第20話 【審判者】
イルテンの街を出発して七日、三人と一体を乗せた馬車は小石まみれの悪路を進んでいた。
「ぶぶぶぶぶぶ」
エルが馬車の縁に顎を乗せ、馬車の振動で震える声をずっと出している。
イブはイライラした様子で荷台の中を色んな書物で散らかし、馬車の振動で震える手でペンを走らせていた。
「なぁアイル、あとどれ位だ?」
「う〜ん。地図だと恐らくここだから、あと半日って所かな?」
ふかふかのクッションに座りながら、アイルは地図を取り出す。
真兎は痛む尻を浮かせながら、地図を広げて周囲の景色を見回す。
「.........なにも分からない」
「まぁ地図を読むのに慣れていないとそうなるよね。旅で大事なのは自分の位置を見失わない事だ。移動速度を一定にして、地図上の現在位置を見失わない様にする。それが冒険の」
「あれなにー!」
エルの大声で会話が遮られ、エルが二人の間に割って入る。
エルは空をまっすぐ指差し、二人は視線を向けた。
「う〜ん.........よく見えないな?」
「.........あれは!」
真兎には見覚えがあった。
太陽の逆光を浴びながら、シルエットだけが真兎の目には焼き付いた。箒に跨り、大きなつば付き帽子を被った鼻のとがった人物。
具体的な人物ではないが、その人種の心当たりがあった。
「魔女だ!」
「魔女ォ!?」
荷台からイブが飛び出し、御者台を乗り越え落ちかける。アイルに引っ張り上げられながらも、アイルは上空をじっと見つめる。
「飛行魔術か!ははははは、術式は何だどの年代のを使ってやがる!?」
「暴れるなイブ! 落ちたら痛い!」
「馬ッ鹿お前、飛行魔術は本来違法だ! ただし一部の地域では使用が許されている!」
次の瞬間、空を飛ぶ魔女のシルエットが巨大な影に覆われて消えた。
その巨大な影は落下する様に降下し、大きな翼を広げて三人の前に姿を見せた。
「でッ.........けぇ!」
「バァァァァァカ神竜だ逃げるぞッ!」
森をなぎ倒し、地面を捲り上げながら巨大な瞳が三人を一瞥した。
ギラギラと鋭く煌めく鱗、大空を掴む巨大な翼、岩をも噛み砕く丈夫な牙、風を切り裂く爪の付いた逞しい四本の足。巨大な赤いドラゴンが、三人の傍を飛び抜けた。
突風が吹き荒れ、馬車全体が揺れる。アイルが手網を操り、馬を全力で走らせた。
巨大なドラゴンは翼を広げながら旋回し、馬車に向かって狙いを定める。
「来るぞ!」
正面に回ったドラゴンは大口を開け、地面を抉りながら馬車を丸呑みしようとする。
イブは杖を足で荷台から引っ張り出し、素早く構えて魔術を放つ。
馬車の目の前の地面がせり上がり、一瞬で即席のジャンプ台ができ上がる。
「速度上げろ!」
「了解!」
イブの掛け声に、アイルが馬の速度を上げる。
ジャンプ台に乗り上がった馬車の揺れは一層酷くなり、ジャンプ台で見えなくなったドラゴンが地面を抉る音も一層大きくなる。
「飛ぶぞ!」
「高さが足りない!」
大口を開けた巨大なドラゴンは、ジャンプ台をゆうに超える大きさだった。
イブは素早く杖を振り、ジャンプ台の終点に小さな空気の渦を作る。
「行け、行け、行けぇ!」
イブが叫び、アイルは手網を振って速度を上げる。
馬がその小さな空気の渦を踏んだ瞬間、圧縮された空気が爆発する。馬車が上空に吹き飛ばされ、ドラゴンの頭を飛び超える。
だが加速が足りず、馬車はドラゴンの背中に叩き付けられた。
「よっし! 計算通り!」
「おいイブ、どこ行くんだ!」
イブは馬車から飛び降り、ドラゴンの背の上を走り始める。
しきりにドラゴンの背を触り、周囲をキョロキョロと見回す。
馬車はドラゴンが動く度に激しく揺れ、遂にはドラゴンの背中から振り落とされた。
「マト!」
アイルが真兎を抱え、落下する馬車から飛び降りる。馬車は地面に叩き付けられ、粉々に砕け散る。
「あいつ.........何する気だ?」
イブはドラゴンの背中から降りて来ず、ドラゴンは再び旋回してゆっくりと上昇を始める。
ドラゴンの背の上で、イブは靴の裏に返しを生やして立ち続ける。
杖を大きく一回しして、ドラゴンの背中に杖の先端を逆さにして突き立てる。祈る様に両手で杖を持ち、魔力を込めて静かに詠唱を始める。
「篝火、大滝、山脈。微風、密林、光と闇。混じり合わさり、迎え入れよ。魔術の神髄、ここに極まれり。僕こそが真の王だ」
杖の先端から魔力が溢れ出し、ドラゴンの背中に注ぎ込まれる。ドラゴンは更に高度を上げ、雲を突き抜け大空に翼を広げる。
注ぎ込まれた魔力は鱗の隙間から零れ落ち、ドラゴンが七色に光り輝く。
「ははははははは!」
「.........何やってるんだあいつ?」
馬車から落ちた荷物を拾い集めながら、二人は空から降り注ぐイブの笑い声を聞く。
イブを乗せたドラゴンは大きく首を持ち上げ、空に向かって七色の炎を吐き出した。
周囲の空は一瞬で虹色に染め上げられ、太陽の光を通して眩い光を放つ。
荷物を拾い集めた二人は座り込みながら、空を見上げて惚けた声を出す。
「すげ〜綺麗.........」
「女の子が喜びそうだなぁ.........ん?」
空を割く程の速度で、人間が二人の頭上を飛び越す。
「総員戦闘準備!」
「目標、不認可状況下にて審判者を活性化させた者の捕縛もしくは殺害」
「魔術式起動、七色は捕縛しろ!」
大声がいくつも空に響き、空を飛ぶ魔術師達が魔術をドラゴンに撃ち始める。
七色の炎に焼かれ、魔術は全て掻き消される。
「ダメだ.........! 規格外だ.........!」
「防御式! 天井を突破するぞ!」
一人が突出し、魔術で防壁を張って七色の炎の天井に突っ込む。
だが一瞬で弾かれ、魔術師の一人は全身を七色の炎で焼かれながら落下する。
「まずい!」
「おいマト! ったく!」
走り出した真兎を追いかけ、アイルも走り出す。
次の瞬間七色の空が割れ、全身を七色の炎で包まれたドラゴンが落下してきた。
真兎は重力魔術で落ちて来た魔術師の勢いを殺し、飛び込む様に受け止める。
次の瞬間隕石の様に落下したドラゴンが、大地を捲り上げ炎を撒き散らす。
アイルは素早く真兎を回収し、小さな洞穴に飛び込み炎を避ける。
「がっ.........がはっ.........」
「大丈夫ですか!」
全身を酷く焼かれた魔術師に覆い被さるように、真兎は声を掛ける。
魔術師は焼けた喉をヒクヒクと動かし、必死で呼吸を続ける。
「マト、私達では手に負えない。回復魔術が得意な魔術師を探すべきだ」
「分かった。すぐ見つけてきます、それまで頑張って.........!」
「その必要はない」
洞穴の入口に、七色に燃える森を背に杖を構える男がいた。杖の先から回復魔術を放ち、魔術師の男の傷を治療する。
「イブ.........いったい何をしてたんだ?」
「僕の力を世界に知らしめていた」
「そのせいでこの人は、こんな怪我を負ったんだぞ?!」
「くくく、治してやるよ。そんなもん、いくらでもな」
次の瞬間七色の炎の光を背に受けて、数人の魔術師がイブを取り囲んだ。
「動くな、動くと撃つ」
「お前が七色の.........まだ子供じゃないか」
「誰の背が低いって!?」
イブは大声を上げながら杖を魔術師に向ける。
その顔には引きつった笑みが張り付き、ギロギロと自分を取り囲む魔術師達を睨みつける。
その様子を見て、アイルは静かに剣に手を掛けた。
「イブ、お前は何をしたんだ」
「あのドラゴンは審判者と呼ばれている。簡単な話あのドラゴンに魔力を流すと、その魔術師にどれだけの実力があるかが測れる優れものだ」
「そしてお前は強大な実力を示しただけではなく、あの審判者を撃ち落とした」
取り囲む魔術師の内の一人が声を発する。
「色はその者が使える魔術の属性、炎の範囲は魔力量、炎の濃さは実力そのものだ。七色だけでも前代未聞なのに、あろう事か審判者を撃ち落とした」
「そうだ! 全世界どこを探しても僕以上の魔術師はいないだろう!?」
「イブ、少しだけ君の心が分かった様な気がするよ」
アイルが腰から剣を鞘ごと取り外し、イブに向かって構えた。一瞬の間が流れ、イブがアイルに杖を向けた。
次の瞬間アイルの剣がイブの顔面を撃ち抜いた。
イブは吹き飛ばされ、炭化した倒木にぶつかり気絶した。
「でも他人を巻き込んじゃダメだよ」
アイルは剣を腰に戻し、魔術師達に頭を下げた。
魔術師達はアイルの一挙手一投足に警戒しながら、その様子を伺う。
「私達の仲間が君達の仲間を傷付けた事、強く謝罪する。だがこの男の処分は、私達に任せてくれないだろうか」
「.........正直な所、私達もどうすればいいのか分かっていない。魔術協会本部の判断を待たなければ何とも言えない」
魔術師達はイブを持ち上げたアイルを取り囲む。
「この先の【ゴレルマグナ】で判断が下りるまで、君達は軟禁させてもらう。勿論そいつは厳重にだ」
「構わないさ。確か魔術協会の本部もそこにあったね?」
若い魔術師二人組が洞穴に滑り降りて来て、倒れた魔術師の左右に跪く。
「治せるかな.........」
「治さなきゃ、クラインさんは協会の柱だよ?!」
「うん.........あれ?」
「傷が.........ほぼ治りかけてる?」
真兎は倒れている魔術師、クラインを見る。
その表面を酷く焼いていた火傷はすっかりと引き、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
二人組の魔術師はクラインを抱え上げ、真兎の前を走り出す。
「そこのあなた、離れないでください」
「離れたら撃ちます、絶対撃ちます」
「あ.........はい」
真兎は状況着いていけないまま、焼けた森を歩く。少し先には、盛り上がった土の山脈が姿を見せていた。
一方、エルは荷物の側でみんなの帰りを待っていた。
アイルが真兎を追いかける際に、エルに離れるなと言い付けていたからだ。
「.........むぅ」
エルはそんな事態が起こっているとは全く知らず、イブが予め防御魔術を張っていたおかげで無事だった食料品を齧りながら、沈む夕日を眺めていた。
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