第12話【逃亡】
ネズミ達は屋根からナイフを振りかざし、屋根から飛び降りる。
「退けっ!」
イブが地面に杖を突き立て、土でドームを作る。ドームの上からナイフが貫通し、真兎の顔の横を掠る。
ネズミ達は素早くドームからナイフを引き抜き、地面に着地して姿勢を低く構える。
「こいつら.........全員一流の暗殺者だな?」
アイルがネズミ達を睨みつけながら、素早く剣を抜いた。
イブは杖を振ってドームを消し去りつつ、ネズミ達の動きを見る。
「一流の暗殺者ねぇ.........僕にはチンピラが灰色の布纏って、おばけごっこしてる様に見えるけど?」
「ネズミと言えば数十年前に一部の国で暴れ回っていた暗殺者集団だよ。魔物を崇拝する邪教だったって話だけど、メンバー全員に賞金が付けられたせいで壊滅したって話だ」
「ならこいつらはマジでおばけって事か? ヒュー、怖いねぇ」
イブは杖をグルグルと回しながら、獲物を定める様にネズミ達を順に観察する。
その瞬間アイルが剣を振り、イブの背後から忍び寄っていたネズミをの一人を真っ二つにした。
「こいつらは人間だ。注意しろ」
「.........ふん、こいつらは僕にやらせろ」
「気を付けろよ」
アイルは一歩下がり、真兎と無口な衛兵を背に置き剣を構える。
イブは鼻歌交じりに杖を振り回しながら、浮き足立った足取りでネズミ達の前に躍り出た。
一流の暗殺者であるネズミ達は、ずっと隙をうかがっていた。いつでも襲えるように脚を溜め、ナイフで首に狙いを定めていた。
だが、一流故に敵を視る実力があった。
「さぁて。マトに対魔術師のコツを教えてやろう」
イブは不気味な笑みを浮かべながら、杖をネズミ達に構える。
一瞬で杖は赤い光を放ち、炎の球が後方にいたネズミに着弾した。
ネズミは絶叫も上げずに、地面に転がり炎を消そうともがき続ける。
「魔術師は中遠距離が得意だ。使う属性にもよるが、基本は距離を空ければ一瞬で魔術の餌食になる」
ネズミ達はその言葉を聞いたのか、素直にゆっくりと歩を進める。
イブとの距離が段々と近付くが、ネズミ達は最後の一歩を踏み込めずにいた。
「だが距離を詰めた場合、魔術師は極端に不利になる」
イブは真兎の方に振り返り、杖を地面に突き立てる。
その瞬間一人のネズミが一気に走り出し、一瞬でイブの喉元にまでやってくる。
ナイフが光り輝き、その首を切り裂こうとした瞬間。
地面から無数の土の棘が飛び出し、ネズミを串刺しにして宙に持ち上げた。
「だが、カウンターを持つ魔術師もいるから注意した方がいいな」
「もっと真面目に戦ったらどうだ。相手への敬意が感じられないぞ.........!」
アイルは少し強めの口調でイブに忠告するが、イブ両手をヒラヒラさせてその意見を無視した。
ネズミ達は分が悪いと判断したのか、それとも実力差を感じたのか。ゆっくりと後退を始める。
「おっと、逃げるなよ」
杖の底で二度、軽く地面を叩くと一瞬で炎の檻がネズミ達を取り囲んだ。
「ッ!」
ネズミの内の一人が壁を蹴り、高く飛び上がり炎の檻を越えようとする。
しかし蓋をするように風の刃がネズミ達の頭上で踊り狂っており、ネズミは全身をズタズタにされて落下する。
「さてマトよ。魔術師が一番真価を発揮出来るシチュエーションはいつだと思う?」
「.........」
「ふん。それは集団戦だ。魔術師の度量にもよるが、大抵は一掃される。こんな」
イブは杖の先端から水の刃を出現させ、グルグルと回転させながら勢いと大きさが増していく。
「やめろっ!」
「ふうになッ!」
炎の檻ごと、射出された巨大な水の刃がネズミ達を両断した。
弾けた水の刃で炎の檻は鎮火し、地面には真っ二つになったネズミ達の死体だけが転がっている。
「ただ魔術師は魔力に頼る故に、持久戦が苦手という弱点もある。覚えておけよ」
「.........惨い」
「惨い? マト。僕達は命狙われてるんだ、これくらい当然だろう」
イブは杖の先に炎を纏わせ、ネズミの死体に火を付けていく。
その瞬間。火を付けたネズミの死体が飛び上がり、ナイフを握ってイブに襲いかかった。
だがイブはまるで予測していたかの様にナイフを避け、手の平をピッタリとネズミの胸にくっ付けた。
「爆ぜろ」
イブの手の中で風が巻き起こり、無数の風の刃はネズミの体を内部からズタズタに引き裂いた。
「チッ、汚れちまった.........」
イブは自分の手に付いた返り血を水で洗い流しながら、大きくあくびをした。
そんなイブの胸ぐらを、アイルが掴み上げる。
「お前.........ッ! 命をなんだと思っているんだ.........!」
「あいにく騎士道や敬意とは無縁な生活をして来たんでね」
「それでも限度があるだろうが.........!」
イブは無言でアイルの胸ぐらを掴み返すが、力が弱くアイルはビクともしない。
「これが僕の命への向き合い方だ。お前にゴチャゴチャと指図される筋合いはない」
「.........っ! キミとはとことん意見が合いそうにないね.........!」
「ふん」
アイルはイブを投げ捨て、燃えて黒焦げになったネズミの死体に跪き祈りを捧げる。
イブはその様子を一瞥だけし、マトに目配せする。
「おいマト、お前そこの奴を殺せ」
「.........え?」
「アイルが最初に切った奴だ。まだ息がある。殺せ」
「な、なんで.........」
「いずれお前も人を殺さなきゃならない時が来る。その時に動けず殺されると僕が困る、今のうちに殺しに慣れておけ」
次の瞬間、イブの顔にアイルの張り手が直撃した。
イブは吹き飛び、地面に倒れアイルを睨みつける。
「殺しを.........そんなに簡単に.........っ!」
「クソがっ........」
イブは顔を背けてフードを深く被り、杖を頼りに立ち上がる。
静かにアイルは剣を抜き、ネズミの首に狙いを定める。
「マト、キミは無理に人を傷付けなくてもいい。キミの代わりに私が手を汚す、キミの事は私が守る」
アイルは剣をネズミの首に突き刺し、ネズミの息の根を止めた。
剣に付いた血を拭い、膝を着いて祈りを捧げる。その所作はどこか手馴れたもので、押し付けがましくも思うその思想は、真兎にはどこか恐ろしいモノに見えた。
「おい.........そこの、マト?」
「あ、はい。真兎です」
後ろから声をかけられ振り返る。
無口な衛兵は壁を支えに立ち上がりながら、大通りの方を指さした。
「音で衛兵が集まってくる.........離れた方がいい」
「分かりました。イブ、動けるか?」
「うっせぇ.........」
イブは顔をゴシゴシと服で拭い、立ち上がる。
アイルは一足先に逃げ道を確認し、真兎に目で合図を送る。
その合図でイブと真兎が同時に移動を始めたが、そんな真兎の腕を無口な衛兵が掴んだ。
「.........私も連れて行け」
「どうしてですか? 衛兵に保護してもらえばいいじゃないですか」
「.........ネズミ共の抹殺リストに載っただろう、私はこの国では生きれない」
「.........じゃあしっかり掴まってくださいね」
「え、ちょ!」
真兎は無口な衛兵をまた抱き上げ、イブの後ろを着いていく。
暗い路地をアイルの案内で進み続け、街の門の一つの前に出た。
「ここから街の外に出れそうだな」
「待てマト、衛兵が門の上にいる。それにあの門の開け方を私達は知らない」
「.........私が開けよう」
無口な衛兵が進み出る。
その足取りはフラフラで、とても一人で開けれるようには思えなかった。
「開け方を教えてくれれば私達でやれる、貴方はまだ安静に」
「この国は.........もうダメだ」
突然無口な衛兵が話し出す。
「君達は無関係だ。今のうちに逃げろ」
「.........あなたはどうするんですか?」
「私はこの国の衛兵だ.........最後までこの国の為に、働かなくてはならない」
言葉を一瞬詰まらせながらも、無口な衛兵は大きく息を吸って走り出した。
門のすぐ側。外壁の内部に入り込み、門がゆっくりと大きな音を立てて吊り上げられる。
「門が開いたぞ!」
「一体誰が!」
「火を灯せっ! 一人も逃がすな!」
外壁の上の衛兵が騒ぎ始め、街中から一斉に気配が集まってくる。
「行くぞマト!」
アイルは先頭を切って門を滑り抜け、次にイブが門を通り抜ける。
人一人分のスペースが開いた門の前に、真兎は立つ。
「おい、.........マト? で合ってるか?」
「はい、真兎です」
門の内側に開いた小さな覗き窓から、無口な衛兵が目だけを覗かせて真兎を見つめていた。
「もし.........もし旅の途中で私の妹に出会ったら、アンジェリカは.........いや、いい。何でもない」
「最後まで言ってください、ちゃんと聞きますから」
「.........この街で居なくなったんだ。でもどこかで出会ったら、家には帰ってくるなと言ってくれ。そこに私はもういない」
「いたぞ!」
門の内側から大量の足音が聞こえてくる。
門が一気に落下し、真兎は潰されるギリギリで街の外に転がり出た。
「行けっ! 逃げるんだっ!」
「貴様アンジェリカ! 何をしていた!」
「街の外に逃げたぞ! 殺してもいい、絶対に逃がすな!」
無口な衛兵の叫び声にも似た声。
それをかき消す様に、ゆっくりと門がまた吊り上げられ始める。
外壁の上には何十人もの衛兵とネズミ達が、松明の光に照らされている。
「凍れ」
イブが涼しい顔をしながら魔術で門を凍らせる。
吊り上がっていた門は途中で止まり、隙間から衛兵達が右往左往している足が見える。
「ぼさっとすんな、逃げるぞ」
「.........あの衛兵さん、大丈夫かな」
「あ? 死ぬだろ。ほら行くぞ」
無理やり手を引き走り出そうとしたイブの手を振り払い、真兎は立ち止まる。
「嫌だ。俺は見捨てたくない」
「はぁ!? 何言ってんだお前!?」
「見捨てたくないって言ったんだ。助けたい」
「.........っ! テメェッ!」
イブは杖を投げ捨て、真兎に掴みかかった。大きく振り上げた拳を真兎の顔面に叩き込むが、真兎は立ったまま真っ直ぐイブを見つめる。
「俺達は助けてもらった。あの人は助けを求めている。なら助けるのは当然だ」
「死ねッ! カスッ! お前みたいな偽善者野郎に付き合ってられるかッ! 一人で勝手に.........死ねッ!」
イブは何度も真兎の顔を殴るが、殴り疲れたイブはフラフラと杖を拾い上げた。
「.........勝手に死ね」
そう呟くとイブはイルテンと真兎に背を向け、一人で逃げ出した。
アイルは大きくため息を吐きながら、真兎に近寄る。
「正直な話、私もイブと同じ気持ちだよ。だからこれから先はマトだけで頑張ってくれ。幸運を祈るよ」
「あぁ、アンジェリカさんは俺が助けるよ」
真兎がそう言うと、アイルは驚いた様な顔をする。
「アンジェリカ.........? あの人は女性かい? 」
「そうだよ?」
「私も助けに行こう。なぁに、騎士道において敵前逃亡は恥だからね」
「クズだ.........」
キメ顔をしながらもう一度アイルはイルテンに向き直る。
「それでも、助かるだろう?」
「あぁ、心強いよ」
「.........そう言えばエルはどこ行ったんだ?」
真兎は周囲を見渡すが、エルの姿はどこにも無かった。
二人は顔を見合わせ、薄暗く不気味なイルテンの街を見た。
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「クソクソクソクソクソ.........ッ!!」
イブはイルテンに背を向け、ひたすらに走り続けていた。
息切れしているにもかかわらず、口からは恨みと後悔の言葉が暴言となって溢れ出す。
「ぎっ.........!」
牧草に足を取られ、イブは海老反りになって転ぶ。
腰を抑えながら蹲り、地面を拳で叩く。
「ねぇ、どうしてにげたの?」
「あぁ!? .........エル、お前僕に着いてきたのか」
エルは空中からイブを見下ろし、小さく首を傾げた。
「どうしてにげたの?」
「.........あそこで戻る必要性を感じない」
「どうして?」
「あのままみんなで逃げれば良かったんだ! なんで戻る必要があるんだ! 知らないどこかの誰かを助ける為に、あんな暗殺者集団に向かっていくなんて自殺行為だ!」
「.........でも、イブはつよいよ?」
「っ! 強さじゃどうにもならない事もあるんだ.........それに、あの二人にも死んで欲しくない」
「しぬよ? ふたりとも、あのままだったら」
エルの一言でイブは顔を上げるが、すぐに項垂れるように頭を下げた。
「死ぬならせめて、僕の見えない所で死んでくれ.........親しい人が僕の世界からいなくなるのは、もう嫌だ.........」
「エルはもどるよ」
「戻って何になる.........あの様子じゃ国ぐるみでネズミを庇ってやがる。ネズミとやり合うのは、イルテン国とやり合う事を意味するんだぞ」
「できるよ。イブはてんさいなんでしょ?」
エルはそう言い残し、すごいスピードでイルテンへの道を戻って行った。
一人取り残されたイブは地面に頭を強く叩き付け、顔をローブの袖でグジグジと掻き回す。
「ふざけんな.........ッ! あんな奴らもう仲間じゃない.........僕には関係ない.........!」
上体を引き起こし、もう一度全力で地面を殴り付ける。
「.........作戦が、必要だ。圧倒的な数と実力.........手を考えろ、僕にはそれを成し得る頭脳がある.........」
イブはフラフラと立ち上がり、またイルテンから離れる様に歩き出す。
しかしその瞳には、先程までとは違い光が宿っていた。