身を机の上に出し大小ある銅貨を一枚一枚数え出す。
そしてそれを3等分し、それぞれの前に積み上げる。
「必要な物、それは金だ。最低でも一人あたり銀貨三枚は欲しい」
「後どれくらい足りないんだ?」
「銅貨は10枚で純銅貨1枚、純銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だ」
真兎はそれを聞き、自分の前に並べられた銅貨を一つ手に持つ。
イブは受付嬢に礼を言いながら、真兎の銅貨の山から大きさの違う二枚を摘む。
「小さい方が純銅貨、大きい方が銅貨だ。一度で覚えろよ」
「.........今回の報酬は一人あたり純銅貨一枚と銅貨三枚? これは多いのか少ないのか?」
「話聞いてたか? 旅をしたいのなら、一人あたり銀貨三枚は最低でも必要だ。宿代、飯代、武器装備代、移動費、雑費含めて銀貨三枚だ」
イブは受付嬢が置いていった皮袋を、真兎の銅貨の山に投げた。
それからイブは自分の懐から布の袋を取り出し、自分の分の銅貨を袋にしまった。
「聞く限り.........野宿ならもう少し安くならないか?」
「おい。.........いや、確かにそうだな」
「それに移動費だって恐らく馬車だろう? 歩きならもっと安く済まないか?」
「ここからイルテンまでは.........徒歩で一日半くらいか? 確かに歩けない距離じゃないね」
「おいおいおいおいお前ら、僕は馬車で快適な旅がしたいんだよ。宿だって綺麗な場所がいいし飯だって困らない程持っていきたい。不測の事態にはちゃんとした備えを残しておきたいんだよ」
「そんな事言ってたからここで腐ってたんじゃないか?」
「んだとぉ.........?」
イブは机の上に身を乗り出すが、アイルに肩を掴まれ動きを止める。
「確かに、これはマトの言う通りだ。キミは少し慎重すぎる」
「.........チッ、物事は慎重すぎるくらいが丁度いいんだよ。能無しめ」
「慎重なのはいい事だが、それで行動を起こさないのは悪手だよ」
「.........分かったよ。移動手段徒歩、宿は野宿なら大体純銅貨一枚もあれば足りるだろうよ。代わりに夜の見張りはやらないからな」
「おい、それは」
「あぁ、それでいい。アイル、イブの分も俺がやる」
「ケッ、偽善もほどほどにしやがれよ」
イブは杖を握り、椅子から立ち上がる。
「明日の朝日が昇る頃、街の入口で集合だ。それまでに各々準備を済ませとけよ」
イブはそう言い残し、フードを被って冒険者ギルドを出ていってしまった。
それとすれ違う様に受付嬢がジョッキを三つ持ってやってきた。
「お待たせ致しました、先程イブ様から注文されたお飲み物です」
「え? でもイブはもう出ていきましたけど.........」
「いえ、自分が出ていってから運んでくれと言われていましたので。それではごゆっくりどうぞ!」
受付嬢は頭を下げ、ジョッキを置いてテーブルを離れ、テーブルの上には果実ジュースの注がれたジョッキが三つ並べられている。
「何がしたいんだ.........?」
そう呟きながら、真兎はジョッキをグイと傾ける。
今までに起きた出来事を全て体内に流し込む様に、喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
ジョッキをテーブルに置くと同時に緊張の糸が切れ、一気に全身に疲れがやってくる。
「う.........眠い.........」
「リラックス効果のあるネムリムの実が入ったジュースか.........代わる代わる眠ったとは言え、夜の番に慣れていないマトにはよく効くだろうな」
「ごめんアイル.........眠れる場所とかない.........?」
「私が借りてる部屋を貸してやる、そこで今日は眠りな。明日の朝は遅れるなよ」
真兎は皮袋を差し出すが、アイルは優しく真兎の胸に戻して抱き上げる。
エルは心配そうに真兎の周りをクルクル回りながら、アイルの後を着いていった。
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