第13話 【ネズミ】
真兎とアイルは外壁を伝いぐるりと街を周り、衛兵とネズミ達を撒きつつイルテンの街にもう一度入る術を探す。
「外壁のネズミ返しで隠れていられるが、朝が来れば私達も見つかるだろうね」
「外壁の側は隠れられそうな場所が無いからな、暗いうちに街の中に入りたいが.........」
真兎は外壁に手を触れながら歩き続けるが、門以外に街に入れる場所は見つからない。
真兎は外壁に手を当て強めに叩く。
「.........壁に穴を開けて入れないか?」
「おい、私には無理だぞ?」
「いや、俺の魔術で」
アイルは口元に手を当て少し悩み、壁の強度を確かめる。
「うーん、どうだろう。向こう側に空間があれば名案だね」
「むこうがわをみればいいの?」
いつの間にか合流していたエルが、二人の頭上から逆さまになって顔を覗き込む。
「エル! 頼めるか?」
「いいよ〜」
エルはふよふよと壁を抜け、向う側に行く。
そして数秒経つと、再び壁を通り抜けてくる。
「なにもなかった! だいじょうぶだよ!」
「よし、開けるぞ.........!」
真兎は壁に手をピッタリと付け、手の中に魔力を集中させる。真兎の手と壁の間に重力の球が生まれ、壁にぶつかり弾けて消える。しかし、壁はビクとも動かない。
「.........何をしているんだい?」
「いや、この壁の一部は重力が奥に向かって働いているけど、外壁が支えとなって動かないんだ」
「なるほど、天井が崩れてこない理論と同じか。それなら出力を上げてみたらどうだ?」
「やってみる」
もう一度真兎は壁に手を当て、今度は更に大量の魔力を使って重力の球を作り出す。壁に染み込むように重力の球は消え、ゆっくりと壁の一部が奥にズレ始める。
「よし、上手くいっ」
壁の一部が重力に引っ張られ、まるでコルクの様に吹き飛ぶ。人一人分の隙間は出来たが、壁の一部は弾丸の様に街の上空を飛んでいった。
「.........ちょっと出力を上げすぎたかも」
「誰にも気付かれなかった事を願おう」
二人は恐る恐ると隙間を通り、またイルテンの街に足を踏み入れた。
屋根の上からは相変わらず何者かが飛び回る様な音が聞こえ、大通りでは衛兵達が松明を持って右往左往している。
「衛兵が多くて迂闊に動けないな.........」
「エルがせんどうする!」
「確かにエルなら他の人には見えないからうってつけだ、頼む」
「まかせてー!」
エルは曲がり角にピッタリとくっ付き、先の様子を覗う。
「それでマト、あの無口な子はどこに連れて行かれたのか検討は付いているのか?」
「恐らく俺達と同じ衛兵の詰所.........だと思う」
「なら街の中心に向かうべきだな。そろそろ日も登る頃だ、早めに移動しよう!」
アイルは素早い身のこなしでエルの後を追う。
真兎は上空から聞こえる足音に注意しながら、二人の後を追って走り始めた。
エルは臆せず先の路地に体を出し、先の様子を見て偵察をする。アイルはその後ろにピッタリとくっつき、エルの行き先を指示しつつ自分も偵察の手伝いに回る。
「エルちゃん、こっちの方はどう?」
「.........こっちはひとがいっぱいいる。あっちの通路は誰もいないよ!」
「なら人の居ない方だな」
真兎はエルの後を追って、曲がり角を曲がる。
だが、アイルは何かが喉に引っかかる様な違和感に襲われていた。
「.........次はどっちだ?」
「ん〜.........こっち!」
分かれ道で神妙な顔をしながら問うアイルに、エルは真剣な表情で左を指さした。
真兎は左に行こうとしたが、アイルその体を手で制した。
「待て」
「なんだ?」
「あんまりにも上手く行きすぎている、私達はほぼ真っ直ぐ街の中心に向かっているんだ」
「それの何がダメなんだ?」
「よく考えろ、街の中心には衛兵の詰所や役所。小さいが王宮があるだろ、そこの警備が薄いと思うか? 街の中心に向かえば向かうほど警備は多くなるはずだ」
真兎はハッとして、周囲を見渡そうとする。
しかしその首の動きすらアイルに制される。
「無闇矢鱈にキョロキョロするな。もう私達は補足されている」
「じゃ、じゃあどうするんだ?」
「このまま敵の誘いに乗る。いざとなれば.........」
アイルは剣に触れ、大きく息を吸い込む。
そしてゆっくりと分かれ道を左に曲がった。
「覚悟を決めろ、引き返したり躊躇えばすぐにでも襲ってくるはずだ」
「.........あぁ」
真兎は頷きながら、なるべく悟られないように屋根の上をこっそりと見る。
そこには誰もいなかったが、屋根の上から聞こえ続ける足音がネズミ達の存在を証明していた。
エルとアイル、真兎は順調に街を進み衛兵の詰所にまでたどり着いた。
やはり詰所の周りにも誰もおらず、アイルはわざとらしく剣を抜きそのまま詰所の中に入っていく。
「そんなに堂々としていいのか.........?」
「あぁ、むしろ室内の方が視界が通らない分隠れやすい」
詰所を少し進むと、入口の方から何人かの足音が聞こえる。まるで裸足の様なヒタヒタと言う足音が、無音の詰所の中に響く。
「エルちゃん、少し後ろを見てきてくれないかな?」
「うん!」
エルは今来た道を全速力で戻り、悲鳴を上げた。
そして一瞬で戻って来て、わたわたと全身を動かす。
「めちゃくちゃいた! 三十人くらい! まがりかどのむこう!」
「そうか.........早くアンジェリカを見つけよう。三十人は捌き切れるか怪しいラインだ」
アイルは少しばかり足を早め、詰所を奥に奥にと進んでいく。どの部屋も扉には鉄格子が嵌められ、中には誰もいない。
何十部屋も囚人用の部屋が備えられているにもかかわらず、この詰所には誰一人として人の気配が無かった。
「クソ、やられた.........」
曲がり角を曲がったアイルは立ち止まった。
真兎が正面を見ると、窓も何も無い袋小路だった。
左右には牢部屋が備え付けられているが、出口は無い。
振り返ると、通路満杯にネズミ達がひしめき合っていた。
その数は、三十人を超えているように見えた。
「マト、許してくれよ」
「え?」
アイルは真兎の胸ぐらを掴み、すぐ側の牢部屋に投げ入れて扉を閉めてノブを叩き壊した
「おい! アイル!」
「悪いなマト、少しばかりそこで我慢しててくれ。なぁに、私がちゃんと守ってやるさ」
真兎は扉に嵌められた鉄格子から外の様子を見ると、アイルがネズミ達に向かい剣を引き抜いていた。
「我が名はアイル・スターダスト! 私の騎士としての誇りをかけ、私の仲間には指一本触れさせない!」
ネズミ達が一斉に飛びかかり、アイルが剣を振るう。血飛沫が飛び散り、扉に着いた鉄格子が布と血の混合物で一瞬で塞がれる。
「アイル! アイル! クソっ!」
真兎は扉にタックルをして開けようとするが、扉はビクともしない。
「マトッ! てんじょう!」
エルが大声を上げる。
真兎が部屋の天井に目をやると、天井の一部をずらしナイフを持ったネズミが一人ぬるりと部屋に入り込んできた。
「.........」
ネズミはじっと真兎を見つめながら、部屋の中心に液体の様に落下した。
そしてゆっくりと顔に掛かった布を捲り上げ、火傷で爛れた顔の下半分を見せつけた。
「お前、あの時イブが炎で追い払った.........!」
ネズミはナイフで首を掻き切るジェスチャーをしながら、灰色の布の下でも隠せない程の笑みを浮かべていた。
「くっ! やるしかないのか!」
真兎はナイフを取り出し、両手で包む様に握り締める。
両手は震え、息が上がり始める。
「マト! しっかり!」
「あぁ、あぁ!」
カタカタと震えて音の出る歯を食いしばり、真兎はネズミに向かって走り出す。そして大きくナイフを振りかざし、ネズミに向かって振り下ろす。
ネズミは簡単にそのナイフを避け、真兎の足に自分の足をかけて真兎を転ばせる。
「ぐっ.........!」
「.........」
ネズミは転んだ真兎を見て、体を揺らして無声で笑う。
真兎は落としたナイフを拾い、またネズミに向かってナイフを向けた。
「エル.........」
「うん! エル、マトをてつだう!」
「奴の足を数秒止めてくれ!」
「わかった!」
エルは素早くネズミの足元に移動して、実体化してネズミの両足を掴む。
ネズミは一瞬動揺し、真兎から視線が外れ足元に移る。
「うおぉぉぉぉ!」
真兎はナイフを体の前に突き出しながら突進し、ネズミの腹に狙いを定める。
ネズミは足を掴まれ一瞬反応が遅れるが、真兎の腕を掴んで体を捻り、真兎の腕を関節から反対にへし折った。
「ぐっ.........!?」
真兎はネズミの腕を掴見返すが、ネズミはその腕を離そうとしない。
もう片方の手で持ったナイフを持ち上げ、真兎に向かって振り下ろそうとする。
「かかったな.........!」
ネズミの手を掴む真兎の指先から、重力の球が放たれネズミの腕の中に染み込んで消えた。
次の瞬間ネズミの体は天井に引っ張られ、ネズミは天井に向かって落下した。
「ッ!?」
「俺じゃ絶対に勝てない、それを相手も分かってる。だが手の内を知らないならやりようはいくらでもある.........!」
「マトすごい!」
天井に張り付いたまま真兎を睨み付けるネズミに、真兎は折れた腕を抑えながら見つめ続ける。
大きく息を吐いて地面に座り込み、歯を食いしばって痛みに耐える。
ドンッと部屋の扉を蹴り飛ばす様な音が聞こえる。
真兎はすぐに立ち上がろうとするが、緊張の糸が解けたせいか腰が抜けて立ち上がれない。
何度も扉を蹴り続ける音が聞こえ、ついには扉が外れて部屋の中に倒れた。
「やぁマト、怪我はないかい?」
「アイル!」
そこには血まみれのアイルが、爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
その背後の廊下には、何十人ものネズミの死体が積まれていた。
「って腕が折れてるじゃないか! どうしたんだい!?」
「あ、あぁ。実は.........」
真兎が天井を指差す。
そこにはぽっかりと穴が空いており、天井に磔にしたネズミの姿は無かった。
「なるほど、ネズミが天井裏から入ってきたのか」
「ごめん、アレを使っちゃった.........」
「まぁしょうがない。そいつの外見とかは覚えているかい?」
「.........火傷をしていた」
「あとおいしそうなにおいがしたー!」
「ずいぶん猟奇的な感想だね。暗殺者の証言を信じる奴がいるとは思えないが、次に見つけたら必ず殺そう」
アイルはそう言いながら剣を収め、マントを翻し血を振り払う。
「血塗れだけど、大丈夫なのか?」
「あぁ、ほぼ全て返り血さ。気にするな」
「あの数はキツイって言ってたが.........よく勝てたな」
「キミを守りながらなら捌けないって話しさ。本気の私はもっと強いよ」
アイルはウインクをしながら部屋を出て、ネズミの死体を踏み付けながら衛兵の詰所を戻っていく。
真兎はその後ろをネズミの死体を踏み付けないように着いていく。
「結局ここにアンジェリカさんはいなかったな.........」
「.........いや、無駄足では無かったらしいよ」
アイルはすっかり明るくなった外から差し込む日差しを浴びながら、剣を音もなく抜き静かに一つの部屋に忍び寄る。
そしてアイルは剣を勢い良く扉に突き刺す。
「ヒィィッ!」
部屋の中から叫び声が聞こえ、腰を抜かしながら何度か顔を合わせた乱暴な衛兵が逃げ出そうとする。
服の裾をアイルが剣で地面に突き刺し、乱暴な衛兵はじたばたと四肢を動かし命乞いの様なポーズを取る。
「こ、小汚い蛆虫共めっ! こ、この私に触れるな〜!」
「キミならアンジェリカがどこに行ったか知っているだろう? どこに連れて行かれた?」
「お、王の御前だ! この私を見逃せばそこまで連れて行ってやる! だからこの私を殺さないでくれ!」
「騎士道の欠片もない奴。私こういう人は嫌いなんだよね」
アイルはため息をつきゴミを見るような目で、乱暴な衛兵を自由にする。
アイルは自分の服を見直し、肩を竦めた。
「王様に謁見するなら、もう少しおめかししなきゃね」
真兎は何を言っているか分からない様な顔をしたが、アイルは悪い笑みを浮かべるだけだった。
・感想
・いいね
・ブックマーク
・評価等
よろしくお願いします。