僕の作品 4
学校に戻り、午後の授業を見学する。
実技演習の教室では魔法による1対1の決闘をしていた。
蓮:「行くぞ!
啓斗:「こい!」
蓮の力が暴走し竜巻で壁が抉れる。
啓斗:「……あちゃー……」
蓮:「……なんだ……?こんな力を出そうなんて思ってなかったのに……」
蓮がその場に倒れる。
怜先生:「大変!急いで保健室に!」
ざわざわする。
怜先生:「大丈夫。焦りや寝不足で本来の力を出しきれなかった見たいだね。心配には及ばないよ」
先生の言葉でも、生徒たちの混乱は収まっていなかった。
「まただわ」「最近多いよね。魔法の暴走事件」「でも昔もこんなことあったって父さんが言ってたよ」「ここに初めてきた時大人が騒いでた。侵入者がいるって」「侵入者……!?怖い……」
蓮を何人かの生徒が保健室へ連れていく。
先生:「君たちも決闘どうです?雅の相手を……では永遠!」
永遠:「はい!」
雅:「お前かよ」
永遠:「本気でかかってこいよ」
燈:「(どこから来るんだその自信……)」
誠:「(非魔法士のくせにビックマウスだな……)」
決闘は攻撃魔法のぶつけ合い。自分の前に先生が張った結界を壊されたら負けだ。
眩しい稲光と轟然たる雷鳴が永遠の方に飛んでいく。
永遠:「今の僕にできることを」
稲妻が下から噴き上げる業火でかき消される。
見物している生徒たちから「おお!」と感心した声が降り注がれる。
永遠:「(……僕が無様に負ける姿は見たくない……てことかな)」
永遠と燈の目が合う。
雅:「審判!」
雅の怒号で観戦モードの空気が変わる。
雅:「ふざけやがって……!反則だろ!こいつ何もしてねえぞ!この力はあの部外者から発せられたものだ!」
雅の指差す先に燈がいる。
雅:「わかったぞ……。初めてお前を見た時からイラついた理由が……。なぜお前みたいな奴がここにいる!この非魔法士がっ!」
雅の実力は確か。その雅に言葉に驚きを隠せない生徒たちがざわつきだす。
嵐:「まじかよ!」
帝:「他のどんな罪を重ねたものよりも悍ましい!非魔法士はこの世界にいてはならない!」
蛍:「早くあいつを捕まえてよ!」
帝:「こんなこと許されて良いはずがない!あいつも同罪だ!」
その非難の声は鳴り止むことなく燈の顔はどんどん真っ青になっていく。
永遠:「弱いな。何も持たないはずの僕がそんなに怖い?」
その言葉にみんな静まる。
燈は息を呑んで永遠を見る。
永遠:「殺せばいい。その罪を背負う覚悟があるのなら。燈くんもいじめるといいよ。同胞とはいえ僕みたいな人間をこの世界に連れてきたんだから」
雅:「……何が目的だ」
永遠:「見てみたかったんだ、この世界を」
雅:「お前が生きている世界とそんなに違うか?物珍しいか?この世界が羨ましいか」
永遠:「正直羨ましいとは思わない。よく見ると僕の世界とあまり変わらない気がする。むしろ同じだよ。何も変わりやしない。だから安心した」
雅:「何も持たない人間の世界と……何も変わらない……」
蛍:「本当は羨ましいはずだ!僕らの世界の方が優れている!」
三木:「蛍。嘘じゃないよ。あの子は嘘を言っていない」
蛍:「ふざけるな!力があるから優れているんだ!力がないから蔑まれるんだ!例え世界が分つともその優位が覆ることはない!」
燈:「永遠はすごい人だよ!」
みんなが燈を見る。
燈:「永遠は人に試すようなことを唆す。永遠は誰にでも優しくしたりしない。永遠は残酷な真実を突きつける。そしてその言葉の全てに意味がある!肯定することだけが優しさじゃない。極端な思想は自分の視野を狭めるだけ。力を誇示するだけでは足元を救われる。だから僕はこの世界に永遠と来たかったんだ!向こうの世界で強い永遠が、こっちの世界でも変わらないところが見たかった!だってそれでも永遠が誰にも屈しなかったら、本当に大切なことは力の有無ではないってことでしょう」
雅:「まさか留まるつもりか」
永遠:「いいや、帰るよ。この世界に来てから体調最悪なんだ。この世界の人間が環境に対して、力を持たない全てのものにどんな影響を与えてるか一度研究して論文を書いた方がいいよ」
三木:「確かに非魔法士の平均寿命は魔法士に比べて短いけど、3年くらいしか変わらない。君は普通に病院に行ったほうがいいよ」
永遠:「(なるほど。魔法使いはこの世界に来れば指先の怪我もすぐに治るけど、僕は今もまだ傷口が塞がってない。燈くんは綺麗に治っていた。あの小瓶の中身はなんだったんだ。日に日に体が重くなる。歩くのもしんどい。……待てよ。燈くんの得意魔法はぬいぐるみに魂を吹き込んだり死んだ虫やペットを生き返らせたりできる。もしかして……僕は______)」
三木:「まあ確かに魔法士は世界に影響をもたらしている。……環境破壊も進んでいる。海面は上昇し気温は最高気温を毎年のように記録し、酸性雨や砂漠化、異常気象はもう何も珍しくない」
永遠:「やっぱり。僕のいる世界と同じだ。滅びに向かって一直線。人は世界を作り、世界を分ち、世界を滅ぼす。どのみち無くなるけれど、それは僕らが生きている間に起こるかどうかはわからない」
誠:「逃げ場なんかないんだ……」
永遠:「でも遅らせることもできるかもしれない。それを可能にするのは君たちが何も持たないという我々か、はたまた上位カーストと自称する君たちか。成すべきものが成すだろう」
永遠は決闘場から燈の元へ行く。
雅:「どこへ行く!」
永遠:「お別れだ。さっきはああ言ったけど、もし本当に燈くんをいじめたら、僕はまたこの世界に来るよ。その時いじめたやつの顔をハンマーでボコボコに砕いてやる」
雅:「いじめられる方が悪い。だが燈は気に入ったよ。芯がある奴は嫌いじゃない。お前もだ、犬飼永遠」
永遠:「雅くん。もし僕らが同じ世界で生きたなら、僕らはきっと敵なしなんだろうな」
誠:「この世界が分たれててよかった」
三木:「本当に」
みんな笑う。
永遠:「さようなら」
あかりと永遠は教室を出る。
本番前、僕は緊張して自分のセリフなんか全て飛んでしまうものだと思っていた。
でも、舞台からお客さんは目に入ってこなかった。僕の目の前にあるのは、僕が生きる世界にいるみんなだけだ。でもみんな程よい緊張感の中で、それぞれが役になりきり、自分という名の他の誰かの人生で生きていた。
「最後の幕だね」
先生は舞台袖で小さい声で言った。
「幕が降りたらこの舞台は終わりだけど、永遠の人生はまだ続くよ。そのことを忘れないでね」
先生の笑顔に見送られ、舞台の幕が開く。
「うん!行ってくるね」
二人で長い廊下を歩く。
燈:「そばにいたい」
永遠:「愛のゲンコツでもしようか」
燈:「痛そう……」
永遠:「最後まで弱気?燈くんは自分を卑下しすぎ。燈くんは自分の考えとか本音を言えないって思ってるけど、実はめっちゃ言ってるんだよね」
燈:「え」
永遠:「僕のことになるとペラペラと」
燈:「……確かに……そうだったかも……」
永遠:「僕は君だけの親友だよ。僕のことをこれからもみんなに自信を持って自慢するといいよ」
燈:「その言われ方はちょっと……」
永遠:「僕は行くよ」
燈:「………………」
永遠:「生きる場所が違っても、顔が見られなくても、喜びや悲しみを共有できなくても、僕らの関係が切れることもないし、この情が薄まることはない。君が何かと戦う時、僕もまた僕の前に立ちただかるハードルと対峙する。その時僕は燈くんを思い出すよ。燈くんの親友は無様なさまを見せて負ける男じゃない。だから燈くんも思い出して。きっと強くなれるよ。1人でいる時も、みんなといる人よりも、孤独じゃない。燈くんには僕がいるよ」
燈:「2人でいると楽しかった。嬉しかった。悲しいことも乗り越えられた。2人でいることに意味があると思ってた」
永遠:「意味を見出すのはこれからだよ。燈くんはこの世界で生きていって考えるんだ。僕ならどうしたかなって。同じ景色を見て、僕ならどう思うんだろうって。今一緒にいても、僕らは同じ景色を見て同じ感想を持つことなんてなかったけど、でもどんなこと思ったか想像できたよね。僕なら君にどんな言葉を言って奮い立たせるのか、なんて言ったら僕の方が寂しいと思ってるって伝わるか、一緒にいたいのは僕の方だってこと、どうしたらこの寂しさが埋まるのか、燈くんも考えてよ」
燈:「短い時間を一緒に生きること、長い時を別れて生きること、僕には前者の方が有意義だと思う。人生の良し悪しは長さで推し量れない」
永遠:「僕は燈くんに死んでほしくない」
燈:「これからの世界が地獄でも、永遠はあの時死んでればよかったって思わないだろうしね……」
永遠:「僕といる時間だけが君にとっての幸福とは限らない。君は時にひとりで空を見上げるだろう。その時見た奇跡を共有できる出会いが君にあることを願っているよ」
燈:「……そばにいたい。僕はきっと会いに行くよ。この世界を生き続けて、その先の道がまた君と交わる奇跡を、僕は信じる」
永遠:「僕は淡い期待はしない主義だ。君を否定するようだけど、僕は僕の覚悟を持ってこの世界を出ていくよ」
燈:「それでこそ永遠だ」
永遠:「死を選ぶくらいなら僕のところに来るといい。できるところまで、できることからやっていくんだよ。そのさきに、僕らの出会いと別れの意味があると信じてる。じゃあ、元気で!」
燈:「……またね」
行ってしまう永遠の背中を見送る燈。
中庭に恭弥と真里亞、拳と豪がいる。
少し離れて生徒がたくさん集まっている。
真里亞:「あなたが……侵入者ね」
恭弥:「………………」
その言葉で生徒たちに混乱が広がる。
「あれはこの世界にいてはいけない!」「近寄っちゃダメよ!力が暴走してしまうわ!」「なんで悪魔がこんなところに……!」「お前は死ななければならない!」
拳:「捕まえます」
豪:「許可を」
真里亞:「……ごめんなさいね。魔法使いは大歓迎……。でもあなたは……もう救えない」
生徒をかき分けて永遠は恭弥の元へ行く。
永遠:「よ!顔色悪いな。死んでるからしょうがないか」
恭弥:「……夢を見ているみたいだった。僕を迫害してきた非魔法士がいない世界。誰にも殴られることも、怒鳴られることもない。自由に外に出て、学校に行って……こんな幸せを享受できるなんて……もっと早くこの世界に来ていればよかった……。勇気をもってこの世界に逃げてくればよかった。僕は……後悔するためにここにきたのか」
永遠:「旅立つためだ。大丈夫。死後の世界も意外と楽しいかもよ!わからないけど」
恭弥:「お前が死刑執行人か?みんなの僕が侵入者だとわかってから僕に近づこうとしない。この世界にも、僕の居場所はないんだな」
永遠:「かもね。僕と同じ」
恭弥:「お前は元いた世界に帰るんだろ。帰るところがあることが、羨ましい」
永遠:「君はこのままこの世界にいたいの?そんなにこの世界が気に入った?」
恭弥:「お前が街で言った通りさ。二つの世界の違いは、魔法の有無だけ。迫害される側から、する側に変わるだけ。体が痛くなくても、心が痛いのは変わらない」
永遠:「じゃあ一緒に行こうか」
恭弥:「……死後の世界に?お前は生きているだろう。いつかお前に会いに燈が会いに来るかもしれない。馬鹿か」
永遠:「大真面目だよ。さっき君は言ったね。もっと早く来てればよかったって。他の世界に行く勇気がない。大抵の人はそうだと思うよ。燈くんだって今じゃこの世界が気に入ってるけど、元の世界にいるときは1人は嫌だって言ってたし。でも、2人なら大丈夫だった」
恭弥:「……お人好しがすぎるだろ。僕のためにお前も死ぬのか」
永遠:「そうそう。王子様登場」
恭弥:「それを言うならヒーローだろ」
恭弥は笑った。
恭弥:「お前に背中を押してもらうために、僕はこの世界に来たんだな。……ありがとう。……大丈夫……俺は逝ける」
空から眩い光が永遠と恭弥に降り注ぐ。
恭弥は言葉とは裏腹に震えている。
永遠は恭弥の手を握る。
まだ迷いがある恭弥の目とは正反対の、永遠のワクワクが抑えられないキラキラした目。
その目を見て恭弥も緊張が解ける。
みんな遠くから二人を見守る。
永遠:「死ぬのが怖い?もう死んだじゃん」
恭弥:「……お前は本当に怖いもの知らずだな」
永遠:「うーん……。ちょっと浮き足立ってるけどね。この気持ちは燈くんの作り物じゃない。僕の本心だと思う」
恭弥:「そうだ。僕はそこ行きたくて死ぬことを選んだんだ。救いを求めて」
永遠:「燈くん……。いつか……また」
空から近づいてくる光に溶けていく。
幕が降りる。
僕は自分が泣いてるのがわかった。
だってもうお母さんにも白にも、燈くんやみんなとも会えないから。
でも、こうなるってわからなかった。もし死ぬってわかってたら、僕は燈くんを1人で行かせたのかな。
「犬飼」
恭弥は僕の涙を自分の袖で拭った。
「バカ。これは現実じゃないんだよ」
僕は拭った先から涙を流した。
「……僕たちは死んじゃったけど、この話はきっとここで終わりじゃないんだよ。銀河鉄道の夜を知ってる?輪るピングドラムは?世界は繋がってる。きっとこの先にも、物語があるよ」
死にたくない。死ぬのが怖い。
いつかそれが現実に起こる。永遠はそれを受け入れた。でも僕は?本当にその時が来たら、僕はさっきみたいに逝けたかな。
「そこに……救いがあるかなんてわからないのに」
「それでも行くんだよ。でもいつか、また、会えたらいいな」
燈くんがこちらにやってくる。
僕は燈くんと、また会いたい。それが僕の救いだ。