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そのために生きていく




 はくの家のリビングでブーと一緒にテレビを見る。

 ブーは豚のぬいぐるみ。初等部低学年の時にお店で一目惚れした子。

 あの頃僕は話すことも、自分でトイレに行くことだってできなかったけど、でもブーを見た時、お母さんに何度手を引っ張られても、頑なにその場を動かなかった。

 初めて見た時から大好きだったんだろうな。

 豚って言っても実物の豚をテレビで見た時全然違うじゃんって思ったよ。

 何というか・・・豚の特徴的な鼻に、白くてふわふわの毛、フォルムは長方形っぽくてとにかく可愛い。

 いつも一緒。ご飯食べる時も寝る時も。お風呂と台所は頑なに一緒に行こうとしないけど。



 僕は自分の家で絵を描いたりすることもあるが、大抵は白の家にいることが多かった。

 元々親同士の仲が良く、お隣さんで一軒家を建てたが、僕のお父さんは海外出張、お母さんもどこかへ行ってからは、僕は白の家でご飯を食べたり、寝たりすることが多くなった。

 


 僕はお母さんがいなくなった時、寂しいとかあんまり思わなかったけど、でもブーはしょんぼりしていた。

 お母さんや甘えられる人がいないって、可哀想だから家にいる時はずっと一緒にいてあげることにしてる。

 


 お父さんとお母さんは卒業式に来てくれるかな。

 もうすぐだけど・・・。でも、僕がいない方が、お母さんは幸せになれるのかな。

 忘れちゃった方が、いっそお母さんのためになるかもしれない。

 僕はお母さんが辛かったの知っている。

 学校の授業参観で、病院の待合室で、他の元気な子と僕をいつも見比べていた。

 自分を責めて、毎晩こっそり泣いていた。

 遠くにいるお父さんに電話で「もう頑張れない」って何度も話していた。

 どうすることもできずに、財布も携帯も何もかも持っていくことなく、家から出ていった。

 今どこにいるか僕にはわからないけど、白のママは知ってるみたい。


 

 初等部5年生の劇の後、僕が犬飼永遠になったとき、白ママはいろんなこと教えてくれた。


「今の永遠なら理解してくれる。そう思ったから、話したいことがあるの」


 白ママはすごく言葉を選ぶように、僕にお母さんたちのことを教えてくれた。


「永遠のお母さんもお父さんも、すごく弱い人。お母さんはね、今病院にいるよ。永遠はさ、なんとなくわかってると思うけど、発達障害とか知的障害とか、いろんなハンディキャップを持って生まれたから、お母さんはそれ全部自分のせいだと思ってるんだ」


 知ってる。


「お父さんもね、仕事だからしょうがないけどさ、一回も休みに帰ってこないでしょ。わからないんだ。永遠との距離、図りかねてるんだ。離れてた時間が多くて、余計そうなってるんだよ。でも永遠のお母さんが入院する時、ちょっと日本に帰ってきてたんだ。お父さんはお母さんにすごく謝ってたし、お母さんもお父さんに何度もごめんって謝ってたよ」


 二人が仲良しさんなのは僕も知ってる。ずっと支え合ってきて、ずっと一緒にいたかったのに、出張が決まって、ようやく学校に慣れ始めた僕のために、別々で暮らすことを選んだんだ。

 

「二人とも永遠のこと大好きだよ」


 僕はお父さんの顔もお母さんの顔もうろ覚えだけど。


「大好きだからこそ、一緒にいると苦しくなっていったんだ。馬鹿だよね、今の永遠、ずっと見たかったはずの姿なのに」


 白ママは僕の肩を抱きながら大きなため息をついた。


 弱さか・・・。


_____罪を犯すことは弱さだ。自分を落ち着かせることができること、自分が間違っていないか問い直すことができること、犯した罪を反省すること、もう二度と過ちを犯さない覚悟、それで罪の重さが変わる。それができないことが弱さだ。誰もが弱さを持っている。だから誰でも罪を犯せる。特別なことじゃない。弱さがみんなを不幸にする。だから誰よりも弱い者に手を差し伸べなければならないんだ。そういう社会にするために____


「僕、一人でも平気だよ。お母さんに言って。お父さんと一緒に行って!海の向こう、僕のこと一生忘れていい!きっと自由になれるよ。苦しいなら逃げちゃえばいいんだよ。それは、何も悪いことじゃない」


 そう言う社会にするために、僕のこの「寂しい」は無かったことにしよう。


「……永遠は強い。誰に似たんだか。永遠の強さのほんの少しでも、あの二人にあったら良かったのに……。よし。今の言葉そのまんま伝えるわ。でも永遠、忘れないで。永遠は一人じゃないよ。これからうちの子だよ。私や白がずっと一緒にいてあげるからね。絶対我慢しちゃダメだよ」



 あれから本当に、一度もお母さんは帰ってこなかった。

 僕が自分で言ったんだけどさ。

 いつかまた、会えたらいいな。

 ブーは僕の腕に顔をさする。

 僕が抱き上げるとブーは安心したように、少しして寝た。






「中等部の制服買ってないだろ、教科書買ってないだろ、今日提出の書類まだ白紙でカバンの中だろ?永遠、そこに正座」


 白は僕の部屋で鞄を漁りながらそう言った。


「まだ初等部卒業してないんだけど」

「うちの学校せっかちだからな。内部進学生はもう締め切ってんだよ。あーあ。これとか1年前が提出期限じゃん……」


 新しい教科書をしまうために、初等部の教科書とか不要なものを捨てにきた白は呆れまくっていた。


「母さんに永遠の部屋掃除してこいって言われてんだよ。そしてこの有様か」

「僕もうすぐ中等部!楽しみ!」

「俺も高等部かー。最悪俺の制服で行けばいいか。教科書も俺のあるじゃん。なんだ解決だな」

「卒業式はもうすぐそこ!」

 

 カレンダーは何年も前の七月で止まっているので、白が剥がしゴミ袋に詰める。


「いるものといらないものに分ける。いらないものはゴミ袋。いるものはいい感じに収納。オーケー?」

「オーケー!」


 僕らが片付けしている間ブーは押入れから出てきた昔の映画を黙々と見ていた。


「ずっと思ってたけど、何でぬいぐるみが動いてんの?たまにブーって鳴いてるし」

「燈くんの力はぬいぐるみとか死体に魂を宿すことができるんだよ!」

「それ劇の中の話だろ。お前いい加減現実を見ろ」


 ブーは白の顔に飛びつき抱っこをせがむように張り付く。


「現実見てなかったのは俺の方だった……」


 白はブーを顔から引き剥がし、抱き抱えながら昔使っていたおもちゃをゴミ袋に入れていく。

 ブーはちょっと邪魔になってでも誰かに抱っこしてもらいたい願望があるので、よく白パパが新聞を読んでいる時や白ママがテレビを見ている時を見計らい抱っこしてもらいに行っている。白には四六時中付き纏っていた。

 最初は僕の前でしか動かなかったが、最近は勝手にテレビ見てたり日光浴してたりソファで寝てたり、今では自由そのものだ。


「いいじゃん!どんな魔法だって神様からの贈り物だもん!」







 そういえばあの頭突きの日から神様と会うことは無かった。美術部に入り浸り、みんなと遊んだり、燈くんと遊んだりする日々だった。

 もうすぐ初等部の卒業式だ。

 初等部から中等部にエスカレーター式に繰り上がるので、顔ぶれの変動はあまりないが、校舎と、制服がセーラーから学ランに変わるので、卒業感は少し出ていた。

 卒業式の答辞は燈くんに一任された。毎年主席がすることになっている。人望もあり、尚且つ誰よりも老成した人格の持ち主なので、決まった時はやっぱりなとみんな思っていたに違いない。

 卒業式の練習で授業も無く、絵を描くのに集中できる日々だった。みんなに上手って言ってもらえるのが嬉しくて、もっと上手く描きたいと言う気持ちでずっと描いていられた。


 放課後に答辞の練習で残る用事があると燈くんが言っていたので、僕はこっそり覗きにいったり、一人誰もいない空き教室で指輪の力を研究することも多くなった。動物や虫にはなれない。鳥になって空を飛びたかったが、残念だ。



「告白イベントやるっきゃない!」


 あらしくんとまことくんは最近恋バナばかりだった。


「きゃー!どうしよう!!なんて言う!?アイラブユー!?」

「ウォーアイニー!?」


 それを側から聞くみやびは「ふつーに好きって言えよ」と呆れていた。


「みんな好きな人いたんだ。燈くんは?」


 今日は燈くんの家のリビングでみんなで駄弁っていた。僕の質問に燈くんは「いないよ」と答えた。


「よかったー。僕だけいないのかと思ってた。恋について劇では教えてくれなかったしさー」

「お前はあの劇で構成されすぎ。あんなの極端すぎだし、もっと世界を知れ」


 雅のその言葉は確かにその通りなのだが・・・。


「じゃあ好きって何!?僕が神様をかっこいいって思うのとブーのこと可愛いって思うのも恋?」

「違う」

「燈くん大好きなのは!?」

「絶対違う。それは友達としての好き」

「白への好きは!?」

「家族だろその人。そうだ。お前女の友達いないじゃん。そこからだわ」


 恋とは出会いから始まるようだった。

 確かにクラスメイトとは普通に話すが、教室以外で話したことはなかった。


「嵐くんはどうして真里亞まりあちゃんのことが好きなの?」

「永遠のエッチ!そんなの恥ずかしくて言えない!」


 嵐くんはちっとも恥ずかしくなさそうにそう言った。


「誠くんは……誰が好きなの?」

れいだよ!言わせんな!」

「何で好きってわかったの!?」

「……永遠さん……。人には言葉で伝えられないこともあるんですよ……。それは例えば自転車の乗り方。あんなん乗れたもん勝ちですからね。そして恋。これもまた乗っちゃったもん勝ちなんですよね……」


 僕は雅の方を見た。よくわからないから通訳を頼みたくて。


「別に周りに合わせて恋しなくていいよ。お前は絵でも描いてろ」


 見放された。

 

「どうせ僕は何もわかんないよ……」


 卑屈になっていると燈くんがチョコレートを口に入れてくれる。


「楽しみだね。告白していい返事が返ってくるといいけど、振られたら高等部卒業するまで笑い物だしさ」


 燈くんのその言葉に誠くんと嵐くんは「それを言うなー!」とダメージを受けていた。


「あらあら。カップルで学校のイベント過ごすのもいい思い出になるわよ。勇気出して頑張ったら?」


 燈ママがお洗濯物を畳みながら話に加わる。


「おばさんとおじさんも暦学園だったんですよね。その時からの付き合いなんですか?」


 誠くんの質問に燈ママは「そうそう!懐かしいわぁ。私は高等部から入ったんだけど、修学旅行の前に告白されちゃってね」と楽しそうに話す。


「燈!これだ!」


 誠くんが閃いたように立ち上がる。


「答辞の時全校生徒の前で告白しちゃえよ!絶対忘れない思い出になる!」

「誰に?」

 

 燈くんには好きな人いないのにね。


「答辞楽しみにしてたけど……それだとお母さん恥ずかしくて卒業式見にいけないわぁ」

「安心して。僕にそんな度胸ないから」


 フラれたらそれこそ高等部卒業するまで一生笑い物だ。


「永遠ならできちゃうよなぁ!度胸の塊だもんなぁ!」


 嵐くんのその言葉に「確かにな」と同意する雅。


「みんなの前に立つとか無理!僕はもう何も知らない子供じゃないんです!人前で緊張するっていう気持ちを知ってしまったんです!」

「その割には授業で積極的に挙手して堂々と間違えるけどな」

「あれはボケだよ」


 嘘です。本当は自信あって手を挙げてます・・・。


「授業に笑いは必要ないんだよ。お前は知らないだろうがみんな笑い堪えるのに必死なんだよ。この間嵐なんて半分漏らしてたし」


 その言葉に嵐くんは「半分なんてもんじゃない!びしゃびしゃよ!保健室で先生に「あれ君6年生だよね……」って言われた俺の気持ちわかるぅ!?」と嘆く。

 その気持ちはわからないけど。


「僕も緊張しちゃうかな。答辞の練習してるけど、永遠みたいに堂々と話せるか心配」


 僕が一瞬チラッと練習を見た時は全然余裕そうだったけど。


「ていうかつまらんかったわ。毎年それ聞いてるってことしか言わないし。劇じゃないんだ、別に自分の言葉で話したっていいんだろ?」


 雅は誰に対しても本音だ。

 つまらないなんて・・・。僕は燈くんが壇上に立ってるだけですごいと思ったのに。


「なるほど。それで告白か……」


 燈くんはそう言い何かに納得したようだった。

 なるほどってなんだろう。

 燈くん告白するの?

 僕燈ママじゃないけどそんなの恥ずかしくて見れないよ!


「面白いもの見せてくれよ。次の舞台の主役はお前だぜ、燈」


 雅ハードル上げるのやめてあげてよ!って思う反面、僕も燈くんのかっこいいとこ見たいかも・・・。







 結局みんなに僕が諸星久遠だってこと言ってない。今更感っていうか、多分みんな感づいてるし、もう言わなくてもいいんじゃないかとすら思っている。

 初等部高学年になると、この指輪に関連する噂が飛び交うようになった。

 この学校にはアーティファクトが存在する。

 アーティファクトは人智を超えた力を宿す装飾品だ。

 昔中等部で血まみれの教室が発見された。誰の血なのか、はたまた人騒がせな悪戯だったのか、真偽はわからないが、その教室は封鎖され、もう使われていない。

 噂は色々あるが、僕が今記憶しているのはこのくらいだった。

 そして人智を超えた装飾品には心当たりがあった。この指輪だ。

 アーティファクトの噂は中等部に上がる僕らの期待と不安を煽るために誰かが流した噂に尾鰭がついているのだろうとクラスメイトが話しているのを聞いたが、何があっても僕も持っているなんて言うことはなかった。

 約束さんだからね。



 卒業式当日、体育館に向かう前にあかりくんが机に突っ伏していた。寝ているようだった。昨日の晩緊張して眠れなかったのか、ただ眠いのかわからなかったが、点呼で先生に呼ばれた時、顔が赤く、気分が悪そうだった。先生も心配し、とりあえず保健室に行こうと言い二人は教室を後にした。その後二人は戻ってくる事はなく、副担任に連れられ、僕らは体育館に行くこととなった。

 僕は体育館に行く列の中を抜け出し、保健室へと向かった。

 保健室のドアは半開きとなっており、そっと覗くと眠っているあかりくんがベッドに横たわっていた。


「残念だけど、仕方がない」


 先生と保健医の先生の言葉だけで、その言葉の意味を知るには十分だった。確かに、無理してやることなんてない。

 でも僕は、燈くんが選ばれたことに喜んでいたことを知っている。そして燈くんの家族もまた、喜んでいたことを知っていた。だからこそ、みんながどうしようもない、仕方がないと思ったとしても、僕にはそう思えなかった。

 頑張って練習してたのに、何度も居残ってたのに。



_____「神は与えるし奪う。そこに明確な合理性があるかなんて人が図れるものじゃないかもね」



 神様、意地悪・・・?



 なんのために燈くんにこんな試練を与えるんだ。

 今まで頑張ってきたこと、できずに終わっちゃうなんて・・・。


_____「そのステージすら立てずに消えていく人もいるんだよ……」


 燈くんは消えたりしない。

 僕がそうしてみせる。



「代わりに次席の九道くどうみやびに頼みますか?」

「もう30分もありませんが……一宮の答辞を読み上げ、ちょっとしたアドリブを入れるくらい、あの子ならやってのけてくれるでしょうね」

「さすがレグルスクラスのボスだ」


 白羽の矢は雅にたったようだ。


 先生に呼ばれ、体育館近くの部屋で一人答辞のカンペを読んでいる雅のところに行く。


 僕の顔を見て、「今遊んでやる時間ねえぞ」という。こんな時でさえ切羽詰まっている様子がない。雅にとって、こんなこと朝飯前なのだろう。


「その役、僕に譲ってくれない?」


 雅は少し驚いた顔をしたが、笑って僕に台本を渡した。


「代わりに読みたいのか。いいけど、怒られても知らないぞ」


 みんなの前で話すなんて緊張する。あの劇は本物の緊張なんて知らなかったから平然とたてたんだ。でも今は知ってる。

 怖い。でも……。

 僕は一宮燈となる。指輪の力で。

 彼の答辞の練習を、こっそり見ていたからわかる。

 彼は練習でハキハキと、メリハリをつけて、そして元気に言っていた。


「僕、燈くんに沢山助けてもらったから、今度は僕の番が回ってきたと思うんだ」


 指輪は煌々と光っている。


「行ってこい。今のお前になら任せられるわ」



 卒業式。僕の親は来ないだろう。でもちょうどいい。僕としては参加できないし。

 卒業生の中に混じって燈くんとして座る。先生に気づかれないかドキドキだ。

 周りのクラスメイトは気づいて、知らないふりをしてくれているようだった。

 卒業証書授与はクラス代表として雅が受け取り、校長や教頭の祝辞の間、僕は気が気じゃ無かった。

 

「答辞。卒業生代表一宮燈に変わり、代理、九道雅」


 雅の名前が呼ばれる。

 雅は立ち上がる。


「はい!……と言いたいところだが、次席はお呼びじゃないみたいだ」


 その言葉に会場がざわつきだす。


「答辞!卒業生代表、一宮いちみや燈!」


 雅のその言葉に僕は立ち上がる。

 やれ!この役を買って出たのは、他の誰でもない僕だ!


 ___僕らはもう自分で自分の道を決める権利がある、もう何もわからない子供じゃないんだ。どんな結末も自分の始末の範疇でなくちゃダメだ。


 僕は一宮燈だ。燈くんの努力がなかったことになるのは嫌だ!


「はい!」


 僕が登壇しようとするとき、嵐くんと誠くんは小声で「頑張れ、永遠!」と言った。

 僕がどんな姿でも、わかっちゃうんだな。

 だってこの指輪の魔法、もう秘密じゃないんだもん。



「今日、この日を迎えられたのは、育ててくれた両親、いつも見守ってくれた先生方、共に切磋琢磨した仲間たちがいたからです。初等部で過ごした日々は、僕にとって宝物です。友達ができるか不安だった入学式。みんなで作り上げた5年生の劇。あの劇で、僕はこの世界の残酷さを知った。でも、強さの象徴である犬飼永遠を思い出せば、どんなものにもぶつかっていける心強さを得た!中等部に入り、また新たなことに挑戦し続けたいと思います」


 燈くんの台本を一言一句なぞる。僕のこと、書いてくれてた。嬉しい。

 そうだよね。犬飼永遠なら、どんな人にだって、立ち向かっていける。


「きっと全てのことに意味がある。今まで生きてきた中で苦しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと全てに。最後にはその意味に気づけるように、僕らは学び続けなければならない」


 僕らは小児がんで死んだあの子と同じ歳になった。そして超えていく。彼は最後にわかっただろうか。それとも何もかもに理由をつけるのは傲慢なことだろうか。理由がなくたって、僕らは本能で生きられる。死を怖いと思えるのだから。お腹が空いたと思えるのだから。


「挑戦することでできなかったことができるようになる。やったことで自分は何が得意なのか知ることができる」


 違うかも知れない。やっぱり生きていきたいと、目標を持って生きるのと、何もせずただ目の前のハードルだけを超えていくだけの日々では、きっと何かが違うはず。


「その先に自分が何になりたいか、夢を見つけることができると思う。その道のりの途中で感じる全てにも、きっと意味があると信じます」


 その時が来る。その時にまだ、僕は何もできない犬飼永遠を言い訳にしないように、僕は挑戦し続けなければならない。認めよう。一宮燈となっている今でも、僕は犬飼永遠であることを。ここでみんなの前で話せたのなら、僕はきっとあかりくんにも全てを言えるはずだ。できない理由などどこにもありはしない。


「みんなと一緒の6年間は本当に楽しかったです。中等部でもよろしくね!」


 あかりくんが言いそうなことを最後に言って締めると、会場からたくさんの拍手があった。


 終わってみるとあっという間だった。でも膝がガクガクしてきた。これは僕なのか。それともあかりくんでも流石に大勢の前だと緊張するのか。わからないが、気持ちは晴れたままだった。


 その後先生が保健室から抜け出してきたのかと慌てた様子で駆け寄ってきた。僕は「ごめんさない!なんか治ったと思ったから」と適当なことを言ってトイレに行くと逃げた。


 その後無事に卒業式は終わった。

 あかりくんは教室でクラスメイトたちと話していた。寝て本当に良くなったのか、熱も下がってケロッとしていた。答辞は意外と知らず知らずのうちに彼のストレスになっていたのかも知れない。


「さすが燈!完璧な答辞だったなー!」「劇の話持ち出すのは笑ったけどな!あれ親からのクレームやばかったらしいじゃん!子供にさせる話じゃないって!」「先生たちびっくりしてたよ?答辞は代理で雅に決めてたのに、急に登壇するんだもん」「でも良かったね。感動しちゃったよ」

 というクラスメイトたちからの反応に、あかりくんはポカンとしていた。あかりくんはクラスメイトたちの反応を見つつ、それに合わせた反応を見せていたが、僕の方をチラッと見て、笑ってみせた。


 僕は雅に「やるじゃん」と言われ、嵐くんは「君たちやることえげつないなー。見てるこっちがハラハラしたわぁ」と安堵し、誠くんは「あの劇、きっと全部永遠のために作ったんだな。お前が今日立ち上がるために」と言った。


「どうかな。でも、みんなの中に今でも『真鍮と金』があるのは、きっとみんながあの世界にちゃんと生きてたからだよね」






 その後燈くんと二人で公園に行った。初等部の低学年の頃からよく諸星久遠と遊んでいた、あの公園だ。


「今日ね、不思議なことがあったんだ。卒業式の前に、僕気持ち悪くなっちゃって、保健室で寝てたの。起きたら体が楽になっててさ、教室に行ったらみんな、僕に最高の答辞だったよっていうんだよ?こんな魔法みたいなことある?」


 指輪が僕の手からまだ離れていなくてよかった。

 そしたら今日僕は燈くんになれなかった。燈くんの前で、僕が諸星久遠だという証明をすることが出来なかった。

 指輪が煌々と光る。

 きっと今の僕は、燈くんにとって諸星久遠として見えているだろう。


_____これは僕から打ち明けることだ。


 そう思ってからこんなに時間がたってしまった。


_____いつかその時が来る。その時を気長に待つことにする。


 僕、今ならあの時なかった強さを持ってるよ。


「きっとその一宮燈は指輪をしていたんだろうな。この魔法の指輪を」







 


 家に帰るとご馳走だった。

 白の中等部卒業、僕の初等部卒業。

 ケーキと肉と寿司。


「やばーい!!」


 ブーもめっちゃ喜んでる!ケーキに飛び込んじゃいそうな勢い。


「プレゼントもあるのよ!はい!これが永遠の!」


 僕は白ママから両手に収まるくらいの箱を受け取る。


「何かな〜!」


 僕はリボンや包みをビリビリ破く。

 ブーは白に抱っこされながら中身が何かワクワクしていた。


 中にはブーより小さい豚のぬいぐるみが入っていた。

 『卒業おめでとう。永遠大好き』と手書きで書かれたメッセージカードと一緒に。


 お母さん、僕のこと、忘れていいって言ったのに。


「よかったな」


 白が僕の頭をポンポンと撫でる。

 ブーは自分より小さいこの子に寄り添い頬を擦り寄せていた。


 きっとこの子がブーを一人にしない。

 僕もそれが嬉しかった。


 小さい子豚は何かが宿ったかのようにムクッとこちらを向き、「プー」と小さく鳴いた。


______僕は淡い期待はしない主義だ。


 永遠なら、いつかまたお母さんとお父さんに会えるって、思わないんだろうな。


______できるところまで、できることからやっていくんだよ。


今二人が僕にできることは、プレゼントをくれるところまでってところなのかな。


でもいつかまた、会えたらいいな。


「そうだね」




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