第17話 【血祭り】
「いてっ! いてぇ!」
「うっせぇぞマト! テメェカッコつけて『清々しい気分だ.........』とか言ってやがった癖に、泣き言言ってんじゃねぇ!」
「アドレナリン! アドレナリンがあっ!」
「はいはい、回復魔術回復魔術」
真兎はアイルに支えられながら、全身に走る痛みに声を上げる。
痛みに慣れていない真兎にとっては、全身の至る所に生傷があるのは初めての経験だった。
イブは時折真兎の体に触れ、魔術で治療を施す。
「全身が痛い.........」
「そろそろ外だ。我慢してくれよ」
「でも外って大丈夫なのか?」
真兎は王城を爆破した者や街に火を放たれた事に心配を向ける。
イブはそんな真兎の背中をいきなり強く叩き、悶え苦しむ真兎に悪い笑顔を向ける。
「それに関しちゃ大丈夫だ。火を付けたのも僕だし、王城を爆破したのも僕だ」
「.........なんで?」
「外に行けばわかるよ」
イブは早足で階段をのぼり、地下下水道から地上に出る。
真兎とアイルもその後ろに続き、久しぶりの地上の空気を吸い込む。
「うっ」
「血の臭い........!」
真兎とアイルは強烈な血の臭いを嗅ぎ取り、顔をしかめた。
地上の大通りは血に染まり、そこら中に人間の死体が落ちている。
その時、黒スーツを着た男が大通りを横切る。
「ん?」
その黒スーツは真兎達を見つけると動きを止め、手元に握った書類に目を落とした。
アイルは真兎をイブに預け、剣を抜いて黒スーツに迫った。
「この街に何をした!」
「待て待て待って! 君達は排除対象じゃない!」
黒スーツの男はその場で両手を上げ、アイルの剣を無抵抗で首元に突き付けられる。
アイルは男の胸元を掴みあげ、周囲を見渡す。
「何をした!」
「君達は誰だ! どうしてここにいるんだ!」
「質問に答えろ木炭野郎!」
「こ〜らこらこら。私の友人のパーティーメンバーにぁ、もっと礼儀正しくやってくれにぁ」
大勢の足音と、大通りに聞き覚えのある声が響く。
「その声.........ジルアさん?」
「ひっさしぶりにぁ〜! マト〜〜〜〜!」
黒スーツに返り血をベッタリと付けながら、ジルアが真兎に飛び付く。
イブはあっさりと真兎を手放し、ジルアに抱きつかれた真兎は地面に思い切り倒れた。
「ギッ」
真兎は虫の断末魔の様な声を漏らし、ジルアを腹の上に乗せながらじたばたと暴れる。その様子を見て、ジルアはケタケタと笑っていた。
「お前、この街に何をしたんだ」
「ん〜?」
アイルが剣を握りながらジルアに詰め寄る。
ジルアはアイルを見上げながら、鼻をヒクヒクと動かした。
「ふふん。私に隠し事は出来ねぇにぁ」
「.........っ!? まさか!」
「にゃはははは! この街にはただゴミ掃除をしに来ただけにぁ、市民には一切手を出してねぇにぁ」
ジルアはそう言いながら少し分厚いリストを取り出し、アイルに投げ渡す。
アイルはそれを受け取り、中を見て眉を顰めた。
「これは.........この街の露店をやっている人達じゃないか」
「そうにぁ。獲物を観察出来る、ちょうどいい隠れ蓑だったようにぁ」
「まさか、この街の露店全て.........!?」
「待ってくれ、話がよく見えないんだ。どういう事だ?」
ジルアに乗られたままの真兎が声を上げる。
ジルアはアイルに渡したリストと同じ物を、真兎の前に広げる。
「このリストはにぁ、この街に入り込んだ暗殺者集団、ネズミのメンバーリストにぁ」
そのリストの中に描かれた人物画にはほとんどバツ印が付いており、所々に血の染みたページも見える。
「この街に大掃除に来る最中に、ちょうどそこの飲んだくれと出会ってにぁ。ちょうどいいからネズミの炙り出しを手伝ってもらったにぁ」
「誰が飲んだくれだコラ」
「炙り出し.........?」
「僕が王城を爆破して街に火を放った理由だ、コイツに指示された。正直言うがコイツ頭がおかしいよ」
イブはそう言いながら、自分のこめかみをトントンと叩いた。
ジルアはその様子を見てケラケラと笑うが、アイルはその様子を見て剣を強く握ってジルアを睨み付けていた。
「まぁ〜民間人には被害出てねぇから安心しろにぁ。それだけは徹底したにぁ」
「王城の天井の崩落で数人衛兵が怪我をしていた。それはどう説明をする」
「ん〜? 死んでねぇならモーマンタイにぁ」
アイルが剣を構えて一歩進み出ようとした瞬間、アイルの隣に立った仮面を被った人物が立っていた。
「っ!」
アイルがすぐ反応し剣を向けようとしたが、既にアイルの首には3メートルはある長さの刀が突き付けられていた。
「エンジェルドロップ、傷付けることは許さんにぁ」
「かしこまりました、ボス」
エンジェルドロップと呼ばれた仮面を被った人物は、ジルアの一声で刀をアイルの首から離した。
「ブラッディ・ナックルズは私の手足にぁ。無関係の人間は傷付けるなと言えば、その通りに命令をこなす。事実その衛兵達も無関係ではないにぁ?」
「.........ネズミ達を見逃した者も同罪だと言いたいのか」
「いんやぁ? ただ我々は全員暴力のスペシャリストにぁ、殺す時はキチンと殺すにぁ」
ジルアは大きくあくびをし、真兎の上から伸びをしながら立ち上がる。
そしてフィルターを取り出し、タバコのように吸い始める。
「お前達はどうしてネズミ達を殺しに来たんだ」
「我々の仲間が殺られたからにぁ。殺った相手は当然殺すし組織は滅ぼす、ブラッディ・ナックルズに喧嘩を売るとはどういう事か、世界に知らしめるのにぁ」
「どうしてそこまでするんですか?」
地面に寝転んだままの真兎が尋ねた瞬間、ジルアの足が真兎の頭のすぐ側を踏み抜いた。
そしてゆっくりと腰を下ろし、悪魔の様な笑みを真兎の目の前に突き出した。
「全員ボコして逆らえなくすれば、命令一つで差別も迫害も無くなるにぁ」
「そんなやり方で上手くいくはずがない」
「それが私達のやり方にぁ」
ジルアは真兎を引っ掴み、無理やり立たせて土埃を払ってくる。
「それで、ラットキングはどこにぁ? この下かにぁ?」
「もう僕達が殺したよ。地下下水道の奥、降りて右を道なりだ」
「ご苦労にぁ。死体の回収、残党の掃討はやつてやるにぁ」
ジルアは黒スーツの集団を率いて、地下下水道の入口に向かう。
入る瞬間ジルアはクルリと振り向き、イブとアイルを指さした。
「そういや聞いてなかったにぁ! 名前は!?」
「イブ・ウェズラック。僕は一回名乗ったぞ」
「.........アイル・スターダスト」
「にぁ! 覚えておいてやるにぁ、若き冒険者達よ! にぁ〜っはっはっはっ!」
ジルアは大声で笑いながら、地下下水道に消えていった。
取り残された真兎は二人に助け起こされ、全身の痛みに顔を顰める。
「アンジェリカは無事だろうか、王城に確認に行ってもいいかい?」
「一応B・Nが説明してはいるが」
「待て待て待て待て、なんだそのダサい略称は!?」
「あぁ!? ダサくねぇだろ!」
ギャイギャイと言い合いをしながら、アイルとイブは王城への道を進む。
真兎は肩を竦めエルに視線を送るが、エルは周囲に散らばった肉片に視線を落としていた。
「お〜いそこの冒険者さん!」
突然後方から声を掛けられ、真兎は足を止める。
大通りを誰かが全速力で、手を振りながら駆けてきていた。
「お〜い!」
「何かご用ですか〜!」
その人物は真兎の目の前にまで来ると、膝に手を着いて呼吸を整える。
「あんたらこの街を救ってくれたんだろ? イルテン焼き屋の店主として礼がしたくてなぁ!」
男は懐から紙に包まれた棒状のものを取り出す。
その拍子に男はバランスを崩し、前のめりに倒れそうになる。
「おっと危ない」
真兎はその男を支えるが、腹に冷たい感触が刺さった。
ゆっくりとイルテン焼き屋の男は顔を上げる。その顔には深い火傷があった。
「いやぁお礼、出来てよかったよ」
「顔に火傷のあるネズミ.........!」
真兎はすぐに男を突き飛ばすが、足に力が入らず仰向けに倒れてしまう。腹には深くナイフが刺さっており、血が噴水の様に溢れ出ていた。
「残りの二人も殺したら俺も死ぬよ。暗殺者集団ネズミも終わりだからな」
顔に火傷のあるネズミは、真兎の腹に刺さったナイフを引き抜こうと握る。真兎はその上からネズミの手を握り、ナイフを引き抜かれまいと必死に抵抗する。
「エル、今すぐ二人を呼んできてくれ.........! 絶対コイツは逃がさないから.........!」
「わかった.........!」
「見えないお友達か? そいつも殺せるなら殺してやるよ」
エルが二人を追いかけその場を離れる。
真兎はネズミの手を両手で握りながら、必死に時間を稼ごうと頭を回す。
「見えないお友達じゃない、俺達の仲間のエルだ.........!」
「そいつの名前も、お前の名前どうでもいいんだよ。墓に刻まれるのは身元不明遺体だクソガキ」
「ぐ.........!」
ネズミは引っ張るのをやめ、ナイフを真兎の体に押し込み始める。
粗雑なナイフが肉を裂き、骨を砕く感触が伝わってくる。神経に触れ激痛が走り、内蔵をゆっくりと傷付ける。
「グゾォ.........!」
「いい声色だ、血が溢れ呼吸しにくいか? 痛みで体が震えるか? 何も成せずに死ぬ気分はどうだクソガキッ! 俺の顔を焼きやがって、残りの二人も同じ様にぶっ殺してやる!」
「あの二人なら.........俺よりも上手くやる。お前になんて殺されず、魔王を必ず倒してみせる.........!」
「あぁ!? 魔王!? 寝ぼけてんじゃ」
次の瞬間顔に火傷のあるネズミが、縦に真っ二つに切り裂かれた。黒い、まるで夜空の様な大鎌が血を纏って赤く染まる。
「魔王様を倒す.........?」
真っ二つになったネズミの体から血が吹き出し、周囲を赤く染め上げていく。
小さな子供が、身長よりも大きな大鎌を持って真兎を睨みつける。
「不敬だよ、お兄ちゃん」
黒いフードの隙間から覗く顔は人の形をしていたが、明らかに人間では無い様相だと真兎は感じ取った。
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