第3話 【テトロの森】
「クソが! 何で森ってどこもかしこも歩きにくいんだ!」
イブは悪態を付いて杖を支えに森の中を進む。
アイルを先頭は三人の先頭を歩きながら、剣を使って邪魔な蔦や枝を切り落としている。
「マトは冒険者初めてと言っていたが、大丈夫そうか?」
「あぁ、散歩が趣味だったから大丈夫だ」
アイルは後方の二人の様子を見ながら、歩くペースを調節する。
真兎は懐から一枚の紙を取り出し周囲を見回す。
「.........キノコはあるけどこれと同じ物は無いな」
「まぁそうだろうな、冒険者への依頼は普通の人間にとっては危険だったり面倒だったりするものだ。今回は薬の材料となるキノコの採取だが、滅多に見つからないから森の奥にまで入る必要がある」
「人の踏み込まない場所には.........クソ、魔物がいる事もある。周囲には気を付けろよ」
「魔物か.........」
真兎は周囲をもう一度見回す。
だが魔物どころか動物の気配すらなく、暗い森の中は不気味な程静まり返っていた。
「森ってこんなに静かなものか?」
「この【テトロの森】は魔力が豊富だ。狩りをしなくても十分な魔力を得られるから、この森には植物型の魔物の方が多いんだろう」
「へ〜、イブって博識なんだな」
「お? あ、あぁ。へへへ、まぁな」
イブは頬を赤らめながら視線をキョロキョロとさせ、むず痒そうに体を捻る。
その様子を見ていた真兎はアイルが止まった事に気付かずその背中にぶつかった。
「わ、ごめん」
「魔物だ。見えるか?」
アイルが指差す先には、木々の間に大きなキノコが生えている。
大きく呼吸しているように膨張と伸縮を繰り返しており、伸縮の度に黄色い胞子が周囲に撒き散らされている。
よく見ると、手足の様な物も見える。
「2mくらいあるな.........」
「マタンゴだな。胞子は吸い込めば猛毒だ、僕が遠距離からやる」
イブが杖を構えながら一歩前に進み出る。
その瞬間枝を踏み折り、暗い森の中にその音が木霊する。
次の瞬間巨大なマタンゴの動きが止まり、表面に穴が開き人の顔の様なものが浮かび上がる。
「チッ! 灰になれ!」
イブの杖の先が赤く輝き、炎の球が発射される。
炎の球はマタンゴに直撃すると、一瞬で火だるまにした。
「ぎぃぃぃぃっ!」
聞いているだけで不愉快になるネチャネチャとした叫び声を上げ、マタンゴはじたばたとのたうち回る。
「イブ、森に引火するぞ!」
「僕は天才だぞ、そこまで考慮済みだ」
マタンゴを包み込む炎は一瞬で勢いを強め、マタンゴを炭の塊にしてしまった。
残った炎は燃えカスをしばらく燃やした後、周囲に燃え広がらず鎮火した。
「周囲の酸素を一瞬で燃やし尽くし自動的に消える様に調節した、僕をそこらの馬鹿魔術師と一緒にするなよ」
「驚いたな、そんな調整まで出来るのか?」
「ふん、天才故にな」
アイルは顎に手を当て感心し、イブは鼻高々と悦に浸る。
そんな中、真兎は冒険者ギルドであんな炎を出す杖を向けられていた事実に気付き顔を青くしていた。
そんな真兎の目に、イブの後ろに忍び寄る影が写った。
「イブ!」
「っ!?」
真兎が指差すイブの背後。そこにはもう一体、更に巨大なマタンゴが佇んでいた。
大きく膨張した体は胞子を吹き出す直前で、マタンゴの表情は怒りに満ちている様に見えた。
イブは杖を向け、アイルは剣を瞬時に引き抜く。
この距離で胞子を放たれた時、どれ程の被害が出るか真兎には分からなかった。
だからこそ、真兎は行動に出た。
「吹き飛べ!」
指をピストルの形にし、力を込める。
人差し指の先に黒い小さな球が生成され、マタンゴに向かって放たれる。
マタンゴに直撃した球は弾け、その瞬間マタンゴを後方に向かって落下させた。
「で、出た.........!」
後方に吹き飛ばされ木に叩きつけられたマタンゴを、顔をマントで覆ったアイルが真っ二つに切り裂く。
その瞬間胞子が吹き出し、マタンゴの周りが黄色く染まる。
「な、なぁ。今のって.........」
アイルが驚いた様な顔で戻ってくる。
真兎はどう説明しようかと悩みながら、初めての経験に手を震わす。
真兎は女神から手を握られた時に力を授かった、その名を【重力魔術】という。
握られた瞬間頭の中に使い方が浮かんで刻まれたが、実際に使ったのは今この瞬間が初めてだった。
「イブ、怪我はないか?」
「.........やってくれたな、お前」
「え?」
「おい、マト.........嘘だろ?」
アイルは眉を顰めて真兎を見つめ、イブは舌打ちを繰り返しながら真兎から距離を取る。
真兎は状況を呑み込めず、自分の両手を見る。
「な、なぁ。どうしたんだ?」
「お前、今使ったのはなんだ?」
イブが赤い光を孕む杖を向け、低い声で問う。
真兎は両手を上げ、涙目になりながら答える。
「重力魔術だよ、もらったんだ!」
そう答えた瞬間、真兎の背中に冷たいものが走った。
一歩下がった瞬間木の根に足を引っかけ、そのまま後ろにすっ転ぶ。
次の瞬間、さっきまで真兎の首があった場所をアイルの剣が薙ぎ払った。
「くっ!」
「な、なんで!」
アイルの剣は巨木に深々と刺さり、アイルは必死に引き抜こうとしている。
その表情には焦りと罪悪感が見て取れた。
「この世界には【禁忌魔術】と言って、使えちゃならない魔術が存在するんだ。発覚すれば使用者・その家族・友人、そしてそいつの所属するパーティメンバー全員縛り首にされちまう」
「ど、どうして? 誰に!?」
真兎が声を荒らげ、二人から距離を取る。
腰は抜けっぱなしで地面に這いつくばりながらも、逃げる為に地面を強く掴んでいた。
「女神を祀る教会様にだよ。僕はまだ縛り首になりたくない。だからここでお前を依頼中の事故死として処理させてもらう!」
「なんでっ! アイルはどうして俺を!」
「私もまだ死にたくない! それに私は女神教の信徒だ、ここでキミを殺せば見逃される可能性がある! 本当にすまない!」
アイルは巨木を切り倒し、剣を真兎に向ける。
イブも杖を真兎に向け、杖に魔力を込める。
「す、すまない.........すまない.........! なるべく痛くないようにするから.........」
「ここで跡形もなくせばいいんだよ。死ぬ奴の痛みなんて測るだけ無駄だ」
「い、嫌だ! 死にたくない!」
真兎は最後の力を振り絞り走り出す。
直後アイルがその背中に向かって剣を振り下ろすが、イブの魔術が剣にぶつかり狙いが逸れる。
その隙を付いて真兎はその場から駆け出した。
「なんで、なんでなんでっ!」
真兎は涙を流しながら森の中を走る。
頭の中は疑問だらけで、理不尽さに対する怒りすらも浮かんでこなかった。
「.........っ! ごめん、ごめんっ!」
無意識に謝りながら、真兎は走り続けた。自分が逃げる事であの二人の命が危険に晒される。しかし逃げなければ殺される。
その葛藤に苛まれ、涙を流して走り続けた。
その瞬間、真兎は何かを踏み抜き真っ逆さまに落下する。
「ぐっ.........!」
硬い岩の上に背中から落ちた真兎は止まった呼吸を強引に再開させ、激しく咳き込みながら立ち上がる。
落ちたのは1m程だが、更に地下に続く階段が続いていた。
「うぅ.........!」
そこに救いがある訳でもないのに、真兎は痛む体を引きずって階段を降りる。
壁に手を付き肩を寄せ、湿った地下の一室に入り込む。
その中心には小さな木製の箱が、古びて消えかけている魔法陣の上に鎮座していた。
「血が続いている、この下だ」
「マト!」
大声で真兎の名前を呼び掛けながら、アイルが部屋に飛び込んでくる。
箱の前にへたり込む真兎に向け、アイルは剣を向ける。
「う。この部屋は魔力が澱んでやがる.........!」
顔をしかめながら、杖を明かりにイブが部屋に踏み入る。
アイルは震える手で剣を握り、涙を流しながら笑顔で真兎に詰め寄る。
「大丈夫だ.........大丈夫だっ!」
「何も大丈夫じゃない! 俺はまだ死にたくない!」
「諦めろ、もう逃げ場はない」
「嫌だっ!」
真兎の手に、木製の箱が触れる。
反射的に手に取り、それをアイルに向かって投げつける。
アイルは投げられた箱を斬るため剣を振るが、箱は切れずに剣に弾かれ壁にぶつかる。
一同は一瞬で動きを止めた。
同じ異音を聞いたからだ。
ガタガタガタガタと規則的に何かが震える音。
視線は部屋の隅に瞬時に集まった。
「.........」
誰も声を発さなかった。
部屋の隅に落下した木製の箱。まるで中で誰かが暴れているの様な音を立て、ガタガタと震えている。
それだけではない。
その部屋に充満する魔力が、素人肌で感じれる程濃くなった。真兎ですらこの部屋には何かが充満していると感じ取れた。
そしてその魔力の発生源は、小さな小さな、片手に乗る程度の大きさの木箱だった。
「.........こ、」
「触るな!」
手を伸ばしたアイルに向かってイブが怒鳴りつける。
イブは箱を凝視したまま、杖の先だけをアイルに向けた。
「絶対に、触るな」
「これは.........何だ?」
「分からない。だが、やばい物だってのは三歳児ですら理解出来るはずだろ」
そんな二人をよそに、真兎は耳を澄ませていた。
ガタガタと箱の震える音と一緒に、小さな小さなか細い声が聞こえていた。
「.........た、す、け、て?」
真兎はゆっくりと歩き出す。沼の中を進む様にゆっくりとした足取りで、部屋中に充満する魔力を掻き分け箱に近づく。
「おい。おいおいおいおい! 止めろ!」
イブの静止の声と同時に、真兎の手が箱を包み込む。
「やめてくれマト!」
「助けを求めている! この箱の中で誰かが!」
「そんな小さな箱の中に人がいる訳ないだろ!」
「それでも.........それでも助けを!」
真兎は箱の隙間に指を捩じ込み、無理やり箱をこじ開ける。
次の瞬間、開いた箱の中から黒い煙が吹き出す。
「っ!」
「うわっ!」
「クソっ!」
一瞬で部屋の中が黒い煙に包まれる。
その黒い視界の中で、光を放つ少女が箱から飛び出した。
天井近くをまるで木の葉が風に乗るかのようにふわりと回転し、ワンピースをヒラヒラとはためかせながら床の少し上に留まる。
「.........」
「君が助けを.........?」
半透明の少女はふわふわと宙に浮きながら、周囲を見て首を傾げる。
「だ、れ?」
「俺は.........マト。君の名前は?」
「.........マ、と。なまえ.........エル?」
エルと名乗った少女は、不思議そうな顔で三人を眺めていた。
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