第14話 【反逆者】
数百人の衛兵達が道を作り、その中心を鎖の巻かれたボロボロの女が引きずられて連行される。
道を作る衛兵達は目を逸らしたり、瞑ったり、まっすぐ女を見つめたり。様々な反応を示す。
それに反比例し、女は虚ろな目をしたまま歩き続けていた。
「反逆者を連れて参りました!」
「通れ!」
巨大な扉の前で連行している衛兵が大声をあげると、巨大な扉はゆっくりと開く。
権威を象徴する様な立派な装飾が施された国王の部屋には、巨大な玉座と冠を被った国王が待ち構えていた。
天井はガラス張りとなっていて、国王へとまっすぐ光の道が伸びていた。
「衛兵番号、635。アンジェリカ。罪状、重要参考人の冒険者を脱走させ、街から逃がした。国家反逆罪が適応されます」
「うむ」
国王は頬杖を付きながら頷き、アンジェリカの頭頂部に視線を送る。
「罪人、何か申し開きはあるか?」
「.........お言葉ながら、一つございます」
「申せ」
国王の一言で、アンジェリカは勢いよく立上がった。
「国王様! この国は異常でございます! ネズミなどという不審な輩を囲い込み、国を守る衛兵達にその手伝いをさせる始末。結果罪の無い人々がこの街から姿を消し、住人達は怯えております! どうかあの薄汚いネズミ共をこの街から.........!」
背中から衛兵達に取り押さえられ、アンジェリカは取り押さえられる。
後頭部を押さえ付けられながら、アンジェリカは頭を上げて国王に縋る。
「国王様.........!」
そのアンジェリカの視界には、玉座の後ろに立つ灰色の大男が写った。
「ふふふ。あぁ言われているが、どうする国王様?」
「この国の利益の大半は、この方々のおかげで成り立っている。弱小国の我々がどこからも攻め込まれていないのは、彼らあってこそなのだ.........」
灰色の大男は声を殺して笑い、国王の肩に手を置いた。
「貴様ら、その衛兵を殺せ。国王命令だ」
灰色の大男のが指を刺すと、衛兵達は武器を持ってアンジェリカに突き付ける。
「ではこれより、反逆者の処刑を執り行う!」
「国王様.........ッ!」
「やれっ!」
一斉に武器が振り上げられ、アンジェリカに向かって振り下ろされる。
次の瞬間、武器を持っていた衛兵達が一瞬で倒される。武器は宙を舞い、アンジェリカの周囲に降り注いだ。
二人の衛兵が、兜を脱ぎ捨てる。
「なるほど、君がネズミ共の親玉か」
「大丈夫ですか、アンジェリカさん」
「マ、マト.........!」
アイルは剣を国王に向ける。
その意味は、国に対する宣戦布告に等しい行為だった。
「きっ、貴様ァ!」
国王が激昂した瞬間、玉座の後ろから灰色の大男が飛び出す。
両手に持った巨大な日本刀を振り上げ、アイルに向かって切りかかる。
「くくく! この俺の刃を止めるか!」
「こいつ.........強い!」
アイルは何とか灰色の大男を弾き飛ばし、アンジェリカとイブの近くに飛び退く。
灰色の大男は余裕綽々と言った様子で刀を回しながら、国王の傍に戻る。
「貴様、名を申せ」
「アイル・スターダスト。お前の名は?」
「くくっ! 俺はラットキング、所謂ネズミ共の親玉よ」
「何をしている! 今すぐこの反逆者共を殺.........!」
がなる国王の腹に、深々とラットキングの持つ日本刀が突き刺さる。
国王は目を丸くしながら、ヨタヨタと腹を押えて玉座に座り込む。
「いい事を教えてやろう、国王。俺は、いや、俺達はお前の配下では無い。お前達イルテンが、俺達の配下だ」
「.........ごふっ」
ラットキングは刀を引き抜き血を飛び散らせながら、アイルに向かって刀を構える。
上下に一本ずつ。
まるで口を開けた獣の様な構えを見せる。
「興が乗った、相手をしてやる」
「そりゃいい。可愛い女の子を助けた上に、悪党の親玉の首まで取れるんだ。私も興が乗ってきたよ.........!」
アイルは震える手を軽く叩き、ラットキングに切りかかる。
次の瞬間ラットキングは空に刀を振るい、アイルの動きが止まる。
「.........ッ」
「くくく、多少腕はある様だな?」
アイルのチェストメイルはパックリと真っ二つに割れ、軽い音を立てて地面に落ちた。
ラットキングはダラりと刀を地面に向け、そのままゆっくりと歩き始める。
ユラユラとしたその動きが蜃気楼のようにボヤけ、一瞬でラットキングの姿が消えた。
「危ない!」
アイルが何も無い空間に剣を振った瞬間、ラットキングの姿が現れ真兎とアンジェリカに向けられた凶刃を受け止める。
「くくっかかかっ! いい動きだ、さっきとは大違いだ! 」
「マト! 先に逃げろ!」
アイルはラットキングと激しく剣で打ち合う。
最初は目を爛々と輝かせていたラットキングは、打ち合う度に一歩ずつ後ろに下がっていく。
そしてその顔には、失望の色が見て取れた。
「なんだお前は.........? 何故勢いが弱まる?」
「くっ.........黙れぇっ!」
ラットキングを壁に追い詰めながらも剣を振り続けるアイルの手はガタガタと震え始めていた。
「あの人、どうしたんだ.........?」
「距離が離れすぎてもダメなのか.........!」
真兎はアンジェリカをその場に残し、アイルに向かって駆け出す。
地面に落ちていた槍を拾い上げ、大きく振りかぶりながらラットキングに殴りかかる。
「危ないっ!」
ラットキングは一瞬も視線を真兎の方に向けず、刀を正確に首の位置に振っていた。
アイルは剣の峰で真兎を殴り飛ばし、ラットキングの斬撃から真兎を逃がした。
だが次の瞬間、その隙を見逃さなかったラットキングの顔が歪な笑顔を浮かべた。
「下水流・暗鼠集歯嚼」
ラットキングの両腕が消える。
次の瞬間、無数の噛み付くような斬撃がアイルに降り注ごうとする。
「伝令ィ! 城下町に火がッ!」
玉座の間の扉をこじ開け、一人の衛兵が飛び込んでくる。
そして部屋の中の惨状を見て息を飲んだ。
「ふんっ、邪魔が入ったか.........」
ラットキングは斬撃を止め、影に溶け込むように玉座の裏に姿を消した。
アイルはその場に座り込み、大きく息を吐いた。
「国王様!」
部屋に飛び込んできた衛兵が、血を流しながら座り込む国王に駆け寄る。
その声を聞いて玉座の間の外に待機していた衛兵達も次々と部屋に飛び込んでくる。あっという間に真兎達は槍を向けられ囚われていた。
「どこから入り込んだ! 国王様に何をした!」
「待ってくれ、俺達は」
「黙れ!」
一瞬で真兎は後ろから蹴り倒され、首の後ろに槍を突き付けられる。
「この国に入り込んで何を企んでいた.........! お前達冒険者はいつもそうだ、この国を荒らすだけ荒らしやがる!」
「違う! 本当に俺達じゃない! ネズミの親玉、キングラットがやったんだ!」
「黙れ.........! 冒険者は嘘をつく。力を誇示し街を荒らす。治安の悪化、偽貨幣の流通、景観汚染.........お前達冒険者こそ病原菌を運ぶネズミ、この国を破滅に導く反逆者に等しい!」
真兎の首元に向けられた槍をアンジェリカが素手で掴む。
真兎の首にアンジェリカの手から流れる、暖かな血が滴り落ちる。
「それでも.........犯罪者に助けを乞い、非人道的な手法を使う事がこの国を正しい姿に戻す方法か?」
「この国があるべき姿に戻るのなら.........!」
「ネズミ達はこの国を乗っ取るつもりだ。元に戻すなんてこれっぽっちも考えていない」
「く.........」
衛兵の持つ槍を奪い、アンジェリカは高々と掲げる。
傷まみれのその顔が、囚人用のボロ布だけを纏ったその姿が、堂々としたその真っ直ぐな視線が。その場にいる全ての人間の視線を奪い去った。
「私はこの国が好きだ。だからこそ、私達の手でこの国を取り戻す。この国を、あるべき姿に戻す。ネズミ達を一匹残らずこの国から排除する」
衛兵達の槍は自然と空を指し、呼応する様に天高々と掲げられる。
一人の衛兵が大声を上げ、それは伝播し一瞬で玉座の間が衛兵達の声で震え始める。
「まずは国王様の治療、そして城下町の火災の鎮火。それからあの憎きラットキングとネズミの捜索を行う」
アンジェリカの言葉を聞き、衛兵達はそれぞれ動き始める。
あっという間に動き出した事態に、真兎とアイルは置いてけぼりにされていた。そんな時、玉座の裏からエルが顔を出した。
「ねぇ、こことおれるよ!」
「本当か!?」
アイルはすぐに玉座に駆け寄り、玉座の裏を覗き込む。しかし、そこには人が一人ギリギリ入れるスペースしか無かった。
秘密の通路は見付からず、アイルは頭にはてなマークを浮かべた。
「ここ!」
エルは地面に出たり入ったりを繰り返し、アピールを続ける。
真兎が何気なく玉座の裏の地面に手を付くと、微かな凹みがカーペットに隠れていた。凹みは二箇所存在し、掴んで引き上げるとぽっかりと地下に続くハシゴが現れた。
「隠し蓋か」
「ラットキングはここを降りていったのか.........」
その瞬間、王城の天井が爆破される。
ガラスと炎の雨が降り注ぎ、一瞬で玉座の間がパニックになる。
「何者かが王城、及び周辺施設に向かって城壁より魔術で砲撃を行っています!」
「なぜ私に指示を仰ぐんだ! 国王様の安全第一、それ以外は全てその砲撃手を捕縛せよ! この国をこれ以上傷付けさせるな!」
「はっ!」
アンジェリカの指示を聞き、衛兵達はテキパキと動き始める。
アンジェリカは玉座の裏を覗き込む真兎とアイルを見つけ、二人に向かって声をかける。
「ラットキングの捜索と討伐は二人に任せる。どうかこの国を救ってくれ」
「任せて!」「任せたまえよ!」「まかせてー!」
「手が空き次第援軍を送る!」
アンジェリカは怪我をした衛兵達を支えながら、瓦礫の降り注ぐ玉座の間を駆け抜けていく。
真兎とアイルは瓦礫に潰されない様にそそくさと地下に続くハシゴを降り始めた。
・感想
・いいね
・ブックマーク
・評価等
よろしくお願いします。