第9話 【左腕】
落ち込んだままの真兎を励ましながら、アイルはイブの後を追いかける。
そんな三人をエルが先導しつつ、エルはあっちこっちと動き回りながら街の中を彷徨く。
「あいつどこに行く気だ.........?」
「エルちゃんが何か感じるって言うから出てきたと聞いたが、もう一時間は迷ってないかい?」
「こっちー!」
エルは民家の壁を通り抜け、向こう側に行ってしまう。
三人は大きく回り道をし、その民家の裏側に出る。
そこはイルテンに来た時とは真逆の門に繋がっていた。
「街の外に出るのか?」
「とにかく、着いて行ってみるしかない!」
真兎は門兵に声を掛け、エルを追いかけて開きかけの門を滑り抜ける。
「あの野郎無茶しやがる.........!」
アイルとイブを置いて、真兎はエルの後を追ってひたすらに走り続ける。
周囲の景色はイルテンに来た時と同じ様なのどかな牧草地帯のように見えたが、家畜も人もまったくいなかった。それどころか柵や民家はボロボロで、まるで戦火の跡を見ている様だった。
「.........こっち!」
「どこ行くんだエル!」
エルは急に方向転換し、何もいない柵で囲まれた飼育スペースを飛び越える。そしてそのままの勢いで、その奥にある雑木林の中に入って行った。
「おい、マト! .........はぁ、はぁ。おま、はぁ.........!」
「体力無いなぁキミ! マト、エルはどこ行ったんだ?」
「あの雑木林の中に入って行った!」
「ゲホッゲホッ! はぁ.........はぁっ! あそ、はぁ.........!」
息切れするイブを置いて、二人は柵を飛び越えエルの後を追って雑木林の手前までやって来る。
地面には踏み鳴らされた道の成れの果てがあり、それが真っ直ぐ雑木林の奥に続いていた。
真兎が雑木林の奥を覗き込むと、そこには小さな木造の民家がありその手前でエルは立ち止まっていた。
「エル!」
「.........」
「枝が邪魔だな.........」
「ぜぇ.........ぜぇ.........ウインドカッター.........!」
イブがフラフラになりながら追い付き、風の魔術で枝葉を切り落とした。
イブは杖を付きながら、親指でサムズアップした。
「凄いなキミ.........」
「ありがとうイブ。アイル、イブを連れて着いてきてくれ」
真兎はナイフを取り出し、まだ通行に邪魔な枝を切り落とし雑木林を進む。
エルは小さな民家の前で立ち止まり、玄関を塞ぐ倒木を見つめていた。
「エル、どうしたんだ?」
「このなか、このなかにいるの」
「誰がいるんだ?」
「.........エル」
「エルが.........?」
真兎は倒木を乗り越えようとするが、倒木のせいで玄関の隙間は人一人が通るには狭すぎた。
そこにちょうど、イブを支えながらアイルが追いつく。
「この中に入ろうとしているのか?」
「あぁ、でもこの巨大な倒木が邪魔で.........」
「うーん、私は固いものを切るのは苦手だからなぁ.........」
「僕も.........燃やすなら出来るが、民家に飛び火するから無理だ.........」
「.........二人とも、周囲を少し見ていてくれないか?」
真兎は倒木に指の先をくっ付け、二人に視線を送る。
イブは少し考え、舌打ちしながら土の壁で目隠しを作る。
アイルは迷いながらも、真兎の目を見て静かに頷いた。
「.........【重力操作】!」
真兎の指先から黒い球が出ると、倒木にぶつかり弾ける。
倒木はゆっくりと地面を抉りながら、横方向に落下した。土の壁に突き刺さると同時に魔術の効果が切れ、巨大な倒木は静止した。
「ふぅ」
「ふぅ、じゃねぇよボケ! 目隠し用の土壁だぞ、それ突破ってどうすんだよ!」
「ごめん! まだ制御が効かなくって!」
イブは真兎の頭をドツキながら、土壁を崩して民家の中を覗き込む。
民家の中は至って平凡な作りで、朽ち果てたテーブルや小さな椅子などが転がっている。
「お邪魔します.........?」
真兎は恐る恐る民家の中に足を踏み入れる。
外壁は木で出来ていたが内壁は石で固められており、妙な圧迫感と伽藍堂な印象を受けた。
「物が少ねぇなぁ」
イブは足元の旅行鞄を足で退けながら呟く。
アイルはそんな態度の悪いイブを叱りつつ、暖炉の上に飾られていた小さな肖像画を手に取る。
「.........どうやらこの男性が住んでいたらしい」
アイルは他の二人に肖像画を見せる。
肖像画には人の良さそうな老人が描かれていたが、どこか目が据わっている様に見える。
「うへ、怖ぇ顔」
「エル、何か感じるか?」
「うぅ.........ここだけど、わかんない」
エルはキョロキョロと周囲を見渡しながら、何かをずっと探している。
アイルはキッチンを探し、イブはもう飽きたのか疲れたのか倒れていたままの椅子に座っている。
真兎は本棚に近寄り、一冊の本をおもむろに手に取った。
「.........これ、もしかして」
本の表紙には『勇者アルタイル』と書いてあり、抽象化された植物や動物達が本をぐるりと囲っている。
真兎はおもむろに本を開く。
「あぁ、勇者伝説の本か。私も幼い頃に読んだ事あるよ」
アイルが横から覗き込む。
集まっている二人に誘われ、イブとエルも本を覗き込んだ。
「僕は最近読んたばっかりだな」
「エルははじめて!」
「勇者伝説とは言うが、中身は物語風だな」
「まぁ大昔の話だからね。今じゃアルタイルの存在も、その話も全て御伽噺さ」
「.........エル、この人に会った事ある気がする」
三人の視線が一気にエルに集まる。
エルはぼうっと開かれたページを眺めている。そこにはアルタイルの姿が挿絵として描かれているページだった。
「そして今、こいつのおかげで御伽噺は現実だと証明されるわけだ.........!」
イブは爛々と目を輝かせながら、本を捲って挿絵のあるページを片っ端からエルに見せつける。しかし、どのページもアルタイルが細かく描写されておらずエルは首を振り続けた。
「クソッ! やっぱり無駄足だった!」
イブはイラつきをぶつける様に本を地面に投げつけ、椅子に座って頭を抱える。
真兎はその本を拾い上げ、本棚に戻そうとする。
「.........ん?」
一冊だけ抜けた本棚の奥。
本来は本棚の背が見えるはずの場所に、石壁が見える。その石壁は他の石壁とは違う材質で作られている様に見えた。
「アイル、この本棚動かすのを手伝ってくれないか?」
「お易い御用だとも」
真兎とアイルは力を合わせ、本棚をズラす。すると、明らかに一部だけ材質の違う石壁が現れた。
「これは.........?」
「.........隠し扉?」
「ッ! どけっ!」
イブが反発入れずに土の魔術を放ち、壁を破壊する。
土煙が立ち上り、それをイブは風の魔術で押し流す。
壁にはぽっかりと人一人分のスペースが開き、その奥に空間と小さな机が見えた。
「ここ.........」
エルが小さく呟く。
イブは駆け出し、その空間に飛び込む。真兎も一瞬出遅れたが、その空間に体をねじ込む。
「どけ!」
「待て、落ち着け!」
「もっと落ち着きを持ちたまえよ.........」
アイルは入口で詰まる二人を踏みつけ、体を折り畳んで小さな空間に入る。
イブが魔術で明かりをつけ、アイルは小さな机を調べる。
「う〜ん、手記しか無いね」
「その引き出しは!?」
「引き出し? あぁ.........中には何も入ってないね」
「.........どけ」
イブが二人をアイルを引っ張り出し、机の引き出しを調べ始める。
杖の先端で机を叩き、何かを確信して引き出しを全て引っこ抜く。
ゴトッ
その瞬間、机の下に何かが落下した。
一瞬で三人は、その何かに視線が集まった。
「.........また箱?」
イブが拾い上げ、おもむろに箱を開く。
「うわっ.........!」
次の瞬間イブは小さな悲鳴を上げ、箱を取り落として後ずさる。
蓋の空いた箱は地面に落下し、その中身が床の上に姿を現した。
「う.........」
「人間の、腕.........?」
そこにはまるで切り落とされて間もない様な、新鮮な人間の左腕が入っていた。
切断面は自然に塞がったのか存在せず、少し伸びた爪や指の造形から女性の腕である事は容易に想像ができた。
「あ〜ん」
「「「ッ!?」」」
次の瞬間、その地面に落ちた腕をエルが呑み込んだ。
だがエルの普通の食事とは違い、そこに腕は残らなかった。
「んぐ.........あぐ.........ごくん」
咀嚼し、腕を呑み込んだエルに三人は言葉を呑み込んだ。
「まちがいない。これはエルの体、だよ」
少し話し方が流暢になったエルが、静かにそう告げる。三人は互いに顔を見合せ、無言でお互いの見た物を確認しあった。
「アルタイル.........むかし、エルをたすけてくれた人」
「やっぱり会った事があるのか!? 実在したのか!」
アイルはエルに飛びつき、その肩を掴む。
しっかりと肩を掴んだイブは、驚きの表情を浮かべた。
「お前.........体が!?」
「ぶはっ」
エルが力んでいた息を吐くと、イブはするりとエルをすり抜けて転んだ。
エルはケロッとした様子でそんなイブを見つめ、くすくすと笑った。
「ちょっとだけさわれるよ、ちょっとだけ」
「あぁそうかよ.........一時的に物体への干渉が可能になったって事か? 便利な奴め.........」
「それで、勇者アルタイルの話をしていたが思い出したのかい?」
エルはその問い掛けに腕を組み、首を捻って唸り声を上げる。
「アルタイル、むかしエルをたすけてくれたの。ころされそうな時に、たすけてくれた」
「神の巫女との出会いのシーンかな? 確か.........あった、ここのページだ」
アイルが勇者アルタイルの本を開き、巫女とアルタイルの出会いのシーンが書かれているページを開く。
そこには魔物によって追い詰められた巫女を、アルタイルが華麗に助け出すシーンが描写されていた。
「覚えているか?」
「う〜ん、たぶんこんなかんじだったと思う.........」
「煮え切らねぇなぁ」
イラつく様な口調で床に座り込むイブだが、その口元は歪んだ笑みが張り付いていた。
「エル、どうして急にアルタイルの事を思い出したんだ?」
「決まってんだろ、あの腕だよ。あれを食った事で記憶が一部戻ったんだ」
「つまり、エルの体を全部集めれば魔王に関して真実が分かるって事!?」
アイルは勢い付くイブと真兎の肩を抑え、二人を地面に座らせる。
「二人とも、エルちゃんを道具みたいに扱っていないかい?」
「違う!」
「僕は元からそのつもりだ」
「どちらにせよだ! エルちゃんが嫌がるのなら、私は二人を止めるよ。それで、エルちゃんはどうしたい?」
「エル、体をさがしたい。エルのこと、もっと知りたい!」
真剣な表情でエルが答える。
アイルは頷き二人の肩から手を離し、両脇にいる二人を抱き寄せる。
「なら私も協力しよう、旅は道連れってね!」
「離せ馬鹿、髪がウザイし妙にいい匂いがして腹立つ」
「エル、俺達が必ず力になるからな」
「うん!」
三人と一体は廃墟の中、妙な一体感を感じていた。
安心にも似た、友情にも似た、そんな暖かな空間だった。
ただ、隠し扉の向こう側。
机の上に転がったままの手記だけが、この空間の中で異様な雰囲気を放っていた事は
エルも含めて、誰も気付かなかった。
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