第18話 【死神】
真兎は血液が失われ体が冷たくなっていくのを感じながら、目の前に立つ大鎌を持った少年を見つめる。
少年は大鎌を地面に逆さに置き、大鎌の刃の上に乗ってしゃがみ込んだ。
「ねぇお兄ちゃん、今魔王様を倒すとか言う不敬発言したよね? したよねぇ?」
「魔王、様.........?」
少年は船漕ぎをする様に大鎌をゆらゆら揺らしながら、真兎の瞳をじっと覗き込む。
真兎は刺さったままのナイフをしっかりと両手で固定しながら、少年に視線を返す。
「お前は.........誰だ」
「質問には答えようよ、ちゃんと答えようよぉ」
少年は大鎌から飛び降り、真兎の腹に刺さったナイフの上に着地した。
「ぐぅっ.........!」
「どうして魔王様に関して【今】! 話題に出したんだよぅ、どうして今なんだよぅ!」
真兎はナイフの上の少年を降ろすために少年の裸足を掴むが、少年はビクともせずに片足を大きく上げた。
「「マトォッ!」」
斬撃が真兎のすぐ真上を切り裂く。
少年は軽々と飛び上がり、斬撃を避けて着地する。
その着地の瞬間を狩るように、いくつもの魔術が地を這う様に少年を襲う。
少年は大鎌を地面に振り下ろし、めくれ上がった瓦礫で魔術を打ち消した。
「こいつがネズミの残党か!?」
「いいや、顔に火傷がない! こいつは別の敵だ!」
イブは真兎のすぐ側に膝をつき、回復魔術で真兎の傷を修復する。
アイルは剣を抜いたまま、少年と相対する。
「キミは誰だ! なぜ真兎を襲う!」
「お兄ちゃん達も魔王様を倒すとか宣う不敬な.........うん?」
少年は周囲を見回し、ピタリと視線を空中に止める。
その視線の先には、見えないはずのエルが飛んでいた。
「.........忌まわしい神聖な臭い、そこに誰かいる? いますかぁ?」
「えっ。エル、みえてる.........?」
「もう一度聞く、お前は何者だ!」
アイルの大声に反応し、少年は目だけを動かしアイルを見つめた。
そして大鎌を大きく振り、自分の足元に叩き付けた。
「僕の名前はナイトメア・デス・リーパー。この世唯一魔王様に任命されし死神にして、魔王様に仕える四天王の一人だよ」
「名前ダサ.........」
「ダサくねぇって! アイツの名前かっこいいって!」
アイルとイブはナイトメアと名乗る少年の名前について口論しだし、一瞬にしてナイトメアは除け者になった。
「アイル、イブ! 今そんなどうでもいい事言い合ってる場合じゃないだろ!?」
「魔王様から授かりしこの名前はどうでもいい事じゃないっ! 大事な事だっ!」
ナイトメアは地面に大鎌を振り下ろし、子供の癇癪の様に地団駄を踏む。
予想外の方向からキレられた真兎は一瞬ポカンとしていたが、イブがナイフを引き抜いたせいで痛みに悶える。
「ぬくぅなぁ.........!」
「うっせ、コイツから逃げるのにナイフ刺さったままとか舐めてんのか」
「逃げる.........?」
「体が震えもしない。感じるのは死の予感だけだ」
アイルはナイトメアから目を離さず、真兎を片手で立たせる。
真兎は二人の言動の意図が分からず、ナイトメアにもう一度視線を向ける。
貧血で歪む視界の中、ナイトメアの冷たい瞳はしっかりと真兎を捉えていた。
「殺す」
ナイトメアは短くそう呟いた次の瞬間、真兎の目の前に大鎌を振りかぶって現れた。
生死のやり取りを数回しかくぐり抜けていない真兎ですら、その殺意がオーラの様に見えた。
「くっ!」
アイルが真兎とナイトメアの間に割り込み、剣を使って大鎌を受け止める。
だが一瞬で剣にヒビが入り、アイルは真兎を蹴り飛ばした。
「離れろ!」
イブが白い球を放ち、白い球はナイトメアの目の前で爆ぜる。
眩い光と音が周囲にばら撒かれ、ナイトメアに出来た一瞬の隙にアイルは剣を捨てて飛び退いた。
ナイトメアが思い切り大鎌を振り抜いた瞬間、イルテンの街が切り裂かれた。
斜めに振られた大鎌は地面をすり抜ける様に切り裂き、ナイトメアの手元に戻る。
次の瞬間、三人の背後で王城が音を立てて崩れ落ちた。
大鎌の軌跡でバッサリと切られた王城は自重に耐えきれず、切断面を滑り落ち瓦礫の山になる。
綺麗だった街並みを形作った建物群すら崩壊し、大通りは一瞬で建物だったものの跡で埋まる。
地面は切断されたせいで大きく上下にズレ、大きな亀裂が生まれ地下下水道を日の元に晒した。
「煙幕!」
「逃げるぞマト!」
アイルは半ば蹴り上げるような形で真兎を浮かせ、脇に抱えて全速力で走り出す。
イブが既に逃げながら、周囲に白い煙幕を展開しナイトメアの視界を奪う。
「避けろっ!」
アイルが叫ぶと同時に、煙幕ごと空間が切り裂かれる。
大鎌を持ったナイトメアが、切り裂いた空間を何かに引っ張られる様に移動する。一瞬で距離を詰められるが、アイルは速度を上げてナイトメアを引き離そうとする。
だがナイトメアはまた大鎌を振るい、空間を切り取って引っ張られる様に加速する。
「アイル、少し使うぞ!」
「え?! なに?!」
真兎は魔力を手の平に集め、アイルの体に重力球をぶつける。
するとアイルの体はふわりと浮き上がり、ナイトメアから離れる様に大通りを落下し始めた。
「うわわわわ!」
「足を地面に着けて速度を抑えて!」
「無理無理無理無理!」
アイルは足を地面に着け速度を落とそうとするが、あまりに加速してしまったアイルの体は制御出来ない速度になっていた。一瞬で遠かった王城が目の前に迫り、大量の瓦礫に向かってアイル達は落ち続ける。
「アホ共が!」
王城の瓦礫にぶつかりそうになった二人の目の前に、巨大な水のクッションが出現する。高所から水面に飛び込んだ様な衝撃が二人の体を襲い、速度を急速に落としてから水中の瓦礫にぶつかる。
アイルの重力付与は切れ、すぐに気絶している真兎を掴まえて水の中から脱出する。
「ゲホッゲホッ」
「速度調整くらいしやがれ! まだ来てるぞ!」
怒号を浴びせながら、イブは水のクッションを操りレーザーの様にしてナイトメアを攻撃する。
ナイトメアは大鎌を地面や壁に突き刺して体を捻り、方向転換を繰り返し水のレーザーを避け続ける。
そしてナイトメアが大鎌を大きく振った瞬間、アイル達の目の前に大鎌を振りかぶった姿で現れた。
「魔王様の邪魔をする者は、全員排除する.........!
この世から消し去る!」
「にぁははははははは!!!」
奇怪な笑い声と共に、地面を突き破りジルアが飛び出す。拳を上に突き上げ、ナイトメアはその拳を大鎌で受け止めた。
「よぅマト! とその仲間達にぁ!」
「ジルア・キャット.........! どうしてここに?」
「にぁっにぁっにぁっ! 魔物の臭いがしたからぶっ殺しに来たにぁ.........テメェだにぁ?」
ジルアは拳をパキパキ鳴らしながら、足をぷらぷらさせてナイトメアを見下ろす。
ナイトメアは大鎌を構え、ジルアを睨み上げる。
「魔物? こいつは魔物なのか?」
「う〜ん魔物っぽい臭いにぁ。見た目人間、中身は魔物? 憑依型か寄生型か、はたまた.........新種かにぁ」
「お姉ちゃんだあれ? 消え失せろよ、邪魔なんだから」
「にぁははは! 全力で来い、ぶっ殺してやるにぁ!」
ジルアは心底楽しそうに肩をぐるぐると回し、舌をペロリと出して筒状のフィルターを咥える。
次の瞬間、ナイトメアが消えた。
「そぉれぃッ!」
ジルアが大きく足を上げ、拳を引いて思い切り空中を殴る。弧を描く拳の軌道上に、ナイトメアが大鎌を構えて現れた。
鈍い音が響き、ナイトメアが殴り飛ばされる。
原型をギリギリ留めナイトメアは壁に叩きつけられる。黒い血液を口から吐き出し、一瞬意識を失う。
「もう一発、にぁ♡」
「ッ!?」
ジルアの拳がナイトメアを破壊する。
粉々。欠片すら残さず、まるで虫を潰したかの様に黒い血液が周囲に撒き散らされる。
周囲の建物は衝撃で崩れ落ち、イルテンの街にはパンチの勢いで巻き起こった暴風が吹き抜けた。
「.........え?」
「おい、今何が起きた?」
アイル、イブ、気絶した真兎、三人とも何が起きたかを理解出来ていなかった。視認することすら出来ない圧倒的暴力は、今更音を生み出していた。
拳が空を切る音、何かがぶつかる鈍い音、瓦礫に叩き付けられる様な音、一瞬で地面を蹴って距離を詰める音、そしてパンチを叩き込みその衝撃で街が崩れ落ちる音。
その音を喝采の様に背に浴びながら、ジルアは悠々と三人の元に歩いてきた。
「ふぅ〜! やっぱ力を込めてぶん殴れると楽しいにぁ!」
「今.........何が?」
「アイツはぶっ殺したから安心しろにぁ、死体は残らんかったが木っ端微塵にぁ」
「え.........あ、はい」
イブはジルアが指差す方向を見ながら、腑抜けた返事を返す。指を差す先には、拳の形にぶち抜かれた複数の建物が見える。その拳の形の空間は真っ直ぐ伸び続け、イルテンの街の外壁にも拳の形の穴を開けていた。
「えぇ.........」
「お前達が何に首突っ込んでるか知らにぁいけど、厄介なのに目を付けられたにぁ?」
「アイツは.........一体なんだったんだ?」
アイルの問いにジルアは使い終わった筒状のフィルターを口から吐き出し、タバコを消す様に足でぐりぐりと踏み潰す。
そして大きく息を吐き、もう一本新しいフィルターを取り出し口に咥える。
「知らにぁい」
「えぇ.........訳知り顔で喋ってる癖に?」
「マジで知らんにぁ。お前らの知り合い?」
「知らない人だけれど.........」
「にぁん。だが臭いは魔物そのものだった、強さもそこらの魔物よりずっと強い。この先の旅路、やり切るつもりなら覚悟を決めろよ?」
ジルアは鋭い視線を突き刺す様に三人に向け、一瞬で吸い終わったフィルターを地面に落として踏み潰す。
「さぁ、今日はとっとと宿に帰って休みにぁ。話は通してやってるからにぁっ」
ジルアは三人にウインクをして、出て来た穴に飛び込んだ。
「嵐の様な人だったな.........」
「あぁ、守備範囲外だ.........」
「.........バカがよ」
イブは悪態をつき、真兎を背負うアイルの尻を蹴る。
腰を守る鎧に足を強打し、イブは唸り声を上げてしゃがみ込む。
「.........」
そんな馬鹿なやり取りを他所に、エルはナイトメアが散った場所を黙って眺めていた。
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