あなたが僕の神様だ
机の下、ない。ベットの上、ない。制服のポケット、ない。リビングのテーブル、ない。洗面所、ない。
学校の机、ない。ロッカーの中、ない。ジャージのポケット、ない。落とし物ボックスの中、ない。
隣の家の兄ちゃん、白の家・・・。
「なーーーーーーーい!!」
ソファで横になりながらテレビを見ている白が起き上がる。
「何が無いって?」
「指輪!僕がいつも着けてるやつ!」
「あの高そうなやつか。最後につけてたのはいつだよ」
「さあ……」
「ちゃんと探したんだろうな」
「家も学校も白ん家も探した!無いのー……」
白はあたりをチラッと見渡し、「新しいの買いに行こう」と5秒で諦めた。
「あれは特別な指輪なの!徳川家康にもなれる魔法の指輪なの!」
「天下取りたいなら生まれる時代を間違えてるぞ」
「どうだっていいよ!天下取ったらなんだよ!面倒ごと抱えるだけじゃん!」
「面倒を楽しむのが乙なんじゃない?」
「だったら僕の指輪もっと探してよ!」
白は白の家を真面目に探してくれたがそれでも無かった。
白の家のお手伝いさん、つみきママに聞いても見ていないと言った。
僕の家ももう一度白と探したが無かった。お父さんもお母さんも初等部4年生から一度も帰ってきていないので、間違えて捨てたりとかも無いはずだ。
「仕方ない。明日学校を探すか」
「今から今からー!!」
「今からー!?」
白は半ギレだったが、白は文句を言いつつ夕暮れどきに二人でまた登校した。
暦学園は敷地面積がめちゃデカい。校門から校舎に行くまで分岐する道がいくつかあり、僕は初等部低学年の時かなり迷子になった。初等部に行きたいなら噴水があるところで真っ直ぐに行く。中等部に行きたいなら噴水の左、薔薇が植えられている花壇を真っ直ぐ進む。高等部は噴水の右側、百合が咲いている道を進む。
白に100回は言われたので流石に覚えた。
僕らは噴水を横目に初等部の方に進む。
「というか、あの指輪初等部1年からずっと着けてるよな。おばさんにもらったのか?」
「あれは天の恵み」
「……泥棒?」
「違うよ!」
「なら天が返還を求めてんじゃん?お前にはもう必要ないだろ」
「そんなこと……!指輪がなかったら僕は犬飼永遠でいられないよ!」
「じゃあお前は今なんなんだよ」
「え…………」
__________「幕が降りたらこの舞台は終わりだけど、永遠の人生はまだ続くよ。そのことを忘れないでね」
確かに、僕は指輪がなくても僕だ。声もでる。焦る気持ちも、不安な気持ちも、何もかも持っている。
指輪は僕の手を離れた。それは、僕にはもう必要ないから?
指輪が無かった時できなかったこと、今は全部できる。
僕は、神様に犬飼永遠をもらったんだ。
「帰ろう!」
「お前喧嘩売ってる?」
「帰る帰るー!お腹すいたー!」
「指輪はいいんだな!?」
「神様今までありがとー!僕もう大丈夫!かっこいい大人になっちゃうぜ!」
「お前は……。毎月病院行って薬もらってやっと癇癪鎮まったり、寝れなくて泣いたり、発作起こしたりで大変だったのに……いつの間にかキッパリそれがなくなったと思ったら今度はこんな面倒ごとに巻き込まれるようになるとはな」
「白おんぶー!」
「いやこれ抱っこ!おんぶしてほしいなら後ろに飛びつけ!」
白の背中から見る景色は僕の見る景色より高い。
空はもう真っ暗。だけどワクワク。まん丸のお月さんがこっちを見てる。
「今夜は魔法使いの世界に行ける日だ!」
「それ死ぬやつだろ」
「真鍮と金は先生が作ったオリジナル作品なんだよ!クラスメイトはみんな言ってた。先生闇深すぎるって」
「初等部の奴らまでそう思ってんなら相当だな」
白は高等部の校舎の方に向かって歩いている。
「帰り道間違っておられる?」
「急がば回れってやつよ。理事長室にいるじいちゃんに家まで車で送ってもらう寸法よ」
高等部の校舎は初めて入った。長い廊下。でっかい柱。中庭。劇中の校舎はここをモデルにしたんだろうな。
「ピカピカの校舎!いろんなところに絵が飾ってある!なんか……すごい!あの絵の近くに止めてくれ!」
「俺はタクシーなの?」
見れば見るほど引き込まれる。
「この絵テレビで見た!手前で寝ているのが奥さん。横にいる男は不倫ヤロー」
「絵にする価値ないゴミヤローじゃん。作者は何が言いたいわけ」
「この奥さんはこの後クソヤローが子供がいる温かい家庭に帰って行くのがわかってて、ほら、この奥にある包丁がギラっと光ってるんだよね」
「怖いわ!」
「僕にも出来るかな」
「ドロドロの恋!?やめとけよ!手を繋ぐだけの清すぎる付き合いの方がお似合いだって!」
「じゃなくて、絵だよ。僕も描けるかな。どうしたら描ける?僕図工の時間一回も起きてたことないんだ。今からでも出来る?」
「んなの美術部に入れば毎日かけるよ」
絵を描きたい。そう思ったのはこの頃からだった。
夢で見たかっこいい人をみんなにも見てほしい。
写真を撮れなかった時でも、僕が見た感動をいつかお父さんやお母さんに見せてあげたい。
だって何かに残さないと、忘れてなくなっちゃいそうだから。
理事長室の前に立つ。
白は両手が塞がっているので、僕が代わりにどんどんと叩く。
「たのもー!」
白のその言葉の後、中から「入っておいで」と言う聞き慣れた白のじいちゃんの声が聞こえる。
中はゴージャスって感じ!じいちゃんは机に向かって書類を見ている真っ最中だった様子。
「こんな時間に何をやってるんだね」
「じいちゃん……子供の世話ってこんなに疲れんだね。ごめん、俺手のかかる子だった?」
「お前は本当にいい子だよ。小さい時から永遠のお願いなんでも聞いて、今も振り回されてるみたいだけど」
「わかるー……?」
「帰ろうか。前に車を回そう」
なんか疲れたー。探し物って体力使うのね・・・。
車の中から中等部の方へ向かう男子生徒が目に入る。一瞬通り過ぎただけ。でもわかる。あの人夢の中の人だった。しかも指輪つけていた。あれって僕が無くした指輪。そういえば夢の中であの人同じのつけてた。てことは・・・あの人が僕の神様だ!
「神を見たー!」
「拝んどいたか」
「早すぎてできなかった」
「人生いつチャンスがあるかわかったもんじゃないからな」
「僕神様のところに行きたい」
「腹減ってんじゃなかったのかよ。もう帰りますよ」
「また会えるかなー・・・」
「てかじいちゃんいいの?こんな時間に校舎に入っていくの止めなくて」
じいちゃんは笑って、「夜の学校はいいよ。物語が始まる最高の舞台だ」と言う。
「僕も行きたーい!!」
「今から学校に戻るのと帰ってご飯食べるプラスご褒美で絵の具買ってもらうのどっちがいい」
「ご飯ー!」
次の日の朝起きたら指輪が人差し指に帰ってきていた。
昨日あれだけ探した手前白の前でつけることができなかった。
でもなんで帰って来たんだ。僕にはもう指輪がなくても大丈夫なんじゃなかったのか。
「神がわからない」
職員室にいる三葉先生に事情を話した。
「神は与えるし奪う。そこに明確な合理性があるかなんて人が図れるものじゃないかもね」
するとクラスメイトの嵐くん、誠くん、雅と燈くんがやってくる。
「ウェーイ!」
嵐くんの斬新すぎる職員室への入り方に教頭は怖い顔をしていた。
「永遠ん!帰ろーぜー!」
教頭は三葉先生に何か言いたげな顔をしていた。三葉先生は笑って誤魔化していた。
「でも僕はもう上手に話せないかも」
「ん?今に始まったことじゃないじゃん」
嵐くんの言葉が突き刺さる。
「無表情で感情伝わらないかも」
「わかるよ。永遠は変わった。今は永遠が思ってること、手にとるようにわかるよ」
燈くん優しい。好き。
「でもね、僕は指輪から卒業できなかったの……」
「卒業できない?じゃあ一生親の脛かじって生きろ」
「雅のバーカ」
「なんだとコラ」
指輪がないって焦ったり、戻ってきてやっぱり神様から認めてもらえてなかったって落ち込んだり、指輪に振り回されてばかりじゃん。
僕にはもういろんなこと考えて、それを言葉にして、笑い合える友達がいる。今まで通り勉強は全然わかんないし、親とうまく行ってないかもだけど、でも白がいる。
指輪は僕になかった全てをくれた。それはこの身に余る幸せだったはずだ。
指輪がなかったら、僕は何も知らないままだっただろう。
どんな顔をして話すかで相手がどう捉えるか変わること、一生懸命生きている人とそれを台無しにしてしまう人がいること、前者であり続けるために心を学んで、社会に貢献できる人材であることの証明として学力を身につけ、みんなと一緒にいられるために優しく人を気遣うことを身につけなければならない。
僕はまだ自分勝手なまま。昨日だって白のこと夜中まで振り回したし。
だからきっと神様も呆れちゃったんだ。
僕はもっと・・・。
「うぅー……」
「なんか泣き出したんだけど」
雅が泣いている僕の顔を覗き込む。
「雅がこめかみグリグリしたからじゃん?」
「ごめん。力加減ミスった」
僕は雅に抱っこされながら先生とバイバイし帰路につく。
学校帰りみんなで商店街方面に歩いていた。
路地にうちの学校の中等部の制服を着ている男子生徒が他校の制服を着ている4人に囲まれていた。
どこからどう見ても、喧嘩の途中。
二人同時に殴りかかられるが、拳をいなし、かわし、相手の腹に拳が食い込むところを見て、こっちまで腹が痛い気持ちになる。
あの人・・・僕の神様だ。
喧嘩している人たちは相手の生死なんてお構いなしに、蹴りつけ、胸ぐらを掴んで壁に顔面を叩きつける。痛みなんて感じてないみたいに、やられたら狂気を持って殴り返す。
かっこいい。
「あのー」
僕が声をかけようと一歩前に出るとクラスメイトたちは「ちょい!?」「あほ!やめなはれ!」と首根っこ掴まれ制止される。
「ごめんねん!あれは声かけちゃダメなやつだぁ!」
「そうそう。うんこしてる人と喧嘩してる人には話しかけちゃいかんのよ」
嵐くんと誠は必死に止めてくる。
「でもあの人僕の神様なの」
嵐くんと誠くんは首を傾げながら、
嵐:「どーするー?」
誠:「とりあえず終わるまで待つ?」
嵐:「待ってどうすんのん。あれ目合わせたらダメなやつじゃん!?いやん!」
と困り果てていた。
そこに買い物をしていた雅と燈くんが遅れてこちらにやってくる。
雅:「何つったってんだ。先に行っとけって言っただろ」
誠:「なんか永遠があの人と話したいんだって!」
誠くんが指差す先には神様が相手の足を蹴り払い転ばせ顔面に蹴りを入れている真っ最中だった。
雅:「明日学校で話せばいいだろ」
何事もなかったかのようにいつものように冷静に言い放った。
誠:「だよな!?」
嵐:「さすが雅。ほら永遠さん、雅兄ちゃんの言うことは絶対よ」
その言葉に、「えーーーー」と不満いっぱいに批判してみる。
嵐:「じゃあ今回は特別に燈からも一言頼むわ」
神様が相手の首に強烈な蹴りを入れてのしたところを見て、笑っていった。
燈:「僕が代わりに話しかけてこようか?」
皆:「「「なんでだよ!!」」」
カツンッと足音がこちらに近づいてくる。血まみれの顔した他校生を踏みながら僕らの方へ向かって歩いてくる神様。
怪我一つない、目にかかった前髪の隙間から見える目になんか震える。
この人、めっちゃかっこいい。
「神様!」
僕が呼びかける前から僕らの方へ向かってきているようだった。
というか僕の方?
僕の目の前で立ち止まる。
神様までの距離、0センチ。
「お前……」
神様は僕……というより僕のつけている指輪を見て、少しご機嫌斜めそうな様子だった。
ていうか神様は指輪つけてない。お揃いじゃなかったのか。
「ヘルムの仲間か」
ヘルムってなんですか?僕はもう誰にでも話せるはずなのに、なんか・・・声が出ない。
胸ぐらを掴まれ引っ張られる。
ちょっと苦しい。
「俺は刺す相手を間違えたかな」
刺す。夢の中で血まみれの包丁を握っていたことを思い出す。
あの包丁で誰かを刺したのかな。
「先輩。その手離してあげてください」
燈くんは今までに見たことない怖い顔をしてそう言った。
「ヘルムってのがなんなのか知りませんけど、あんたが掴んでるバカには俺たちくらいしか友達いませんよ」
雅ひど。確かにそうだけどさ。
その言葉に神様は笑顔を見せた。
「そういえば聞いたことがある。お前だな、初等部の障害者」
僕のこと知っててくれたんだ!やっぱりこの人が神様なんだ。
「地獄で間道によろしくな」
その言葉を最後に、神様からの強烈な頭突きで気を失った。