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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【台本】四人の女

作者: ちゃーりー。

2020年11月に劇団THEわらわ座で上演した「四人の女」の台本を、一部改訂して公開しました。


当時の精一杯が詰まってます。

ト書き少なめに作ってます。


やさし〜い眼差しで読んでくれると嬉しいです!

登場人物


役者A(ダーリャ=オインガ、22歳女性)

  B(レイラ=ゲーフ、16歳女性)

  C(ルフィナ=ヴィステリア、19歳女性)

  D(サンドラ=ソムネーグ、48歳女性)

  E(カロル=デーシ、12歳少年、旧姓オリアス)

  F(ベネデク=デーシ、36歳男性)

  G(ゲーザ=ナヒア、38歳女性)


プロローグ


 此処は、「どこ」でもあって「どこ」でもない。「いつ」でもあって「いつ」でもない。人の思念体は、複雑に絡み合い出来事を形成する。否、形成された出来事を歯車のように噛み合わせ、場所とときを作り出す。そうして追憶の欠片を我々に見せしめるのだ。

 一つのテーブルと四つの椅子。場面によって物体の持つ文脈は変わり、また場所も変わる。石造りの民家、書斎、その他。それらに境目は無く、境目を作り出すのは我々の意識なのだ。



一幕



役者B  ある大陸の山脈の麓。そこには草原の国があった。わたしが小さい頃おばあさんから聞いたの。地図には描かれていない国。ええそうね、これはわたしが、じゃあ夢で見た世界ということにしておきましょう。どうか聴いてちょうだい


Bは役者というペルソナを、レイラのそれに置き換え、語り続ける。


レイラ  あるとき飢饉が起きました。それは三年続いた。人々は飢えに苦しみ、みるみるうちに死んでいった。紛争が起こって


ベネデク  東に位置する州の住民はわが軍の味方につけた


ルフィナ  いいえ。わたしたちは武装蜂起し、ゲリラ戦を展開した


カロル   取り締まりは強化された


ゲーザ   これで我々の統制はより確固たるものに


ルフィナ  また手紙が来てる!ウルグストから


サンドラ  今度はどんな依頼かしら?


ルフィナ  ダーリャ=オインガ様とそのお仲間の皆様・・・なんだまた人手を寄越せって


ダーリャ  何の人手


ルフィナ  さあねまたゲリラでもするんじゃないの


ダーリャ  ちょっとちゃんと読んでよ・・・新しい橋を作りたいから人手が欲しいんだって


レイラ   いつまでに?


ダーリャ  明日


ルフィナ  明日!?


ダーリャ  いいじゃないどうせこのへんごろつきはたくさん居るんだし、納期が短い分たくさん請求できるでしょ


レイラ   どの辺に声掛けます?


ダーリャ  もう手当たり次第、一日二万リク支払うって言えばみんな飛び付くんじゃない


ルフィナ  依頼人が支払えないでしょ、契約が成立しなきゃ意味無いじゃない


ダーリャ  馬鹿ねあんた、その分こっちが貸してやって


ルフィナ  利子で儲ける


ダーリャ  そ~ですよくできました~あんたこの仕事何年やってんのよ


ルフィナ  え~、忘れちゃったあ


ダーリャ  よねん!四年もやってていい加減覚えなさいよ


ルフィナ  ダーリャはもっと前からやってたんだからそこは考えてよ


ダーリャ  わたしもこんな派遣業はあなたたちと組んでからですー、それまでは一人でやってました


レイラ   でもその割にはルフィナより下手よね


ダーリャ  え?


レイラ   ルフィナの方が巧く操れるじゃない


ルフィナ  レイラ、そうやってあたしを持ち上げてくれなくってよろしくってよ


サンドラ  もっと持ち上げてほしそうにしてるわね


ルフィナ  ええもう持ち上げるだけ持ち上げてちょうだい、どうせ今回の人員調達もあたしがやるんでしょう


サンドラ  あなたがいちばん、上手だものね


ルフィナ  聞こえてるダーリャ?


ダーリャ  ええ、とても信頼しているわ


ルフィナ  チッ


レイラ   今回は人を集めるだけ?


ダーリャ  そうねー、ひとまずはそう。こんな土壇場になって依頼してきてるんだし、それなりの覚悟はあるでしょう


翌日。


レイラ   何人集まった?


ルフィナ  とりあえず二千


サンドラ  ゲリラよりも多いじゃないの


ルフィナ  すごいでしょ


サンドラ  みんな暇なのねえ


ルフィナ  ねえもっとあたしを褒めてちょうだいよ


サンドラ  さすがルフィナね


ルフィナ  大変だったんだからもう


ダーリャ  てことはその二千人を使えば政権を倒せるんじゃ?


レイラ   倒してどうするのよ


ダーリャ  天下をとる


レイラ   とってどうするの


ダーリャ  楽しそうじゃない。注目されるわよ


ルフィナ  ダーリャ馬鹿なこと言ってないで指揮とって


ダーリャ  なーによ偉そうに


ルフィナ  半日で二千人も集めたのでめちゃくちゃ偉いです!以上!


ダーリャ  はいありがとう


ルフィナ  全然感謝してねえ


ダーリャ  手紙は返しておきましたー


ルフィナ  どうもありがとうー


サンドラ  ふたりとも仲がいいのねえほんと


ルフィナ  ううんそんなことないわ


ダーリャ  えっ・・・


ルフィナ  ええ?


ダーリャ  かなし・・・


レイラ   ああもういちいち真に受けないの!別段仲良くも悪くもないです!はい!仕事する!明日が期日なんでしょう?


サンドラ  レイラが一番しっかりしてるじゃないの


ダーリャ  はーいリーダーがもっとちゃんとしますうー。ところでその二千人、質は担保されてるんでしょうね?


ルフィナ  流石に全員の身元調査までは手が回ってないけど概ね大丈夫なんじゃない?


ダーリャ  だーかーらそこをちゃんと詰めてほしいんだけど!


ルフィナ  質と量は同時に担保できないのよお姉様


ダーリャ  レイラ、身辺調査お願いできる?


レイラ   規模に依りますね


ダーリャ  何人くらいが要調査?


ルフィナ  三百二十二人


レイラ   それくらいなら多分間に合うかと。ルフィナ、帳簿をちょうだい


ルフィナ  あーはい


レイラ   ちょっと待って早速見つけた


サンドラ  何を?


レイラ   手下


ルフィナ  うーわ・・・


ダーリャ  うーわじゃないわよなんとかできそう?


レイラ   とりあえず照合、先に済ませますね


ダーリャ  お願い

(ダーリャ、溜息)


ルフィナ  人生にはスリルが必要だと思うのよ


ダーリャ  へ?


ルフィナ  あたしスリルがある方が好きなの。騙すときも、留守のお宅から拝借するときも、人を集めるときも


ダーリャ  ・・・そう


ルフィナ  闇市がなくなってちょっと物足りない


ダーリャ  まあ例の「新しい秩序」に、闇市は邪魔だものね


レイラ   とりあえず全く素性が割れない人は五人ですね


ダーリャ  じゃあ申し訳ないけどその五人は今回はパスということで


レイラ   話付けてきます


サンドラ  外、寒いから気をつけて


レイラ   ええ


ルフィナ  つかれたからもう寝とく


サンドラ  ご飯は?


ルフィナ  交渉で外回ってる時にいろいろもらっちゃって


サンドラ  そう、それならおやすみなさい


サンドラ  ダーリャはどうして私たちに声、かけてくれたの?


ダーリャ  何となく?


サンドラ  こうやって四人で組む前は、家政婦だったんでしょう?


ダーリャ  家政婦ったって、なりすましみたいなものよ。ちょっとお金のあるお宅に雇われて、頃合いを見計らって着服する。金目のものだけじゃない。煙草とか麻薬とか、後から換金できそうなもの、とか。それに家政婦はほんの一時期ちょっと潜り込んだだけ


サンドラ  じゃあ、他は?


ダーリャ  忘れちゃったわ


サンドラ  道でラッパ吹いてる人、怪しいと思わなかったの?


ダーリャ  人を見る目はあるのよ


サンドラ  そうみたいね



ゲーザ   我々もまだ十分に安定はしていない。旧貴族五家は完全に潰さなくていいのか。下層民となったことで農民や坑夫とより近づき、反乱を起こすなどということは?


ベネデク  現在元の領土の七割が我々の支配下だ。反乱とてたかが知れているよ


ゲーザ   去年のゲリラは予兆に過ぎないとみているよわたしはね


ベネデク  鎮圧できたじゃないか。それに新聞社と小児学校にはきちんと指導も入れてある。近隣十二州は優遇措置に応じて兵力にもなっているし、じきに統一は実現する。食糧供給はおととしに比べればかなり安定してきたし、交易も再開した。あと三割、北部のあと三割のリーダーが屈すればこの国は統一されるんだ。共和期の残念な最期はまだ記憶に新しいだろ。治安は悪化したしなんなら独立しようとする州まで出現した


ゲーザ   弱小国がたくさん生まれて総崩れってことか


ベネデク  ああ。だからこそ「新しい秩序」を確固たるものにせねば


カロル   ただいま戻りました


ベネデク  お帰り。収穫はあったか


カロル   それが、やっぱり例の三人の消息が完全に途絶えてしまっているんです


ベネデク  ウルグスト地区か


カロル   ええ


ゲーザ   言ったろう北部には曲者が多いって


ベネデク  だが旧五家が関与しているとは思えない


カロル   ナルスをはじめとした共和期の旧貴族たちの動きも調べました。でも完全に行方をくらまして、全くどこにも痕跡がないんです。最初から戦わずして降伏を宣言していたわけですし、亡命したと考えるのが妥当かと


ゲーザ   亡命ね


カロル   ええ


ゲーザ   亡命したなら他国の輩と結んで攻め込んでくる可能性もあるわけだ


ベネデク  あの山脈を越えてか?


ゲーザ   何も北方から脱出したとも限らない。あえて東や西から出て行くこともあるわけだ


カロル   ですが、東は我々の味方で警備を固めてあるはずでは


ゲーザ   所詮は人間のやることさ。漏れはあるし抜け目もある


カロル   そういうものなんでしょうか


ベネデク  だが、仮に亡命したとなるとかれらは惜しいことをしたな


カロル   それはどういうことでしょう


ベネデク  お前だ。磨けばこんなに優秀な探り屋になったのに、よくもオリアスも置いて逃げたものだ


カロル   きっと、邪魔だったんだと思います。僕は当時九歳でした。九歳って、いちばん手が掛かるじゃないですか。小児学校とか見てて思いますけど。本来国を治めていた王家が復活して、かれらは自信がなかったんだと思います。だから一番荷物になる「こども」を捨てた


ベネデク  あまり悲観するなカロル。今じゃ我が陣営で最年少でありながら一目置かれる立派な存在として活躍してくれている。お前を捨てて人質に取らせた度量の小さい没落一族のことは忘れなさい。きっと分相応に下層階級らしく暮らしていることだろうよ


カロル   そうだと、いいです。その方がちょっとせいせいします


ベネデク  とにかく、今日の調査日誌を書いたら金庫に入れておいてくれ。後で確認するよ



ルフィナ  大変だよ橋が崩落したって!作業員二千人のうち七百人が死亡、八百五十人が大怪我だって


ダーリャ  代わりは?欲しいって?


ルフィナ  確認しておくわ


サンドラ  そもそもその橋は、いつが完成予定なの?


ダーリャ  来年の一月よ


サンドラ  来年の一月って、あと三ヶ月もないじゃないの!どれくらい完成してるの?


ルフィナ  けっこうやばいみたい


レイラ   このままじゃ間に合わないって言ってましたね


サンドラ  何でまたそんな無茶な土木工事を?


ダーリャ  ベネデクよ。飢饉で前に治めてた貴族たちの力が落ちたでしょ、それで版図が縮小したでしょ、そこに元の王家の生き残りだか何だか知らないけど、権力を握って、新しいなんちゃらを掲げたでしょ


サンドラ  それで地主たちに土木工事を急がせてるのね


ダーリャ  だいたいそんな感じ。でもほら、この辺の地主は力がないから自分たちだけじゃ人手も集められない。でも集められなかったら土地が没収されてしまう


ルフィナ  ひとまず問題は、崩落した橋の作業人員よ。見舞金なんかは、私たちは関与してないわよね?


ダーリャ  そこまでは


ルフィナ  でも死者が出るような現場だと新聞に載ったら大騒ぎよ、誰も応募しなくなってしまう。人が集まらないとどうにもならない!


サンドラ  新聞


ダーリャ  心当たりでもあるの?


サンドラ  この間新聞社でちょっとトラブルがあって、仲裁に入ったのよ


ダーリャ  報酬は?


サンドラ  まだもらってないわ


ダーリャ  それでいきましょう


ルフィナ  サンドラ助かったわ


サンドラ  まだ何とも言えない、それに三人のこともあるでしょう?


ルフィナ  それは・・・そうね


ダーリャ  今一番気を付けるべきは



ゲーザ   我々の情報部員が殺された。歯も砕かれて全身を炙られていたよ。おぞましいやり方だ。お陰で身元を特定するのにひと月もかかった


ベネデク  ひと月で特定できただけでも大変なことだよ


カロル   犯人までは特定できないものでしょうか


ベネデク  いや。この三人は北のウルグスト地区の橋の建設に携わる過程で、何らかの形で身分がばれて殺されている。まずはそこを徹底的に調べてみれば何か分かるはずだ


カロル   承知しました。まずは洗ってみます


ゲーザ   手口が気になるとは思わんかね?


カロル   手口


ゲーザ   ただ殺されたんじゃない、死体の身元を特定するのに手間をかけさせるようなやり方だ。「分かっている」者のやり方だよ


カロル   じゃあ、ウルグストは僕のような人を雇っていたということでしょうか


ベネデク  それも含めて調査してくれ


カロル   承知しました


ゲーザ   ウルグスト辺境伯も御取り潰しかな


ベネデク  土木作業に必要な人員すら自力で集められないような非力な御仁だとするならばあてにできない。それにもし、スパイややくざ者を雇っていたならばそのような「お貴族様」は残念ながら高貴でないね。正当な手続きを踏んでもらわないと


カロル   仮に


ベネデク  仮に?


カロル   仮に探っている間に犯人が特定できたとしたら


ベネデク  自信があるのか


カロル   いえ、自信というか、彼ら三人は僕の上司でもあり仲間でもありました。だから


ベネデク  カロル、私情に流されて軽率な行動に出るのはよろしくない


カロル   はい


ベネデク  仮にただ一人に絞ることができたとしても法に則って裁く。「秩序」を忘れてはいけない。「秩序」があることでこれから先すべてにおいて有利に物事が進むんだ



ルフィナ  はーい六百万リクです!


サンドラ  すごい稼ぎじゃない


ルフィナ  でしょ?


サンドラ  羽振りのいいおとこたちね


ルフィナ  ねえだからもっとあたしを褒めてちょうだいよ。それに今回は騙したんじゃないの!警戒心ユルユルになったところで頂いてきましたもちろん痕跡は残してません!以上報告


サンドラ  さすがルフィナね


ダーリャ  そうやって若さでかいくぐれるのも今のうちよ


ルフィナ  ダーリャもう一回言ってみなさいよ


サンドラ  そういがみ合わずに


ダーリャ  いがみ合ってなんかない


ルフィナ  だれが一番稼いできているのか、わかった上で口をきいていただけるかしら?


ダーリャ  いやな感じ


レイラ   ふたりとも


サンドラ  今度はどこに行くのかしら、ダーリャ


ダーリャ  まだ


サンドラ  さっき考えてたじゃない


ダーリャ  まだ


ルフィナ  難航してるの?


ダーリャ  うるさい


レイラ   少し休んだら


ダーリャ  いい


レイラ   そう


ルフィナ  今なら混乱に乗じてどこでもできそうなのに


ダーリャ  混乱してるからみんな警戒してるの。ゲリラの後から警備の配置が変わったの知ってるでしょ


ルフィナ  まさにスリルね


ダーリャ  あんたの追い求めるスリルで他の人の仕事が増えてるんだけど


レイラ   まあ、まあ


ルフィナ  むしろダーリャは何を糧にこの仕事やってるのよ


ダーリャ  あんたには関係ないでしょ


ルフィナ  ふう~ん


サンドラ  かなりあるわね


ダーリャ  あんまり使いたくないな


サンドラ  どうして。ここで見栄の張り合いなんてしてちゃだめよ。それに六百万リクもくすねたってことは、それなりにお話が盛り上がったかもしれないじゃないの。ね、ルフィナ?


ルフィナ  サンドラあなたやっぱりあたしのことよく分かってるわ!ニルヤガンっていう片田舎の小さな煙草屋なんだけど、あへんがストックしてあるらしいわ


サンドラ  あへんが?


ルフィナ  だから明日にでも行ってこようかしら


ダーリャ  町の警備の配置、ちゃんとわかってるんでしょうね。その片田舎のあたりのことも


ルフィナ  あたしをなんだと思ってるのよ


レイラ   ルフィナ、あのあたり、また工事してて道が変わってるみたいだけど


ルフィナ  え


レイラ   ほら、これ新しい地図。新しいって言っても二週間経ってるからアテになるか分からないけど


ルフィナ  命拾いしたわ


ダーリャ  なによいっつもスリルスリルってうるさい癖に、命拾いだなんて笑っちゃう


ルフィナ  「浜までは」って言葉、知らないの


ダーリャ  なにそれ


ルフィナ  海に潜って仕事する人も、雨が降ってたって水に浸かるまではコートを着るって意味、で、最後の最後までは最善を尽くせって意味なんだって


ダーリャ  ふうん


サンドラ  誰から聞いたの


ルフィナ  旅人。なんでもこの広い大陸を越えて海を越えて、それで帰ってきたらしい


サンドラ  すごい行動力ね


ルフィナ  ま、というわけで明日、行ってきます


サンドラ  気をつけて行ってらっしゃい


レイラ   あんまり私をあてにしすぎないで頂戴ね


ルフィナ  いつも大変お世話になっておりますレイラさま




サンドラ  ルフィナお手柄ねえ


ルフィナ  偶然よ。案外たくさん蓄えてあったのね


サンドラ  これいくらぐらいになるかしら


ダーリャ  五百三十万から五百八十万


ルフィナ  思ったより安いな


ダーリャ  これでも最高額。あんた、レイラに売らせたって、これ以上の金額は出ないよ


レイラ   六百目指しますよ


ルフィナ  はあ、ワクワクする~


サンドラ  興奮冷めやらないようね


ルフィナ  こんなにあるとおぼれちゃいそうだわ


ダーリャ  なんであんたが使う前提なのよ。これは商品です


ルフィナ  分かってますう~


レイラ   でもいくらぐらいにしとこうかしら


サンドラ  あんまり高く売ろうとして悪目立ちしてもいけないわ


ダーリャ  いろいろ見てみたけど、ここ数日は取り締まりはあんまりちゃんとやってないみたい。あのゲリラの後から本当に人の配置がコロコロ変わってる


ルフィナ  (内心で)誰か来る


サンドラ  市場まで見てないってこと?


ダーリャ  そのとおり。でも確かに悪目立ちは禁物ね


ノック音


ルフィナ  (内心で)ほうら来た


レイラ   どちら様でしょうか


カロル   (声のみ)道を教えていただきたいのです。迷ってしまって


レイラ   どちらへ行かれるのかしら


カロル   (声のみ)泉通りに


レイラ   それなら


カロル   (声のみ)それと、ちょっとだけ恵んで欲しくて


レイラ   何が足りていないの


カロル   (声のみ)その、食料を、すこし


サンドラ  行き倒れ?


レイラ   そう言ってます


レイラ   泉通りでは何をされるんです?


カロル   (声のみ)探している人がいて、どうしても見つけなきゃいけない人がいて


レイラ   分かりました。でもごめんなさい、ほんとうに少ししかあげられなくて。ちょっと待ってね


カロル、家に入る。


カロル  ありがとうございます、ほんとうに助かります。部屋があたたかい


レイラ  ごめんなさいね、これだけしかあげられなくて


カロル  いえ、入れていただいてありがとうございました。あ、そうだ、泉通りへの道は


レイラ  ここを出て北にまっすぐ、道が二手に分かれたところを左に行けば着きますよ


ルフィナ  (内心で)スリル


二幕



カロル   報告します。拠点は北西に二十三マイル、泉通りから南に一マイル、途中で丘を越えて、石造りの民家です。くだんの盗賊であることはほぼ確実とみられます。概観はこのスケッチに


ベネデク  ご苦労。よく見つけた。これから作戦会議に入る。今日はこれでおしまいだ


カロル   承知しました


ベネデク  それと給金を部屋の金庫に入れておいた。確認しておきなさい


カロル   ありがとうございます。おやすみなさい


ベネデク  おやすみ


ゲーザ   失礼


ベネデク  例の一団のアジトとみられる家が見つかった。もう少し調査してから処分を決めるよ


ゲーザ   不逞の輩ども、この期に及んでしぶとく生き残りやがって


ベネデク  そう長くはもつまい。我々には優秀な駒があるんだ


ゲーザ   カロルか


ベネデク  そうだ。カロルは我々随一の探り屋だ


ゲーザ   そんなにうまくいくかな


ベネデク  きみは心配性だね。それに最終的な目標はあの盗賊とやらを潰すことじゃない


ゲーザ   わたしはまずあの一団を確実に仕留めたい。きみの言う「法と秩序」に反しているんじゃないのか


ベネデク  そりゃそうだ、仕留めるのは当然だけど、目標を見失ってはいけない。我々の理想はこの国を立て直すことにあるんだ。まずはそのような小勢力に気を取られたりしないで大きなところから確実に制圧して行かないと。例えばウルグストとかね


ゲーザ   かれも曲者だ。こちらに恭順していると見せかけて裏では何をやっているのかわかりゃしないしな


ベネデク  でも潰してしまうのには時期尚早というところだ。まだ橋ができていない


ゲーザ   今人員が足りていないんだろう?おそらく完成しない


ベネデク  完成しなかったらそれを理由に領地を取り上げるだけ、完成したらしたであの一団を利用した疑いで裁くだけだ


ゲーザ   可哀想なウルグストだ


ベネデク  きみも知っての通りウルグストはこの国の中でも地理的に重要だから、必ず支配下に置きたいところだね


ゲーザ   つまるところ盗賊はまだ放置でいい、と


ベネデク  放置って程じゃないけど、要観察くらいにしておこう


ゲーザ   なるほどね。ところでカロルの給金はあんなに積んでいいのか


ベネデク  そりゃあね。仮にも没落貴族の人質だ、ここを削ってしまったら飼い馴らせなくなってしまう


ゲーザ   蓄えるようなことは


ベネデク  ないだろう。第一、蓄えられるほどは出してないよ



ダーリャ  また例の地主から手紙が来てるわ。納期が早まったからあと倍の人間が欲しいって


ルフィナ  はあ?それそもそも北部の人口把握した上での言い分なの?飢饉で三分の一になってること分かってる?


ダーリャ  さあ


サンドラ  でも、ここで私たちが依頼に応じられなかったら他の地下勢力に仕事が回ってしまうかもしれないわ


レイラ   でも無理なものは無理よ


ダーリャ  どうしよう


ルフィナ  あのさ、この手紙本当にウルグストからのものなの?


ダーリャ  え?


ルフィナ  この間少年が訪ねてきたじゃない。あの少年、ほんとに行き倒れだと思う?


レイラ   わたしは分からなかったわ


ダーリャ  そうじゃないの?


ルフィナ  長年のあたしのカンに依りますけどもね、あの子多分あれよ


サンドラ  恐ろしいことだわ、どうしましょう。ここがばれたってこと?


ダーリャ  要は、ウルグストとわたしたちの関係がばれて、それでスパイが派遣されてきたってことよね。ルフィナは少年のこと、いつから察知してたの?


ルフィナ  そこのドア叩いたときから


ダーリャ  なんで止めなかったのよ


レイラ   わたし、あの子を追ってきます


ダーリャ  できるの?


レイラ   泉通りっていうのも嘘かもしれないけど、でももし彼がわたしたちの監視係になっているならば、この辺りにいるはず。わたしなら見つけ次第仕留めることもできる


ダーリャ  レイラ


レイラ   わたしに任せて。ダーリャは、ここが特定されてしまったのはしょうがないことだから、だから後はみんなを守る最善の手立てを考えて


ダーリャ  分かったわ


サンドラ  レイラ


レイラ   なに


サンドラ  責任を感じすぎちゃだめよ。あなたは身元調査も仕留めるのも、ものすごい力がある。ウルグストとの関係がばれたことに、たしかに少なからずあなたの暗殺が関わっているかもしれない。でも、それで責任を感じて、自分の身を危険に晒すことはやめてちょうだいね


レイラ   わかった。行ってきます


サンドラ  行ってらっしゃい


一同しばしの沈黙。


ルフィナ  別に、おもしろがってあいつの侵入を止めなかったわけじゃないから


ダーリャ  面白がってたわけじゃないの?


ルフィナ  全くそうじゃないかって言われたら否定はできないけど


ダーリャ  面白がってたんじゃない


ルフィナ  そうじゃないの


ダーリャ  じゃあどういうことなのよ


ルフィナ  ・・・


ダーリャ  あんたは人一倍カンが働く。この四人の中ではその能力は突出しているわ。お願いだからそれを自分の欲望のために使わないで


ルフィナ  欲望?


ダーリャ  あんたが「スリル」って呼んでいるものよ


ルフィナ  欲望じゃない


ダーリャ  じゃあ何?


サンドラ  けんかはやめにしましょう


ダーリャ  スリルを仕事の糧にしないで


ルフィナ  あなたには分からないことよ


サンドラ  ルフィナ


ルフィナ、自室に戻ってしまう。


サンドラ  ダーリャ


ダーリャ  なによ


サンドラ  わたしはダーリャ、あなたを信じているわ


ダーリャ  なによ突然


サンドラ  あなたは一人じゃないのよ


ダーリャ  ・・・


サンドラ  もっと自信を持って。ルフィナは、ルフィナの考えがあって動いているし、レイラもレイラの判断があって仕事をしているわ。たまには上手く行かないこともあるかもしれない、決定的に失敗したように見えることもあるかもしれない。でもねダーリャ、みんなあなたの一団を支えるために、その時に選びうる最善の選択をしているのよ


ダーリャ  ・・・


サンドラ  ダーリャ、あなたもそうでしょう。わたしたちに声かけてくれたあの時のこと、思い出して


ダーリャ  うん


サンドラ  誰もあなたを置いて行かないわ


ダーリャ  ほんとうに?


サンドラ  ほんとうよ


ダーリャ  ありがとう



レイラ   カロル=デーシ。あなたのことは調べさせてもらいました。あなたにはここで選択肢を与えてあげましょう。今ここで死ぬか、我々に捕らわれるか、そのどちらか


カロル   武家階級と護衛官以外の者が銃を持つのは掟破りだ。残念だけどきみには僕についてきてもらわねばならないようだ


レイラ   私に手出ししないのね。なんてお行儀の良いこと(銃を突きつけながら接近しつつ素早く首に手を回し、薬品の染み込んだ布を取り出す)


レイラ   あなたにはついてきてもらいましょう


カロル、意識が朦朧とする。


ルフィナ  お帰りなさいレイラ


ダーリャ  よく連れて来られたわね


レイラ   きょうだいを装って馬車に乗ったの。「弟が具合が悪いんです」って。御者と話が盛り上がっちゃって、お上の愚痴ばかり言ってたわ


ダーリャ  御者もそんなことよく口を滑らせたわね


ルフィナ  それでこの子は?


レイラ   カロル=デーシよ


サンドラ  デーシ!?


レイラ   三年前のオリアス家の敗走で彼だけ人質となって、軍の元で訓練を受けていたらしいわね。ベネデクを阻む人たちが処刑されているでしょう?彼が潜り込んで密告して、そうして牢屋送りにしていたみたい。今こうしてぐったりとしている間にも、私たちの話やそれこそ御者の話も記憶に留めてるんでしょうね


ルフィナ  ちゃんと見張っとかなきゃ


レイラ   その点は大丈夫、定期的にこれを嗅がせているからそう簡単に体調は良くならない


ダーリャ  嗅ぎ薬なら馴れちゃうんじゃないの


レイラ   もちろん見張りはするのよ。ここで育ててあげてもよし、オリアスに返すもよし


カロル   その名を口にするな


レイラ   あなた帰りたくはないの?仮にもオリアス家の長男なんでしょ?それがあんな


カロル   おれはデーシ家の子だ。間違ってもオリアスではない


ダーリャ  オリアスに親でも殺されたような口ぶりね


ルフィナ  親がオリアスなんだってば


ダーリャ  だからそういうことじゃなくて


サンドラ  まあ、一時はうちで預かることになりそうね。大丈夫、うちでちゃーんと面倒見てあげるわ


レイラ   あなた、おとなしくついてきたからには訳があるんでしょう。話さなくていいわ。どうせ偵察か何か・・・そういった類のことが目的なのは分かってるから


カロル   この目で見るためだよ


レイラ   何を


カロル   我がデーシの最上とする秩序がどれほど優れているか、そしてその秩序をないがしろにする者がどれほど愚かしいか、この目で見るためだよ


ダーリャ  あんたそんなことのためにここまで来たの?


カロル   そうやって軽んじて見栄を張ってみせても無駄さ。俺は情報部の第一位だ。新聞社へ派遣した検閲部員が買収された、小児学校の監査官たちが何故か立て続けに事故遭って指導ができなくなった、極めつけはウルグストの橋の建設に関わった三人が殺された・・・みんな優れていた、没落したオリアスなどとは違ってみんな高い志と正義で仕事を遂行していた。そして俺もその例に漏れない、この先も続く、何十年何百年と続いていくであろう秩序をこの土地に


ルフィナ  だから結局何よ


カロル   秩序をないがしろにする者どもをこの目で見に来たのさ。北部には問題が多いからね


レイラ   見てどうするの


カロル   報告するんだ。具体的に、詳細に、まるでその場に出向いて直に見たかのような、それくらいの精密さでね。これでも記憶力には自信があるんだ。持ち物を探ったって何も出てきやしない!


サンドラ  お腹空いてるでしょう、みんなでご飯にしましょう。今日は特別なお客さんもいるみたいだし、ね?


ルフィナ  じゃあ今の話をまとめると、ベネデクは北部を貶めることで相対的に地位を上げておいて、検閲官は金に弱くて監査官は危機管理がなってなくて情報部は人が減って困窮してて、この子だけで何とか持ちこたえてるって感じなのね


ダーリャ  ひどいまとめようね


ルフィナ  しかもこの子第一位なんでしょ?ここで死んだらどうするつもりだったの?


カロル   俺は死なない


ダーリャ  その根拠のない自信私にも分けてほしいくらいだわカロル


カロル   気安く呼ぶな


ルフィナ  ねえあなた、あなたは何のためにベネデクに仕えてるの?


カロル   秩序をより確固たるものにする、その手伝いのためさ


ルフィナ  おとうさんとおかあさん、心配してるよ


カロル   オリアスの話もするな


ルフィナ  あなたは良いように使われてるだけじゃないの?


カロル   使われてこその存在意義だ


ルフィナ  なんて客体的な!


カロル   俺はまだ年端も行かない、駒のようなものさ。だが捨て駒ではない、駒として使われてこそ価値を上げいずれはこの国の父となる!


ルフィナ  あ、そう


カロル   まあきみたちには分からないだろうけどね


サンドラ  どっちでもいいわ、スープ冷めちゃう


ダーリャ  あなたオリアスのこと大嫌いみたいだけど、ひとつだけいいこと教えてあげるわ


カロル   聞いてやろうじゃないか


ダーリャ  三年前にオリアスは戦わなかったでしょう?なんでだか知ってる?


カロル   力を前に恐れおののいたんだろう


ダーリャ  それもあるかもしれない。でもね、それだけじゃない。長く続く飢饉で人々が苦しんでる時に、政治闘争の内乱なんかやらないのよ。あのとき既に、人口はもとの半分もなかった。食べる物がなくて、みんな死んだ


カロル   ・・・


ダーリャ  飢饉は植物の伝染病が原因だった。でもそれはまだその頃、分かってなかった。しかもまさか病気になった植物を食べた動物にまで影響するとも思われてもなかった。いつまで続くか分からなかった


ルフィナ  あたしの家もね、潰れちゃったのよ。しかも嫁に出されるはずだった先の家も潰れちゃって、破談したの。昔はあたしとサンドラとレイラは教会で楽器演奏してたんだけど、楽団も解散した。二人とは闇市で偶然、別なタイミングで再会したのよ


レイラ   二人暮らししてた頃あったわね


ルフィナ  そうそう


サンドラ  はじめは盗賊なんて誘われて言葉も出なかったわ、ね、ダーリャ


ダーリャ  サンドラのラッパを聞いてたら仲間になりたいと思ったの。でもあなたそのあとすぐ、楽器売っちゃったでしょ?ちょっと残念だった


サンドラ  生きていくのに精一杯だったわ。実はあのときあなたが聞いてた曲、レクイエムなのよ


ダーリャ  え


サンドラ  私の娘、まだ若かった私の娘に届くように


ダーリャ  そうだったんだ


サンドラ  でもあなた見てたら、ちょっと娘のこと思い出して。熱心に聴いてくれるあなたのために吹いてた節もあるかもしれない


ダーリャ  それは良かった


ルフィナ  あ、ね、カロルあなたも食べないの


カロル   食べない


レイラ   意地っ張りなんだからもう


カロル   俺は、俺はオリアスに売られたんだ。オリアスは俺を置いて逃げた。人々を想ったかどうか知らない。でもオリアスは、俺を置いて、人質に取らせて逃げたんだ


ルフィナ  うそ


サンドラ  それは違うはずよ、ねえ


ダーリャ  ええ。聞いてた話と違うわ


カロル   え?


サンドラ  町で噂になったわよね、オリアス家の長男が自分から脱走したって


ルフィナ  ね


カロル   え・・・?


ルフィナ  泣きながら走ってどこかへ行ってしまったって


ダーリャ  あなたその時いくつ?


カロル   九歳・・・


ダーリャ  いろいろありすぎて記憶が混濁してるんじゃないの?


カロル   そんな、そんな


ダーリャ  わたしホシヨノゴルの市場でお金徴収して回ってたとき聞いたもの


レイラ   わたしもその時はそう聞いてたはずよ


カロル   うそだ



レイラ   ねえ、あなたほんとに何日も食べないのね


カロル   なめてもらっちゃ困るよ


レイラ   育ち盛りなんじゃないの?十一歳?十二歳だっけ?


カロル   十二


レイラ   ほら、行き倒れのフリしてうちに来たときはパン食べてたじゃないの。ほら


カロル、しぶしぶ受け取る。

レイラは洗った食器や小物を片付けたり部屋を整えたりしている。


カロル   ねえ


レイラ   ん?


カロル   もともと楽団だったんでしょ


レイラ   ええ


カロル   なんで人、殺すようになったの


レイラ   ・・・


カロル   親が死んだから?その腹いせ?


レイラ   合ってるけど間違ってるわね


カロル   間違ってはないんだ


レイラ   わたしね、ロザリオは捨てたの


カロル   ?


レイラ   神さまを信じてた。毎日、朝晩神に祈りを捧げて、ああ今日も良き一日となりますように、とか些細なことで不満を抱く未熟なわたくしをどうかお導きください、とか、祈ってたの。でも神はわたしから両親を奪った。最初は、これは神が与えた試練なのかもしれないと思うことにしてみた。でも、だめだった。楽団も解散したし、ほら、わたしオルガンだから、解散したらどうすることもできないの。サンドラやルフィナはトロンボーンだったから、また話が違うのかもしれないけど、オルガンじゃ、どうすることもできないの


カロル   それで殺し屋になった、と


レイラ   うーんちょっとそれじゃ短絡的ね。それで、信仰を捨てることは同時に、悪魔からも解放されるってことなんじゃないかと思ったの。神なんて最初からいなくて、わたしが勝手に信じてただけで、それと同じで悪魔もいなくて、それで、見えてるもの全部、嘘なんだと思うようになった


カロル   ・・・


レイラ   殺したって何も感じない。ただわたしたち一団の邪魔になる人を、その物語から消しているだけ。それだけなの


カロル   そう


レイラ   ここにいると守られてるって感じがする。神を信じてた頃よりも、もっともっと現実的で、でも全部が嘘で、嘘なんだけど、その嘘までをも包み込んでくれるような、そんな安心感があるの


カロル   そう


レイラ   あなたは


カロル   ?


レイラ   オリアスを探したりはしないの?いや、その、軍の調査としてもさ


カロル   オリアスは知っての通り行方をくらまして、いまは相手にされてない


レイラ   どこかで政府の様子をうかがって、作戦を立ててるかもしれないの

に?


カロル   むかし調べた。でも、どんなに探しても見つからなくて、しかも降伏してるし、ってことで打ち切りになった。今は探してない


レイラ   そうなの


カロル   ねえ


レイラ   ?


カロル   どうしてそんなに、おれを甘やかすの?何を企んでるの?情報?おれはここにいてどんなに優しくされようと南東軍の情報を漏らすことはないし、寝返ることもないしここを出たら全部上に報告するつもりだ。なのに、なんでそんなに優しいの?


レイラ   優しい・・・?


カロル   そうだよ


レイラ   別に、優しくしたり甘やかしたりしてるつもりはないんだけど


カロル   いやいや


レイラ   四人暮らしが五人暮らしになったってだけ


カロル   え


レイラ   もちろんあなたが簡単に逃げ出さないようにこうして見張っているわけだけど、でも別にあなたから南東軍の情報を得ようとか、そういうのはちょっと違うかな


カロル   ・・・あ、そう・・・


レイラ   でも難しいものよ。長くいられちゃこっちも偵察されるし、かといって返すわけにもいかないし


カロル   そうだよな


ルフィナ  レイラ、交代よ。奥にメモと・・・いろいろあるから確認してちょうだい


レイラ   わかった


ルフィナ  ねえあなたいつまでいるの?


カロル   え?


ルフィナ  ここを抜け出してやる!って豪語してたじゃないの。ねえ、いつ帰るの?


カロル   十分に偵察が終わってからだ


ルフィナ  へえ~あんたいま仕事中なのね!


カロル   うるさい



ダーリャ  それでは完売を祝して、乾杯!


サンドラ  まさか売りつくせるとは思ってもみなかったわ


ルフィナ  しかも最高額よ、いくらとは言わないけど


レイラ   ちょっと、仮にも人質の前で具体的なこと言わないでよ


ルフィナ  ええ、何がいくらでどうなったかなんて言わないわ


カロル   どうせ転売だろ。闇市が消えたと思ったらまた秩序を乱すようなことを


ルフィナ  言っとくけど闇市無くなってないわよ


ダーリャ  形式が変わっただけよね、実際


ルフィナ  飢饉が収束して、中流になった人たちがお店を構えて取引してるから、まあ厳密には闇市ではないけどね


カロル   ふうん


サンドラ  いいワインね


ダーリャ  でしょう?こういう時はぱあっと気晴らししないとね


サンドラ  あなたも飲む?


カロル   いいよ


サンドラ  ワイン、とってもおいしいわよ


カロル   いらないよ


ルフィナ  あ、毒見が必要?そういう感じ?


カロル   だから


ルフィナ  はい、これ


カロル   ・・・


サンドラ  ワインは?飲んだことは?


カロル   ない


サンドラ  じゃあ、一度飲んでみるといいわ。これがおいしいワインの味よ


カロル   ・・・(少しためらうが、飲む)へえ


サンドラ  おいしいでしょ


ダーリャ  あ、ねえねえ、鶏のグリル、そろそろかしら


サンドラ  まだ早いんじゃないの


ダーリャ  見て来る!


ルフィナ  一番はしゃいでるじゃないの


サンドラ  いいじゃない、おちゃめなリーダーってことで


ダーリャ  まだもうちょっとだった


サンドラ  でしょうね


カロル   ねえ


レイラ   ん?


カロル   もう一杯、ほしい


サンドラ  まあ!この子ワインの味を覚えちゃったわ


ダーリャ  しょうがないわねもう一口だけよ


カロル   うん


席が一番近い人が一口注いでやる。カロル、無言で飲んでいる。


ルフィナ  ねえそういえば次の仕事決まりそう?


ダーリャ  だーから今ここでその話をしない!


ルフィナ  決まったか決まってないかだけ言ってくれればいいのよ


ダーリャ  それも含めて全部機密情報です!後ででいいのよ後でで


ルフィナ  はーい


レイラ   ルフィナ、そうやって日常にスリルを求めないの


ルフィナ  ばれた?


レイラ   お見通しです


ルフィナ  あ~残念


ダーリャ  何がどう残念なのよ・・・


サンドラ  ねえ、なんか、ちょっとグリルの様子見てきた方がいいんじゃない?


ダーリャ  あ!!!・・・ねえ怖いから一緒来て


ルフィナ  しょ~~~~~~~~~~~~~がないわねえ~


サンドラ  わたしも見に行った方がいいかしら


ダーリャ  できればお願い


レイラ   わたしはここにいるわ


ダーリャ  うん、お願い


台所の様子を見に行く。

レイラ、静かにワインを味わっている。


カロル   レイラ


レイラ   なに


カロル   レイラ、前に五人暮らしって言ってたよね


レイラ   そうね


カロル   おれのこと、あの三人と同列に見てるってこと?


レイラ   うーんそういうことでもないけど


カロル   じゃあどういうこと?


レイラ   ・・・うーん・・・


カロル   ねえレイラ


レイラ   え?


カロル   おれとレイラは、似てると思うんだ


レイラ   そうかしら?


カロル   似てるよ、たぶん


レイラ   そう?


カロル   前に、全部嘘みたいって言ってたじゃないか


レイラ   ええ


カロル   おれもそう思うんだ


レイラ   ・・・え?


カロル   おれも、いまの自分が本当の自分じゃないような気がするんだ


レイラ   わたしが言ってたのはそういうことじゃなくて


カロル   ねえレイラ、おれと親しくして


レイラ   ・・・?


カロル   レイラ、一緒に居たいんだ


レイラ   ・・・


カロル   前に本で読んだことがあるんだけど、これって、こういうのが恋って言うのかな?


レイラ   ・・・


カロル   ねえレイラ?


レイラ   いいえ


カロル   え?


レイラ   それは、ちょっと違うと思うわ


カロル   え、でも


レイラ   違うわ


カロル   ・・・そう


レイラ、ワインを飲み干しグラスを持って退出する。

カロル、取り残される。



ベネデク  裏切り者には制裁を


カロル   ・・・


ベネデク   心当たりはあるよな?


カロル   ・・・


ベネデク  お前は一番信用があったのになんだこのざまは


カロル   ・・・


ベネデク  何か言え


カロル   申し訳ありませんでした


ベネデク  あれだけ長居していたんだ、報告書は書けるな


カロル   はい


ベネデク  報告書に虚偽があったら今度はただじゃおかない


カロル   はい


ベネデク  詳細な報告書がすべて書き終わって二週間、それまで謹慎処分だ


カロル   ・・・


ベネデク  お前はまだ若いから残念な結末にはしたくない


カロル   ・・・はい


ベネデク  間違いは許されない。不逞の輩に魂を売っているようじゃあこの国を統べることはできない


カロル   ・・・申し訳ありませんでした


ベネデク  期待しているよ


カロル   ・・・はい


報告書を作成するカロル。報告書に虚偽はないが、その分日々がありありと思い起され、つらく苦しい。時折唸りながら、報告書を書き上げる。


カロル   できた・・・できた・・・・


カロル、気持ちの整理がつかない。


カロル   報告します。件の盗賊は女四人で暮らしており、リーダーはダーリャ=オインガ、家政婦はサンドラ=ソムネーグ、暗殺はレイラ=ゲーフ、窃盗と詐欺と人足集めはルフィナ=ヴィステリアでありました。リーダーは六歳より工場に売られ住み込みだったものが十二で逃亡して泥棒となり、飢饉のあとに流行した闇市で、従来教会楽団員だった残りの三人に団結を呼びかけたものです。現在の北部には、中流と化した元下層民が闇市に近い組織を形成し、煙草や麻薬といったものを流通させ、時に食料や生活用品を独自に流通させていました。下層民同士の支え合いは強固であり、なおかつ秩序の定着を阻む大きな勢力としてこの盗賊が挙げられることは間違いないものと考えます


ベネデク  ご苦労。では二週間の謹慎だ。その間、しっかりと勉強するように


カロル   父上


ベネデク  何だ


カロル   秩序って何ですか?我々の目指す国の立て直しとは、一体なんですか


ベネデク  お前


カロル   わからない、もう何も分からない!


ベネデク  お前


カロル、ベネデクが近づいたそのとき、素早く急所にナイフを刺す。

ベネデク、不意を打たれナイフを避けられない。

少しの乱闘の末、ベネデク、動けなくなる。


カロル   おれはカロル=オリアス


ベネデク  許さん、許さんぞ


カロル   もう会うことは無いでしょう。さようなら、ベネデク=デーシ


カロル、ナイフの血を撥ね飛ばし、速足で去る。

ベネデク、息絶える。

ゲーザ、ベネデクの亡骸を発見する。


三幕



ダーリャ  とにかく目立たない格好がいいわ


レイラ   移動するなら夜のうち


拠点としていた家を出る。


ダーリャ  この辺は山道だから、こっそり静かに通れば警官にもばれない


サンドラ  ベネデクが死んだって、ほんとうなの?


ダーリャ  ベネデクが死んだのなら今誰がトップなのよ


ルフィナ  二番目の人らしいわ


ダーリャ  二番目?


ルフィナ  冷徹で地に足ついててベネデクの片腕だったって


サンドラ  軍の情報はどこからも漏れてこないのに


ダーリャ  カロルすらも結局何も漏らさなかった。流れたのは私たちや北部の情報だけ


ルフィナ  それとベネデクの血もね


サンドラ  誰がそんなに詳しいの


ルフィナ  この間逮捕されたホシヨノゴル市場の管理人


レイラ   あの人捕まったの!


ルフィナ  もうホシヨノゴルも自由ではなくなったわ。なんだか適当な嫌疑をかけられて、地主たちだけじゃなくて管理人たちも取り調べを受けているみたい


サンドラ  なんてこと


ダーリャ  山はきっと私たちを守ってくれる。今夜はここの山小屋で夜を明かしましょう


サンドラ  あの家も捜索されているかしら


ダーリャ  恐らく。でも大事な記録は全部持ってきているから心配することはないわ


レイラ   ランプも消して、月明かりで十分


サンドラ  ここはウルグストから山を 1 つ越えたの隣にある、オランリーシュ


ダーリャ  ウルグストやホシヨノゴルと違って、まだ目をつけられていないはず


ルフィナ  オランリーシュにも取引先はあるわ。ちょっとそこを頼ってみましょう、利害は衝突してこなかったから。貸しを作ることにはなるけれどしょうがない


レイラ   あの石造りが恋しいわ、暖炉がないのね


ダーリャ  あったって火なんか点けらりゃしないわよ


レイラ   不安だわ


ルフィナ  らしくないじゃない


レイラ   嫌な気分がするの


ルフィナ  それはどういう気分なの


レイラ   わからない。わからないけど、とにかくみんな離れないでいましょう


ダーリャ  もちろん、誰も置いていきやしないわ。明日になったらまた移動して、新しい拠点を探すのよ。オランリーシュの地図はある?


レイラ   ええ、持ってるわ。でもこれひと月前のものだから、変わってないかしら


サンドラ  変わってたって、道は聞けば大丈夫


ルフィナ  怖がってちゃ始まらない


ダーリャ  とにかく進むしかない


レイラ   眠れないわ


サンドラ  しっかり休まなきゃ


レイラ   眠っている間に人が来たらどうしよう


ルフィナ  レイラあなたどうしてそんなに不安なの?ほんとうにらしくない


レイラ   わからない・・・


ダーリャ  用心はしておきましょう。交代で眠ることにしたらいいわ


サンドラ  そうしましょう


サンドラ  それから 2 ヶ月間私たちは、ほとんどが山地であるオランリーシュを転々とすることになった。追っ手はすぐそこまで迫って来ていた


ダーリャ  「新しい秩序」にやくざ者は要らない


ルフィナ  明確な答えだった



ゲーザ   今日こうしてあなた方各部署長を集めたのは重要な通達があるからだ。私が招集をかけているというところから違和感を覚えている者もいるだろうが、その違和感は正しい。ベネデクは疲れがたたり体調不良を催し、一か月間静養することとなった。その間私が指揮を取るようにと仰せつかったので、この 1 か月間は私の指揮に従うように。そしてもう一つ。この場にいないことからも分かるとおり、情報部長のカロルが脱走した。これは我々への裏切りとみなし厳正に処罰すべきと考えている。各部署、予定外の人の出入りや動きなど、手がかりになるものがないか徹底的に確認しすべて漏れなく報告すること



カロル   ごめんください


サンドラ、静かに様子を窺う。


サンドラ  あなた、え?


カロル   すみません、入れてください


サンドラ  カロル


カロル   そうです


サンドラ  なんの御用かしら


カロル   それを話すので、入れてほしいんです


サンドラ  どうしてここを?


カロル   すごく、探しました


サンドラ  そう


サンドラ、カロルを入れてやる。


サンドラ  引っ越したのに。よく見つけたわね


カロル   探すのは、得意なので


サンドラ  あまり顔色が良くないようね


カロル   軍を抜け出してきました


サンドラ  ええ?


カロル   父を、ベネデクを殺しました


サンドラ  まあなんてこと


カロル   あんまりよく、覚えてません


サンドラ  無理に思い出そうとしなくていいわ


カロル   はじめに帰った後、報告書を書いて、あ、だからごめんなさい、この一団のことは、すべて話してしまった


サンドラ  あなたの仕事だったものね


カロル   怒らないんですね


サンドラ  どうやってここまで来たの?馬車じゃ来られないでしょう?


カロル   はい、馬車だと足取りも掴まれてしまうので、歩いて


サンドラ  遠かったでしょうに


カロル   おれのこと、疑わないんですね、嘘ついてるかもしれないのに。ほんとは偵察に来たのかもしれないのに


サンドラ  おとなに嘘が通用するもんですか


カロル   はい


サンドラ  ちょっと待ってて


サンドラ、ダーリャを呼ぶ。


ダーリャ  ちょっと、あんた・・・!


カロル   お久しぶり


ダーリャ  なんで来たのよ


カロル   たぶんすぐに追手が来ると思うから、それを知らせに


ダーリャ  どういう意味?


カロル   おれははじめに軍に帰ったときの報告で、ここでのことをすべて言ってしまった。すべて、詳細に、だから、その情報をもとに探しに来ると思うんです。引っ越したのはおれの報告より後だからその分時間は稼げていると思うけど、軍の掲げる「秩序」を乱す存在として、掟に背いた存在として、すぐに追って来ると思う


ダーリャ  なんてこと


カロル   だから、早く逃げて


ルフィナ  ただいま戻りました・・・え?


カロル   はは


ルフィナ  あんた生きてたのね


カロル   え?


ルフィナ  噂になってたわよ、ベネデク=デーシが配下に刺殺されたらしいって。未だに軍は否定してるみたいだけど、どうやらほんとらしいとか、もういろいろ


カロル   そのベネデクを殺したのは、おれなんだ


ルフィナ  あなた・・・ねえ何で?あれだけこの国の父になるんだとかなんとか言ってたのに、どうしてそんなことしちゃったの?


カロル   自分でも分かんない、でも、おれはあの場所にいるべき人じゃなかった。ベネデクは本当にたくさんのことを教えてくれた、彼の同僚のゲーザはおれに探り屋としての価値を与えてくれた。でも、おれはやっぱり駒だったんだ。軍に都合の良い、オリアス家の人質だったんだ


ルフィナ  そう・・・


カロル   愚かでした


ルフィナ  一つだけ聞いておきたいのだけれど


カロル   ?


ルフィナ  レイラから話は聞きました。大丈夫、わたししか知らない。今ここにいるのは、そういうことじゃないわよね?


カロル   それはもちろん


ルフィナ  本当に?


カロル   本当に。ただ、危険だってことを伝えに来た、それだけです


ルフィナ  そう


カロル   はい


サンドラ  どうしましょう、北部もそろそろ行くあてがなくなってきたわ


ダーリャ  そうね、最近オランリーシュも警察が多くなったわ


ルフィナ  ねえカロル、あなたただでここに来たわけじゃないわよね?


カロル   ええ、もちろん。地図はありますか


サンドラ  ええと、はい、これ


カロル   まず、はじめにあなた方がいたマクローフィル、ここは地主が恭順を申し出て、今は完全に支配下にあります。そして隣のウルグスト、ここはあなた方とのつながりを理由に直轄地になっています。そしてオランリーシュだけど、こんな風に山と谷で囲まれてるから少しずつ中央の警察を派遣して土着の自警団と連合して様子を探っているみたい。おれのことを捜索する口実で時期にオランリーシュも支配下に入れるつもりです


ルフィナ  ほんとに北部はもう逃げ場がないのね


ダーリャ  それでカロル、あんたはどうするの?正直あたしたちと一緒に行動すると大所帯になって見つかりやすくなると思うんだけど


カロル   そのことなんですけど、おれは以前の指導者だった貴族たちを探しに行くことにしました。特にオリアスを


ルフィナ  あんだけ嫌ってたのに


カロル   おれはまだベネデクやゲーザから教わったことしか知らない、思想も信条も、善も悪も。だけどあなた方を知って、世界って広いんだなって思った。ので、できるかは分からないけど、オリアスを探すことにします


ルフィナ  そう。あなたならきっとできるわ


カロル   もし見つけて帰ることができたら、もう一度、いろんな人たちを救う国にします。昔はそうだったんでしょう?


サンドラ  ええ、わたしも若いころはたくさん助けてもらったものよ。わたしたちは、あなたを応援するわ


カロル   ありがとうございます。僕も皆さんの無事を祈ってます。あ、でもあんまりヤンチャはしないでくださいね


ダーリャ  はいはい、バレないようにちゃんとこっそりやるからあんたには迷惑かけないわよ


カロル   まったく・・・では、もう行くので


サンドラ  もう少し待ってればレイラも帰ってくると思うけど


カロル   いいんです、もう行くことにします


ルフィナ  そう


サンドラ  気をつけてね。どうかご無事で


カロル   ええ、ではみなさん、ありがとう、さようなら



ダーリャ  若いっていいわねー、あの身軽さと機動力


ルフィナ  それよりも、これからわたしたちどうするって話よ。そろそろ正体隠してここにいるのも危ないってことよね?


ダーリャ  わたしもう分かんないわ


ルフィナ  ちょっとダーリャ


ダーリャ  だってずっと泥棒だとか潜り込みだとかそういうことしかやったことないんだもの。四人分の運命なんて決められない


ルフィナ  あなたリーダーじゃなかったの


ダーリャ  そうよ、そうだけれども


ルフィナ  だったらそこはバシッと決めてよ。あたしより人生経験もあるでしょ。あなたの決断に従うわ


ダーリャ  うーん・・・


サンドラ  山を越えるってのはどう?


ダーリャ  あの山越えるの!?というかあなたが越えられないでしょう体力的に


サンドラ  わたしはここに残る


ダーリャ  ・・・


サンドラ  三人で越えてらっしゃい


ルフィナ  サンドラ


サンドラ  私はこの国に愛着があるの。もう五十年近く住んできたのよ?私はここで生まれて、ここで育って、娘もここで生まれて死んで、まあ州は違うから厳密には「ここ」ではないけど・・・わたしはこの国にいたいの。ね?


レイラ   ただいま


ダーリャ  ・・・レイラ、よく聞いて


レイラ   どうしたの


ダーリャ  今夜ここを出ることにしたわ。わたしと、あなたと、ルフィナの三人で


レイラ   三人?サンドラは?


ダーリャ  ここに残ることになった


レイラ   どういうこと?


ダーリャ  さっきカロルがここに来て、いろいろ情報をくれたの


レイラ   ・・・


ダーリャ  だから


レイラ   でも、そしたらサンドラが危ない目に遭う。わたしたちはいつだって四人でひとつだった


ルフィナ  あたしはダーリャとサンドラの決断に従うわ


レイラ   ・・・


ダーリャ  どうする?三人で、山を越えるか、それともここに残るか


レイラ   ・・・決められない


ルフィナ  気持ちはよく分かるわ。でももう夕方、出発するならそろそろ決めないといけない


レイラ   ・・・わたしは


ダーリャ  うん


レイラ   わたしはこの四人で一緒にいるのが好きだった


ダーリャ  わたしもよ


レイラ   でももうそういう訳には行かないのね?


ダーリャ  そうよ


少しの時間が経過する。


レイラ   分かった。一緒に越えるわ


サンドラ  あなたには未来があるわ。きっと、いい未来が待ってる


レイラ   ええ。でも、四人でないのなら、わたしは一人になる


ダーリャ  レイラ


レイラ   この四人だから盗賊として強く在れた。このバランスと空間と空気が好きだった。だから四人でないのなら、わたしは一人になるわ


ルフィナ  あたしもそれには賛成ね。サンドラもレイラも居ないんじゃあ、こう、「一団」って感じでもなくなるし


ダーリャ  ・・・置いて行かないで。わたしを置いて行かないでよ


レイラ   ダーリャ、これはそういう運命よ。オランリーシュに来てからずっと何かを感じてた。これがその予感だったのかもしれない


ルフィナ  ・・・


レイラ   ルフィナ、楽団の頃からずっと、ありがとう。あなたのこと、忘れないわ


ルフィナ  ちょっと、お別れするのは山を越えた後でしょ、今そんな湿っぽいこと言わないでよ


レイラ   それもそうだけど、わたしの心は決まったから、言えなくなる前に言っておこうと思って


ルフィナ  もう・・・


レイラ   ダーリャ、彷徨ってたわたしに声かけてくれてありがとう。なんか、まさか自分がこうなるとは思ってもみなかったけど、あなたのおかげで生きてこられたわ


ダーリャ  ・・・


レイラ   忘れない


ダーリャ  ええ


サンドラ  ねえみなさん。山を越えたら、もう盗賊はやめにしましょう。レイラの言う通り、四人だったからできたことでもあるし、そもそも、良くはないのよ。何もなかったあのころとは違う、手段は手段だったけど、こうしてある程度のお金を手に入れて、いっときは暮らせるでしょう。山を越えたら向こうはよその国。グリチャーフカ公国っていったわね。新しい土地で、また一からやり直してちょうだい。


ダーリャ  でも、わたしこういう生き方しか知らない。小さいころ工場に売られて抜け出してなりすまして奪って・・・そういうのしか、知らない・・・


サンドラ  大丈夫よ。あなたたちはみんなまだ若い。ダーリャは文字も読めるし人を見る目もある。レイラは体力と知識があって聡明ね。ルフィナは行動力があるし人に好かれるのが上手よ。みんなまだやり直せる。新しい場所で、この四年半とは違ったやり方で、人の役に立ってちょうだい


ダーリャ  ・・・わかった


ルフィナ  スリルもそろそろ飽きてきた頃だしね


ダーリャ  飽きるのはまだ早いわ、警察に見つからないように山を越えるっていう最大のスリルが待ち受けてるわよ


ルフィナ  そうだった!


ダーリャ  そうと決まれば出発の準備ね。さっきレイラが買ってきた食糧は


サンドラ  わたしの分はいいわ


ダーリャ  え?いらないの?


サンドラ  足りなくなったら自分で買いにも行けますよ。三人で分けて


ダーリャ  サンドラ本当にありがとう


レイラ   大体荷物はまとまってるわ。このところ引っ越しばっかりだったんだもの


ルフィナ  ほんとに


ダーリャ  準備できた?


ルフィナ  大丈夫


レイラ   わたしも


ダーリャ  じゃあもう出発ね


ダーリャ  サンドラ、愛してるわ


サンドラ  ええ、わたしも愛してるわダーリャ


ダーリャ  四年半のあいだ、お世話になりました


サンドラ  こちらこそ。さあ、さっさとお行き


ルフィナ  きっと新しい人生も成功させるから、遠くから見守ってて


サンドラ  ええ。もちろん


ルフィナ  ありがとう。さようなら


サンドラ  どうかあの若い 3 人をお守りください



夜である。

サンドラ、部屋の中をゆっくりと歩き回り、色々なことを思い出している。ひとしきり思い出して、椅子に座る。今度は盗賊が結成される前のことが思い出される。娘が餓死したこと。楽団でトロンボーンを吹いていたこと。解散した後も、道で演奏して生計を立てていたこと。楽器を売ってしまった時のこと。祈りを捧げているかもしれない。

明け方になった。


ゲーザがドアをノックする。


サンドラ  はあい


ゲーザ   ゲーザ=ナヒアといいます。心当たりはおありですね?


サンドラ  あなたがゲーザさん


ゲーザ   ここを開けてください


サンドラ  ええ、ちょっとお待ちになって


ゲーザ   お一人ですか?


サンドラ  ええ。残りの 3 人は、市場に出掛けてしまいました


ゲーザ   あなたはサンドラ=ソムネーグ、間違いありませんね?


サンドラ  ええ、そうです


ゲーザ   身分を証明できるものは?


サンドラ  ええと、あ、楽団時代の団員証なら。もう古くなっちゃってるかもしれないけれど


ゲーザ   結構。それと、カロルという少年に心当たりはありますね?


サンドラ  ええ、彼のことは知ってるけど、でも具体的なことは何も分からないわ。あなたのところのスパイだったんでしょう?


ゲーザ   そうですが。まあいいでしょう。ではついてきてください



ルフィナ  ねえ、あたしこの山越えたら旅人になろうと思うの


レイラ   スリル満点でしょうね


ルフィナ  グリチャーフカ公国のことをよく知りたいの


レイラ   向いてると思う


ダーリャ  わたしは修道院にでも入ることにする


ルフィナ  え!?


ダーリャ  とりあえず役には立つでしょ。それに衣食住が保障されてる


ルフィナ  ほんっとそういうところよ


険しい道を登り続ける。

そのとき朝日がぱあっと差し込んだ。

レイラ、一人祈りを捧げる。


ダーリャ  さあ、ここを越えたらそれぞれの道ね


ルフィナ  じゃあね、いろいろありがと


レイラ   お元気で、じゃあね


役者E   この国と、四人の女たちに関する記述はここで途切れていた



役者A,B,C,E ある大陸の山脈の麓


役者B,E,F  そこには「国」があった


役者A,D,G  地図には描かれていない国


役者C,D,F  名も無き国、名も無き人々


役者A    日々を生きていく



終幕

2020/09/17 記す

2023/09/01 改訂

2023/09/11 投稿

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