第2話 【パーティー結成】
真兎はジルアの後を追って古い木の扉を通る。
中は古い木材と酒の臭いが充満していて、薄暗い中に様々な人がごった返している。
「ここが冒険者ギルドにぁ。マトは身分証とかあるかにぁ?」
「無いですね」
「ならここで最低限のは作れるにぁ、発行代くらいは礼に肩代わりしてやるにぁ」
ジルアは手馴れた様子で女性から紙を受け取り、真兎にペンと一緒に差し出した。
真兎はペンを受け取り、紙に名前や情報を書き込んでいく。
「へー、18なんにぁ。以外に若いにぁ」
「ファーストネームって前ですか?」
「新しく作るなら後に付けとけにぁ」
真兎は紙の指名欄に【マト・ツチカド】と書き込んだ。
書き終えた紙をジルアが回収し、内容を読んで受付の様な所に持っていく。
真兎は壁際の椅子に座り、周囲の様子を観察する。
「色んな人がいるんだな.........」
冒険者ギルドにいる人物はほとんどが人型だが、その人型も種類様々。
テーブルを囲んで静かに議論を行っている人達は美形揃いで、耳が長く尖っている。隅でこちらを見ながら笑っている集団は、獣の様な外見をしている。反対側の壁に背中を付けて周囲を観察している人物は、槍の様な尻尾と折りたたまれた羽が見える。
自分が着いているテーブルの端には、見た目は人間だが黒髪に白が混じった独特な髪色をしている男が伏せている。
「.........んだよ」
「あ、すいません」
ジロジロ見ている事を気付かれ、真兎はすぐに伏せている男から目を逸らした。
すると、真兎にゆっくり二人の人間が近付いてくる。
片方はガタイが良く、もう片方はひょろっとしている。ガタイが良い男が真兎の耳に近づき静かに囁く。
「おい、あの亜人の女はお前のツレか?」
「亜人?」
「あぁ? あの獣人だよ。格好は【ブラッディ・ナックルズ】っぽいが、あんな奴ここいらで見た事ねぇ」
「ちょ、ちょっと待ってください。【ブラッディ・ナックルズ】って言うのは.........?」
真兎が質問をすると、男達は納得した様に頷いた。
「田舎モンか。【ブラッディ・ナックルズ】は冒険者の派閥だ、一番デカくて一番強い」
「だからその名を騙って金を騙し取ったり、奴隷商に新人を売り渡そうとする奴がいるだぜ」
「だから俺達がそんな新人を助けてるんだ。一緒に来い、助けてやるよ」
「え、ちょっと」
ガタイの良い男が真兎の手を引き半ば無理やり立たせる。
ひょろっとした男が真兎の背中を押し、冒険者ギルドから押し出そうとする。
「あんな薄汚い亜人なんかに騙されるなんて、一生涯の恥だぜ。よかったな」
「ちょっと待ってくださいよ。まず亜人ってなんですか?」
「あぁ? 亜人の意味を知らねぇのか?」
「亜人とは」
冒険者ギルドの入口の前に、いつの間にかジルアが立ち塞がっている。
ゆらりと揺れる様な眼孔は、真兎を連れ去ろうとしている二人の男をしっかりと捉えていた。
「亜人とは、自分達の種族以外を指す一種の差別用語だよ」
「はっ、亜人の女が調子に乗りやがって。テメェも纏めて売っぱらってやるよ」
真兎の肩に置かれた手が、一瞬で力が増す。
痛みに真兎は顔を歪め男の手を振り払おうとするが、全く剥がれない。
「格好だけ整えてもそんな貧相な体で何が出来るってんだよ!」
ひょろっとした男がナイフを取り出し、ジルアに飛びかかる。
次の瞬間ひょろっとした男は吹き飛ばされ、冒険者ギルドの壁に頭をめり込ませていた。
「な、何しやがった!」
「私が作った【ブラッディ・ナックルズ】はね、亜人差別撤廃を裏の目標として掲げているんだ。間違ってもお前達の様な薄汚い心を持った者は入れない」
「私が作った.........? テメェ、まさか!」
ジルアはポケットから真っ赤な手袋を取り出し、自分の両腕に嵌める。
そして拳を握り、ガタイの良い男に向かって構える。
「紅き拳のジルア・キャット.........!? ブラッディ・ナックルズの頭領がなんでこんな場所に!」
「構えろよ、死ぬぜ?」
ジルアから針の様な気迫が発せられる。
戦いにおいてど素人である真兎でさえ感じ取れる殺気に、ガタイの良い男は思わず真兎から手を離して腰の剣に手を伸ばした。
何かが弾ける様な軽い音が聞こえると同時に、ガタイの良い男が倒れる。その下顎は強く腫れ、口は砕け完全には閉じられないようになっていた。
「亜人差別を知らない世界、それが私の夢にぁ」
ジルアは手袋を外しながら、またいつもの口調に戻る。
ジルアは血に濡れたままの手袋を雑に服の中に詰め込み、出来上がった身分証を真兎に手渡した。
「冒険者は荒くれ者も多いにぁ、次こんな奴らに狙われたら自分でなんとかするにぁ」
「あ、ありがとうございます.........」
真兎が自分の身分証を眺めていると、冒険者ギルドの扉が開く。
外から何人もの黒いスーツの様な服を着た集団が入り、伸びているガタイの良い男と壁に埋まっているひょろっとした男を連れ出す。
その中でも一際大きな男がジルアに近づく。顔は帽子で隠れているが、傷まみれで迫力があった。
「ボス、コイツら報告にあった人攫いです」
「うんにぁ、もっといる」
「はい。イルテン周辺にて巨大な組織の尻尾を掴みました。これから動きます」
「にぁ。それじゃあマト、私はここでお別れにぁ」
ジルアは帽子を深く被り直し、黒スーツの男達に囲まれる。
「マト! 受付でパーティーを組めにぁ、きっと同じ目標を持った仲間が出来るにぁ」
ジルアは手を振り黒スーツの集団を引き連れ、冒険者ギルドを出ていった。
一人残された真兎はもらった身分証を握りしめ、冒険者ギルドの受付に向かった。
受付では綺麗な受付嬢が、窓口越しに真兎を出迎えた。
「ようこそ冒険者ギルドへ、改めまして本日はどの様なご要件でしょうか」
「魔王に関して調べているのですが、それについてパーティーを組めって言われまして.........」
「はい、かしこまりました! パーティーについてご説明致しますね!」
受付嬢は窓口の下から木製ボードに紙を貼り付けたものを取り出した。
「まず冒険者ギルドは世界中に拠点を持つ、冒険者支援施設です。その冒険者支援の一環として、同じ条件を掲げる冒険者を組ませる制度がパーティー制度です!」
「どうして冒険者を組ませるんですか?」
「いい質問ですね! 冒険者の活動は危険が付き物、もし危機が迫ったりした場合の生存率を上げるためなるべくパーティーを組む事を推奨しております! また、死亡した際にも遺品を持ち帰ったり遺言を託されたりする役目も担います!」
受付嬢は明るく話すが、話の内容は全く明るくない。
真兎は少しだけ生命倫理感へのズレを感じながらも、頷いた。
「同じ条件と言うのは、例えば『未踏の遺跡を探索したい』や『魔物を狩らずに生計を立てたい』などの活動面から、『同い年』や『ベテラン冒険者募集』などパーティーの内情や様々です! 今回マト様は『魔王に関して調べている』との事でしたので、それに合致しそうな人物をご紹介致しますね!」
「よろしくお願い致します」
受付嬢は大きな冊子を取りだし、受付の下でパラパラと捲る。
そしてその中の1ページで手を止め、顔を上げた。その視線は真兎ではなく、真兎の後ろの人物に向けられていた。
「魔王.........だぁ?」
真兎が後ろを振り返ると、そこにはさっきまで机に突っ伏していた男が立っていた。
背格好は真兎と同じくらいだが、その目は黒く濁り疲れきった表情をしていた。
「魔王なんて遠い昔の御伽噺だろうが.........まだ学生服も脱げないペーペーは義務教育からやり直すべきだな」
「イブ・ウェズラック様! マト様はまだ冒険者になりたてなんです、あまり酷い言葉を投げ掛けるようであれば相応の処罰を与えますよ!」
「ケッ、何が魔王だ.........」
そう吐き捨てると、イブ・ウェズラックと呼ばれた男はフラフラとした足取りでまた同じ様に机に突っ伏した。
受付嬢は大きくため息をつき、真兎は机に突っ伏して身動き一つ取らないイブを見つめる。
「あの人は半年前にこの街に来たイブ様という冒険者で、マト様と同じ様に魔王に関して調べていた人です」
「魔王に関して?」
「はい。ですが魔王は大昔の言い伝えだって事を知ると、自暴自棄になった様にお酒とトラブルまみれの生活を送る様に.........」
「.........」
「あっちょっと!」
真兎は制止する受付嬢に片手で返事をしながら、イブの目の前に座る。
イブは相変わらず机から顔を上げないが、その意識は真兎に向いていた。
「俺の名前はマト・ツチカド、あんたの名前は?」
「.........聞いたろ、さっき」
「その口からはまだ聞いていない」
「.........僕はイブ・ウェズラック、天才魔術師だ」
「そうかイブ、どうして魔王を探していたんだ?」
「.........故郷に、帰る為だ」
イブは机から顔を上げ、木製の空のジョッキを傾ける。
「僕は故郷の村を追い出されてね.........そう簡単には帰れないんだ。お前は何故魔王を?」
「俺は困っている人がいるなら助けたい。だから諸悪の根源である魔王を倒す」
「.........それだけか? 見た目だけじゃなく頭も空っぽなのか?」
「お前は自己評価が高いだけで、本当は何も出来ないんだな」
次の瞬間、空のジョッキは宙を舞う。
真兎の目の前には魔力を最大まで込められ、爛々と光り輝く杖が突き付けられている。
しかしその杖を持つイブの首元には、磨き上げられた一本の剣が押し付けられている。
「なんだ、お前」
イブは冷や汗一つかかず、剣の持ち主を目だけで睨み付ける。
長い金髪を靡かせながら、剣の持ち主は剣を持ち上げ杖の狙いを逸らす。
「攻撃の手段さえ持たない人が、目の前で殺されるのは見ていられなくてね。キミ、大丈夫かい?」
金髪のイケメンは真兎に微笑みかける。
真兎は何が起きているのか分かっていないが、一先ず頷いた。
金髪のイケメンは静かに笑い、剣を納める。
「汗一つかいていないとは大物だな。ところでここが冒険者ギルドで合っているかい?」
金髪のイケメンは真兎の隣に座り、小首を傾げて質問する。
真兎は頷くと、金髪は安心した様に大きく息を吐いた。
「冒険者になる為にここに来たが、道に迷ってしまった時にはどうしたものかと思ったよ」
「あなたも今日冒険者に? 実は俺もなんだ」
「ははは、じゃあ私達は同期という訳だな。私の名前はアイル・スターダスト、一人前の騎士になる為に修行中だ」
アイルはにこやかな笑顔と共に手を差し出す。
真兎はその手を握り握手を返すが、それを面白くなさそうにイブが見つめている。
「俺はマト・ツチカドだ。魔王を打ち倒すために冒険者になろうとしているんだ」
「魔王? 魔王ってあの?」
「だからぁ、魔王なんてもう居ないって言ってるだろテメェ」
「調べて見なきゃ分からないだろ? 事実ジルアさんだって魔物の活動が活発化してるから復活の可能性はあるって」
「どこにでもいるんだよなぁ、陰謀論者ってよぉ。何でもかんでも突拍子のない理論に結びつけて、さも隠された真実の様に語る奴がさぁ」
「お前いい加減にしろよ、俺の事はいくら馬鹿にしてもいいけど他の人は駄目だ」
真兎は机の上に身を乗り出し、イブに向かって強めに指を刺す。
イブはその指に拳を叩きつけ、痛がる真兎を他所に新しい酒を注文する。
「言い伝えでも言われているだけじゃない、今や世界は繋がっている。この世界に魔王なんてものがいれば、すぐに世界中に情報が広がる。諦めろ、もう魔王は存在しないんだよ」
「.........じゃあここでお前みたいに魔王がいないと諦めて、自堕落な毎日を過ごすのが正しいのか?」
「なんだと.........?」
「まぁまぁ、二人共落ち着いて」
睨み合う真兎とイブの合間に手を挟み込み、アイルが二人を仲裁する。
そしてアイルも飲み物を注文し、三人の前にそれぞれジョッキが置かれた。
「話を聞くに二人は、魔王がいるかいないかで喧嘩しているんだな?」
真兎とイブは同時に頷く。
「なら確かめに行けばいい、私達は冒険者だ」
「だから無意味だって」
「現地に行かなければ分からない事だってある。マトの言う通り、ここで腐っている方が無意味だ」
「ぐ.........」
「そこで提案だ、私達でパーティーを組まないか?」
アイルはウインクしながらジョッキを持ち上げる。
真兎は迷わずジョッキを持ち上げた、しかしイブは口を尖らせジョッキの持ち手を握りしめる。
「おい、ふざけるなよ。なんでこんな奴と.........!」
「イブ、俺もこの提案には賛成だ。一人じゃやれる事にも限りがあるし、この世界の事を何も知らない。知識豊富な仲間がいればいるだけ心強い」
「あ、あぁ? .........クソ」
イブは混乱した様子で真兎を見つめ、悪態をつきながら渋々ジョッキを持ち上げた。
「クソが、無意味だと分かればすぐにパーティを抜けるからな!」
「あぁ、それでいい」
「それじゃあ私達のパーティ結成を祝って!」
三人はジョッキを高々と持ち上げ、盛大に打ち鳴らした。
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